妊娠判明を契機とする退職合意の有無等について~東京地裁立川支部 平成29年1月31日判決(TRUST事件)~ニューズレター 2018.6.vol.78

Ⅰ 事案の概要

1 本件は、被告Y社(被告)に勤務し、建築測量等に従事していたX(原告)が、妊娠の判明により、Y社代表者の勧めで派遣会社に登録したこと等で、退職合意があったと主張するY社に対し、労働契約上の地位を有することの確認、民法536条2項に基づく賃金の支払い、並びに慰謝料等の支払いを求めた事案です。

2 Xは、平成26年10月に期間の定めのない正社員としてY社に採用され、以降、建築測量等の業務に従事していました。

Xは、平成27年1月15日以降、インフルエンザを理由に休暇を取得していたところ、同月21日、妊娠していることが判明しました。そこで、Xは、Y社代表者及び直属の上司に連絡をしたところ、現場業務の継続が難しいとの話になり、Y社代表者から代替的手段として、派遣会社への派遣登録が提案されました。なお、かかる派遣会社は、Y社代表者が代表を務める会社です。

Xは、Y社代表者の提案を受け入れ、上記休暇以降は、Y社に出勤することはありませんでした。また、派遣先での勤務は、平成27年2月6日の1日間だけでした。

事実関係として、XがY社に対して退職届を提出したということはありませんでした。そして、平成27年6月10日、XはY社の代表者から退職扱いになっている旨の連絡を受けました。同月11日、XがY社に離職票の発行を求めたところ、退職理由について「一身上の都合」とする同日付の退職証明書と離職票が送付されました。

かかる期間中、XはY社代表者に対し、平成27年1月と同年2月に社会保険加入を希望することを伝えたり、かかる回答を促したりする連絡を合計3回していました。しかし、Y社からXが退職扱いになっていることやY社のもとでは既に社会保険に加入できなくなっていることについて明確な説明は行われていませんでした。

3 Xは、退職合意の否認を主張し、労働契約上の地位確認、労働契約書記載の基本給月額20万円を基準に計算した賃金107万6500円の支払い、また、実質的に妊娠を理由とした解雇であって男女雇用機会均等法(以下「均等法」と言います。)9条3項、4項に違反する不法行為であると主張し、慰謝料150万円の支払いを求めて提訴しました。

Y社は、平成27年1月末頃に退職合意があった、あるいは、退職合意が認められなくとも休職合意はあったことから賃金額の算定においてかかる点は考慮されるべき等の主張をし、争いました。

4 TRUST事件の争点は、①退職合意の有無、②退職合意がなかった場合のY社が支払うべき賃金(休職合意の有無を含めて)③慰謝料の額の3点でした。

Ⅱ  判決のポイント

1 争点①について、裁判所は一般論として、「退職は、一般的に、労働者に不利な影響をもたらすところ、雇用機会均等法1条、2条、9条3項の趣旨に照らすと、女性労働者につき、妊娠中の退職の合意があったか否かについては、特に当該労働者につき自由な意思に基づいてこれを合意したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか慎重に判断する必要がある。」と論じました(下線は筆者。)。そして、本件において、「現場の墨出し等の業務ができないことの説明を受けたうえで、」派遣会社への登録を行い、「平成27年6月10日、被告代表者から退職扱いとなっている旨の説明を受けるまで、被告に対し、社会保険の関係以外の連絡がないことからすると、原告が退職を受け入れていたと考える余地がないわけではない。」と論じています(下線は筆者。)。

他方で、「被告が退職合意のあったと主張する平成27年1月末頃以降、平成27年6月10日時点まで、被告側からは、上記連絡のあった社会保険について、原告の退職を前提に、被告の下では既に加入できなくなっている旨の明確な説明や、退職届の受理、退職証明書の発行、離職票の提供等の、客観的、具体的な退職手続がなされていない。」「他方で、原告側は、被告に対し、継続して、社会保険加入希望を伝えており、平成27年6月10日に、被告代表者から退職扱いとなっている旨の説明を受けて初めて、離職票の提供を請求した上で、自主退職ではないとの認識を示している。」「さらに、被告の主張を前提としても、退職合意があったとされる時に、被告は、原告の産後についてなんら言及をしていないことも併せ考慮すると、」「原告は、産後の復帰可能性のない退職であると実質的に理解する契機がなかったと考えられ、また、被告に紹介された株式会社Bにおいて、派遣先やその具体的労働条件について決まる前から、原告の退職合意があったとされていることから、原告には、被告に残るか、退職の上、派遣登録するかを検討するための情報がなかったという点においても、自由な意思に基づく選択があったとは言い難い。」と判断し、退職合意を否定しております(下線は筆者。)。

2 ②については、本件の諸般の事情(Xがインフルエンザに罹患していたこと、Xの妊娠が休暇中に判明し、その旨をY社代表者及び上司に伝えていること、Y社代表者から代替的手段として派遣会社への登録を推奨され、Xがこれに応じていること等)から休職の合意があったと認定されました。そして、賃金については、平成27年6月10日にXがY社から退職扱いになっていることを伝えられている事実をもって、かかる時点を基準に、「被告の責任で、原告の職場復帰が確定的に不可能となり、労務提供ができない状態になったと認められる。」と判断され、同日から、「民法536条2項に基づき、賃金債権が発生する」と判断されております(もっとも、Xは平成27年9月6日に出産しており、労働基準法65条の規定より、産後6週間の就労は本人が望んでも就労させることができず、かつ、原則として産後8週間の就労も禁止されていること等の事情より、本事案においては、産前の6日間と産後8週間については、就労ができないため賃金債権が発生しないと認定されています。)。

なお、民法536条2項の中間収入控除について、XがYの許可を得て行っていた副業の収入が、Xの平均月額を超えるものではなかったため、いずれも控除されておりません。

3 ③について、「雇用機会均等法1条、2条の趣旨目的に照らし、仮に当該取扱いに本人の同意があったとしても、妊娠中の不利益取扱いを禁止する同法9条3項に該当する場合があるというように、同項が広く解釈されていることに鑑みると、」「休職という一定の合意が認められ、さらに、仮に、被告側が、原告が退職に同意していたと認識していたとしても、当該労働者につき自由な意思に基づいてこれを退職合意したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に認められない以上、平成27年6月10日に、退職扱いとした被告には、少なくとも過失があり、不法行為が成立すると解される。」と判断されています(下線は筆者。)。

そのうえで、本件の事情から、「法的に合意退職が認められないとしても、被告は、原告に一方的に不利益を課す意図はなかったと推察される。」と判断し、その他の事情を考慮して、金20万円の慰謝料を認定しています(下線は筆者。)。

Ⅲ 本事例から見る実務における留意事項

1 従来の判例

本件は、妊娠・出産を理由とする降格の違法性が争われた広島中央保険生協事件(最判平成26年10月23日、差戻審については広島高判平成27年11月17日。)の判断枠組みの考え方と同様、退職合意について、女性労働者の自由な意思に基づいて合意したものと認められる合理的理由の存在について、慎重に判断するとしております。ゆえに、同判例と同様に、その判断枠組みは厳格なものとなっています。

2 本判決の意義

本件では、Y社の代表者は、Xに対し代替的手段として、派遣会社への登録を勧め、Xもこれに対し同意しています。しかしながら、具体的な退職の手続き等は行われておらず、また、派遣会社への登録をもって退職扱いになっていたことを休職から半年経ってから初めて知らされた等の事情から、退職合意はなかったと認定されております。

妊娠を契機とする退職合意の有無について、今後も本判決の示した規範と同様の判断枠組みで判断される可能性が高いものであると言えます。

3 最後に

女性の社会進出に伴い現代社会においては、いわゆる「寿退社」が定着していた旧来とは働き方が変化し、産後も復職を希望される従業員の方も多数いらっしゃいます。そこで、妊娠に伴う退職について、今後は社会的評価が変化すると同時に、退職合意の有無についても争いになる可能性があります。

そこで、企業側としては、女性従業員が妊娠を契機に退職を申し入れた場合には、面談等を通じて、十分な説明と従業員の意思確認をすること、具体的な退職手続き、報告等をなすことが求められます。また、しっかりと合意確認の書面を取り交わす必要もあります。

手続きが不十分であった場合、均等法9条3項違反等を理由に紛争に発展する可能性があるため、企業としては十分な対応が求められます。

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