Ⅰ 事案の概要
(1)Xは、平成23年4月1日、学校法人(以下、「Y学園」といいます。)との間で、期間を1年とする有期労働契約(以下、「本契約」といいます。)を締結し、Y学園の運営する女子短大にて講師として勤務を開始しました。本契約には、契約の更新に関して、①契約期間3年を限度に契約を更新する場合がある、②協議が整わない場合は、期間満了をもって労働契約は終了する、③Y学園が必要と認め、かつ労働者が希望した場合は、契約期間満了時に、無期労働契約に移行することができる旨の定めがありました。
(2) Y学園は、平成24年3月19日、Xに対し、同月31日をもって本契約を終了する旨通知しました(雇止め①)。Xはこれに納得せず、労働契約上の地位の確認を求めて提訴します。Y学園は、裁判係属中である平成25年2月、Xに対し、仮に雇止め①の効力が生じていないとしても、平成25年3月31日をもって本契約は終了する旨通知しました(雇止め②)。
(3) さらに、Y学園は、平成26年1月、Xに対し、契約期間の更新の限度は3年とされているので、仮に雇止め①、②の効力が生じていないとしても、同年3月31日をもって本契約を終了する旨通知しました(雇止め③)。平成18年度から23年度の講師の中で、1年目または2年目の更新時に明示的な雇止めを受けたのはXのみであり、3年経過後に無期労働契約に移動した職員は8名いました。
(4) 原審は、雇止め①、②、③の効力をいずれも否定し、本契約は平成26年4月1日から期間の定めのない労働契約(無期労働契約)に移行したとして、Xの請求を認容しました。これに対してY学園が上告したのが本事案です。
Ⅱ 争点 -有期労働契約の雇止めの有効性、有期労働契約から無期労働契約への転換-
(1) 雇止め①、②について
労働契約法19条は、判例によって積み重ねられた解雇権濫用法理の有期労働契約への類推適用(雇止め法理)を明文化したものであり、合理的理由のない更新拒否の効果を否定しています。雇止め①の時点では同条は定められていませんでしたので、雇止め法理の適用(現行法であれば、同条2号の適用の有無)があるか否か、雇止め②については、同条2号を適用が争点となりました。
(2) 雇止め③について
労働契約法18条は、有期労働契約が通算5年を経過した場合、無期労働契約への転換を認めていますが、Xの有期労働期間は5年に満たないため、同条は適用されません。しかし、本契約には、Y学園が必要と認め、かつ当該者が希望した場合は、契約期間が満了するときに、無期労働契約に転換することができる旨の規定があります。
原審は、本契約について、Xの認識や契約更新の実態からすれば、有期雇用期間限度の3年間は試用期間であり、特段の事情のない限り無期労働契約への転換が合理的に期待できること、Xが雇止めの効力を争っていることは無期労働契約への移行を希望したものと認めるべきであること、Y学園の雇止め①、②がともに無効である以上、Y学園はXの当該申し込みを拒む相当の事情はないことを理由に、本契約の無期労働契約への転換を認めました。最高裁ではこの転換の有無が争われました。
Ⅲ 争点に対する裁判所の判断
(1) 雇止め①、②について
最高裁は、雇止め①、②の効力を否定した原審及び原々審の判断を是認しました。原審及び原々審では、雇止め①について「雇止め法理」をあげ、ⅰ複数年における一貫した教育が予定されていたこと、ⅱXは臨時職員ではなく専任・常勤の教員として雇用されたこと等を理由に、Xにおいて本契約が少なくとも3年間継続し、その間に2回更新されると期待することについて合理的な理由があるとし、その効力を否定しました。
雇止め②については、Xの雇用継続への合理的な期待を基礎づける事情について変更はみられない等として、労働契約法19条2号により、その効力を否定しました。
(2) 雇止め③について
最高裁は、有期労働契約から無期労働契約への転換を認めた原審を破棄し、無期労働契約への転換を認めず、本契約は平成26年3月31日をもって終了すると判断しました。最高裁は、その理由について以下のように述べました。
ⅰ本契約では、契約期間の更新限度は3年であり、無期労働契約への転換が認められるのは、勤務成績を考慮してY学園が必要と認めた場合である旨明確に定められており、Xもこのことを十分に認識した上で契約締結していること、ⅱ大学教員の雇用は一般的に流動性があること、ⅲY学園の実績として無期労働契約への転換が認められなかった職員も複数いることなどからすれば、無期労働契約への転換は、Y学園の判断に委ねられており、本契約が3年の更新限度期間満了時に当然に無期労働契約へ転換するものと解することはできないと判示しました。
Ⅳ 本判決の実務上の留意事項
(1) 雇止め①、②について
本事案は、更新が多数回行われていた事案とは異なり、初回及び2回目の更新時の雇止めについて適法性を判断したという点に特徴があります。Ⅲ(1)ⅰ~ⅱにあげた事情からすれば、その判断は相当なものであったとの評価が一般的です。
(2) 雇止め③について
本判決以前の著名な判例である神戸弘陵学園事件(最判平成2年6月5日)は、新規採用時の有期労働契約につき、期間設定の趣旨が労働者の適性を判断する点にあるときは、期間満了時に契約は当然に終了する旨の明確な合意があるなどの特段の事情のない限り、期間設定は契約の「存続期間」ではなく、「試用期間」であるとの一般論を述べました。本判決の原審は、この一般論を、「試用期間を定めた有期契約は、法的には無期契約ないし無期契約への移行を使用者側から原則拒めない有期契約である」と解釈し、Xの本契約も法的には無期労働契約への移行をY学園からは原則拒めない有期契約であると解釈したと考えられます。しかし、このような解釈は有期契約の利用目的を制限していない現行法には合致していないため、神戸弘陵学園事件は、「有期契約であることが不明確な場合にのみ、形式的に設定された契約期間を無期契約における試用期間とみるべき」と判示したものと考えるべきです。
本判決は、原審の解釈を否定し、労働契約の内容として有期契約であることが明確であり、その点を当事者が認識していた場合には、仮にその期間が適性を図る趣旨であったとしても、期間満了後当然に無期労働契約に転換するものではないということを示したものであり、神戸弘陵学園事件の射程を狭めたものと考えられます。つまり、有期労働契約から無期労働契約への当然の転換が認められないようにするには、契約締結時に有期契約であることを契約内容に明記し、かつその点を労働者に明確に伝えることが重要であると考えられます。
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