Ⅰ 事案の概要
本件は、Y社との間で期間の定めのある労働契約(有期労働契約)を締結して勤務している契約社員Xが、期間の定めのない労働契約(無期労働契約)を締結している正社員と比較して不合理な労働条件の相違を定めた部分が労働契約 法20条に違反し無効である旨主張して、無事故手当、作業手当、給食手当、住宅手当、皆勤手当、家族手当、通勤手当及び一時金の支給、定期昇給並びに退職金の支給に関し、ⅰ無期労働契約を締結している正社員と同一の権利を有する 地位にあることの確認を求めるとともに、ⅱ労働契約(予備的に不法行為)に基づき、手当不支給分を含む未払賃金相当額の支払を求めた事案です。
Ⅱ 判決のポイント
本判決においては、まず、
- 労働契約法20条違反の有無の判断の枠組み
が確認された後、
- 本件有期労働契約の個々の労働条件の不合理性の有無
が判断され、次に、
- 労働契約法20条違反の効力、Y社の不法行為責任
が判断されました
a. 労働契約法20条違反の有無の判断枠組みについて
本判決は、労働契約法20条は期間の定めがあることを理由とした不合理な労働条件の相違を禁止するものである としたうえで、不合理か否かの判断は、業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、転勤、昇進といった人事異動や 本人の役割の変化の他、合理的な労使の慣行等の諸事情を考慮し、個々の労働条件ごとに判断されるべきものであるとしました。
b. 本件有期労働契約の個々の労働条件の不合理性の有無について
本判決は、問題となった各労働条件について、概要、次のように判示しました。
以下、簡単にご紹介させて頂きます。
- 無事故手当について⇒労働契約法20条違反
∵優良ドライバーの育成や安全な輸送といった無事故手当の目的は、正社員のドライバー及び契約社員のドライバーの両者に対して要請されるべきものである。
- 作業手当について⇒労働契約法20条違反
∵作業手当を基本給の一部と同視することもできず、その他合理的な理由もない。
- 給食手当について⇒労働契約法20条違反
∵給食手当は従業員の給食の補助として支給されるものであって、正社員の職務の内容や当該職務の内容及び変更の範囲とは無関係に支給されるものである。
- 住宅手当について⇒労働契約法20条に違反しない
∵正社員は転居を伴う転勤が予定されており、住宅コストの増大が見込まれる。
- 皆勤手当について⇒労働契約法20条に違反しない
∵皆勤手当には精勤に対してインセンティブを付与して精勤を奨励する側面があるところ、有期契約社員もまた、全営業日に出勤した場合には昇給や、時給の増額が行われることがあり得、現に、Xの時給は増額されている。
- 通勤手当について⇒労働契約法20条違反
∵通勤手当は職務の内容や変更の範囲とは無関係に支給されるものである。
- 定期昇給、家族手当、賞与、退職金について⇒損害賠償請求がないため判断しない
∵家族手当、一時金の支給、定期昇給及び退職金に関する条件が労働契約法20条に違反するものであるとしても、Xの労働条件が無期の正社員の労働条件と同一になる効力を有するものとは認められないから(詳しくは後記4参照)、当該各手当に関する労働条件の相違が労働契約法20条に違反するか否かについて判断するまでもなく、Xは、当該各労働条件について、無期の正社員と同一の地位にあることの確認を求めることはできない。
c. 労働契約法20条違反の効力、Y社の不法行為責任について
1.労働契約法20条違反の効力について
Xは、本件有期労働契約に基づくXの労働条件の一部が労働契約法20条に違反する以上、当該各労働条件に関し、XもY社の正社員と同一の権利を有する地位にあると主張しました。しかし、本判決は、同法20条は同法12条のような就業規則の直律的効力(同法違反により無効となった部分について、就業規則が補充する旨の定め)を規定していないことから、関係する就業規則等の規定を適用し得る場合はともかく、そうでない場合には、不法行為による損害賠償責任が生じ得るにとどまるものと解するほかない、と判示しました。
そして、Y社の就業規則上、契約社員に適用される規則が労働契約法20条に違反する場合に、正社員に適用される規則が当然に適用されることになると解することはできないとし、本件有期労働契約に基づくXの労働条件の一部が労働契約法20条に違反するものであるとしても、それによりY社に不法行為による損害賠償責任が生じ得ることは格別、XがY社に対し、Y社と期間の定めのない労働契約を締結している正社員と同一の権利を有する地位にあるものとは認めることはできない、と判示しました。
2.Y社の不法行為責任について
本判決は、本件有期労働契約に基づくXの労働条件のうち、無事故手当、作業手当、給食手当及び通勤手当の支給に関する部分は労働契約法20条に違反して無効であるとし、同条が施行された平成25年4月1日以降に当該各手当をXに支給しなかったY社の対応は、民法709条の不法行為を構成するとして、Y社はXに対して不法行為に基づき77万円の損害賠償と遅延損害金を支払うべき義務があるとしました。
Ⅲ 本事例からみる実務における留意事項
本判決は、有期契約社員と無期契約社員の労働条件の違いが労働契約法20条に違反するかについて、各労働条件を個別具体的に審理しており、その結論のみならず判断過程も非常に参考になる判例です。本件では、家族手当等の違法性については、Xが地位確認しか請求されていなかったために判断されずに終わりましたが、仮に、これらについても損害賠償を請求されていたらどのような判断が下ったのだろうかと、気になるところではあります。
なお、長澤運輸事件判決(東京高裁平成28年11月2日判決)でも、労働契約法20条違反の有無が問題となりましたが、同条には違反しないと判示されています。長澤運輸事件判決では、有期契約社員が高年齢者雇用安定法によって定年退職後に再雇用された労働者であったこと等、本件と異なる諸事情があったこともポイントであったといえるでしょう。
有期の契約社員と無期の正社員との間で労働条件に差を設ける理由には、様々な理由があるかとは存じますが、同一労働同一賃金ガイドライン案などを参考にしながら、各手当の意義や、有期の契約社員と無期の正社員との業務内容の違い、人材活用の仕組み等、多岐の事情を慎重に考慮して支給を決めることが大切であると思われます。
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