Ⅰ 事案の概要
原告が、人材派遣業を営む被告会社に対し、労働契約上の地位確認等を求めた事案です。
原告は、令和5年6月19日、ハローワークの求人票(「正社員」、「雇用期間の定めなし」、「試用期間あり期間2か月間」)を見て被告会社に応募し、同月20日にはウェブ採用面接及び同年7月1日を就業開始日とする採用内定通知を被告会社から受け、原告はこれを承諾しました。
原告と被告会社は、令和5年6月21日、被告会社において労働契約書を作成したところ、同契約書には、「雇用期間 令和5年7月1日~令和5年9月30日(※8月31日と捨印訂正あり)」、「契約更新の有無 更新しない」との記載がありました。
その後、原告は、令和5年7月3日から執務を開始しましたが、被告会社は、上記労働契約書に従い、同年8月31日をもって原告との労働契約を終了させる旨を通知し、同年9月1日以降の原告の労務の提供を拒否しました。
そこで、原告は、上記求人票に記載のとおり、雇用期間の定めのない労働契約が成立しており、令和5年8月31日以降も労働契約上の地位にあることの確認等を求めました。
Ⅱ 争点
本件の主な争点は、原告と被告会社との労働契約が、令和5年8月31日に期間満了により終了したか否か(求人票の記載と異なる労働条件で労働契約書が作成された場合に、いかなる内容で労働契約が成立したといえるか)です。
Ⅲ 判決のポイント
① 原告と被告会社の労働契約の内容について
裁判所は、本件求人票に労働契約の要素が具体的に特定されている上、本件内定通知の際に原告に勤務開始日が伝えられ、原告がこれを了承していることから、原告と被告との間には、就労開始日を令和5年7月1日とする始期付労働契約が成立しているとしました。
そして、原告が、本件求人票を見て被告会社に応募した後、面接までの間に、被告会社から雇用期間が2か月である旨の説明を受けていなかったことから、原告は、本件求人票記載の内容で労働契約の締結を申し込んだものと認められるところ、被告会社は、原告に対し、労働契約書作成時まで、雇用期間について説明することがなかったために、原告と被告会社の労働契約は、採用内定通知の時点で、本件求人票記載のとおりの内容(試用期間2か月、雇用期間の定めなし)で成立したと認定しました。
なお、被告会社は、本件求人票の記載が誤りであり、当初は雇用期間を2か月とする有期労働契約であり、その後、業績によって無期労働契約として再契約が正しいところ、被告会社の事務担当者が誤って記載したとの主張をしていましたが、裁判所は、被告会社としては、2か月間の試用期間に代えて有期労働契約を先行する趣旨(試行的有期雇用)で本件求人票に「試用期間2か月」と記載した可能性は否定できないものの、仮に被告会社が内心においてはそのような認識であったとしても、外部に表示されたのは本件求人票記載の内容であることから、労働契約の内容に影響を与えないとして、被告会社の主張を排斥しました。
② 本件労働契約書作成の有効性について
裁判所は、上記のとおり、原告と被告会社の労働契約は、採用内定通知の時点で、本件求人票記載のとおりの内容(試用期間2か月、雇用期間の定めなし)で成立しているとした上で、本件求人票の内容と異なる労働契約書の作成は、原告と被告会社との間の労働契約の変更合意に当たるところ、雇用期間を期間の定めのないものから、2か月という短期の雇用期間に変更する合意は、賃金等の変更に比肩し得るような重要な労働条件の変更に当たるとしました。
この点、被告会社は、本件労働契約書作成時に、2か月の試行的有期雇用を先行することについて適切に説明をし、原告の承諾を得たと主張しましたが、裁判所は、雇用期間の定めがないものを2か月の有期雇用とすることは、雇用期間の定めがない正社員を募集する本件求人票による求人に応募した原告からして相当の不利益変更であるため、原告から相応の疑問が呈されたり、反発されたりすることが予想されるにもかかわらず、原告をどのように説得したのか具体的な供述がないため、本件労働契約書の作成は、原告の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するものとは認め難いとして、雇用期間の内容が有効に変更されたものとはいえず、原告と被告との間の雇用期間の定めのない労働契約が、現在も継続しているものと結論付けました。
Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項
本事例は、求人票記載の労働条件とは異なる労働条件で労働契約書が作成された場合において、会社が当該求職者に対して、求人票の記載と異なる労働条件について説明していないことから、求人票記載のとおりの内容で労働契約が成立したと認定しました。
そのため、本事例を踏まえると、そもそも求人票の記載内容に注意を払う必要があることを前提とした上で、求人票に記載された条件と異なる条件で労働契約を締結する場合には、求人票記載の内容で労働契約が成立したものとされることのないように、求職者に対して、慎重に対応する必要があるということに留意すべきでしょう。具体的には、求職者に対して採用内定通知を行う前に、求人票とは異なる条件での採用を考えている旨を明示的に説明し、当該求職者に検討の機会を与えることが必要であると考えられます。また、求職者に説明を尽くし、検討の機会を与えた上で、労働契約を締結する前に、求人票とは異なる条件での雇用条件となることについて、説明した時期と内容を明記したうえで、契約書とは別に書面(同意書など)を取り交わしておくことが、最低限必要な対応になると考えられます。ただし、本件において、仮に、2か月間の有期雇用契約に変更したという主張が認められたとしても、試用期間類似の趣旨で期間を定める契約としても、試用期間付きの無期労働契約と評価されることになり得るため(最高裁平成2年6月5日、神戸港両学園事件)、結論は変わらなかった可能性も高いように思われます。
なお、本事例によれば、上記のような慎重な対応をせずに求人票記載の内容と異なる条件で労働契約書を作成した場合、労働者本人が当該労働契約書に署名押印をしたとしても、労働条件の変更と解されてしまい、それが賃金等の変更や無期雇用契約から(短期)有期雇用契約への変更といった重要な労働条件の不利益変更である場合には、労働者の自由な意思に基づくものであることが要求されるという点についても、十分留意すべきでしょう。
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