外科医に対する配転命令と職種限定合意の有無について~広島高裁岡山支部 平成31年1月10日決定~ニューズレター 2019.9.vol.93

Ⅰ 事案の概要

1 請求の概要

本件は、Y法人病院に外科医として勤務する医師であるXが、Y法人がした①Xをがん治療サポートセンター長に任命する旨の配置転換命令(以下「本件配転命令」という)及び、②Xに対し外科の一切の診療に関与することを禁止する命令(以下「本件診療禁止命令」という)は、いずれも無効であり、Xはこれに従う義務がないことの確認を求めたものです。本稿では、このうち本件配転命令の有効性についてご紹介いたします。

2 事実関係

(1) Xは、平成4年4月以降、外科医師として就労してきました。また、Xは、各種学会が認定、選定する専門医、指導医、認定医等の資格を有しているところ、各資格は更新を要するものであり、その更新のためには、更新前の一定期間に、指定された内容及び件数の手術に関与していること等が必要でした。

(2) 平成26年4月、XはY法人から胆肝膵外科主任医長兼腹腔鏡外科主任医長に任命され、平成27年1月には、消化器疾患センター副センター長、28年4月には消化器外科部長となりました。一方、この平成26年から28年の間にY法人に勤めていた2名の医師がXの言動を理由として退職の意向を示して退職し、特定の看護師からはXの言動に対する苦情が寄せられていました。

(3) 平成28年12月には、医師Aが参加した手術において、3人の患者に合併症が生じ再手術を要する事態となり、同月のカンファレンスにおいてXは、A医師に対し、「しばらく手術をするのはやめたほうがいい」などと述べました。Y法人理事長は、このXの発言はパワハラに当たると述べました。

(4) 平成29年1月11日、Y法人理事長は、Xに対して本件配転命令及び、本件診療禁止命令を発しました。Xからの本件配転命令及び本件診療禁止命令の理由等の質問に対し、Y法人理事長は、他の医師や看護師に対するXの暴言やパワハラ的言動が、外科医としてチーム医療をしていくうえで必要なコミュニケーション能力が不足していると指摘し、それゆえ外科の一切の診療に関与することを禁止したと述べました。

Ⅱ  争点

判例は、勤務場所や職種の限定合意がない場合に、労働協約や就業規則の包括的な条項から使用者の配転命令権を肯定する傾向にあります。そこで、本件は、まずは外科医師として専念していた労働者に対する本件配転命令について、【論点①】職種限定合意が認められるか、【論点②】職種限定合意が認められたとして、職種限定合意に反するか、【論点③】職種限定合意に反しない場合には、権利濫用に当たり、無効といえないかが争われたものと整理することができます。

Ⅲ 争点に対する裁判所の判断

1 まず、【論点①】の職種限定合意が認められるかについて、本決定は、明示の職種限定合意を認めなかったものの、Xの従事する外科医師という職業は、極めて専門的で高度の技能・資格を要するものであり、長年にわたり特定の職務に従事することが必要で、熟練度や経験が労務遂行上重要な意味を持つものであることからすると、Xにとってその意に反して外科医師としての臨床に従事しないという労務の形態は、およそ想定することができないものであり、Y法人においてもXの外科医師としての極めて専門的で高度の技能・技術・資格を踏まえて雇用したことは明らかであり、Xの意に反して外科医師として就労させない勤務の形態を予定して、Xを雇用したとは認められないとし、職種限定合意を認定したうえで、【論点②】について、本件配転命令は、職種限定合意に反するものであるから無効であると判断しました。

2 以上からすれば、【論点③】については判断不要になりますが、本決定では「念のため」として検討を加え、権利濫用に当たり、無効であるとも判断しています。

具体的には、「本件では、少なくとも信義則上、本件配転命令による変更前の職務から、変更後の職務に異動させる高度の業務上の必要性が必要である」と示したうえで、Xが異動になったことでY法人の売上が減少したこと、Y法人が主張するようにXがパワハラ等の問題行為に及び続けたとはいえないこと等を指摘して、業務上の必要性を認めることはできないと判断しました。

一方、Xの被る不利益については、本件配転命令等によって外科医師としての技能・技術の質を低下させられ、専門医等の資格も失うことにより、外科医師としての専門性を著しく毀損されることからすると(中略)、Xが被る不利益は、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益であることが認められると認定しました。

IV 本事例からみる実務における留意点

上でも述べましたが、判例は、勤務場所や職種の限定合意がない場合には、使用者の配転命令権を肯定する傾向にありますので、使用者の配転命令権限の有無を判断するに当たっては、職種限定合意の有無が当面の問題となります。 この点、裁判所は従来から職種限定の合意を認めることについては消極的な姿勢を示しています(日産自動車村山工場事件・最一小判平元・12・7労判554号6頁、九州朝日放送事件・最一小判平10・9・10労判757号20頁)。

しかし、アナウンサー(東京地決昭51・7・23)、臨床検査技師(福岡地決昭58・2・24)、大学助教授(福井地判昭62・3・27)、キャディ(宇都宮地決平18・12・28)等の職種について、本決定と同様に職種限定合意の存在を認めたものがあります。これらの決定等と本決定の共通項はどこにあるのでしょうか。

この点、本決定が「外科医師という職業は、極めて専門的で高度の技能・資格を要するものであり、長年にわたり特定の職務に従事することが必要で、熟練度や経験が労務遂行上重要な意味を持つものである」と指摘していることが参考になります。すなわち、職種限定合意が認められた上記の決定等と本決定は、いずれも特殊な資格や技能を要し、高度の専門性を有するという共通項があるといえます。このような場合には、高度の専門性を有する職種に就く労働者のキャリアを尊重する観点から職種限定合意を認める傾向にあるようです。

職種限定合意が認められる場合には、労働者の同意を得ない一方的職務変更は原則としてなし得ません(労働契約法8条参照。)。本決定でも判断の中心ではありませんが、「少なくとも高度の業務上の必要性が必要である」と述べていることからすれば、裁判所は例外を限定的に解する立場であることが窺えます。したがって、高度の技能・資格を有する等の専門性の高い労働者に対する配転命令は、特に慎重な判断を要することになると思われます。

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