従業員が精神疾患により自殺に至った場合に、安全配慮義務違反を肯定した事例ニューズレター 2015.2.vol.38

Ⅰ 事案の概要

医療法人Yが経営する病院に臨床検査技師として勤務していたAが、長時間労働等を原因としてうつ病に罹患し自殺に至ったために、Aの両親Xらが、Yに対して、Yの安全配慮義務違反を主張して債務不履行に基づき損害賠償を求めた事案です。

Aは、平成21年4月1日、Y法人に雇用され、Y法人の経営する病院に臨床検査技師として勤務を開始しました。そして、同年8月14日の夏季休暇明け頃から、Aは上司の指導のもと、超音波検査(臨床検査技師が行う検査の中でも難易度の高い検査技法とされており、一般に習得に数年を要するとされております。)の研修を開始し、9月初旬以降は超音波検査業務を上司らと担当するようになりました。この間、Aは超音波検査業務に備えるために、通常業務終了後は自らを被験者として検査を実践し、または職場や自宅で専門書を読むといった方法で、自習時間を設けていました。

平成21年10月17日は、学会に出席する上司らが不在のため、やむを得ずAと同僚の2名で臨床検査を担当することになっていましたが、Aは遅刻してしまったために、上司が立腹しA の留守番電話に「早く起きろ、ばかもの、死ね」というメッセージを残しました。同日、Aは遅刻しながらも業務を行いましたが、帰宅後の午後10時頃、自殺に至りました。

Ⅱ 争点

過労死や職場内いじめによる自殺の事案とは異なり、労働者がうつ病等の精神疾患を発症させて自殺に至ってしまった事案では、自殺にまで至る過程・原因が複雑で種々あるために、使用者側が自殺の発生を予測しにくく、安全配慮義務違反を判断するに際し、予見可能性の有無が重要な争点となります。

本件について、原審(札幌地裁判決平成24年8月29日)は、安全配慮義務違反の判断について、Aが就業を開始した平成21年4月1日から自殺1か月前となる平成21年9月17日までの期間は、時間外労働は「さほど多いともいうことはできない」し、何らかの精神疾患に罹患したことも認めらないので、安全配慮義務違反を否定しました。

また、自殺1か月前の同年9月17日以降について、Aが「中等症うつ病エピソード」に罹患したことを認定し本件自殺に至った可能性が高いと推認するも、Y法人においては、当該期間のAの業務遂行に伴って、Aが何らかの精神疾患を発症することを予見することは相当に難しいことであった旨指摘し、安全配慮義務違反を否定し、Xらの請求を棄却しました。

以上のとおり、Aが罹患した精神疾患の発症をY法人が予見できたか否かについて安全配慮義務違反の存否を主たる争点として、控訴審で争われたのが本判決です。

Ⅲ 札幌高判平成25年11月21日の要旨

本判決は、一般論として、長時間労働等によって労働者が精神障害を発症し自殺に至った場合において、使用者が、長時間労働等の実態を認識し、又は認識し得る限り、使用者の予見可能性に欠けるところはないというべきであるとして、予見可能性の対象としては、精神障害を発症していたことの具体的認識等を要するものではないと判断しました。

その上で、Y法人のAに対する労働状況の認識については、タイムカードによる打刻が用いられていたこと、Aの上司も臨床検査技師であるから超音波検査の習得が困難であることは把握していたこと、Aの時間外労働及び時間外労働と同視されるべき自習時間が96時間に至っていたことを指摘し、これらは、Y法人においては容易に認識し、または、認識し得たものと認定しました。

そして、Y法人は時間外労働及び時間外労働と同視されるべき自習時間を削減し、超音波検査による心理的負荷を軽減するための具体的、実効的な措置を講ずるのを怠っており、安全配慮義務を怠ったというべきとして、原判決を変更し、Y法人の責任を認めました。

Ⅳ 本事例から見る実務における留意事項

1 安全配慮義務違反(予見可能性)について

本件で安全配慮義務違反の有無を判断する上で問題となる予見可能性について、原審と本判決で判断が分かれたポイントは、原審では、長時間労働のみならず、精神疾患の発症までも予見の対象として要求しているのに対して、本判決では、長時間労働等によって心理的負荷が蓄積することがあれば、自殺に至ることがあるのは異常ではないという経験則に基づいて、長時間労働の実態や心理的負荷が過重になっていることについての認識があれば足りると判断したことにあります。

その上で、使用者の労働者に対する時間管理として、一定時間に帰宅させるよう調整することや超音波検査の担当を減らすことの「打診」だけでは足りず、帰宅時間を早め、超音波検査の担当数を実際に減らす、技能習得の目標地点を設定するといった、「具体的、実効的な措置」を要求していることに留意する必要があります。

2 自習時間について

また、本判決で注目される点が、心理的負荷の過重性の判断にあたっては、時間外労働時間の算定に自宅等における「自習時間」も含めている点です。「自習時間」は通常労基法上の「労働時間」(労基法38条1項)には該当しませんが、超音波検査業務遂行に密接に関連する自習がされていたことから、心理的負荷の過重性の判断に際しては、労働時間とみるのが相当であると判示しています。

したがって、本判決によれば、使用者は、心理的負荷を検討するに際して業務内容の難易度や役割との関連において労働者が業務の遂行のため自習を要するかにつき考慮を必要とします。そして、本判決では、業務の長時間残業が100時間を超えると精神疾患が早まるとの見解(厚生労働省平成15年度委託研究「精神疾患発症と長時間残業との因果関係に関する研究」)を援用し、時間外労働の心理的負荷の過重性の判断基準として100時間を目安のひとつとして判断しておりますので、この点も留意する必要があります。

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