妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いとは?罰則や判例を弁護士が解説

弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

妊娠や出産を理由に、職場で解雇・降格・減給などの不利益な取扱いを受けることは、法律で明確に禁止されています。

男女雇用機会均等法では、妊娠・出産・育児休業などを理由とする不利益取扱いを違法とし、企業には厳しい対応が求められます。実際に、妊娠を契機とした降格処分が争われた裁判例もあり、企業が誤った対応をすると、行政指導や企業名の公表など、社会的信用を損なうリスクもあります。

本記事では、妊娠・出産を理由とする不利益取扱いの具体例や罰則、判例を弁護士の視点からわかりやすく解説し、企業が取るべき適切な対応についてもご紹介します。

目次

妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いは禁止されている

男女雇用機会均等法第9条3項は、事業主が女性労働者の妊娠・出産、産前産後休業の取得等を理由として、解雇その他不利益な取扱いをすることを禁止しています。

これは、女性労働者が安心して妊娠・出産を行い、職業生活と両立できるようにするための重要な規定です。不利益な取扱いの禁止は、正社員だけでなく、パートタイム労働者、契約社員、派遣労働者を含むすべての労働者に適用されます。

この法律の目的は、性別を理由とする差別を解消し、男女の均等な機会と待遇を確保することにあります。

厚生労働省令で定める事由とは

男女雇用機会均等法第9条第3項では、厚生労働省令で定められた以下のような事由を理由に、労働者に不利益な取扱いをすることを禁止しています。

不利益取扱いの禁止対象となる事由

  • 妊娠したこと
  • 出産したこと
  • 産前・産後休業を請求したこと、または取得したこと
  • 妊娠・出産に伴う体調不良などで、業務ができない状態であること
  • 就業制限の措置(軽易な業務への転換など)を求めたこと

これらの事由を理由に、以下のような不利益な措置を取ることは法律違反となります。

禁止される不利益な措置の例

  • 解雇
  • 降格
  • 減給
  • その他、労働条件の不利益な変更

企業は、妊娠・出産に関する正当な申出や状況に対して、差別的な対応をしてはならず、すべての労働者が安心して働ける環境を整える責任があります。

不利益取扱いの具体例

不利益取扱いの具体例として、厚生労働省の指針では、解雇、契約更新をしないこと、不利益な配置転換、降格、減給、昇進・昇格の人事考課で不利益な評価を行うこと、賞与・退職金の額を減額することなどが挙げられています。

これらの行為は、妊娠・出産等を理由として行われた場合、法律違反となります。重要なのは、形式的な理由ではなく、妊娠・出産等が不利益な取扱いの「真の理由」であるかどうかです。例として、退職の強要や不利益な異動、自宅待機命令なども、不利益取扱いに含まれる可能性があります。

妊娠・出産等の申出等を「理由として」いるかの判断基準

不利益取扱いが「妊娠・出産等を理由として」いるかの判断は、客観的かつ合理的な基準に基づいて行われます。単に、妊娠・出産と不利益取扱いが同時期に行われただけでは、直ちに違法とは判断されません。重要なのは、不利益取扱いが、妊娠・出産等との間に因果関係を有するかどうかです。

妊娠・出産・育児休業などをきっかけに不利益な扱いが行われた場合は、それらの事由と不利益な取扱いの間に関係があると判断され、法律違反となる可能性があります。

妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いに関する裁判例

本項目では、妊娠出産等を理由とする不利益取扱いに関する最高裁判所の裁判例をご紹介します。

事件の概要

事件番号 平成25年(行ヒ)第182号
裁判年月日 平成26年10月23日
裁判所 最高裁判所第一小法廷
裁判種類 妊娠を理由とする降格処分の無効確認等請求事件

この事件は、妊娠中の女性労働者が軽易な業務への転換を申し出たことを契機に、会社から降格処分を受けたことに対し、その処分の無効を求めた裁判です。

当該労働者は、妊娠中の健康状態を考慮して、労働基準法第65条第3項に基づき軽易な業務への転換を申し出ました。会社はこれに応じたものの、同時に当該労働者を降格させました。

当該労働者はこの降格が「妊娠を理由とする不利益な取扱い」であり、男女雇用機会均等法第9条第3項に違反するとして、処分の無効を主張しました。

裁判所の判断

妊娠中の女性労働者が、労働基準法65条第3項に基づいて軽い業務への変更を申し出たことをきっかけに、会社がその労働者を降格させた場合、原則としてこれは男女雇用機会均等法第9条第3項が禁止する「不利益な取扱い」に該当すると、最高裁は判断しました。

ポイント・解説

この判例では、妊娠中の女性労働者が軽い業務への変更を申し出たことをきっかけに降格された場合、原則としてこれは「妊娠・出産を理由とする不利益な取扱い」にあたり、男女雇用機会均等法第9条第3項に違反すると判断されました。ただし、以下の特段の事情がある場合は例外としました。

  • 労働者が自由な意思で降格を承諾したと客観的に認められる場合
  • 降格措置が業務上の必要性からやむを得ず、かつ同法の趣旨に反しないと認められる場合

本件では、これらの事情が認められないとして、原判決を破棄し差し戻しました。これにより、妊娠・出産を理由とする降格の違法性判断基準が明確になったといえるでしょう。

妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いを行った場合の罰則

企業が妊娠・出産を理由に不利益な取扱いを行った場合、男女雇用機会均等法と労働基準法に違反します。

男女雇用機会均等法第9条第3項は、妊娠・出産などを理由とする不利益取扱いを禁止しています。これに違反した場合、労働局からの是正勧告に従わないとき、厚生労働大臣は企業名を公表できます(同法第29条)。また、報告義務違反には20万円以下の過料が科される可能性があります(同法第33条)。

さらに、労働基準法第19条は産前産後休業中の解雇を禁止しており、これに違反すると6ヶ月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金が科されます(同法第119条)。

妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いを防ぐには

妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いを防ぐためにどのような方法が考えられるでしょうか。
本項目では、不利益取扱いを防ぐ方法をいくつかご紹介します。

就業規則への規定

妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いを防ぐためには、就業規則に明確な規定を設けることが有効です。

具体的には、男女雇用機会均等法第9条第3項の規定を引用し、妊娠・出産、育児休業等を理由とする不利益取扱いを禁止する旨を明記します。また、妊娠中の社員に対する配慮(時差出勤、軽易な業務への転換など)や、育児休業取得後の円滑な職場復帰に関する規定も盛り込むことが望ましいです。

これにより、従業員に安心して働くことができる環境であることを示し、トラブルを未然に防ぐことが期待できます。

従業員に対する教育

不利益取扱いを防ぐためには、従業員全員への教育が不可欠です。

管理職向けには、関連法規の知識、ハラスメント防止の考え方、部下への適切な対応方法などを学ぶ研修を実施します。一般社員向けには、育児・介護休業制度の利用方法や、妊娠中の同僚への配慮などについて、職場全体で理解を深める取り組みを行います。

これにより、職場全体で妊娠・出産等に関する理解を深め、不適切な言動や行動をなくすことを目指します。

相談窓口の設置

企業内に、妊娠や出産に関する悩みを気軽に相談できる窓口を設ける措置は、とても大切です。従業員が安心して働ける環境をつくるためには、相談しやすい体制の整備が欠かせません。

相談窓口は、人事部など社内の担当部署が対応するだけでなく、外部の専門家(たとえば社会保険労務士など)に委託する方法も効果的です。外部の窓口であれば、社内では話しづらい内容も安心して相談できるというメリットがあります。

また、相談者のプライバシーをしっかり守り、相談内容が外部に漏れないようにすることも重要です。こうした配慮があることで、従業員は安心して窓口を利用でき、問題が深刻になる前に早期に解決することが可能になります。

妊娠・出産等を理由としたハラスメントにも注意!

男女雇用機会均等法第11条の2は、妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントの防止措置を事業主に義務付けています。妊娠・出産等を理由とするハラスメントは、不利益取扱いに加え、労働者の就業環境を害する違法な行為です。

具体的には、「妊娠したら辞めるべき」や、「時短勤務は迷惑だ」といった嫌がらせが該当します。企業は、ハラスメント防止のための方針を明確にし、従業員に周知・啓発するとともに、相談窓口の設置や迅速な対応を行う必要があります。

よくある質問

業績不振により、妊娠中の従業員を解雇することは不利益取扱いに該当しますか?

妊娠・出産を理由とした解雇は、不利益な取扱いに該当し、違法となります。

労働基準法第19条は産前産後休業期間中の解雇を、男女雇用機会均等法第9条第3項は妊娠・出産を理由とする解雇を禁止しています。たとえ他の客観的な理由があるように見えたとしても、解雇の真の理由が妊娠にあると判断されれば、これらの法律に違反します。

最高裁判所の判例(最判平成26年10月23日)においても、妊娠を契機とした不利益な取り扱いは無効と判断されており、解雇もこれに含まれます。

育児休業の取得を理由に降格させることは不利益取扱いに該当しますか?

育児休業の取得を理由とする降格は、不利益な取扱いに該当し、違法となります。

育児・介護休業法第10条は、育児休業を取得したことを理由とする不利益な取扱いを禁止しています。厚生労働省の指針でも、育児休業取得を理由とする降格や減給は、この規定に違反すると明記されています。したがって、たとえ育児休業後に元の職務内容に戻れなくても、育児休業の取得そのものを理由として降格させることは認められません。

生理休暇の取得を理由として減給することは不利益取扱いに該当しますか?

生理休暇の取得を理由とする減給は、不利益な取扱いに該当し、違法となります。

労働基準法第68条は、生理日の就業が著しく困難な女性が休暇を請求した場合、雇用主はこれを拒むことができないと定めています。また、生理休暇を取得したことを理由として賃上げ対象から除外したり、不利益な取扱いをしたりすることは、過去の裁判例からすると認められない可能性があります。

ただし、生理休暇を取得した日の賃金については有給でも無給でも構わないとされています。

妊娠中に夜勤をさせることは不利益取扱いに該当しますか?

妊娠中の女性に夜勤をさせることは、原則として不利益取扱いに該当しません。
ただし、労働基準法第66条第3項は、妊産婦が請求した場合、深夜業(午後10時から午前5時)をさせてはならないと定めています。

これは、妊産婦の健康を保護するための規定であり、妊産婦からの請求があったにもかかわらず夜勤を強制することは違法となります。また、時間外労働や休日労働についても、妊産婦が請求した場合は免除しなければなりません。

妊娠中の従業員に転勤を命じることはできますか?

妊娠中の従業員への転勤命令は、原則として可能です。
ただし、転勤が妊娠、出産等を理由とする不利益取扱いに当たる場合は、男女雇用機会均等法第9条第3項に違反する可能性があります。

また、転勤が母性保護の観点から不適切である場合、例えば通勤時間が極端に長くなり、母体の健康に悪影響を及ぼす場合などは、配慮が求められます。

事業主は、転勤の必要性や業務上の理由を明確に説明し、従業員の健康状態や意見を十分に尊重して対応すべきです。

妊娠・出産等を理由とする不利益取扱い禁止は、派遣社員にも適用されますか?

妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いの禁止は、派遣社員にも適用されます。
労働者派遣法第47条の2及び同法第47条の3は、派遣元事業主が派遣労働者に対して、育児休業や介護休業等の申出や取得を理由に不利益な取扱いをすることを禁じています。

また、男女雇用機会均等法第9条は、妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いを禁止しており、この規定は正社員だけでなく、パートタイム労働者、契約社員、そして派遣社員を含むすべての労働者に適用されます。

妊娠・出産時の扱いで従業員と揉めた場合、会社はどのように対応すべきでしょうか?

妊娠・出産時の扱いで従業員と揉めた場合、会社はまず、労働者の意見を十分に聴き、事実関係を確認することが重要です。その上で、男女雇用機会均等法や育児・介護休業法などの関連法規に基づき、適切に対応する必要があります。

当事者間での解決が困難な場合は、都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)に相談することができます。労働局は、助言、指導、勧告を行うことができ、必要に応じて調停を申し立てることも可能です。

妊娠・出産等を理由とした不利益取扱いを行うと、企業にはどのようなリスクが生じますか?

男女雇用機会均等法では、妊娠・出産を理由とした解雇や降格などを禁止しており、違反した企業には是正勧告が出され、従わない場合は企業名が公表される可能性があります。

また、報告義務を怠ると過料が科されることもあります。さらに、労働基準法では産前産後休業中の解雇を禁じており、違反すれば懲役や罰金の対象になります。

不利益な取扱いについて不明点があれば、労務分野に強い弁護士にご相談下さい。

妊娠・出産を理由とする解雇や降格などの不利益な取扱いは、法律で厳しく禁止されています。企業がこうした対応を誤ると、行政からの是正勧告や企業名の公表といった社会的な制裁を受ける可能性があり、企業の信頼やブランドイメージに大きな影響を及ぼすこともあります。

「もしかしたら自社の対応に不安がある」「制度は整えているつもりだけれど、実際の運用に問題があるかもしれない」と少しでも感じた場合は、早めに労務問題に詳しい弁護士へ相談することを強くおすすめします。専門家のアドバイスを受けることで、リスクを未然に防ぎ、従業員が安心して働ける職場環境づくりにつながります。

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執筆弁護士

 宇佐美 和希
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所宇佐美 和希(東京弁護士会)
弁護士 アイヴァソン マグナス一樹
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所弁護士アイヴァソン マグナス一樹(東京弁護士会)

この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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