
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
LGBTへの理解は広まりつつありますが、職場では未だにハラスメント行為が横行しています。
ハラスメント行為を放置した場合、企業は損害賠償責任などさまざまなリスクを負うため、日頃から十分な対応が求められます。
また、従業員の中には無意識にハラスメント行為をしている者もいるため、社内研修などの“従業員教育”も不可欠といえます。
そこで本記事では、LGBTに対するハラスメントの具体例、企業に求められる責任、ハラスメントを防止するための具体的な措置などをわかりやすく解説していきます。
目次
ダイバーシティやLGBTに関するハラスメント問題
ダイバーシティとは、人種・性別・年齢・国籍・思想など、さまざまな違いを持った人々が共存する状態のことです。企業でいえば、外国人など多様な人々が同じフロアで働いている風景がイメージできるでしょう。
一方、LGBTとは、レズビアンやゲイ、トランスジェンダーなど、少数派の性的指向を持つ人々(性的少数者)の総称をいいます。また、現在はQ(クエスチョニング)なども加えた「LGBTQ+」も一般的になりました。
ダイバーシティ=“多様性”の中には、当然LGBTQ+の人々も含まれます。
しかし、実際には性的少数者というだけでセクハラを受けたり、物珍しい目で見られたりと、不快な思いをしている労働者は大勢います。
これらは基本的に従業員の“理解不足”が原因のため、企業は社内教育を含めた「ダイバーシティ対策」を徹底し、誰もが働きやすい環境を整備することが求められます。
ダイバーシティの推進で企業が得られるメリット
消費者のニーズや働き方の多様化、グローバル化が進み、少子高齢化による人材不足が深刻化する今、ダイバーシティを進めることは企業にもさまざまなメリットがあります。例えば、以下のような効果が期待できます。
●優秀な人材の確保
「LGBTだから」という理由で働くのをためらっていた人材が応募しやすくなり、隠れていた優秀な人材を発掘できる可能性があります。少子高齢化による労働力不足が深刻化する中、自社に合った人材を確保できるのは大きなメリットでしょう。
●新しいアイディアが生まれる
多様な視点から物事を考えられるため、これまで思いつかなかった商品や戦略が生まれる可能性があります。市場の拡大や、国際競争力の確保にもつながるでしょう。
●企業評価の向上
社員の個性を大切にする企業は、外部から高く評価されると考えられます。企業イメージがアップすれば、取引先が増えたり、売上げが上がったりと、さまざまな効果が期待できます。
LGBT社員に対するハラスメントの具体例
LGBT社員に対するハラスメントは「SOGIハラスメント」とも呼ばれ、根深い問題となっています。SOGIハラスメントとして代表的なものは、以下の4つです。
- ①本人の許可なく性的指向や性自認に関する情報を暴露する(アウティング)
- ②LGBTに対し侮辱・差別的な発言や呼び方をする
- ③LGBTを理由に解雇など不当な扱いをする
- ④LGBTを理由にいじめや暴力を行う
それぞれの内容やリスクについて、次項から解説していきます。
①本人の許可なく性的指向や性自認に関する情報を暴露する(アウティング)
アウティングとは、本人の許可なく、その人がLGBTであることを他人に暴露することです。
例えば、会話の中で「○○はゲイらしい」「○○からレズだと明かされた」などと言いふらす行為が挙げられます。
LGBT社員としては、「その人にだけ知っていてほしい」と勇気を出してカミングアウトしたのに、面白半分で言いふらされては深い傷を負ってしまいます。
カミングアウトされた側は、アウティングが立派なハラスメントであることをしっかり認識しておく必要があります。ハラスメントが認定されると、本人から損害賠償請求され、裁判に発展するおそれもあるため注意しましょう。
②LGBTに対し侮辱・差別的な発言や呼び方をする
LGBTに対して、「ホモ」や「レズ」など差別的な呼び方をすることです。
これは、LGBTに関する理解が不十分なために起こりやすい言動です。
特に、ホモセクシュアルなどの言葉は広く知られているため、“からかい”程度のつもりで発言する人も多いでしょう。しかし、本人が不快な思いをすればハラスメントになり得るため注意が必要です。
企業としては、従業員に対してこれらの言動を控えるよう、しっかり教育することが求められます。
③LGBTを理由に解雇など不当な扱いをする
LGBT社員に対し、職場で不当な扱いをすることです。例えば、LGBTであることを理由に、解雇や内定取り消し、不当な異動(左遷)、退職勧奨などを行う行為はハラスメントに該当します。
また、これらの行為は「公序良俗違反」として無効になる可能性が高いです。
解雇が無効となった場合は、職場を離れていた期間の賃金を全額支払わなければなりません。さらに、交渉が決裂して裁判に発展すれば、多額のコストや時間がかかるだけでなく、企業イメージの低下を招くなどさまざまなリスクがあります。
④LGBTを理由にいじめや暴力を行う
LGBTを理由としたいじめや無視、暴力行為などもハラスメントに該当します。
例えば、「気持ち悪いから寄るな」「レズが移る」などと発言したり、「一緒にいると誤解される」といった理由で一方的に無視したりする行為が考えられます。
どのような理由であれ、相手の尊厳を傷つけるいじめなどの行為は許されるものではありません。
LGBTのハラスメント問題に対する企業の責任
企業は、SOGIハラだけでなく「パワハラ」や「セクハラ」についても理解する必要があります。
例えば、男女雇用機会均等法に基づく「セクハラ指針」では、LGBTに対する性的言動はセクハラにあたると定義され、企業に対してセクハラ防止措置を講じるよう義務付けています。
また、労働施策総合推進法(パワハラ防止法)では、企業はSOGIハラを含むパワーハラスメント防止策を講じることが義務付けられています。
さらに、2023年6月には「LGBT理解増進法」が施行され、LGBTの人々が安心して暮らせる社会の実現が掲げられています。
企業はこれらの法律に基づき、SOGIハラが起こらないよう適切な策を講じることが求められます。
ハラスメント行為を放置した場合、従業員からの損害賠償請求、企業イメージの低下、離職者の増加といった事態を招きかねないため注意しましょう。
ハラスメントが起こった場合の企業リスクは、以下のページで詳しく解説しています。
ダイバーシティやLGBTについて企業がとるべき措置
企業がとるべき措置については、厚生労働省の“取り組み事例”などが参考になります。代表的な取り組みを次項から紹介していきます。
なお、ハラスメントが発生してしまった場合の対応については、以下のページで解説しています。
SOGIハラ対策の方針明確化と周知
SOGIハラとは、従業員の性的指向や性自認を理由に、いじめや解雇など不当な扱いをすることをいいます。SOGIハラはパワーハラスメントの一種なので、企業は発生防止に向け適切な措置を講じる必要があります。
具体的には、社内でSOGIハラを禁止する方針を明確化し、従業員に周知・啓発を行います。
社内の方針を明確化することで、従業員がSOGIハラの重大性を認識できるほか、社内の意識を統一させることが可能です。
また、周知は管理監督者を含めた全従業員に行いましょう。
周知方法としては、社内報、掲示板、社内メール、ホームページへの掲載などが挙げられます。
就業規則などでハラスメントの禁止を明記する
就業規則には、ハラスメントを禁止する旨を明記するほか、違反者に対する処分も定めておく必要があります。例えば、「ハラスメントを行った者は懲戒処分の対象とする」といった規定を設けます。
違反した社員を懲戒処分とすることで、違反者本人の反省を促すだけでなく、企業全体のLGBTに対する理解を深めるきっかけにもなります。
なお、厚生労働省が2018年1月に改正したモデル就業規則でも、「…性的指向・性自認に関する言動によるものなど職場におけるハラスメントにより、他の労働者の就業環境を害するようなことをしてはならない。」と明記されています。
そのため、就業規則などで性的指向・性自認に関するハラスメント(SOGIハラスメント)を禁止することは、国の求めるスタンダードな措置のひとつであるといえます。
就業規則の詳細については、以下のページをご覧ください。
社内相談窓口の設置
社内相談窓口の設置は、均等法11条1項にも定められている措置です。
なお、相談したという事実が社内に知れ渡ると、ハラスメントの二次被害を生じさせるおそれがあるため、LGBTに関する相談についてはとりわけ秘密厳守などを徹底しなければなりません。
ジェンダー・フリーな職場環境づくり
ジェンダー・フリーな職場環境の構築は、LGBTに対するハラスメント対策にもなります。
分かりやすいところでいえば、「男はスーツ、女はスカート」などと服装を決めつけないことです。他にも、以下のような取組みが挙げられます。
- 男女のユニフォームを統一する
- 育児介護に関する両立支援の利用など、制度上異性カップルのみの適用であったものを同性カップルに広げる
- 職場のトイレを一部男女共用可とする など
LGBT(セクシュアル・マイノリティ)をめぐる裁判例
【事件の概要】
生物学的な身体は男性、性自認が女性で「性同一性障害」の診断を受けている社員が、配置転換の内示をきっかけに女性の容姿で働くことを認めてほしいと求めたのに対し、企業側はこれを認めませんでした。
また、企業は就業規則の服務規律規定を踏まえ、当該社員に女性の容姿で出勤しないよう命じたものの、当該社員がこれに応じなかったため、最終的に懲戒解雇としました。
社員側は性自認を否定した形で行われた懲戒解雇は相当性を欠くため、不当解雇・無効であるとして企業を訴えた事案です。
【裁判所の判断(平成14年(ヨ)第21038号 東京地方裁判所 平成14年6月20日決定、S社(性同一性障害者解雇)事件)】
裁判所は、当該社員の業務命令違反は、懲戒解雇事由にあたる可能性があるものの、懲戒解雇に相当するまで重大かつ悪質な企業秩序違反であると認めることはできないとして、企業による懲戒解雇は無効であると判示しました。
【ポイントと解説】
企業側は、社員によるカミングアウトが周囲の社員に与える違和感・嫌悪感を主張し、懲戒解雇は有効であると訴えていました。
しかし、裁判所は、他の社員の抱く違和感・嫌悪感は、当該社員の性同一性障害に関する事情を把握し、理解するよう努めることで和らげることが十分可能であると判断しました。
また、企業の取引先や顧客が当該社員に抱き、または抱くおそれのある違和感・嫌悪感についても、企業の業務遂行において、著しい支障を与えるおそれがあるとまではいえないと判示しました。
全社員がLGBT社員に対し正確かつ十分な理解を深めることが重要であり、たとえLGBT特有の働き方を認めたとしても業務遂行上の支障はないという考えを裁判所が示した点で、一見に値する判決であるといえます。
ダイバーシティやLGBTのハラスメント問題については弁護士にご相談ください
LGBTへの無配慮を原因とするハラスメントは、本人のカミングアウトなどがない限り、知らず知らずのうちに発生している可能性があります。
「うちの企業にはLGBTの社員はいない」と考えるのではなく、「LGBTの社員がいてもうちの会社は大丈夫」と自信をもっていえるよう、労務管理体制を整備していくことが重要です。
弁護士法人ALGには、労働法務に精通する弁護士が多く所属しており、法的知識や経験的ノウハウをもとに、企業が行うべきLGBT対策や社内体制の見直しなどについてアドバイスすることが可能です。
真の意味でダイバーシティが根付いた企業づくりをサポートしたいと考えておりますので、ぜひ私たちにご相談下さい。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある