最低賃金引き上げによる企業のメリット・デメリットとは?とるべき対策も解説

弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

2025年10月以降、全国加重平均で最低賃金が時給1,000円を超える大幅な引き上げが実施されます。
企業は人件費の増加や労務管理の見直しなど、さまざまな対応を迫られています。最低賃金制度の基本的な仕組みや、引き上げの背景を理解することは、経営判断や従業員との適切な関係構築において非常に重要です。

この記事では、最低賃金引き上げによる企業のメリット・デメリット、そして今後とるべき具体的な対策について、わかりやすく解説します。

目次

2025年10月から最低賃金が引き上げられる

最低賃金制度は、最低賃金法に基づいて国が賃金の最低限度を定めるもので、企業はその金額以上の賃金を労働者に支払う義務があります。

2025年10月からは、全国加重平均で時給1,000円を超える水準への大幅な引き上げが予定されており、企業にとってはその影響を正しく理解し、適切な対応を取ることがますます重要になっています。

最低賃金の引き上げには、従業員の生活の安定や職場定着率の向上といったプラスの側面がある一方で、人件費の増加など企業経営にとっての課題も伴います。こうした変化に対応するためには、賃金体系の見直しや業務の効率化など、企業としての具体的な対策を検討する必要があります。

最低賃金制度について、詳しくは以下のページをご覧ください。

なぜ?最低賃金が引き上げられる理由

最低賃金は、物価の上昇や労働者の生活費、企業の支払い能力などを総合的に考慮して、毎年地域ごとに見直されています。特に近年は、物価高騰や人手不足の影響を受けて、労働者の生活水準を守るための最低賃金の引き上げが重要視されています。

最低賃金の引き上げには、労働条件の改善や公正な競争環境の確保、さらには国民経済の健全な発展を促すという目的も含まれており、企業にとっても社会的責任として理解しておくべき重要な制度です。

2025年度の都道府県別の最低賃金一覧

最低賃金は、都道府県ごとに異なる金額が定められており、毎年、厚生労働省によって見直しが行われています。企業が従業員を雇用する際には、勤務地の最低賃金を正しく把握し、法令に沿った賃金設定を行うことが重要です。

特に複数の地域で事業を展開している企業では、地域ごとの最低賃金の違いに注意が必要です。最新の情報は、厚生労働省の公式サイトで確認できます。

最低賃金引き上げによる企業側のメリット

最低賃金の引き上げは、企業に、以下のようなメリットをもたらします。

  • 労働者のモチベーション向上
    賃金が上がることで、従業員の仕事への意欲が高まり、生産性の向上につながる可能性があります。
  • 優秀な人材の確保
    賃金水準を上げることで、他社との差別化を図り、より優秀な人材を確保しやすくなります。
  • 離職率の低下
    賃金が安定することで、従業員の定着率が向上し、人材の流出を防ぐことができます。

最低賃金引き上げによる企業側のデメリット

一方、最低賃金の引き上げは、企業に、以下のようなデメリットをもたらします。

  • 人件費が増加する
  • 従業員の確保が難しくなる
  • 扶養内で働く従業員の労働時間が減少する
  • 正社員のモチベーションが低下する

以下では、これらのデメリットについて解説します。

人件費が増加する

最低賃金の引き上げによる最も直接的な影響は、人件費の増加です。
特に、最低賃金に近い給与水準の従業員が多い企業では、賃金の見直しが必要となり、経営コストが大幅に上昇する可能性があります。

これにより、利益率の低下や経営の圧迫につながるケースもあるため、早めの対策が求められます。

従業員の確保が難しくなる

最低賃金の引き上げにより人件費が増加すると、企業の採用活動にも影響が出ます。特に中小企業では、限られた予算の中で人材確保を行う必要があり、採用コストの上昇が新規採用のハードルを高める要因となります。

その結果、必要な人材を十分に確保できず、業務の停滞や既存社員への負担増につながる可能性があります。

扶養内で働く従業員の労働時間が減少する

最低賃金が上がることで、扶養控除内で働くパート・アルバイトの方は、年収が扶養の範囲を超えないように労働時間を減らす傾向があります。その結果、企業側ではシフトの調整が難しくなったり、業務に必要な人員が不足するなどの支障が出る可能性があります。特に人手不足の業界では、影響が大きくなるため注意が必要です。

正社員のモチベーションが低下する

正社員ではない従業員の賃金が上がったことで、正社員との賃金格差が縮まり、正社員のモチベーションが低下するおそれがあります。

また、最低賃金に近い従業員の給与が自動的に上がる一方で、スキルや貢献度に応じた正社員の給与が据え置かれると、社内の公正性が損なわれ、不満が高まるおそれもあります。

最低賃金の引き上げで企業がとるべき対策

最低賃金の引き上げに対応するため、企業は以下のような対策を検討すべきでしょう。

  • 従業員の労働時間を適切に管理する
  • 従業員のスキルアップにより生産性を高める
  • 設備投資をして生産性を高める
  • 補助金・助成金などの支援制度を活用する

以下では、これらの対策について解説します。

従業員の労働時間を適切に管理する

最低賃金の引き上げに対応するには、従業員の労働時間を正確に管理し、無駄な残業を減らすことが重要です。勤怠管理システムの導入や定時退社の促進、業務用パソコンの自動シャットダウン設定などにより、効率的な時間管理が可能になります。

これにより人件費の抑制につながり、企業の経営負担を軽減できる可能性が高まるでしょう。

従業員のスキルアップにより生産性を高める

従業員のスキルアップを支援することで、一人ひとりの生産性を高め、少人数でも高い成果を出せる体制づくりが可能になります。研修やセミナーの実施、資格取得支援制度の導入、公正な人事評価制度の整備などを通じて、従業員の成長を促すことで、企業全体の効率化と競争力向上につながるでしょう。

設備投資をして生産性を高める

ロボットやITツールなどを導入し、業務の効率化を図ることも有効な対策です。
ロボットやITツール導入により業務を効率化した例としては、飲食店での配膳ロボットの導入により、配膳業務に必要な人員を削減しつつ生産性を向上させた事例や、Web会議システムの導入で移動時間や社内共有時間を削減させた事例が挙げられます。

補助金・助成金などの支援制度を活用する

最低賃金の引き上げに伴う負担を軽減するため、国や自治体では「業務改善助成金」などの支援制度を提供しています。これらの補助金・助成金を活用することで、設備投資や賃上げにかかる費用の一部を補うことができ、企業の経営負担を抑えることが可能です。

制度の内容は随時更新されるため、最新情報を確認し、積極的に活用しましょう。

最低賃金法に違反した場合の罰則・ペナルティ

最低賃金法に違反して最低賃金未満の賃金を支払った場合、企業には、以下のような罰則やペナルティが科せられます。

  • 最低賃金法に基づく処罰を受ける
  • 従業員から未払い賃金を請求される

以下では、これらの罰則、ペナルティについて解説します。

最低賃金法に基づく処罰を受ける

最低賃金法に違反して最低賃金未満の賃金を支払った場合、企業は、労働基準監督署などから指導を受ける可能性があります。
また、最低賃金法では、地域別最低賃金以上の賃金を支払わなかった使用者に対して、罰金刑を定めています。

最低賃金法40条
「第四条第一項の規定に違反した者(地域別最低賃金及び船員に適用される特定最低賃金に係るものに限る。)は、五十万円以下の罰金に処する。」

また、法人の代表者や従業員が違反行為をした場合、行為者だけでなく、法人そのものにも罰金刑が科される「両罰規定」が適用されます(同法42条)。

従業員から未払い賃金を請求される

最低賃金を下回る賃金しか支払っていなかった場合、従業員から過去に遡って最低賃金との差額分を請求される可能性があります。これにより、一時的なコスト抑制が、将来的な巨額の債務に繋がるリスクがあります。法令違反による企業の信用低下にもつながるため、注意が必要です。

最低賃金に関する裁判例

事件の概要

【NHK(名古屋放送局)事件(平29(ネ)346号 名古屋高等裁判所 平成30年6月26日判決)】
精神疾患で休職していた従業員が、復職判断のための「リハビリ出勤」を行った際、会社が無給としていたところ、従業員が未払い賃金を請求した事案です。

裁判所の判断

裁判所は、従業員が「使用者の指示に従って」作業を行っており、「その作業の成果を使用者が享受しているような場合等には」、「使用者の指揮監督下」にある「労働基準法11条の『労働』に該当するもの」として、試し出勤期間中の最低賃金の支払いを命じました。

ポイント・解説

この判例は、試し出勤やインターン、トライアル期間など、報酬を支払わない慣行がある場合でも、実質的な労働と認められれば最低賃金法が適用されることを示した重要な事例です。

ポイントとしては、業務の実態が指揮監督下にあり、労働と評価できる場合は、たとえ契約上で無給と合意していても、最低賃金を支払う義務が発生する点になります。

よくある質問

最低賃金はいつから引き上げられますか?

最低賃金は、通常、毎年10月頃に引き上げられます。

最低賃金の引き上げは中小企業にどのような影響がありますか?

まず、最も大きな影響は人件費の増大です。
その結果、企業の利益が減り、従業員を雇い続けることが難しくなる可能性があります。

アルバイトやパートにも最低賃金は適用されますか?

はい、最低賃金はパートやアルバイト、臨時社員、嘱託社員など、すべての労働者に適用されます(最低賃金法2条1号)。
労働者は、その雇用形態にかかわらず、最低賃金額以上の賃金を受け取る権利を法律によって保障されています(同法4条1項)。

出来高払い・歩合給の場合でも最低賃金を守る必要がありますか?

はい、出来高払い制や歩合給制の場合でも、最低賃金は適用されます。
出来高払制や請負制で計算された賃金の総額を、その期間の総労働時間数で割って、時間当たりの賃金を算出して、最低賃金を上回っているかを確認しなければなりません。

試用期間中は最低賃金を下回る給与でもよいですか?

いいえ、試用期間中であっても、原則として最低賃金は適用されます。
ただし、例外として、都道府県労働局長の許可を得る「最低賃金の減額の特例許可制度」が存在します。

使用期間について、詳しくは以下のページをご覧ください。

月給制の場合、最低賃金を下回っているかどうかを確認する方法はありますか?

はい、月給制の場合も、月給を月平均所定労働時間で割り、時間当たりの賃金を算出して最低賃金額(時間額)と比較する方法で、最低賃金を下回っているかどうかを確認することができます。

最低賃金引き上げをきっかけに賃金体系を見直すべきでしょうか?

はい、最低賃金引き上げをきっかけに賃金体系全体を見直すことは、企業の持続的な成長に不可欠です。賃上げを単なるコスト増大と捉えるのではなく、従業員のモチベーション向上や生産性向上の機会として捉えることが重要です。

最低賃金引き上げによる人件費増に対して、支援制度はありますか?

最低賃金引き上げに伴う中小企業の人件費増大に対しては、業務改善助成金やキャリアアップ助成金、ものづくり補助金、IT導入補助金などの支援制度が設けられています。

賃金問題や労務管理についてのご相談は弁護士法人ALGにお任せください。

賃金問題や労務管理は、法律や制度が複雑に絡み合っており、企業にとっては慎重な対応が求められる分野です。最低賃金の引き上げに伴う人件費の調整や、従業員の労働時間管理など、実務上の課題も多岐にわたります。

こうした問題に直面した際は、労務問題に精通した弁護士に相談することで、適切な対応策を見つけることができます。弁護士法人ALGでは、企業の皆さまが安心して事業運営できるよう、法的な観点から丁寧にサポートいたします。お気軽にご相談ください。

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執筆弁護士

 塚本 大誠
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所塚本 大誠(東京弁護士会)
弁護士 中村 和茂
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所弁護士中村 和茂(東京弁護士会)

この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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