賃金総額から基本給等を控除した額が割増賃金額となる給与体系の適法性等(熊本総合運輸事件)~熊本地裁令和3年7月13日判決、福岡高裁令和4年1月21日判決、最高裁二小令和5年3月10日判決~ニューズレター2024.5.vol.149

Ⅰ 事案の概要

本件は、Y社(一般貨物自動車運送事業等を営む株式会社)に雇用され、トラック運転手として勤務していたXが、Y社に対し、時間外労働、休日労働および深夜労働(合わせて以下、「時間外労働等」)に対する賃金ならびに付加金等の支払いを求めた事案です。

Ⅱ 争点

⑴平成27年12月以降、XとY社との間で割増賃金についてどのような合意があったか。

⑵通常の労働時間の賃金はいくらか。

⑶月所定労働時間は何時間か。

⑷割増賃金の既払額はいくらか。

⑸付加金請求権が認められるか。

これらの争点に対する判断の中で、本件時間外手当と調整手当の支給規定が割増賃金としての対価性を有するか否かが、本件で特に問題となりました。

本件事件においては、この本件時間外手当と調整手当の支給規定が割増賃金としての「対価性」を有するか否かが最も重要な点ですので、以下、この点に絞って解説します。

Ⅲ 判決のポイント

1 Y社の賃金体系の変更

Y社は、設立当初、運転手従業員の給与を運送先によって決めていましたが、その後、運行内容等に応じて賃金の総額を決定した後、その総額から定額の基本給と歩合給を差し引き、残額を時間外手当として従業員に支給する方法(以下、「旧給与体系」)をとるようになりました。

平成27年10月頃、Y社は、就業規則(以下、「平成27年就業規則」)を作成しました。この施行後における賃金支払いに関しても、旧給与体系と同様に運行内容等に応じて賃金の総額を決定し、その総額から定額の基本給と時間外手当を差し引き、その残額を調整手当(本件時間外手当と調整手当からなる割増賃金を以下、「本件割増賃金」)として従業員に支給していました(以下、「新給与体系」)。

つまり、いずれにおいても、賃金総額と本件割増賃金は、時間外労働の時間にかかわらず、一定となる給与体系となっていました。

2 第一審及び原審

第一審は、上記の争点について、以下のように判断しました。

本件時間外手当は、デジタルタコグラフにより適正に労働時間を管理して支払っていたことから、対価性と明確区分性を有することは明らかであるとして、通常の労働時間の賃金に含まれないとしました。一方で、調整手当に関しては、旧給与体系で歩合給ないし基礎賃金とされていた給与に相当するものであって、減額を生じさせないための調整弁として利用していたものに過ぎないとして、明確区分性及び対価性を欠くものと判断しました。

原審も、本件時間外手当と調整手当に関する判断については、第一審の判断を維持しました。

3 本判決

最高裁は、以下のとおり判断して、原審の判決を破棄して高裁に差し戻しました。

⑴ 労基法第37条について

労働基準法37条は、法に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務づけているにとどまるため、使用者は、労働者に対し、上記方法以外の方法により算定された手当を時間外労働等の対価として支払うこともできます。

最高裁は、過去の判例を踏まえて、この手当の支払いにつき、同条の割増賃金を支払ったものといえるためには、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要と示しました。

そして、ある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当等に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの諸般の事情を考慮して判断すべきであるという枠組みを示しました。

⑵本判決の結論

最高裁は、時間外手当と調整手当を区別した第一審、原審とは異なり、本件時間外手当と調整手当とは、前者の額が定まることにより当然に後者の額が定まるという関係にあり、両者が区別されていることについては、本件割増賃金の内訳として計算上区別された数額に、それぞれ名称が付されているという以上の意味を見いだすことができないと指摘し、全体として時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かを問題とすべきとし、本件時間外手当と調整手当を一体のものとして評価しました。その結果、これらを区別していた下級審とは異なる結論に至っています。

Y社の新旧の賃金体系を比較すると、通常の労働時間に対する賃金額について、旧給与体系では1時間当たり平均1300~1400円程度であったのに対し、新給与体系の下においては1時間当たり平均約840円となっており、旧給与体系の下における水準から大きく減少する変更となっていました。この差は、これまで通常の労働時間に対する賃金として支払われていた歩合給を、金額は大きく変えないまま、調整手当として割増賃金の支払いに位置づけを変えたことから生じています。また、本件割増賃金が時間外労働等に対する対価として支払われるものと仮定すると、実際の勤務状況に照らして想定し難い程度の長時間の時間外労働等を見込んだ過大な割増賃金が支払われる賃金体系が導入されたと言えるものでした。これらの労働者にとって不利益な事項などについて、「十分な説明」が行われていなかったことも消極的な評価がなされています。

⑶最高裁は、上記2点を指摘したうえで、本件割増賃金について、その実質において、時間外労働等の有無やその多寡と直接関係なく決定される賃金総額を超えて労働基準法37条の割増賃金が生じないようにすべく、旧給与体系の下においては通常の労働時間の賃金に当たる基本歩合給として支払われていた賃金の一部につき、名目のみを本件割増賃金に置き換えて支払うことを内容とする賃金体系であると判断しました。

⑷したがって、最高裁は、平成27年就業規則に基づく本件割増賃金につき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労働基準法37条の割増賃金に当たる部分とを判別できないため、本件割増賃金の支払によって、同条の割増賃金が支払われたものということはできないと結論付けました。

Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項

割増賃金を固定額の手当で支払うことは、非生産的な残業の発生を抑制する効果が期待でき、経済合理性があります。他方で、その導入の際には、生産的といえる時間外労働の時間数よりも、ある程度長い残業時間を想定して金額を設定することになります。これは、使用者にとっては、想定残業時間が生産的残業時間を上回ることで損失が生じていることになります。

この点、本判決の補足意見においても、固定残業代の導入にあたって、通常の労働時間に対する賃金の水準をある程度抑制しようとすることを経済合理性のある行動であるとして、このこと自体をもって労働基準法37条の趣旨を潜脱するものであると評価することは相当でないと指摘がされており、固定残業代の導入にあたって、給与体系全体の見直しをして、基本給等の変更を行うことも、合理的な範囲であれば許されるものといえます。

本判決は、事例判断ですが、賃金体系の見直しに際して、合理性のある変更と認められる範囲を検討することや変更時に十分な説明を要することを明確にしており、実務上参考とすべき点があると思われます。本判決を踏まえると、固定残業代を導入するにあたっては、賃金の仕組み全体を見たときに、固定残業代を支払っても時間外労働を抑制する趣旨が機能しないような、例えば、過重労働が生じても定額で働かせ続けることができる賃金体系(労基法37条の趣旨に反する事態)に陥らないように留意する必要があると考えられます。

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