Ⅰ 事案の概要
1 本件は、新車や中古車の卸小売販売等を目的とするY社に雇用されたXが、Y社での長時間労働等のために、右片麻痺及び失語を伴う脳梗塞を発症して、後遺障害が残存したとして、Y社に対しては、債務不履行責任に基づく損害賠償請求を、Y社の代表取締役らに対しては、役員等の任務懈怠責任に基づく損害賠償請求を求めた事案です。
2 具体的には、Y社は、複数の会社が自動車展示を行う合同自動車展示場内の店舗(以下、「本件店舗」といいます。)において、自動車の販売やロードサービス事業を行っていたところ、Xは、平成11年12月にY社に雇用され、本件店舗に配属になり、その約1年後に本件店舗の店長になったのですが、平成21年4月5日に右片麻痺及び失語が出現し、緊急搬送され、脳梗塞の診断を受けたため、同年12月31日付でY社を退職しました。Y社では、各従業員や店舗において、一定期間ごとに営業活動について、容易に達成することができない程度の水準の目標を立てることが求められ、目標不達成でもペナルティー等が課されていたわけではないものの、Xをはじめとする店舗の店長は、目標の達成状況や対策等を会議等で問われる状況にありました。
なお、Xは、平成13年の健康診断では、高血圧症等により要再検査とされ、平成16年の健康診断でも、高血圧症等により要精密検査とされ、問診票での家族歴でも高血圧症、脳出血、脳梗塞が挙げられていました。
Xは、平成26年4月に、労働基準監督署長に対して、脳梗塞を発症したことについて、労災保険法に基づく障害補償給付を請求したところ、脳梗塞発症前6か月間のXの時間外労働について、発症前1か月は88時間、同2か月~6か月はいずれにも110時間を超える程度あるとして、脳梗塞の業務起因性が肯定され、残存した後遺障害について障害補償給付の支給の決定を受けました。
その後、XがY社及びY社の代表取締役らに対して損害賠償責任を求めて提訴したものです。
Ⅱ 本判決の内容
1 本件の争点
Xの脳梗塞が、Y社での業務に起因するものであるか否か(業務起因性)が主な争点となりました。
2 裁判所の判断
- (1)まず、Xの時間外労働について、本判決は、Xが出勤から朝礼までの間に行う業務や、朝礼業務、営業時間内の業務、営業時間終了後の業務の内容、時間などを日誌等を踏まえて詳細に認定し、労基署が認めたものよりも相当多い、発症前1か月~6か月までいずれも150時間を超える時間外労働を認定しました。
- (2)かかる時間外労働とXの脳血管疾患との関連性について、本判決は、医学的に、恒常的な長時間労働による負荷が一定期間にわたって作用した場合には、疲労の蓄積が生じ、血管病変等をその自然状態を超えて著しく増悪させ、その結果、脳梗塞等の脳血管疾患を発症させることがあるとされ、特に、発症前1か月間におおむね100時間または発症前2か月間から6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合には、業務と発症との関連性が強いと評価できる等として、Y社での業務とXの脳梗塞の発症の相当因果関係を認めました。
- (3)さらに、本判決は、目標が達成できない場合にペナルティーがなかったことを考慮しても、本件店舗の店長であったXは、自己及び本件店舗の目標を達成するために、相応の精神的緊張を伴う業務に従事していたとして、かかる精神的緊張によるストレスが脳梗塞発症の要因とされていることからしても、Y社での業務がXの脳梗塞発症の要因となりうるものであったとしました。
- (4)その上で、Xの高血圧等の基礎疾患について、本判決は、Xが脳梗塞を発症した当時、Xが高血圧症等の基礎疾患を有していたことが脳梗塞の発症に一定程度寄与したとしながらも、Xが当時38歳であったことなどを踏まえて、(1)のような過重な業務に伴う負荷により基礎疾患の自然経過を超えて悪化したとして、Xの脳梗塞発症の業務起因性を認めました。
Ⅲ 本判決のポイント
脳血管疾患による労災事案においては、一般的には、労災認定において長時間労働の過重性を判断する際に用いられる、厚生労働省の通達(「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準」基発第1063号 平成13年12月12日)が参照されます。
かかる認定基準を脳血管疾患の業務起因性の判断の際に参照する裁判例も見られますが(大阪高裁判決平成20年3月27日など)、本判決は、上記認定基準を明示的に参照したものではありません。
しかし、上記認定基準において、「発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できること」という基準があることからして、本判決は、上記大阪高裁判決などの裁判例と同様に、上記認定基準を参照したものと評価されます。
さらに、本判決が、業務に伴う精神的緊張等についても触れており、業務の内容、業務に伴う精神的緊張の程度等によっては、さらに短時間の時間外労働でも業務起因性が認められることは十分あり得るものと思われます。
Ⅳ 本事例からみる実務における留意点
1 本判決は、脳血管疾患の業務起因性の判断において、労災認定における長時間労働の過重性の判断基準を参照したものとして重要なものといえます。
2 ただ、実務的には、そもそも、働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律の成立、施行により、時間外労働等に関して、罰則付きの時間外労働の上限が法律に規定され、さらに、臨時的な特別な事情がある場合にも上回ることのできない上限が設けられることとなったことにも留意すべきです。
具体的には、法律上、時間外労働の上限は原則として月45時間・年360時間となり、臨時的な特別の事情がなければこれを超えることができなくなります。また、臨時的な特別の事情がある場合について労使協定が締結されていたとしても、時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満、時間外労働と休日労働の合計について、「2か月平均」「3か月平均」「4か月平均」「5か月平均」「6か月平均」が全て1月当たり80時間以下となるようにしなければならなくなるなど、法律による上限が明記されました。さらに、これらに違反した場合には、罰則(6か月以下の懲役または30万円以下の罰金)が科されるおそれがあります。
3 このような働き方改革による労働関連法令の改正によって、時間外労働等に関して法律上の上限が設けられたため、これらの上限を超えるような労働をさせることはそもそも罰則付きで禁止されます。長時間労働は、健康の確保を困難にするとともに、仕事と家庭生活の両立を阻む原因となるとされており、長時間労働を是正することによって、ワーク・ライフ・バランスが改善し、長期雇用の実現、女性や高齢者も仕事に就きやすくなって労働参加率の向上に結びつくということを認識していただきながら、労働時間の管理には細心の注意を払っていただく必要があるものと思います。
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