
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
配置転換を命じた従業員から、パワハラを訴えられるケースは少なくありません。配置転換は会社の人事権の一環ですが、その内容や目的によってはパワハラにあたる可能性もあるため注意が必要です。
そこで本記事では、配置転換がパワハラとなるケースや判断基準、パワハラを回避するための注意点などについて詳しく解説していきます。
目次
そもそも「パワハラ」の定義とは?
パワハラとは、以下の3つの要件をすべて満たす言動のことをいいます。
- 職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であること
- 業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動であること
- 労働者の職場環境が害されるような言動であること
具体的にどのような言動がパワハラに該当するかは、厚生労働省の指針で以下の6つの類型が示されています。
- ①身体的な攻撃:殴る、蹴る、物を投げるなど
- ②精神的な攻撃:暴言、侮辱、長時間にわたる激しい叱責など
- ③人間関係からの切り離し:集団で無視をする、仕事を教えないなど
- ④過大な要求:過剰な業務を命じる、達成がほぼ不可能なノルマを課すなど
- ⑤過小な要求:能力や経験に見合わない雑務ばかり命じる、仕事を与えないなど
- ⑥個の侵害:プライベートに干渉する、私物を無断で撮影するなど
事業者は、これらのパワハラ行為に対して適切な防止策を講じることが義務付けられています。詳しくは以下のページをご覧ください。
配置転換がパワハラとなるケースとは?
配置転換は会社の人事権に基づく指示なので、単に本人の希望に反するというだけではパワハラにはあたりません。ただし、配置転換の目的や内容、その後の対応次第ではパワハラに認定される可能性があります。例えば、以下のような言動には注意が必要です。
- ①無理な配置転換命令を強要する
- ②従業員の事情に配慮せずに配置転換させる
- ③妊娠や出産を機に配置転換させる
- ④配置転換を拒否した従業員への嫌がらせ
- ⑤「過小な要求」に該当する配置転換である
無理な配置転換命令を強要する
従業員の不利益があまりにも大きい場合、不当な配置転換としてパワハラに該当する可能性があります。
例えば、配置転換によって通勤時間が著しく長くなる、心身に大きな負担がかかるなど、従業員の日常生活に支障をきたすおそれがある場合、不利益の程度が大きいとしてパワハラ認定されるリスクが高まります。
配置転換を命じる際は、「業務上本当に必要な措置かどうか」「従業員が受ける不利益の程度」などを踏まえ合理的な範囲で行うことが重要です。
従業員の事情に配慮せずに配置転換させる
従業員の家庭事情や健康状態などを考慮せず、無理な配置転換を命じた場合、パワハラとなる可能性があります。例えば、以下のようなケースです。
- 持病がある従業員に対し、病状が悪化する、または体調不良を起こすおそれがある業務への配置転換を命じる
- 家族の介護が必要な従業員に対し、遠方への転勤を命じる
- 両親のサポートを受けながら子育てしている従業員を、遠方に異動させる
このような配置転換は、業務上の必要性よりも、従業員が被る不利益の方が大きいと判断され、パワハラ認定されるおそれがあります。
妊娠や出産を機に配置転換させる
妊娠や出産を理由に閑職へ追いやったり、退職させる目的で別部署に異動させたりする行為は、パワハラに認定される可能性が高いです。これらは業務上必要な措置ではなく、不当な目的によって行われたものだからです。
一方、妊娠中の従業員の体調や安全に配慮し、負担の少ない業務に配置転換することはパワハラにあたらないと考えられます。
ただし、その場合もまずは従業員本人の意見を聴取し、できるだけ希望に沿った措置を講じることが重要です。後に不当な配置転換だったと主張されるおそれもあるため、聴取した内容や合意内容は記録に残すことをおすすめします。
配置転換を拒否した従業員への嫌がらせ
家庭の事情などで配置転換を拒否した従業員に対し、嫌がらせ目的で配置転換を強要した場合、「精神的な攻撃」にあたりパワハラが認定される可能性があります。また、執拗に配置転換を迫ったり、報復行為を行ったりした場合も同様です。
もっとも、雇用契約上で勤務地や業務内容が制限されていない場合、配置転換命令は正当な人事権の行使として認められる可能性が高いです。そのため、パワハラを主張されても安易に認めず、従業員の業務命令違反として対応するのが一般的です。
従業員に配置転換を拒否された場合の対応については、以下のページで詳しく解説しています。
「過小な要求」に該当する配置転換である
「過小な要求」とは、従業員の能力や経験に見合わない簡易業務に配置転換することです。例えば、以下のようなケースが挙げられます。
- 専門職として採用した従業員を、その専門性を必要としない別部署に異動させる
- コピーやシュレッダー掛け、電話番など、能力や経験に不釣り合いな単純作業のみを命じる
- ほぼ仕事がない部署に嫌がらせ目的で異動させる
パワハラは暴力や激しい叱責などが想像されやすいですが、これら過小な要求もパワハラ類型の一つになるため注意が必要です。
配置転換がパワハラにあたるかの判断基準
配置転換は会社の人事権に基づくものなので、就業規則に定めがあれば、パワハラにはあたらないのが基本です。そのため、必ずしも本人の希望に沿う必要はありません。
ただし、以下のような配置転換命令は“人事権の濫用”にあたり、違法性が問われる可能性があります。
- 業務上の必要性がない場合
- 対象従業員への嫌がらせや退職させるためなど不当な動機・目的による場合
- 必要性があっても従業員への不利益が通常甘受すべき範囲を大きく逸脱している場合
実務上、配置転換のパワハラ該当性についても、これら3つの判断基準に基づいて判断される傾向があります。そのため、就業規則に規定があっても、実際に配置転換を命じるかは「業務上の必要性」や「従業員の事情」などを考慮して検討する必要があります。
配置転換がパワハラとならないための注意点
配置転換がパワハラとならないよう、事業者は以下の2つの注意点を押さえておきましょう。
- 労働契約や就業規則を整備する
- 入社時に配置転換の範囲を説明しておく
- 配転前に従業員の意見や事情を聞き取る
労働契約や就業規則を整理する
就業規則や雇用契約書に、配置転換命令の根拠となる規定を設けておきましょう。具体的には、「会社は必要に応じて、職種や勤務地変更を命じることができる」などと明記しておきます。
規定がない場合、配置転換の可能性について対象従業員へ説明し、個別の合意を得る必要があります。
なお、勤務地や職種が限定されている従業員については、就業規則に配置転換の規定があっても、会社が一方的に配置転換を行うことはできません。限定契約があるにもかかわらず配置転換を命じると、従業員とトラブルになるおそれもあるため、人選の再検討も視野に入れる必要があるでしょう。
入社時に配置転換の範囲を説明しておく
会社は、従業員と労働契約を締結する際、就業場所や担当する職務内容といった労働条件を書面等で明示することが義務付けられています(労働基準法15条)。
なお、就業場所や職務内容は「雇入れ直後」のものを明示すれば足りるとされていますが、いざ配置転換を命じると従業員とトラブルになるおそれもあります。そのため、入社時は将来的な配置転換の可能性についても本人へ説明しておくのが望ましいでしょう。
配転前に従業員の意見や事情を聞き取る
配置転換は程度の差はあれ、従業員に負担が発生することを認識しておくべきです。特に転居を伴うような配置転換では、必ず従業員の意向確認や家庭事情のヒアリングを行うことを社内ルールにしておいた方が良いでしょう。
個別事情を踏まえた配慮を含め、対象従業員と十分に話し合うことが、違法な配置転換を予防するためにも重要です。また、従業員が納得しやすいよう、配置転換の必要性や人選の理由を事前に整理しておきましょう。
不当な配置転換に対して損害賠償請求が認められた裁判例
事件の概要
(平成25年(ネ)第112号 大阪高等裁判所、平成25年4月25日判決、新和産業事件)
Y社の営業部で課長職として勤務していたXは、社長から2ヶ月間にわたり退職勧奨を受けていましたが、これを拒否し続けました。その後、Xは営業部から倉庫へ配置転換され、課長職からも降格することになり、Xの賃金は2分の1以下へ減額されました。
Xは、倉庫への配置転換は業務上の必要性がなく、退職勧奨拒否に対する報復行為であると考え、本件人事命令は無効であり、パワハラにあたるとしてY社を訴えました。
裁判所の判断
Y社は、倉庫へ配置転換した理由は、Xの営業職としての適正に問題があったためであると主張しました。しかし、倉庫の業務量は当時担当していた従業員1名で十分であり、Xは車両の運転ができなかったため運搬作業も不可能でした。また、Y社はXの営業成績に関する指導や注意などを行っておらず、営業職への評価にも疑問がありました。
裁判所はこれらの事実を踏まえ、「倉庫へ配置転換を行う業務上の必要性はない」と判断しています。
また、Xが退職勧奨を拒否し続けた直後に配置転換が行われたことから、本件配置転換は“報復目的”であると推認されています。
さらに、降格による賃金減額も2分の1以下への減給であり、著しい不利益として到底受け入れられるものではないと判断されています。
以上の点から、本件配置転換は“権利の濫用”にあたり、無効であると判示されました。また、Y社はXに対し、配置転換によって減額された差額賃金と、慰謝料を支払うことが命じられました。
ポイント・解説
就業規則に定めがあれば、会社は配置転換命令を行うことができるのが原則ですが、その権利は無制限ではありません。以下の場合には本事案のように権利濫用として無効となります。
- ① 業務上の必要性が認められない場合
- ② 不当な動機・目的による場合
- ③ 従業員への不利益が通常甘受すべき程度を著しく超えている場合
本事案では、配置転換をすることに業務上の必要性は認められず、これにより従業員に大きな不利益が発生すると認められており、さらに不当な動機も推認されています。
また、能力に適していない業務担当となっていることから、パワハラ行為類型の「過小な要求」に該当すると推認されています。
よくある質問
急な配置転換はパワハラにあたりますか?
-
業務上の必要性がなく、不当な目的や動機による場合、急な配置転換命令はパワハラにあたる可能性があります。例えば、以下のようなケースは注意が必要です。
- 嫌がらせ目的で近日中の異動を命じ、引継ぎなどの準備期間を一切考慮しない
- 特別な家庭事情(育児や家族の介護)を抱える従業員に対し、突然遠方への配置転換を命じる
配置転換は基本的に会社の裁量で行うことができますが、正当性を欠く場合はパワハラになり得ます。
特に近年は「私生活や家庭の尊重傾向」がみられるため、配置転換を命じる前に本人の希望や家庭状況をヒアリングしておくことが望ましいといえます。
異動をちらつかせる・ほのめかすのはパワハラにあたりますか?
-
異動をほのめかすこと自体は、パワハラにはあたらないと考えられます。
ただし、同時に従業員の人格を否定・侮辱するような言葉を使ったり、暴力などの威嚇行為を伴ったりした場合は、パワハラに認定される可能性があります。また、配置転換は基本的に会社の権限で命じることができますが、従業員が“不当”と判断した場合は拒否することも可能です。そのような状況で執拗に異動を迫ったり、長時間説得を続けたりすると、“不当な圧力”をかけたとして違法となるリスクがあるため注意が必要です。
仕事ができないことを理由に従業員を配置転換するのはパワハラですか?
-
就業規則や雇用契約書で配置転換の可能性が明記されていれば、基本的に会社の裁量で配置転換を命じることが可能です。
ただし、能力不足の従業員については、いきなり配置転換を行うのではなく、まずは本人に対して注意や指導を行い、改善を試みることが重要です。何の指導もなく急に配置転換を命じると、人事権の濫用にあたるおそれがあります。
また、懲罰や嫌がらせ目的の配置転換や、業務上の必要性がない配置転換についても、パワハラ認定される可能性があります。
なお、能力不足による配置転換でも、賃金の減額は基本的に認められません。賃金減額は労働条件の不利益変更にあたるため、基本的に従業員から個別に同意を得る必要があります。
配置転換でトラブルとならないためにも、弁護士に相談することをおすすめします
配置転換は会社に広い裁量が認められていますが、その内容や目的、従業員の不利益の程度によってはパワハラとなる可能性があります。パワハラで訴えられるのを防ぐには、就業規則や労働契約で配置転換の可能性を明記し、さらに従業員へ個別に説明することが重要です。
弁護士に依頼すれば、現在の就業規則や労働契約が適切かどうかチェックし、必要に応じて修正することができます。また、配置転換の流れについても具体的にアドバイスできるため、従業員とトラブルになるリスクを抑えることが可能です。
弁護士法人ALGは、企業法務に精通した弁護士が多数在籍しています。従業員の配置転換についてお悩みの方は、ぜひ一度ご相談ください。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある