使用者責任の要件とは?判例や企業の予防策などわかりやすく解説

弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

従業員が業務中に第三者に損害を負わせた場合、会社が使用者責任を負うことがあります。一度事故・事件が起きてしまうと、会社が使用者責任を免れることが難しい場合もあります。

以下では、どのような場合に使用者責任が認められるのか、使用者責任を負うことを免れるために企業が講ずるべき予防策は何か、などについて解説します。

目次

使用者責任とは?

使用者責任とは、他人(被用者)を使用する者に被用者の加害行為について賠償責任を負わせる民法上の責任をいいます(民法715条1項)。

他人を使用して事業を営む者は、他人を使用することで多くの利益を得ていることから、被用者が業務執行の際に他人に与えた損害についても責任を負うべきである、という考え方が背景となっています。

使用者責任が認められる4つの要件

他人を使用する者(使用者)の使用者責任が認められるのは、次の4要件を満たす場合です(民法715条1項本文)。

①従業員の不法行為により第三者に損害を与えたこと

使用者責任が認められる、すなわち使用者が被用者の加害行為について責任を負うためには、被用者の加害行為が不法行為(民法709条)の要件を満たすことが必要です。すなわち、被用者が「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害」し、「これによって」損害が生じたことが必要です。

つまり、「故意又は過失」が認められなければ、使用者の責任も認められないことになります。

②不法行為時に使用者と従業員との間に使用関係があること

使用者責任が認められるのは、他人を使用して多くの利益を得ているからです。そのため、使用者責任が認められるためには被用者の不法行為時に使用者が被用者を選任監督・指揮命令する関係にあることが必要です。

③従業員が会社の事業の執行について不法行為をしたこと

使用者が被用者を使用する関係にあっても、事業と全く関係のないところでの被用者の加害行為について使用者は責任を負いません。
被用者の行為が「事業の執行について」したものといえるかについては業務とその被用者の行為が実質的に関連するか、すなわち被用者の行為によるリスクを使用者が負担すべきか否か、という点から判断されるものと考えられます。

④使用者としての免責事由に該当しないこと

法律上は、以下の条文に該当すれば使用者責任を免れることになります。しかし、判例はこの免責事由の存在を容易に認めず、使用者の責任を広く認める傾向にあります。

「使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったとき」(民法715条1項ただし書)

使用者責任が認められる不法行為の事例

使用者責任が認められうる事案は様々ですが、以下のような類型が想定されます。

セクハラ・パワハラ

パワハラ・セクハラはそれ自体が不法行為と判断される可能性があり、その場合使用者責任として使用者が被害者に損害賠償責任を負うことがあります。

このとき、ハラスメント行為が「事業の執行について」行われたと言えるか否かは、行為の場所・時間、加害者の言動等の職務関連性、加害者と被害者の関係などを考慮して判断され、加害者が上司としての地位を利用してハラスメントを行ったといった事実は事業執行性を基礎づける重要な事実となります。

詳しくは以下のページをご覧ください。

労災事故

労災が発生した場合、使用者が事故対策を何もしていなかった、作業環境が劣悪だったなど、従業員の安全を守る措置を怠っていた場合、「安全配慮義務違反」として被災者側から損害賠償請求される可能性があるほか、使用者の違法行為などによって労災が発生した場合には、被災者に対して不法行為に基づく損害賠償責任を負う可能性があります。

他方で、使用者の従業員に対する監督が不十分であった結果、従業員の不法行為(事業を契機とするケンカなど)によって労災が発生した場合には、使用者は使用者責任を負う可能性があります。

詳しくは以下のページをご確認ください。

社用車での事故

会社が社用車の使用を禁じていない場合には、判例は被用者が社用車を使用して事故を起こした行為は、たとえ私用で、勤務時間外で行われたものであっても「事業の執行について」されたものとして、使用者責任を認めています(最判昭和37年11月8日民集16巻2255頁、最判昭和30年12月22日民集9巻2047頁)。

従業員同士のケンカ

従業員同士のケンカについては、明らかに職務について行われたものとは言えないため、「事業の執行について」なされたといえるかが問題となりますが、判例は水道管工事中に被用者が他の作業員とけんかをして負傷させた事例について、当該けんかは会社の事業の執行行為を契機としたものであるため、事業の執行行為と密接な関連を有すると認められる、と判断しました(最判昭和44年11月18日民集23巻2079頁)。

使用者責任が問われた裁判例

以下では、使用者責任が認められた事案についてご紹介します。

事件の概要(昭44(オ)580号・昭和44年11月18日判決・最高裁第三小法廷・上告審)
水道管敷設工事の現場で働いていた被用者Aが、同じく作業をしていた被用者Bに対し、作業に使用するために「鋸を貸してくれ」と声をかけたところ、原告が持っていた鋸を甲に向けて投げたことから言い争いとなり、被用者Aが被用者Bを水道管埋設用の穴に突き落し、さらに殴る蹴るの暴行を加え傷害を負わせた事案があります。この被用者Aの暴行によって使用者は使用者責任を負うか、問題となりました。

裁判所の判断
裁判所は、被用者Aの行為は「会社の事業の執行行為を契機とし、これと密接な関連を有すると認められる行為によって加えたもの」であることを理由に、被用者Aの行為は「事業の執行について」なされたものであることを認めました。

ポイント・解説
被用者の不法行為が「事業の執行について」なされたものといえるかは、第三者を保護する観点から、その行為の外形から観察して、被用者の職務の範囲内の行為に属するとみられるか否かで判断されることがあります。

他方で、仕事中のけんか・暴力行為などの不法行為については外形的には職務の範囲内に属しないものと考えられますが、このような場合に使用者が一切責任を負わないとすると、第三者(不法行為の被害者)は十分な保護を受けられない可能性があります。

そこで、この判例は被用者の職務の範囲外の行為でも、事業の執行を契機とし、これと密接な関連を有するといえる場合には「事業の執行について」なされたと考えることで、使用者責任を負う範囲を広げ、被害者の救済を図ったものと考えられます。

従業員に対して求償権を行使できる場合もある

使用者が使用者責任として被害者の損害を賠償した場合には、被用者に対してその損失の補償を求めることができます(民法715条3項)。これを求償権といいます。

もっとも、使用者が賠償した全額の負担を使用者に求めることは許されず、求償できる範囲は、損害を公平に負担しようという見地から、信義則上相当と認められる額に限られることに注意が必要です。

使用者責任のリスクを回避するための予防策

使用者責任を負うことを避けるために、以下のような方策が考えられます。

従業員教育を徹底する

被用者の不法行為が認められ、それが「事業の執行について」なされたものと認められると、使用者責任を負う可能性が高まります。使用者責任を免れるためには、第1に従業員が不法行為責任を負わないようにするべきです。そのため、研修等を通じて従業員への教育を徹底することが必要です。

就業規則を整備する

事業の執行に際して従業員が他者に損害を生じさせた場合には、会社は使用者責任を免れることは難しい場合が多いですが、会社が厳禁していた行為を被用者がしたような場合には、会社の使用者責任が否定されることがあります(大刑判大正8年1月21日刑録25輯42頁)。

使用者責任を免れるためには、就業規則等に社用車等備品の利用手続を明記し、私用を禁止するなどの対応が考えられます。

損害保険に加入する

会社が使用者責任を負った場合に備えて、「使用者賠償責任保険」に加入する対策が考えられます。使用者賠償責任保険とは、被用者が業務上の災害を被った場合に、会社が負担するべき損害賠償等に要した費用を補償してもらえるものです。

このような保険に加入しておくことで、万一の際に使用者が負う賠償責任をカバーすることが可能となります。

よくある質問

従業員が不法行為責任を負わない場合、使用者責任も発生しませんか?

従業員が不法行為責任を負うことは、使用者責任の成立要件となっています。
そのため、従業員が不法行為責任を負わない場合には、使用者責任は発生しません。

業務委託契約でも使用者責任は発生しますか?

選任監督・指揮命令に服する関係があると認められる場合には、業務委託契約の形式をとっていたとしても使用者責任を負う可能性があると考えられています。

会社の飲み会でセクハラがあった場合、使用者責任を問われますか?

飲み会でのセクハラが「事業の執行について」なされたといえるかが問題となりますが、上司が懇親のために企画した飲み会で、仕事の話に絡ませながらセクハラをした事案では、セクハラ行為が職務に関連させて上司たる地位を利用して行ったものであるとして使用者責任を認めた事案があります(大阪地判平成10年12月21日)。

私用で社用車を運転して事故を起こした場合、使用者責任を問われますか?

社用車の運転については、外形から客観的に見て職務の範囲内にあたるかどうかを基準に「事業の執行について」なされたものかが判断されており、被用者が私用で社用車を運転した場合でも使用者責任を認めるものがあります(最判昭和37年11月8日)。

従業員が手形を偽造した場合、使用者責任を問われますか?

従業員が手形を偽造、交付した行為は職務執行行為そのものではないけれども、その「職務内容に密接に関連していて、行為の外形から観察してあたかも被用者の職務の範囲内の行為に属するとみることができる」ものとして使用者責任を肯定した例があります(最判昭和45年2月26日)。

従業員に対して求償権を行使する場合、何割ほど請求できますか?

使用者と被用者の損害の公平な分担という見地から、信義則に照らして相当と認められる範囲で使用者は被用者に求償することができます(最判昭和51年7月8日)。

これについて同判例は、タンクローリーの起こした事故について、使用者が十分に保険に入っていなかった、臨時常務中の事故であった、被用者の通常の勤務成績がよかったことなどの事情を理由に使用者が被用者に対して求償できる範囲は損害の4分の1に限定されると判断しました。

従業員から会社に対して求償権を行使されることはありますか?

法律に明記されているわけではありませんが、従業員がその損害を賠償した場合には、使用者と被用者の損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について、被用者は、使用者に対して求償することができると考えられています(最判令和2年2月28日)。

使用者責任に時効はあるのでしょうか?

使用者責任は不法行為による損害賠償責任であるので、不法行為責任と同様に以下の消滅時効期間が設けられています(民法724条の1、724条の2)。

・原則
「被害者又はその法定代理人が損害および加害者を知った時から3年間」賠償請求権を行使されなかったとき、または「不法行為の時から20年間」賠償請求権が行使されなかったとき

・生命や身体を害する不法行為の場合
被害者又はその法定代理人が損害および加害者を知った時から5年間または「不法行為の時から20年間」賠償請求権が行使されなかったとき

使用者責任を問われた際は、お早めに弁護士法人ALGまでご相談下さい

使用者責任は専門的な判断が必要となります。そのため、使用者責任を問われた場合には、お早めに弁護士法人ALGまでご相談下さい。

ちょこっと人事労務

企業の様々な人事・労務問題は弁護士へ

企業側人事労務に関するご相談 初回1時間 来所・zoom相談無料

企業側人事労務に関するご相談 来所・zoom相談無料(初回1時間)

会社・経営者側専門となりますので労働者側のご相談は受付けておりません。

0120-630-807

受付時間:平日 9:00~19:00 / 土日祝 9:00~18:00

0120-630-807

平日 9:00~19:00 / 土日祝 9:00~18:00

※電話相談の場合:1時間10,000円(税込11,000円) ※1時間以降は30分毎に5,000円(税込5,500円)の有料相談になります。 ※30分未満の延長でも5,000円(税込5,500円)が発生いたします。 ※相談内容によっては有料相談となる場合があります。 ※無断キャンセルされた場合、次回の相談料:1時間10,000円(税込11,000円)※国際案件の相談に関しましては別途こちらをご覧ください。

執筆弁護士

弁護士 九里 亮太
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所弁護士九里 亮太(東京弁護士会)
弁護士 髙木 勝瑛
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所弁護士髙木 勝瑛(東京弁護士会)

この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

労働法務記事検索

労働分野のコラム・ニューズレター・基礎知識について、こちらから検索することができます