Ⅰ 事案の概要
本件事件は、バス乗務員の原告らが、使用者の被告に対し、未払割増賃金等を求めた事案です。本件事件について、第2審は、基本的には第1審の判断を維持しています。
Ⅱ 争点
本件事件について、本稿では、主たる争点である、待機時間が労働時間に該当するかどうかという争点について解説します。
バスには、終点又は始発となるバス停(以下、「始発バス停」)があり、通常は、到着予定時刻と発車予定時刻との間に一定の間隔(以下、「待機時間」)が設定されています。本件事件では待機時間が労働時間に該当するか否かが争点となりました。
Ⅲ 判決のポイント
1 不活動時間の労働時間性の有無についての判断基準
労基法上の労働時間は、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間を指します。そして、労働者が実作業に従事していない「不活動時間」であっても、休憩時間に該当しない場合には、労働時間に該当すると考えられています。
裁判では、不活動時間であり、労働者が実作業に従事していないということだけでは、使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず、当該時間に労働者が労働から離れること(労働からの解放)を保障されて初めて、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価されることになります。このような不活動時間が労働時間に該当するとされた場合、原則として、活動せざるを得なかった時間のみならず、不活動時間全てが労働時間となることになります。
2 待機時間の種別
本件事件では、待機時間を以下のとおり3通りに区分して判断しました。
①始発バス停で待機する場合
②始発バス停と待機場所が離れている場合
③営業所で待機する場合
3 裁判所の判断
(1)①始発バス停で待機する場合について
①については、「被告は、バスの乗務員に対し、待機時間であっても、乗客をバスに乗せたり、乗客からの積み増し依頼があれば対応したりするよう指示しており、原告らは、乗客が来た場合はもちろん、乗客が来なかった場合であっても乗客が来た場合に備えて、バスの中やその付近で待機しなければならなかったこと、折り返し待機場所によって程度は異なるものの、統計上の平均値でみると、多い場所で毎回、少ない場所でも10回のうち1回以上の割合で乗客対応に従事する必要があった」と認定した上で、労働からの解放は保障されていなかった(労働時間である)と判断しています。
(2)②始発バス停と待機場所が離れている場合について
ア 結論
折り返し場所ごとに個別に判断しており、ほとんどの折り返し待機場所では、「労働からの解放」が保障されていたとして、労働時間ではないと判断されています。
イ ポイント
(ア)まず、②について、裁判所の判断の概要としては、①と異なり、被告がバスの乗務員に対して乗客対応をするよう指示したとは認められず、乗客対応に従事する必要性があったとは認められないと認定しました。
(イ)以上を前提に、②については、「一般車両の通行や後続のバスとの調整等から必要に応じてバスを移動させなければならず、その対応に備えるためにバス付近で待機する必要があった等の事情がなければ」、労働からの解放が保障されていたといえるとして、個々の折り返し待機場所について判断をしています。
(ウ)労働からの解放が保障されている(労働時間ではない)と判断された場所について、一例をあげると、以下のように裁判所は認定しています。
その折り返し待機場所(「I」と表記)には「原告らは、待機場所が自衛隊の敷地内にあり、いつ移動を要請されるかわからないため、待機時間中は、移動に備えてバスの中で待機していると主張する。しかしながら、証拠・・・によれば、Iにはバス停とは別に専用の待機場所が設けられているため、自衛隊からバスの移動を要請されることがあるとは認められない。なお、原告は・・・、草刈りを行う場合に移動を要請されたと供述しているが、仮にそのような事実があったとしても、ごく稀な出来事であり、移動の必要性が生じるのは皆無に等しいから、原告らが労働からの解放を保障されていなかったとはいえない。」
(3)③営業所で待機する場合について
ア 結論
営業所で待機する場合には、労働時間性を否定しています。
イ ポイント
(ア)ある営業所の場合、主として以下の事情を裁判所は認定しています。
- 待機場所の付近に車庫があり、出庫ないし入庫するバスがいた場合には待機場所のバスを移動させる必要がある。
- バス移動の必要性が生じた場合、当該バスに待機時間中の乗務員が乗車していれば、当該乗務員にバスの移動を要請することがあるが、乗務員が当該バスに乗車していなければ、営業所に配置されている待機職員や付近にいる待機時間中の乗務員が対応していた。移動が必要となったバスを誰が移動させるかについては具体的な取り決めはなかった。
- 移動を要請される頻度はシフトや乗車の有無等によって大きく異なるが、乗務員によっては、多いときには週に2回必要となることもあった。
(イ)その上で、裁判所としては、主に以下の点を踏まえ、労働時間性を否定しています。
- 当該バスに乗車して待機していなければ、別の職員がバスを移動させており、誰が当該バスを移動させるかの取り決めは明確にされていなかったこと。
- 被告が、原告ら乗務員に対し、当該営業所における待機時間中、バスを移動させる場合に備えてバス内やその付近に待機しておくことを指示したとは認められないこと。
- バスの移動を要請される頻度は、シフト等によって異なるものの、高くはないこと。
Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項
使用者の中には、不活動時間について休憩時間として取り扱う合意をしているという場合や、そもそも作業をしていないわけだから当然労働時間ではないと認識している場合もあると思われます。しかし、労働時間に該当するか否かは客観的に判断されるため合意により結論を左右することはできず、客観的に「労働からの解放」が保障されていなければ、事後的に裁判で不活動時間の全てが労働時間として扱われてしまい、多額の未払賃金を支払わなければならないという可能性があります。
裁判所が注目しているのは、実際に業務を行うことが求められる状態であったかどうか、使用者側が業務の指示をしていたかどうか、実際の作業が生じる頻度等と考えられます。
なお、上記③については、「誰かが作業を行う必要はあった」という点はありますが、「自身が作業を行わなければならないという状況にはなかった」ことや、頻度が高くないこと、使用者の指示がなかったことをもって労働時間性を否定しています。他方で、実際に作業に従事する可能性がある以上、労働時間に該当すると判断される可能性を否定できませんので、実務上は、労働時間に該当しないようにするためには、誰がその作業をするかを明確にし(その労働者が稼働する分は当然労働時間として扱います)、担当する労働者以外にはそれに応じる必要はない旨周知しておくなど、労働者に指示・周知を徹底しておくことが適切でしょう。
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