Ⅰ 事案の概要
1 平成23年9月頃、Y社の代表取締役会長であったG2がY社の関係会社から不正に多額の貸付を受けていることが判明し、Y社が調査したところ、その背景にY社グループにおいてG2の父であり当時Y社顧問であったG1やG2の実弟であるG3(以下、G1~G3を併せて「G1父子」といいます。)が非常に強い支配権を有しており、不祥事の再発防止のためには、Y社グループにおけるG1父子の支配権を薄めることが必要であることが明らかとなり、平成23年10月28日、Y社は顧問であるG1を解嘱しました。
2 平成24年6月26日、Y社はG1父子らが保有するY社およびY社関係会社の株式を買い取るとともに、改めて、同日、G1との間で顧問契約を締結しました。同日、Y社社長が、G1は顧問に就任するが経営権・人事権を持たない名誉職 である旨等記載した「社員の皆様へ」と題する書面を従業員らに配布しました。
他方、G1はY社の経営陣に対して批判的な発言をし、これが月刊誌にインタビュー記事として掲載され、G1の元秘書であるXはこの記事を読んで、G1がY社経営陣に対して批判的な立場にあることを認識していたにもかかわらず、遅くとも同年10月16日頃以降、自身の職務により得たY社の機密情報を、G1に伝えました。なお、Xは、同年9月10日、Y社の東京本社に異動しています。
G1はその情報に基づいて、Y社取引銀行にY社の機密情報を交付し、Y社は同銀行から情報開示を受けた結果、XがY社の機密情報を流出させている疑いが強くなったため、XをY社の機密情報を知り得ない部署に異動させることとなり、平成24年12月26日、Y社はXに対し、兵庫県加古川市のZ社への出向を命じました(以下、「Z社出向命令」といいます。)。
3 平成25年1月7日、G1からY社の複数の役職員らに対し、Y社の関係部署等が共謀して決算予想数値を改ざんしている等を内容とするXが記載した告発状(以下、「本件告発状」といいます。)が送付されました。
これを受けてY社は、Xに対するヒアリングを実施するなどしてその記載内容を調査する必要があると判断し、同日、XにZ社出向命令を取り消す旨を伝えた上、同月8日、総務人事本部人事部付課長への配置転換を命じました(以下、「本件配転命令」といいます。)。
Y社は、本件告発状の記載内容について調査しましたが、本件告発状の記載内容の大半に根拠がないと判断し、同年2月1日、Xを管理職1級から管理職2級に降格させる旨の懲戒処分(以下、「本件降格処分」といいます。)をしました。
Y社は、Xに対し、平成25年2月1日、同月5日付でA社に出向し北海道B市所在のB営業所において所長として勤務することを命じました(以下、「本件出向命令」といいます。)が、Xがこれに応じなかったため、再三にわたり赴任を命じるとともに、今後もB営業所に赴任して就労しない場合には、懲戒規程に基づき論旨解雇または懲戒解雇することがある旨を通知しました。しかし、Xがこれに応じなかったため、Y社は、同年3月11日付でXを懲戒解雇しました(以下、「本件懲戒解雇」といいます。)。
4 本件は、Xが、Y社に対し、本件配転命令、本件降格処分、本件出向命令及び本件懲戒解雇はいずれも無効であると主張してXが労働契約上の権利を有し、本件降格処分前の地位にあること、配置転換先および出向先に勤務すべき労働契約上の義務がないことの確認等を求めて訴えを起こしたものです。
Ⅱ 判決のポイント
1 本件配転命令の有効性
「調査のためにXを東京本社に在籍させておく必要があることから同命令を取消し、本件配転命令を発した」と認定し、本件配転命令には業務上の必要性があり、Xに著しい不利益を負わせる事情もなく、権利濫用とは認められないとし、本件配転命令は無効であるとはいえないとしました。
2 本件降格処分の有効性
本件告発状の記載内容は、その大半の記述が真実であったとは認められず、Xがこれらの事実を真実であると信ずるについて相当な理由もないとし、Xが本件告発状をG1に交付しY社の名誉が毀損され、正当な内部告発であるともいえないとし、就業規則所定の懲戒事由(名誉毀損及び秘密漏えい)に該当する事実が認められ、本件降格処分が懲戒権を濫用したものであるとも認められないから、本件降格処分は無効であるとはいえないとしました。
3 本件出向命令の有効性及び本件解雇処分の有効性
本判決は、Y社においてXを重要な機密情報を取り扱わない部署に再配置する必要があったことは認められるものの、B営業所所長という役職(同営業所は所長1名のみで構成され、物流業務の一担当者に過ぎない)は業務内容の観点からみてXの配置転換先としての合理性を欠き、また、Y社において、配置転換先の決定に当たり、Xの経験、適正等を踏まえた選定作業が行われてはいないと認定し、「本件出向命令が、本件降格処分を告知した直後にその場で発せられ」、「Y社において、懲戒処分の検討と平行してXの配置転換先の検討が進められたと考えられる」ので、「Y社は、実質的にXを懲戒する趣旨で本件出向命令を発したとの評価を免れ」ず、これは不当な動機・目的に当たり、Y社による出向命令権の濫用としてその効力を否定し、本件懲戒解雇についても、懲戒事由に該当せず無効としました。
なお、X・Y社共に本判決を不服として控訴し、上記判断部分に関しては控訴棄却判決がなされています。(東京高判平成28年8月24日)。
Ⅲ 本事例からみる実務における留意事項
Xの内部告発は、Y社とG1父子との間で激しい対立が生じているという状況下で行われており、G1の元秘書であるXの内部告発の目的に正当性が認められず、告発内容についても真実とは認めがたいことから、正当な内部告発事案と比較してXを保護する必要性が乏しかったという特徴があり、本裁判例もこの点を重視して本件降格命令を有効と判断したものと考えられます。
もっとも、本件出向命令は合理性を欠き、不当な動機・目的があるとして無効と判断されています。
このことから、企業側としては、労働者の内部告発が正当なものとは認められない場合でも、配転命令や出向命令を行うときは、人事権行使の目的や労働者への不利益を適切に検討することが重要であると考えられます。
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