利用者の奪取行為が不法行為に当たるのか、競業避止義務の黙示の合意が認められるかについて(あもる訪問看護ステーション事件)~大阪地裁令和6年10月1日判決~ニューズレター2025.09.vol.165

Ⅰ 事案の概要

本件は、原告会社(以下「X社」といいます。)が、被告会社(以下「Y社」といいます。)に対して業務委託料を支払い、Y社の代表社員であるYを雇用して訪問看護ステーション(以下「C事業所」といいます。)を開設・運営していたところ、Y社およびYが、C事業所と同じ市内で訪問看護事業所の運営を開始したことが、違法な競業行為にあたるとして、債務不履行又は共同不法行為に基づいて損害賠償請求をした事案です。

より具体的に事案をみてみると、まず、Y社は従前、訪問看護事業所(以下「A事業所」といいます。)を開設して事業を営んでいたものの、廃業しました。

X社は、平成28年6月1日より、A事業所があった場所で、C事業所を開設して、従前A事業所を利用していた者を対象とする訪問看護事業を開始しました。

は、平成28年6月1日より、X社と雇用契約を締結して、C事業所での訪問看護の業務に従事していたものの、平成29年8月31日付でX社を退職しました。

Y社は、平成29年8月1日、C事業所から約600m離れた市内の建物を賃借するなどして、同年9月1日、市から指定を受けた上でD事業所を開設しました。

平成29年8月下旬には、YがC事業所で担当していた利用者19名のうち少なくとも18名が、X社に対し利用契約の解除の意思表示をし、同年9月頃、Y社との間でD事業所における訪問看護の利用契約を締結するに至りました。

X社は、①従前X社が運営していたC事業所の利用者をY社の運営するD事業所が奪取した行為について、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様で顧客を奪取したものであり、Yらは不法行為責任を免れないと主張しました。また、Y社のA事業所の継続が不能となり、X社から救済を受けて、X社との間で業務委託契約を締結するに至ったという経緯に鑑み、②YらはX社との間で、X社との契約解消後相当な期間については、同一地域において同一又は類似の営業をしないという黙示の合意があったとして、競業避止義務違反を主張しました。

Ⅱ 争点

本件裁判例の争点は多岐にわたるものの、主要な争点は、利用者の奪取が不法行為又は債務不履行(競業避止義務違反)にあたるかという点でした。

本件の事情として、X社とYらの間で、競業避止義務に関する明確な合意が為されていなかったとの事実があり、このように明確な合意が存在しない場合でも、競業避止義務に関する黙示の合意が認められるかという点が問題となりました。

Ⅲ 判決のポイント

1. 利用者の奪取が不法行為にあたるかどうか

裁判所は、①利用者の奪取が不法行為にあたるのかどうかについては、以下のように判断しました。

まず、「元従業員等の競業行為が、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様で、元雇用者の顧客を奪取したとみられるような場合には、その行為は元雇用者に対する不法行為に当たる」という最高裁の判示(最判平成22年3月25日)を引用したうえで、本件における具体的な事情(看護師の退職理由が虚偽であるとか、不当な働きかけによるものであるといった証拠がない、利用者に関する引継ぎについてⅩ社からの具体的な指示がなかったことなど)を考慮して、Yらの競業行為が社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様で元雇用者の顧客を奪取したとして不法行為にあたるとまではいえないと判示しました。

本件では、(a)Y社がX社の運営するC事業所の電話番号をD事業所の訪問看護事業のために続用していたこと、(b)X社との契約終了の翌日から競業を開始して、YがC事業所にて担当していた利用者19人中18人がY社と契約を締結したことなどを踏まえても、従前訪問を担当し、利用状況を把握していた看護師による訪問看護を希望することはごく自然であるなどとして、Yらの競業行為は不法行為にあたらないとされました。

2. 競業避止義務について黙示の合意が認められるか

次に、②明確な合意が存在しない場合でも、競業避止義務に関する黙示の合意が認められるかについて、X社は、Yとの雇用契約締結時に競業避止義務の黙示の合意があったと主張しましたが、裁判所は以下のように判示しました。

「使用者が労働者との雇用契約の締結に当たって、競業避止義務が必要であれば、少なくとも雇用契約書で競業避止義務条項を入れることは比較的容易になし得るものであり、競業避止義務が労働者の職業選択の自由を制約することに照らすと、競業避止義務の黙示の合意の成立については慎重な検討が必要である。」と述べました。

本件では、YがX社の従業員として勤務を開始するにあたって、X社を辞職した際には同じ市内で同種事業を行わない旨の義務を負うことを認識していたと窺わせるに足りる事情は見出し難いとして、競業避止義務について黙示の合意を認めることはできないとされました。

Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項

1. 利用者の奪取行為の不法行為該当性

本件では、YらがX社の顧客を奪う行為について、不法行為には当たらないと判断されました。最高裁が示した規範は抽象的なものであり、具体的な事情を考慮して、違法行為に当たるかどうかが判断されているものと考えられます。

客観的には顧客を奪うような態様(電話番号の継続利用、大多数の利用者移行)であっても、利用者のXに対する利用契約の解除及びD事業所の利用契約の締結が、Yの違法又は不当な説明に基づくものであるとまではいえないこと、また、担当していた看護師の継続を希望することがごく自然であるとして事業所を利用する者の利益を考慮したうえで不法行為には当たらないとされており、顧客を奪ったことが直ちに不法行為にあたるとは限らないとの判断を示した点で、参考になる判決だと言えます。

2. 競業避止義務の黙示の合意について

本件では、Yらとの間で競業避止義務の黙示の合意があったとのX社の主張について、認められないとの判断がなされました。

本判決で着目すべきは、競業避止義務条項を雇用契約書に入れることは比較的容易であること、競業避止義務が職業選択の自由を制約するものであることから、競業避止義務の黙示の合意には慎重な検討を要するとした点です。

ここでいう「慎重な検討」とは、黙示の合意については制限的に検討すべきであることを意味しているものと考えられます。

雇用契約書に競業避止義務条項が明記されていれば、その効力が制限されることはあっても成立自体が否定される可能性は低いですが、競業避止義務が明記されていない場合、雇用契約に基づいて当然に退職後の競業避止義務が生じるものではないという点には注意が必要です。

なお、本判決においては、競業避止義務の黙示の合意について、「原告の従業員として勤務を開始するに当たって、今後、原告を辞職した後、東大阪市内で同種事業を行わない旨の義務を負っていたことを認識していたことを窺わせるに足りる事情は見出し難い」と判示しています。このことは、黙示の合意が成立する前提として、合意内容と同内容についての認識がなければ合意が成立する余地がないことを示しています。競業避止義務については、地域的な限定や期間など複雑な要素が考慮されて有効性が判断される以上、黙示の合意が成立する可能性は低く、雇用契約を締結する段階で、明示的に退職後の競業避止義務規定を設けることによって、本件のような損害賠償請求が認められないリスクを未然に防ぐことができる以上は、雇用契約締結時の契約条項の再確認が重要になるものと考えます。

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