
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
従業員の健康情報を扱う場合、取扱いのルールを明確化し、適切に運用しなければなりません。そこで企業は、従業員が安心して働けるよう、「健康情報取扱規程」を作成し、社内で周知することが義務付けられています。本記事では、従業員の健康情報の取扱いや注意点、健康情報取扱規程の作成方法などを詳しく解説していきます。
目次
企業における健康情報の取扱い
2019年の労働安全衛生法改正により、企業は従業員の健康情報を適切に取得・利用することが義務付けられました。また、事業主の混乱を防ぐため、厚生労働省は「労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱いのために事業主が講ずべき措置に関する指針」を策定し、企業に求める措置を具体的に示しています。
そして、健康情報の取扱いを明確化するため、企業は「健康情報取扱規程」を策定することも義務付けられました。
事業主はこれらの義務をしっかり守り、従業員が自身の健康情報について不安を抱かないよう配慮することが重要です。
健康情報(要配慮個人情報)とは?
「要配慮個人情報」とは、従業員に不当な差別や偏見、不利益などが生じないよう、特に慎重に扱うべき個人情報のことです。例えば、人種や信条、病歴、犯罪歴などセンシティブなものが該当します。
要配慮個人情報のうち、従業員の心身の健康に関わるものを「健康情報」といいます。健康情報に含まれるのは、具体的には以下のような情報です。
- 健康診断や検診の結果
- 産業医による面接指導の結果
- ストレスチェックの結果や医師の見解
- 従業員から申告があった病歴や治療歴、健康に関する情報
- 現在の通院状況
健康情報取扱規程の義務化はいつから?罰則はある?
健康情報取扱規程の策定は、2019年(平成31年)4月1日より義務化されています。
規程の策定を怠っても罰則はありませんが、策定した健康情報取扱規程の内容が不十分だった場合、労働基準監督署から指導を受けることがあります(労働安全衛生法104条の4)。
また、健康情報の取扱いが悪質だった場合、個人情報保護法違反にあたり、1年以下の懲役または100万円以下の罰金が科せられる可能性があります。
健康情報取扱規程の義務化については、以下のページでも詳しく解説しています。
健康情報取扱規程の作成方法
健康情報取扱規程は、労使間で協議のうえ決定するのが基本です。策定の流れは、以下のとおりです。
- 労使間で協議する
規程の原案を作成し、衛生委員会などで協議を行います。従業員数が50人未満で衛生委員会の設置がない場合、集会や会合の場を設けて従業員の意見を聴取します。 - 就業規則に記載する
従業員の承認を得たら、決定事項を就業規則に記載します。 - 社内で周知する
策定した規程を社内で周知します。周知方法は、社内への掲示、書面の配布、誰でも閲覧可能なパソコンへのデータ保存などが一般的です。
また、健康情報取扱規程では以下のような項目について定めます。
- 健康情報を取り扱う目的
- 健康情報の取得方法
- 健康情報を取り扱う者およびその権限
- 取り扱う健康情報の範囲
- 健康情報を適正に扱うための措置
- 健康情報の開示や第三者への提供方法 など
健康情報取扱規程を策定する際の注意点
健康情報の取得には本人の同意が必要
従業員の健康情報を取得するには、基本的に本人の同意を得なければなりません。同意を得る際は、以下のような方法で行います。
- 同意書に署名・押印してもらう
- 同意の確認欄にチェックしてもらう
- 同意する旨のメールを送信してもらう
- 本人に口頭で同意の意思表示をしてもらう
- サイト上で同意ボタンをクリックしてもらう
なお、取得する情報が「健康診断の法定項目のみ」であれば本人の同意は不要ですが、その場合も取得の目的や方法を従業員に周知し、十分理解を得たうえで行うのが望ましいでしょう。
第三者への情報提供は従業員の同意と第三者情報が必要
従業員の健康情報を第三者に提供する場合、基本的に本人の同意を得る必要があります。
なお、健康情報については、本人の求めに応じて情報提供を停止するいわゆる「オプトアウト」も禁止されています。
また、第三者提供においては、以下の事項を文書やデータで一定期間記録・保存しておくことが義務付けられています。
- 従業員本人の同意を得ている旨
- 第三者氏名や名称、その他第三者を特定できる情報
- 健康情報から識別できる個人情報や本人の特定につながる情報
- 健康情報の項目
利用目的を具体的に記載する
健康情報の利用目的は、できるだけ具体的に示す必要があります。厚生労働省の指針では、以下のような記載例が挙げられています。
- 健康診断やスキルチェック、長時間労働に対する医師の面談指導やその事後措置の実施
- 傷病や疾病のある従業員に対する就業上の措置の実施
- 治療と仕事の両立支援の実施
上記を参考に、自社に合った明確な利用目的を定めることが重要です。ただし、「健康確保措置実施のため」「安全配慮義務履行のため」など抽象的な書き方は認められないため注意しましょう。
利用目的の通知方法は、面談や電話による伝達、文書の送付、メールの送信などが一般的です。
健康情報取扱規程を周知する
健康情報取扱規程の策定後は、就業規則に記載し、適切な方法で従業員に周知する必要があります。周知方法は、以下の方法が挙げられます。
- 社内イントラネットへの掲載
- メールの一斉送信
- パンフレットの配布
- 掲示板への掲示
- 社内研修の実施
- 誰でも閲覧可能なパソコンへのデータ保存 など
せっかく規程を作っても、従業員に認識されなければ意味がありません。そのため、自社の規模や環境に合った適切な周知方法を選択しましょう。
企業は健康情報の適正管理が求められる
事業主は、あらかじめ定めた範囲または利用目的を超えて、従業員の健康情報を利用することが禁止されています。また、常に最新かつ正確な健康情報を把握することも重要です。
また、退職者が出た場合、保存期間の経過後、速やかにその健康情報を消去する必要があります。消去方法は、シュレッダー処理や記録媒体の破壊など情報漏洩を防ぐための措置が求められます。
なお、健康情報の漏洩や紛失、改ざんなどは重大な問題行為であり、罰則が科されることもあります。
そこで、企業は健康情報を取り扱う者(担当者)に対して教育や研修を行い、個人情報保護の意識を高めてもらうことも重要です。
健康情報の取扱いに関する裁判例
企業が把握した従業員の健康情報について、その開示漏洩が問題となった裁判例です。
【事件の概要】
Xは、ソフトウエア業務等を営むA社に雇用され、同ソフトウエアの販売等を営むB社に派遣された従業員であるところ、派遣先の健康診断でHIVに感染していることが判明し、B社がA社に対して感染の事実を連絡しました。
Xは、B社の当該連絡行為が違法であるとして慰謝料の支払いを求めました。
【裁判所の判断】
<東京地方裁判所 平成7年3月30日判決>
裁判所は、HIV感染者に対する社会的偏見と差別の存在を考慮すると、極めて秘密性の高い情報に属し、何人もみだりに第三者に漏洩することは許されないと判断しました。
【ポイントと解説】
健康情報は、社会的な偏見や差別につながるものもあり、特別な配慮が必要となります。特にHIVについては「職場におけるエイズ問題に関するガイドライン」も制定されているところであり、従業員が誤解や偏見により職場において不当な扱いを受けることがないようにしなければなりません。
健康情報(要配慮個人情報)の適正な取り扱いについて、専門知識を有する弁護士がアドバイスさせていただきます
健康情報の取扱いを誤ると、上述のように裁判にもつながるおそれがあります。また、2020年6月5日にも「個人情報の保護に関する法律等の一部を改正する法律」が成立したように、法改正も度々行われています。法律を遵守して従業員の健康情報に対する適正な取扱いができるよう、ぜひ弁護士ALGにご相談ください。
企業の様々な人事・労務問題は弁護士へ
企業側人事労務に関するご相談 初回1時間 来所・zoom相談無料※
企業側人事労務に関するご相談 来所・zoom相談無料(初回1時間)
会社・経営者側専門となりますので労働者側のご相談は受付けておりません
受付時間:平日 9:00~19:00 / 土日祝 9:00~18:00
平日 9:00~19:00 / 土日祝 9:00~18:00
※電話相談の場合:1時間10,000円(税込11,000円) ※1時間以降は30分毎に5,000円(税込5,500円)の有料相談になります。 ※30分未満の延長でも5,000円(税込5,500円)が発生いたします。 ※相談内容によっては有料相談となる場合があります。 ※無断キャンセルされた場合、次回の相談料:1時間10,000円(税込11,000円)
執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある