
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
多くの企業では、豊富な経験とスキルを持つ従業員に定年後も活躍してもらうため、嘱託社員などとして従業員を再雇用する制度を導入しています。この制度は、貴重な人材の確保や円滑な事業承継に役立つ、非常に有効な手段です。
しかし、その一方で、再雇用に際して定年前よりも賃金を引き下げるのが一般的であり、この慣行が「同一労働同一賃金」の原則に抵触しないか、という重大な法的リスクをはらんでいます。
本記事では、こうした課題に対し、定年後再雇用に適用される「パートタイム・有期雇用労働法」の基本原則から、企業が取るべき具体的な対応策まで弁護士の視点から徹底的に解説します。
目次
- 1 定年後再雇用にも同一労働同一賃金が適用される
- 2 定年後再雇用後の賃金における待遇差は違法か?
- 3 定年後再雇用する際の注意点
- 4 定年後再雇用における同一労働同一賃金で企業に求められる対応
- 5 同一労働同一賃金に関するご相談は、労働問題に強い弁護士法人ALGにお任せ下さい。
- 6 よくある質問
- 6.1 定年後再雇用者はパートタイム・有期雇用労働法の適用を受けますか?
- 6.2 定年後再雇用する場合、雇用形態や労働条件は定年前と同じでなければなりませんか?
- 6.3 定年後再雇用者の賃金はどこまで減額可能ですか?
- 6.4 定年前の60%の基本給を下回るとただちに違法となるのでしょうか?
- 6.5 定年後再雇用後の待遇差が不合理かどうかは何によって判断されますか?
- 6.6 労働契約法20条の「その他の事情」とは、具体的にどのような事情ですか?
- 6.7 定年後再雇用者の精勤手当や家族手当を不支給にすることは、不合理な待遇差とみなされますか?
- 6.8 定年後再雇用者を昇給なしとすることは、不合理な待遇差とみなされますか?
- 6.9 定年後再雇用者と正社員のバランスを図るため、正社員の待遇を引き下げても良いですか?
- 6.10 定年後再雇用でパートタイムに雇用形態を変えた場合、正社員と基本給に差をつけても問題ないですか?
定年後再雇用にも同一労働同一賃金が適用される
定年後に有期契約で再雇用された従業員には、「パートタイム・有期雇用労働法」が適用されます。この法律は、正社員と非正規社員との間の不合理な待遇差を禁じており、第8条では「職務内容」「配置変更の範囲」「その他の事情」の3要素を基に、待遇差の合理性を判断します。
定年後再雇用者の賃金引き下げ自体は禁止されていませんが、これらの要素を踏まえて不合理とされる差は違法です。また、同法は「均衡待遇」と「均等待遇」の2つの原則を定めており、定年後再雇用では主に「均衡待遇」に基づいて判断されます。
定年後再雇用後の賃金における待遇差は違法か?
法律の条文だけでは抽象的で、実務上の判断は困難です。ここでは、司法がどのように「不合理性」を判断するのか、現在の実務に決定的な影響を与えた2つの最高裁判決を中心に見ていきます。
定年後再雇用後の賃金格差をめぐる裁判例
〈事件の概要〉
運輸会社Y社を定年退職し、嘱託社員(有期契約)として再雇用されたトラック運転手Xらが、定年前と同じ業務に従事しているにもかかわらず、正社員に比べて賃金が低いのは労働契約法第20条(当時の条文、現パートタイム・有期雇用労働法第8条に相当)に違反するとして、差額賃金等を求めた事案です。
嘱託社員には、正社員に支給されていた能率給、職務給、精勤手当、住宅手当、家族手当、賞与などが支給されませんでした。
〈裁判所の判断(平29(受)442号・平成30年 6月 1日・最高裁第二小法廷・長澤運輸事件・上告審)〉
最高裁は、精勤手当の不支給は不合理で違法と判断しましたが、それ以外の基本給、賞与、住宅手当、家族手当などの格差については不合理ではないと判断しました。
〈ポイント・解説〉
最高裁は、賃金格差の合理性を判断する上で、以下の重要な枠組みを示しました。
●賃金総額での比較を否定し、個別の賃金項目ごとに判断
最高裁は、年収総額を比較するだけでは不十分であり、基本給、賞与、各種手当といった個々の賃金項目ごとに、その支給目的(趣旨)に照らして不合理性を判断すべきとしました。
●定年後再雇用という事情を「その他の事情」として考慮
最高裁は、労働者が定年退職後に再雇用された者であるという事実は、「その他の事情」として待遇差の合理性を判断する上で考慮されるべきと明確に判示しました。具体的には、退職金の支給、老齢厚生年金の支給予定、調整給の有無、長期雇用を前提としないことなどが考慮要素となります。
この枠組みに基づき、精勤手当については、皆勤を奨励するという目的は正社員も嘱託社員も変わらないため、不支給は不合理とされました。一方で、住宅手当・家族手当は福利厚生的な目的であり、年金受給が見込まれる再雇用者とでは生活保障の必要性が異なるため不合理ではないとされました。基本給・賞与についても、退職金や年金の存在、調整給の支給などを総合的に考慮し、不合理ではないと判断されました。
「基本給」の待遇差は違法となるのか?
基本給の格差を正当化するための第一歩は、自社の基本給が何を評価して支払われているのかを分解し、定義することです。まず、就業規則や賃金規程において、正社員の基本給が以下のどの要素で構成されているのかを明確にします。
職務給 | 現在の業務内容や責任の大きさに応じて支払う部分。 |
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職能給 | 従業員が持つ能力や、長期的なキャリア形成の中で期待される潜在的な貢献度に応じて支払う部分。日本の多くの企業で採用されている年功的な賃金体系の根幹です。 |
年齢給・勤続給 | 年齢や勤続年数に応じて一律に昇給する部分。 |
これらの定義に基づき、例えば「正社員の基本給は『職務給』と長期育成を前提とした『職能給』で構成されるが、有期契約の再雇用者には長期育成が予定されないため『職務給』のみを支給する」といった、性質・目的の違いに基づくロジックを構築することが求められます。
この「職務給」の考え方を客観的に導入する際に役立つのが、厚生労働省が提供している「職務評価」という手法です。これは、社内の様々な職務の大きさを点数化し、客観的に比較するツールで、待遇差の説明責任を果たすための強力な根拠となり得ます。
どの程度の差があると違法とされるのか?
労務担当者から最も多く寄せられる「賃金は定年前の何割までなら下げても安全か」という問いに対する実務上の答えは、名古屋自動車学校事件判決以降、明確に「NO」です。「6割基準」という分かりやすい目安は、最高裁によって完全に否定されました。
今、企業に求められているのは、減額率の大小ではなく、その格差の「理由」をいかに説得的に構築するかです。
「賞与」に関する待遇差も違法か?
賞与についても、基本給と同様にその支給目的を明確に定義することが不可欠です。賃金規程等で、賞与が以下のいずれ(または複数)の目的で支給されるのかを定めます。
- 過去の業績(会社業績・個人業績)への貢献に対する報奨
- 利益の分配
- 従業員の生活費の補填
- 将来の貢献への意欲向上(インセンティブ)
賞与の不支給や大幅な減額には高いリスクが伴います。
特に、賞与の目的が「前期の業績への貢献に対する報奨」である場合、定年後再雇用者の貢献度が正社員と客観的に見て同等であったにもかかわらず、賞与を不支給としたり、大幅に減額したりすることの合理性を説明するのは極めて困難です。
大阪医科薬科大学事件(最判令和2年10月13日)では、アルバイト職員への賞与不支給が不合理ではないとされましたが、これは正職員への賞与が、正職員としての職務を遂行しうる人材の確保や定着を図る目的があったなど、極めて事案に即した判断であり、安易に一般化することはお勧めできません。
賞与の定義や支給基準の詳細はこちらをご覧ください。
定年後再雇用する際の注意点
同一労働同一賃金に違反した場合のペナルティ
パートタイム・有期雇用労働法には、違反した場合の直接的な罰則規定は設けられていません。しかし、これはリスクがないことを意味するものではありません。
待遇差が不合理であると司法判断された場合、企業は従業員に対して差額賃金の支払いを命じられる可能性があります。この支払いは、過去に遡って実施する必要が生じるため、企業にとって大きな金銭的負担となり得ます。
さらに、訴訟に発展すれば、企業の社会的評価やブランドイメージに傷がつき、従業員全体の士気低下や、優秀な人材の採用・定着にも深刻な悪影響を及ぼす可能性があります。したがって、罰則がないからといって対応を軽視することは、重大な経営リスクにつながりかねません。
定年後再雇用における同一労働同一賃金で企業に求められる対応
同一労働同一賃金の原則を遵守し、法的リスクを管理するために、企業は以下のステップで対応を進めることが重要です。
- 待遇の総点検:正社員と定年後再雇用者の基本給・賞与・手当などの差を洗い出し、目的と合理性を整理します。
- 説明義務への備え:待遇差の理由を、法的根拠に基づいて具体的に説明できるよう準備します。
- 規程の見直し:待遇差の根拠は、就業規則や賃金規程に明記し、証拠として残すことが重要です。
- 不合理な格差の是正:格差が説明できない場合は、再雇用者の待遇を引き上げる方向で調整すべきです。
同一労働同一賃金に関するご相談は、労働問題に強い弁護士法人ALGにお任せ下さい。
定年後再雇用に関する法的環境は、最高裁判決を経て複雑化し、従来の「6割基準」などの目安は通用しなくなってきています。不合理な待遇差は、差額賃金の支払いに加え、企業の評判や人材確保にも悪影響を及ぼすリスクがあります。こうした状況下では、労働問題に強い弁護士への相談が、法的リスクを防ぎ、企業の成長を支える有効な手段となるでしょう。
弁護士は、賃金制度の監査や規程の見直し、団体交渉への助言などを通じて、企業の実情に即した対応を支援します。問題が顕在化する前に、ぜひ一度、労働問題に強い弁護士法人ALGにご相談ください。
よくある質問
定年後再雇用者はパートタイム・有期雇用労働法の適用を受けますか?
-
はい、適用されます。
定年後に、嘱託社員や契約社員など、期間の定めのある労働契約で再雇用された従業員は、パートタイム・有期雇用労働法における「有期雇用労働者」に該当します。したがって、正社員との間の不合理な待遇差を禁止する「同一労働同一賃金」の原則が全面的に適用されます。
定年後再雇用する場合、雇用形態や労働条件は定年前と同じでなければなりませんか?
-
いいえ、必ずしも定年前と同一である必要はありません。
定年退職は、原則として一度労働契約が終了することを意味します。そのため、再雇用にあたって、新たな雇用形態(例:嘱託社員)や労働条件(例:賃金の減額)を設定すること自体は、直ちに違法となるわけではありません。
ただし、その待遇差が「不合理」と判断される場合は、パートタイム・有期雇用労働法に違反する可能性があります。重要なのは、変更後の労働条件に合理的な理由があるかどうかです。
定年後再雇用者の賃金はどこまで減額可能ですか?
-
「何割までなら減額可能」という明確な基準はありません。
かつて下級審の裁判例で示された「6割基準」のような、特定の割合で減額の可否を判断する考え方は、最高裁判所によって明確に否定されています。
裁判所が重視するのは、減額率の大小そのものではなく、「なぜその待遇差を設けたのか」という理由の合理性です。したがって、企業は個々の賃金項目(基本給、賞与、手当など)の目的を明確にし、その目的に照らして待遇差が合理的であることを説明できるように準備をする必要があります。
定年前の60%の基本給を下回るとただちに違法となるのでしょうか?
-
いいえ、ただちに違法とはなりません。
名古屋自動車学校事件の最高裁判決(最判令和5年7月20日)は、基本給が定年前の60%を下回ったとしても、それだけをもって直ちに違法と判断することはできない、という考え方を示しました。
待遇差の合理性は、基本給の性質や目的、労使交渉の経緯など、具体的な事情を総合的に考慮して判断すべきとされています。単に割合だけで判断することは適切ではありません。
定年後再雇用後の待遇差が不合理かどうかは何によって判断されますか?
-
パートタイム・有期雇用労働法第8条に定められた、以下の3つの要素を総合的に考慮して判断されます。
- 職務の内容:業務の内容と、それに伴う責任の程度
- 職務の内容及び配置の変更の範囲:人事異動や転勤、役割の変更がどの程度の範囲で予定されているか
- その他の事情:個々の待遇の性質や目的に照らして考慮すべき、上記以外のあらゆる事情
裁判例上の考え方では、これらの要素を基本給、賞与、各種手当といった個別の賃金項目ごとに当てはめ、その支給目的に照らして待遇差が不合理でないかを判断します。
労働契約法20条の「その他の事情」とは、具体的にどのような事情ですか?
-
定年後再雇用の文脈では、主に以下のような事情が「その他の事情」として考慮されます。
- 定年退職した後に再雇用された者であるという事実そのもの
- 定年退職時に退職金の支給を受けていること
- 老齢厚生年金の支給が予定されていること
- 年金支給開始までの生計を支えるための調整給などが支給されていること
- 再雇用契約は長期雇用を前提としていないこと
- 再雇用者の賃金制度について、労働組合などと真摯に交渉した上で合意に至ったという具体的な経緯
これらの事情を総合的に考慮し、待遇差の合理性が判断されます。
定年後再雇用者の精勤手当や家族手当を不支給にすることは、不合理な待遇差とみなされますか?
-
手当の目的によって判断が異なります。
●精勤手当:不合理と判断される可能性が非常に高いです。
長澤運輸事件の最高裁判決(最判平成30年6月1日)では、精勤手当の目的は「従業員の皆勤を奨励すること」であり、その必要性は正社員も定年後再雇用者も変わらないため、再雇用者のみに不支給とすることは不合理であると判断されました。●家族手当・住宅手当:不合理ではないと判断される可能性が高いです。
同じく長澤運輸事件では、これらの手当は「従業員の生活費を補助する福利厚生的な目的」で支給されるものと解釈されました。正社員には住宅費や家族の扶養が必要な幅広い世代が含まれる一方、定年後再雇用者は老齢厚生年金の受給が見込まれるなど生活保障の必要性が異なるため、不支給とすることも不合理ではないと判断されています。
定年後再雇用者を昇給なしとすることは、不合理な待遇差とみなされますか?
-
一概に違法とは言えませんが、不合理と判断されるリスクがあります。
厚生労働省のガイドラインでは、勤続による能力の向上に応じて行う昇給については、正社員と定年後再雇用者の間で能力の向上が同程度であれば、同様の昇給を行う必要があるとしています。
したがって、正社員の昇給制度が「勤続による能力向上」を評価するものである場合、同じように能力が向上している再雇用者を昇給させないことは、不合理な待遇差とみなされる可能性があります。
定年後再雇用者と正社員のバランスを図るため、正社員の待遇を引き下げても良いですか?
-
原則として避けるべきです。
正社員の同意なく労働条件を不利益に変更することは「労働条件の不利益変更」にあたり、別の法的な紛争を引き起こす重大なリスクがあります。同一労働同一賃金の趣旨は、非正規雇用労働者の待遇を改善することにあり、正社員の待遇を引き下げて格差を是正するという方法は、法の趣旨に反する可能性があります。
定年後再雇用でパートタイムに雇用形態を変えた場合、正社員と基本給に差をつけても問題ないですか?
-
待遇差を設けること自体は問題ありませんが、その差が合理的でなければなりません。
パートタイム労働者になった場合も、パートタイム・有期雇用労働法が適用され、正社員との不合理な待遇差は禁止されます。
例えば、労働時間が短くなったことに比例して基本給を減額することは一般的に合理的と解されます。しかし、時間あたりの単価(時給)について、職務内容や責任が正社員と同じであるにもかかわらず、単に「パートタイムだから」という理由だけで引き下げることは、不合理な待遇差と判断されるリスクがあります。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所シニアアソシエイト 弁護士大平 健城(東京弁護士会)
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある