勤務態度等を理由とする再雇用契約の更新拒絶の有効性~東京地裁平成28年2月19日判決~ニューズレター 2016.12.vol.60

Ⅰ 事案の概要

本件は、貨物自動車による小麦粉等の配送を業とする被告会社(Y社)の従業員であった原告(X)が、定年退職後もY社の再雇用規定に基づいて再雇用されていたところ、Y社から再雇用契約の更新を拒絶されたこと(本件更新拒絶)が不当であると主張して、Y社に対して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認及び本件更新拒絶後の賃金等の支払いを求めた事案です。

Ⅱ  判決のポイント

1.

本裁判例は、①本件更新拒絶のされた時点で客観的にみてX・Y社間の雇用契約が再度更新されることの合理的期待が存在していたか(労働契約法19条2号)、②Y社による再雇用契約の更新の基準(本件更新基準)に基づく審査の適否、③運行時間外手当は割増賃金の支払として支給されたものと認められるかという争点について判断をしています。

2. 雇用契約の更新に対する合理的期待の有無

本件更新基準は、定年退職後に期間の定めのある雇用契約を締結した社員の契約を更新する際に適用されるものでしたが、Xの場合には65歳に達する月の末日まで雇用契約の更新があり得る規定内容になっていました。また、XはY社に定年まで9年間勤務しており、継続雇用制度によって再雇用されていました。

本裁判例は、このような事実に基づいて、本件更新拒絶のされた時点で客観的にみてX・Y社間の雇用契約が再度更新されることに対する合理的期待があったものと認められると判断しています。

3. 本件更新基準による審査の適否

(1)審査の適否の判断方法

本件更新基準は、勤務態度等の6つの要素を3点満点で評価し、各項目が素点2点以上であることを要求するものでした。

そして、本裁判例は、本件更新基準の内容が6つの評価項目のいずれかでも「問題あり」として1点の評価を下した場合には更新拒絶に直結するものであるから、「問題あり」との評価の適否を検討するに当たっては、その評価の基礎とした事由をもって更新拒絶の客観的合理的理由に当たるか否か、更新拒絶することが社会通念上相当か否か(労働契約法19条)という観点から検討すべきであると判断しました。

(2)本件更新基準による審査が不当であったこと

本件では、Y社はXには以下のような規律遵守義務違反及び勤務態度不良の事実があったため(①から⑤)本件更新基準の下で更新拒絶することは正当であったと主張していました。

  • ①Xが運転走行中にパッシングをしたと社外からクレームがあった。
  • ②XがY社の配車係に対し酩酊状態で電話をかけて「ぶっ殺してやる。」等と脅迫した。
  • ③Xが他社に配達した際に他の特定の社員と同行することを嫌がり、荷下ろし作業を手伝わないと述べた。
  • ④Xが「どうせ辞めるから」と述べて2日連続で出勤しなかった。
  • ⑤Xが雇用契約の更新のための面接において、勤務態度について注意された際に声を荒げて立って退室しようとした。

しかし、本裁判例は、個別の事情が問題として大きなものではなく、Xが同様の問題ある言動を繰り返したり、Y社の業務自体に重大な影響が生じたりした事実は認められないと評価して、Y社が本件更新基準に照らしてXの「規律遵守」及び「勤務態度」を「問題あり」としたことは正当な評価とは言えないと判断しました。

4. 運行時間外手当は割増賃金の支払として支給されたものであるか

本件では、Y社は運行時間外手当という名目で個々の社員の運行によりY社が得た運賃収入に一定の掛け率を乗じて算出される手当を支払っておりました。そして、Y社はこの運行時間外手当を時間外割増賃金の支払として支給したものであると主張しました。

しかし、本裁判例は、①特定の業務について、法定労働時間外や深夜時間帯等に行った場合と通常の労働時間内に行った場合を比較すると、支給される運行時間外手当の金額に違いはないし、②Xに支給された運行時間外手当のうち時間外労働の割増賃金に相当する金額を判別することができないため、運行時間外手当の支給によってXに時間外労働等による割増賃金が支払われたと認めることはできないと判断しました。

5. 結論

本裁判例は、以上のとおり判断して、XのY社に対する労働契約上の地位確認請求及び未払賃金等の請求を認めました。

Ⅲ 本事例からみる実務における留意事項

1. 労働契約法19条の内容

有期労働契約の更新拒絶については、労働契約法19条により、当該契約が期間の定めのない労働契約と「社会通念上同視できる」場合(1号)や、労働契約が更新されるものと労働者が期待することについて「合理的な理由」がある場合(2号)には、解雇権濫用法理と類似した規制の対象となります。

すなわち、更新拒絶が①客観的に合理的な理由を欠き、②社会通念上相当であると認められないときは、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で会社側が契約更新の申込みを承諾したものとみなされます。

2. 本裁判例の意義

(1)更新に対する合理的期待を認めたこと

有期労働契約が更新されるものと労働者が期待することについて合理的な理由があるか否かについては(労働契約法19条2号)、雇用の臨時性・常用性、更新の回数、雇用の通算期間、契約期間管理の状況、雇用継続の期待を持たせる言動・制度の有無等を考慮して判断されています。

従前の裁判例では、業務内容の恒常性や更新実績から合理的期待を認める例が多数存在しましたが(東京地判平成23年11月8日労判1044号71頁等)、他方で、定年後の労働者については、満65歳に達した者の特別嘱託社員としての雇用状況から再雇用に対する合理的期待は認められないと判断された裁判例もありました(東京高判平成23年2月15日判時2119号135頁)。

本裁判例では、高年齢者雇用安定法の下で定年後の継続雇用制度によって有期労働契約を締結している労働者(X)について、①Xが定年まで勤続していた事実と、②継続雇用制度が65歳まで更新可能な内容でありXが65歳未満であった事実に基づいて、Xには雇用契約の継続について合理的な期待があると判断しています。

本裁判例の判断の理由は、継続雇用制度により雇用された労働者には一般的に該当し得る事情ですので、今後は定年後の再雇用契約の更新拒否の事案については制度上再雇用が可能な年齢までは雇用契約の継続について合理的な期待があると判断される可能性があります。

(2)更新拒絶の判断に対する厳しい実体審査が行われたこと

本件はX側にもある程度は問題のある言動があった事案ですが、本裁判例は、Xに問題ある言動があったとしても反復継続性と業務に対する重大な影響がないためY社の更新拒絶は不当であると判断しました。

本裁判例のような使用者側にとって厳しい判断方法が定年後の再雇用契約の更新拒絶のケースに一般的に適用されるのかどうかは今後の裁判例の集積に委ねられた問題ですが、事業者に65歳までの雇用を確保するための措置が義務付けられていることを勘案すると(高年齢者雇用安定法9条)、労働者が65歳未満のケースでは厳しい判断が続く可能性もあります。

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