Ⅰ 事案の概要
本件は、関西福祉科学大学および関西女子短期大学等を運営する学校法人(以下、「Y」)に対し、同大学において「英語コミュニケーションⅠ~Ⅳ」の科目を担当する非常勤講師として勤務してきた原告(以下、「X」)が、令和2年12月に通告された雇止めは労働契約法第19条2号に違反し無効であるとして、労働契約上の地位確認と未払賃金の支払いを求めるとともに、当該雇止めが無期労働契約への転換権(有期契約期間が通算5年を超えた場合に発生する権利)行使を阻止する不当な動機に基づくものであるとして慰謝料100万円を請求した事案です。
Xは、平成28年4月から期間1年の有期労働契約を締結し、令和2年4月まで4回にわたり契約更新を重ねてきました。業務内容は毎週水曜日・金曜日に各5~6コマの授業を担当し、小テスト・試験の実施および成績評価を行うものであり、担当科目1つにつき月額2万6000円、担当コマ数に応じて月額13万円または15万6000円の給与が支払われていました。
Yは令和2年12月、授業評価・成績評価の観点から判断したとして令和3年度の契約更新を行わない旨を通知しました(以下、「本件雇止め」)。これに対しXは、地位確認、賃金支払請求および慰謝料請求の各請求を提起しました。
Ⅱ 争点
本件の主要な争点は、①本件雇止めが労働契約法第19条2号に違反し無効か否か、および②本件雇止めが無期労働契約への転換権行使を阻止する不法行為を構成するか否かの2点です。
争点①については、まずXに契約更新に対する合理的期待が認められるか(同条適用の前提)が問われ、次に、それが認められるとして本件雇止めの理由に客観的合理性・社会的相当性があるかが問われました。Yが雇止めの理由として挙げたのは、授業アンケート(学生による評価)の結果が他の非常勤講師と比べて全項目で低く改善のきざしが見られないこと、およびXの担当授業における学生の不合格率(平均6.81~19.27%)が他の非常勤講師(平均0.11~1.34%)と比較して著しく高いことの2点です。
争点②については、令和2年9月にC教務課長がXに対し「来年が6年目になります。(中略)無期転換になってしまうと、よほどのことでない限り、簡単に辞めてもらえなくなるので、一旦空白を入れていただくことになると思います」という旨の発言をした事実を根拠として、Xが雇止めの真の目的は無期転換権行使の阻止にあったと主張しました。
なお、慰謝料請求については原告の請求が棄却されましたが、紙面の関係上、下記の判決のポイント等では記載を省略しています。
Ⅲ 判決のポイント
⑴ 合理的期待の程度(第19条2号の適用前提)
裁判所は、①就業規則・労働条件通知書に財政状況・業務遂行状況等を理由に更新しない場合がある旨が明記されておりXも認識していたこと、②Xの業務内容が教育分野の一部(授業担当のみ)にとどまり短期雇用でも差し支えない性質のものであること、③Y側から契約更新を期待させるような言動がなかったこと、④契約更新が4回にとどまることなどから、Xの更新に対する合理的期待の程度は「高い」とはいえないと判断しました。
もっとも、担当科目(英語コミュニケーション)が1・2年次の必修科目であり開講コマ数が大幅に削減される可能性は低いこと、Xが毎学期安定して5~6コマを担当してきた恒常性があることを考慮し、「一定程度の合理性」は認められるとして、労働契約法第19条2号の適用を肯定しました。
⑵ 授業アンケートの評価結果について
Yは、Xに対する授業アンケートの評価が全項目で他の教員を下回り改善がみられないと主張しましたが、裁判所はこれを採用しませんでした。裁判所は、学生による授業アンケートが教員の指導能力や勤務態度の良し悪しを客観的に判定できることを担保する仕組みが設けられていないと指摘しました。また、Xの評価は他の教員より0.43~0.96ポイント下回っているが「大きく」下回るとまではいえず、Xの評価結果自体は全項目で中間評価(3ポイント)を超えていること、前年度比の変化も0.35~0.62ポイントにとどまり「大きく」悪化したとはいえないことも指摘しました。以上から、授業アンケートの評価結果を雇止めの理由とすることには客観的合理性がないと結論づけました。
⑶ 成績評価(不合格率)について
Yは、Xが留意点ペーパー(大学英語科が配布した授業に関する指針)の趣旨を理解せず不合格率が著しく高いと主張しました。Xは留意点ペーパーに従い指定教科書を中心に授業を実施していました。試験問題は指定教科書の例文をそのまま出題したものであり、指定教科書に沿った問題ではそれ以上レベルを下げることができない状況でしたが、教科書を離れてレベルを下げた問題を出題することは教科書に基づいた授業をする意味がなくなるとして断念せざるを得ませんでした。試験・課題の採点については、正解・不正解が裁量の余地なく決まることから機械的に採点するほかありませんでした。こうした事実から、裁判所は「Xは留意点ペーパーを理解していなかったのではなく、むしろこれに忠実に従ったために他の非常勤講師より多数の不合格者を出した」と認定しました。加えて、Xの不合格率は最大でも20%弱であり必ずしも多すぎるともいえず、成績評価の方法・不合格率についてXは本件雇止めの話が出るまで大学から一切指導・助言を受けていなかったことも指摘されました。以上から、成績評価を雇止めの理由とすることにも客観的合理性が認められないと判断しました。
⑷ 総合判断
Yが挙げる雇止めの理由はいずれも採用できないとして、本件雇止めは「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当なものとして是認することはできない」と判断されました。労働契約法第19条2号に基づき雇止めは無効とされ、Xは令和3年4月1日以降も非常勤講師としての地位を有するものとして、月額15万6000円の賃金請求が認容されました。
Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項
労働契約法第19条2号の解釈では、まず契約更新に対する合理的期待の有無を判断し、これが肯定された場合に、同条柱書に定める雇止めの客観的合理性・社会的相当性の判断に移るという2段階構造が一般的です。
本件では、合理的期待の程度は「高い」とはいえないとしつつも「一定程度の合理性」は認められるとして労働契約法第19条2号の適用を肯定しました。すなわち、合理的期待を単純に「あり・なし」で判断するのではなく、その程度をグラデーションとして認定した上で雇止め理由の判断に移行しています。これは、合理的期待の程度が低い場合であっても安易に同条の適用を排除せず、次の段階である雇止め理由の検討に進む可能性を示唆する判断として注目されます。
実務上は、契約更新に対する合理的期待にはグラデーションがあり、幅広く認定される傾向にあり、期待の程度に応じて雇止め理由の判断の厳しさが変わるという構造を意識することが重要です。合理的期待を生じさせる事情としては、労働契約の内容、雇用の常用性、更新の回数、雇用の通算期間、同種雇用慣行の存在、契約期間管理の状況、使用者側の言動等が挙げられます。これらの事情に十分配慮するとともに、雇止めの理由については、主観的な印象を尋ねただけの学生アンケートや裁量の余地のない業務の結果としての不合格率のような主観的又は労働者による是正の余地が小さい指標ではなく、対象となる労働者の業務改善につながるような客観性・具体性を備えた合理的な根拠を明確に示すことができるよう、平時から記録の整備と指導の積み重ねが不可欠です。
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