経過措置に基づく手当支給相違の短時間・有期雇用労働者法8条違反該当性~大阪地裁令和6年6月20日判決~ニューズレター2025.08.vol.164

Ⅰ 事案の概要

本件は、被告会社の期間雇用社員であった原告らが、被告会社の正社員(無期雇用社員)には住居手当廃止(以下「本件改定」といいます。)に伴う経過措置(以下「経過措置」といいます。)に基づく手当(以下「本件手当」といいます。)が支給されるのに対して、原告らに対しては本件手当が支給されないことが、改正前労働契約法20条及び短時間・有期雇用労働者法8条に違反すると主張し、被告会社に対し不法行為に基づき損害賠償等を請求した事件です。

①改正前労働契約法20条及び短時間・有期雇用労働者法8条の違反性を判断するにあたり、本件手当が住居手当と同一の目的であり住居手当の性質を有するか(争点①)、②期間雇用社員は、仮に住居手当制度が存在していれば、住居手当の不支給ごとに改正前労働契約法20条及び短時間・有期雇用労働者法8条に基づき、住居手当相当額を損害として賠償されるという利益を有するか(争点②)、が主たる争点となりました。

Ⅱ 前提となる事実関係

被告会社では、平成30年9月30日以前、正社員に住居手当が支給され、他方で期間雇用社員には住居手当が支給されませんでした。平成30年10月1日以降、正社員を住居手当支給の対象としないこととする旨の給与規程の本件改定を行いました。本件改定に伴う経過措置では、平成30年9月分の住居手当の支給を受けており、かつ、同年10月1日において引き続き旧制度における住居手当の支給要件を満たす一般職または短時間勤務職(一般職から短時間勤務職にコース転換した者に限られていました。)の社員を対象とし、令和10年3月31日までの間、本件改定前の住居手当額に経過措置の支給率を乗じた額が本件手当として支給されることになりました。

Ⅲ 判決のポイント

1. 判断方法について

本件判決は、改正前労働契約法20条及び短時間・有期雇用労働者法8条の該当性について、メトロコマース事件(最高裁令和2年10月13日第三小法廷判決)を参照し、「本件手当の性質やこれを支給することとされた目的を踏まえ、改正前労契法20条及び短時間・有期雇用労働者法8条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるか否かを検討すべきものと解される」として、手当の性質・目的を踏まえて検討すべき旨を判示しました。

2. 争点①について

本件判決は、本件手当の目的は「正社員(新一般職)を住居手当の支給対象としないこととした本件改定に伴い、本件改定前に住居手当の支給を受けていた正社員(新一般職)の経済上の不利益を緩和する目的」であると解釈し、そのため、本件手当は「住居手当としての性質を有するものということはできない」と判断しました。その結果、本件手当の目的は「本件改定前に住居手当の支給を受けていなかった原告ら期間雇用社員には妥当しない」として、期間雇用社員に本件手当を支給しないことは、改正前労働契約法20条及び短時間・有期雇用労働者法8条には違反しないと判断しました。

3. 争点②について

本件判決は、ハマキョウレックス(差戻審)事件(最高裁平成30年6月1日第二小法廷判決)を参照し、「正社員(新一般職)と期間雇用社員の住居手当の支給に係る労働条件の相違が改正前労契法20条及び短時間・有期雇用労働者法8条に違反して不合理であると判断される場合であっても、各条の効力により当該期間雇用社員の労働条件が正社員(新一般職)の労働条件と同一となるものではない」と判断し、そのため、各条による原告ら期間雇用社員の本件改定以降の住居手当相当額を損害として賠償される利益を享受し得る法的地位の存在を否定しました。そして、原告らにはかかる法的地位が存在しない以上、原告らは本件改定により何らの経済的不利益を受けたといえないと判断しました。

4. 住居手当について

なお、被告会社は、(本件手当とは異なり、)住居手当について正社員と期間雇用社員との間の労働条件の相違が不合理であることを争わず、その結果、住居手当に関しては両当事者で訴訟上の和解が成立しました。そのため、住居手当の労働条件の相違については、本件判決の判断の対象とはなりませんでした。

Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項

本件判決では、本件手当の目的について、正社員を住居手当の支給対象としないこととした本件改定に伴い、本件改定前に住居手当の支給を受けていた正社員の経済上の不利益を緩和する目的であると解釈し、本件手当の目的を限定的に解釈しました。そして、その解釈を前提に、期間雇用社員は従前から住居手当の支給を受けていないため、本件手当の目的は期間雇用社員には妥当しないと判断されました。そのため、本件とは異なり、もし期間雇用社員と正社員の格差を埋める目的で正社員のみを対象として何らかの経過措置が設けられたことが明らかな場合であれば、その内容次第では期間雇用社員との関係で短時間・有期雇用労働者法8条に違反する可能性があります(もっとも、だからといって経過措置を設けずに従前支給されていた手当を全て廃止するような場合には、正社員との関係において労働契約法9条の不利益変更との関係で問題が生じうる可能性があるので、注意が必要です。)。

なお、本件改定前に住居手当の支給を受けていた正社員(新一般職)の経済上の不利益を緩和したのは、期間雇用社員と正社員の格差を埋めるという終局的な目的(つまり住居手当を廃止すること)を達成するための手段に過ぎないとも評価できそうです。そのため、本件判決のように、正社員(新一般職)の経済上の不利益を緩和する手段にすぎない部分を切り出して、本件手当の目的と認定するのは、やや技巧的であるとも考えられます。

以上のことからすると、経過措置の目的如何で同法8条違反の結論が左右される可能性があるため、使用者としては、経過措置の内容のみに留意するのではなく、必要に応じて経過措置の目的を明確にしておいた方がよいでしょう。

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