Ⅰ 事案の概要
本件は、A社(大手電機メーカー関連会社)に、昭和59年6月、期間雇用社員として雇用され、その後、平成24年4月、A社がY社(大手電機メーカー)に吸収合併されたことによりY社に雇用されていたXが、Y社の事業リストラクチャリングの一環としての鳥取地区からの撤退等を理由に、Y社から雇止めを受けたこと(以下、「本件雇止め」といいます。)に対し、解雇ないし雇止めが無効であるとして、労働契約上の地位にあることの確認及びバックペイを求めて訴えを提起したという事案です。
Ⅱ 判決のポイント
1.本判決の争点
本判決の争点は、①XとY社(及びA社)との間の労働契約が期間の定めのある労働契約にあたるか、②労契法19条1号該当性、③労契法19条2号該当性、④本件雇止めの有効性他2つと、多岐にわたります。
上記争点のうち、実務に重要な意味を持つのは、争点②~争点④です。本件と同様に、企業が地方から撤退するという事案は、今後も少なからず発生すると思われます。上記争点②~争点④に関する裁判所の判断は、企業の地方からの撤退に伴い、断腸の思いで事業所閉鎖及び人員削減を行うにあたり、先例として参考になります。そこで、以下、争点②~争点④を取り上げます。なお、争点①について、裁判所は、期間の定めのある労働契約にあたると判断しました。
2.争点に対する判断
(1)争点②及び争点③について
労契法19条に該当すると、有期労働契約労働者の雇止めの要件が、無期労働契約労働者を解雇するのと同程度に厳格になります。そこで、本件では労契法19条1号2号該当性が争点となりました。
本判決では、労働契約期間満了の都度、契約書の作成又は提示を行い、労働契約を締結し直すことが大半であったこと、出向等で労働条件が変動する場合には契約書を提示し直していたこと等を根拠に、XとY社との間の労働契約を終了させることについて、期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できるとまでいうことは困難であるとして、労契法19条1号該当性を否定しました。
一方で、本判決では、Xが、昭和59年6月にA社に雇用された後、A社がY社に吸収合併された後も含め、労働契約が30回以上更新されていたこと等を根拠に、Xには、本件雇止めがされた時点において、雇用が継続されることへの合理的期待が生じていたとして、労契法19条2号該当性を認めました。
(2)争点④について
争点④に関し、本判決では、裁判所は、本件雇止めは、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない」(労契法19条柱書)とはいえず、有効であると結論付けています。
裁判所は、争点に対する判断を行う前提として、「Xが、労働契約の更新に寄せる期待の合理性はどの程度か」について、丁寧に認定しています。すなわち、裁判所は、Xが所属していた事業部が人員余剰となり事業移管されて撤退する等、Y社の鳥取地区における事業が縮小の一途をたどっていたこと、労働契約の更新に際して契約書の締結又は提示が行われており、契約書の文言も当然に更新が予定されているとはいえないこと等から、Xが労働契約の更新に寄せる期待の程度は、相当程度に減弱していたと認定しています。
そして、裁判所は、本件雇止めは、上記のように、労働契約更新に寄せられる期待が低いことに見合った程度の合理性すら欠く場合に初めて無効になるとしています。この裁判所の判断の背景には、業績悪化により事業撤退を余儀なくされる企業が、その雇用する者をやむなく雇止めする場合に、雇止めが有効となるハードルを高くし過ぎないことにより、事業リストラクチャリングを適切に行うことができず事業全体が不採算部門に引っ張られ崩壊することを防ぐ目的があると考えられ、妥当なものと評価できます(なお、業績良好な企業による雇止めには上記目的が妥当しないことに注意を要します。)。
さらに、裁判所は、Y社がX他に対して転籍公募や早期退職優遇制度の説明会を行っていること、求人を検索し出向打診をする等、Xの出向先開拓をしていること、Y社が鳥取地区に残す業務は、旧製品の製造物責任関係に関し顧客からの問い合わせに対応する業務であり、高度の専門性が要求されるところ、Xには同業務を行うために必要なスキルを備えているとはいえないこと、同業務が将来大阪へ移転される予定であること等を根拠に、本件雇止めは不合理とはいえず、有効であると判断しました。
Ⅲ 本事例からみる実務における留意事項
裁判所が、本件雇止めは有効と判断した理由を簡略に表現すると、「Y社が、Xの雇用継続等のための努力を尽くしたから」ということになります。
企業が雇止めを有効に行うためには、労働者が雇用継続に寄せる期待の程度に応じて、合理的かつ適切な雇用継続等のための努力を尽くす必要があります。雇用継続努力の内容は、①他部門への配転、②出向・転籍先の開拓、③早期退職優遇制度といったものがあります。本件では、Xは結局、配転、出向、転籍、早期退職優遇制度等の利用をしていませんが、だからといって、企業が雇用継続努力を尽くしていないとは判断されていません。業績不振による事業所閉鎖等に伴う雇止めでは、閉鎖される事業所の規模、業績、削減人員数及び削減候補者の職務内容等に照らして、個々の企業が可能な範囲で、雇用継続努力を行えば、仮に労働者側がそれを受け入れなくても、それが不合理であると判断されることはないと考えられます。
もっとも、本件では、Y社は、60社以上の出向先の開拓を行っている他、労働組合との労使間協議にも誠実に応じる等、長期間の手続的配慮を尽くした上で、やむなくXを雇止めしています。本件判決は、「最低限これさえクリアすれば雇止めOK」という最低基準を定めたものではありません。しかし、勝訴のためには勿論、労働者に労働審判や訴訟手続を採らせるような不満を残さないためにも、雇止めにあたり企業に要求される雇用継続努力の程度は軽いものではないと考えたほうが安全です。
また、本件は、期間の定めのある労働契約の更新に際して比較的厳格な手続を経ていることが、雇止めが有効との判断に有利に作用しています。業績がよいときほど、労働契約更新手続は緩やかなものになりがちですが、将来の万が一のリスクを考え、期間の定めのある労働契約の更新手続を、常に厳格に行っておくこと(契約書再作成等)をお勧めします。
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