使用者による退職日の指定と解雇該当性(M・コレクション事件)~東京地裁令和7年5月22日判決~ニューズレター2026.7.vol.175

Ⅰ 事案の概要

本件は、原告が、被告に対し、解雇予告手当の支払いを求めた事案です。

原告は、令和6年3月23日(以下、月日の記載はいずれも令和6年のものとします。)、上司である被告の店舗統括責任者に対して、5月15日付けで退職したい旨を申入れました。被告は、3月26日、この申入れについて協議の上、原告の退職日を4月10日とすることを決定しました。

そして被告は、3月28日、原告を被告本社に呼び出して面談を行い、原告に対し、「守秘義務に関する誓約書」(第6項に「本契約は、甲(原告)の最終出勤日である令和6年4月5日をもって効力を発生し、甲の退職日である4月10日をもってその雇用関係が終了することを双方が認めるものである。」との記載がありました。)と題する書面への署名押印を求め、原告はこれに署名押印しました(面談自体は10分程度でした)。

しかし、3月29日、原告は上司に対し、原告が労働基準監督署に問い合わせたところ、被告の都合により4月10日を退職日とすることは解雇に当たり、解雇証明書の発行と解雇予告手当の支払いを求める旨のメッセージを送信しました。そのため、被告は、4月3日、再度原告と面談の場を設け、1時間程度面談を行った中で、原告自身が誓約書は有効であり解雇ではない旨発言した(録音あり)ことから、原告は退職について同意したとされ、原告は4月10日をもって被告を退職することとなりました。

そこで、原告は、被告が3月28日に行った原告の退職日を4月10日とする退職日の指定は解雇に当たると主張し、被告に対し、4月11日から4月27日までの17日分の解雇予告手当の支払いを求めました。

Ⅱ 争点

本件の主な争点は、原告の退職は被告から予告された解雇によるものであると認められるか否か、具体的には、原告が退職日を定めて退職の申し出を行ったにもかかわらず、原告が定めた日よりも前の日付を被告が一方的に退職日として指定したことが解雇にあたるといえるのかというものです。

Ⅲ 判決のポイント

① 原告が行った退職日を指定した退職申入れの性質について(前提)

裁判所は、労働者が退職日を定めて退職の申入れをした場合、労働者は自身が指定した退職日まで労働契約に基づく地位を有するとの前提に立ち、使用者が、労働者が定めた退職日よりも前の日を退職日と定め、これに従って労働者が退職した場合、労働者は、使用者からの一方的な意思表示によって、労働者が定めた退職日までの期間における労働契約上の地位を喪失したことになりますので、労働者が、使用者が定めた退職日をもって退職することに同意した場合を除き、使用者による一方的な労働契約の解約として実質的な解雇に当たると判断しました。

そして、本件では、原告は明示的に5月15日を退職日として申し出ていたのに対し、被告は原告の退職日を4月10日と定めていますので、被告の一方的な意思表示によって、原告が申し出た退職日までの期間における労働契約上の地位を喪失したことになり、原告が、被告の定めた同年4月10日という退職日に同意していない限り、被告による退職日の指定は実質的な解雇に当たるとされました。

② 原告が被告の指定した退職日に同意していたかについて

まず、この点について、被告は、原告が署名押印した誓約書があることから、原告が被告の指定した退職日に同意していたという主張をしました。

しかし、裁判所は、退職日が5月15日から4月10日に変更される場合、1ヶ月以上の賃金が支払われないため、原告は相応の不利益を被ることとなり、このような変更を受け入れるかは慎重な判断を要するはずであるが、誓約書はわずか10分程度の面談内で作成された上、原告が面談の翌日に被告に対して解雇予告手当の請求をしていることなどの状況も踏まえると、原告の署名押印のある誓約書は原告の真意に基づき作成されたものとは認められないと判断しました。

また、被告は、4月3日の面談で、原告自身が解雇ではないことを認める旨述べたことから、任意での退職について同意していたとも主張しています。

しかし、裁判所は、4月3日の面談は原告が4月10日の退職に不満を述べたために行われたものであり、1時間の面談の中で、原告が解雇ではないことを認める旨の発言をしたのは1回限りであり、録音記録の一部のみを抜粋した反訳文だけで、面談後にも、被告に対し同月10日の退職について納得できない旨のメッセージ(「5/15まで働きたかったし、なんの説明もなく4/10になりました、サインしてくださいじゃ納得できませんでした。もうサインしなきゃいけないような状況でサインさせられただけで全く納得できていません。4/10で私は退職になりますが、労基署に聞いたとおり、17日分のお給料を貰いたいと思います。」など)を送信していることから、原告の発言は真意に基づくものとは認められないと判断しました。

そして、裁判所は、被告の主張を踏まえても、本件において原告は、被告が指定した退職日について同意していたとはいえず、被告が行った退職日の指定は実質的な解雇に当たり、被告は17日分の解雇予告手当を支払う必要があると結論付けました。

なお、裁判所は、被告が解雇予告手当を支払わなかったことについて正当な理由はなかったとして、解雇予告手当と同額の付加金の支払いも命じています。

Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項

本事例を踏まえると、労働者からの退職の申入れに対しては、労働者の意思に反して一方的に退職日を指定したとされ、使用者による解雇と扱われないよう、そのやり取りを慎重に行う必要があるということに留意するべきです。

使用者側においては、労働者から退職の申込みがなされ、退職の合意自体ができている場合には、その後は解雇にならないと考えてしまうかもしれませんが、実務上、労働契約の終了は重大なものであり、労働者側に退職の意思を窺わせる言動がみられる場合であっても、退職が労働者の確定的な意思表示に基づくものかを慎重に判断すべきであるとされています。

そのため、退職日は、退職に関する期限であり、退職意思に含まれる内容である以上、労働者がその部分も含めて退職に同意しているかが重要となります。退職日に関する労働者の同意がないまま使用者の都合で一方的に退職日を定めて退職に関する手続をすすめることは解雇に当たる可能性があるため注意が必要です。なお、本事例の考え方は、労働者が退職日を指定していた場合のみならず、退職日の指定をしていない退職の申入れに対し、使用者が一方的に退職日を指定する場合にも妥当するものと考えられます。

そのため、退職に関する条件や期限については、同意内容について使用者と労働者の間で書面を取り交わしておくことが適切でしょう。しかしながら、本件においても、誓約書などに退職に関する記載がなされているもののその効力が否定されているように、単に労働者側に交付し、形式的に署名押印を求めるだけではなく、労働者が納得していることを面談等の場で確認し、その内容を相互に確認することが重要であるといえます。

このように、使用者は、退職に際しても、労働者に対して十分な説明を行うことが求められていますので、この点をおろそかにせず、紛争リスクを事前に減らすことが重要です。

ちょこっと人事労務

企業の様々な人事・労務問題は弁護士へ

企業側人事労務に関するご相談 初回1時間 来所・オンライン法律相談無料

会社・経営者側専門となりますので労働者側のご相談は受付けておりません。

0120-630-807

受付時間:平日 9:00~19:00 / 土日祝 9:00~18:00

0120-630-807

平日 9:00~19:00 / 土日祝 9:00~18:00

※電話相談の場合:1時間10,000円(税込11,000円) ※1時間以降は30分毎に5,000円(税込5,500円)の有料相談になります。 ※30分未満の延長でも5,000円(税込5,500円)が発生いたします。 ※相談内容によっては有料相談となる場合があります。 ※無断キャンセルされた場合、次回の相談料:1時間10,000円(税込11,000円)※国際案件の相談に関しましては別途こちらをご覧ください。

執筆弁護士
検索ワードを入力してください

該当する記事177

労働法務記事検索

労働分野のコラム・ニューズレター・基礎知識について、こちらから検索することができます