Ⅰ.過労死と会社及び役員個人の責任
現代日本社会において、いわゆる過労死が社会問題となって久しく、これに関する裁判例も多数集積されてきています。過労死の事案については、これまで安全配慮義務違反として使用者、すなわち会社の責任が問われることはしばしば見られましたが、会社法第429条1項に基づく責任、すなわち、役員等個人の第三者に対する損害賠償責任を認めた裁判例は、小規模の会社で、代表取締役が従業員等を直接管理・監督できる立場にあった事案がいくつかあったのみでした。
しかし、今回ご紹介する裁判例が出されたことにより、過労死の問題は、役員個人に対する責任追及という新たな局面を迎えようとしていると考えられます。
Ⅱ.東証一部上場の大企業で役員個人の責任が認められた裁判例
昨今、東証一部に上場している大企業に勤務する社員が急性左心機能不全により死亡した事案について、長時間労働による過労死として、会社の安全配慮義務違反を認めたのみならず、社長等役員個人の会社法429条1項に基づく責任及び不法行為責任(損害賠償額約7800万円)を認めた裁判例(京都地裁平成22年5月25日判決、大阪高裁平成23年5月25日判決[上告中])が出されました。
上記裁判例における被告会社は、全国600店以上の店舗を展開し、飲食店経営を業とする東証一部上場の大企業であり、役員が直接死亡した従業員の労働時間管理を行っていない事案でした。また、被告会社では、1か月の特別延長時間の上限を100時間とする36協定を締結し、労働基準監督署に提出していましたが、違法・不当等の指摘や、変更などの助言指導を受けたことはありませんでした。
しかしながら、判決においては、被告会社の36協定が、厚生労働省により労災認定の指針として定められているいわゆる過労死ラインの労働時間を逸脱している点を厳しく非難した上、従業員の生命、健康を損なうことがないよう配慮すべき義務を怠ったとして、会社のみならず役員等個人の責任が認められ、約7800万円という高額な損害賠償が命じられたのです。
Ⅲ.Ⅱの裁判例のポイント
上記裁判例は、東証一部上場の大企業で、直接労働者を管理・監督していなかった社長を含む役員個人の責任を認めた点で、今までにない注目すべき裁判例です。また、労働基準法等の行政法令を守っていさえすれば、安全配慮義務違反にならないわけではなく、過労死について因果関係の有無を判断するにあたり、労災認定にかかる通達も重視される、という判断を示した点でも重要な裁判例です。
なお、上記裁判例は、現在上告中であり、最高裁の判断が注目されます。しかしながら、労働者の安全に対する配慮意識の高まりにかんがみれば、会社の役員は、今後、従業員の労務管理について、行政法令を遵守する以上の注意を払って業務執行に当たることが必要であるといえるでしょう。
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