Ⅰ 事案の概要
本件は、Y社の従業員であったXが、懲戒解雇されたことに対して当該懲戒解雇は解雇権の濫用であり無効であるとして、Y社に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認ならびに解雇後の賃金および遅延損害金の支払い等を求めた事案です。
Xは、業務上使用するパソコンに、自費で購入した外付けのハードディスクドライブ(以下、「本件ハードディスク」)をY社の事務所で接続して使用していました。
Y社代表者の息子であるAおよび同社の取締役であるBは、平成24年1月ころ、本件ハードディスクがなくなっていることに気づき、Xに事情を聴いたところ、Xは、本件ハードディスクはXの所有物であり、自宅に持ち帰ったと述べました。Bは私物の持出しにも許可が必要である旨説明したところ、Xは私物であるから持ち帰るのは自由である、情報は消すつもりであるという趣旨の回答をしました。Aらが調査したところ、本件ハードディスク内には、平成22年4月から平成23年12月までのY社の取引に関する情報が記録されていましたが、データが外部に流出したかどうかは確認できませんでした。
Y社は、Xが外付けハードディスクを勝手に持ち帰ったこと、本件ハードディスクには会社の機密情報も入ったままであり、「会社の業務上の機密及び会社の不利益となる事項を外に漏らさない」ことを定める服務規律(就業規則29条4項)に抵触するとして、懲戒解雇(以下、「本件懲戒解雇」)する旨記載した通告書(以下、「本件通告書」)を平成24年1月17日付で発送し、本件通告書は同月18日にXに到達しました。
本件の主要な争点は、本件懲戒解雇が有効であるか否かですが、結論としては、本件懲戒解雇は無効であると判断されました。
なお、就業規則には次のような規定があり、いずれについても、「事案が重篤なとき」が懲戒解雇事由として定められていました。
- 【29条4項】 会社の業務上の機密及び会社の不利益となる事項を外に漏らさないこと
- 【31条】 従業員は、出社及び退社の場合において日常携帯品以外の品物を持ち込みまたは持ち出そうとするときは、所属長の許可を受けなければならない。
Ⅱ 大阪地裁平成25年6月21日判決
1 就業規則29条4項(機密保持)違反について
本判決は、Xが本件ハードディスクを自宅に持ち帰った事実のみでは、本件ハードディスクに保存された情報が外部に流出したとはいえないことから、「外に漏らさないこと」(就業規則29条4項)に違反するとはいえないと判断しました。
Y社は、会社に無断で業務関連情報を私物の記録媒体に電磁的記録として記録し社外に持ち出す行為は、その時点で当該情報を外部に流出・頒布する危険性を著しく増大させる行為であり、就業規則29条4項にいう「外に漏らさないこと」に違反する行為と解すべきであると主張していましたが、本判決は、「懲戒解雇は、懲戒処分の中でも従業員の身分を奪う最も重い処分であるから、懲戒解雇事由の解釈については厳格な運用がなされるべきであり、拡大解釈や類推解釈は許され」ないとして排斥しています。
さらに、仮に就業規則29条4項違反があるとしても、情報漏洩の事実を認めるに足りる証拠がない以上、服務規律違反の「事案が重篤なとき」(就業規則44条7号)に当たらないから、いずれにしても就業規則29条4項違反を理由とする本件懲戒解雇には理由がないと判断しています。
2 就業規則31条(持出許可)違反について
次に、Xが、本件ハードディスクを上司の許可を得ずに自宅に持ち帰ったことについて、本判決は、「当該行為が就業規則31条に違反することは認められるが、…「事案が重篤なとき」に該当するとはいい難い」として、やはり本件懲戒解雇は認められないと判断しています。
Ⅲ 最高裁平成24年11月29日判決の要旨
懲戒処分の有効性については、懲戒処分の根拠規定が存在することを前提として、①懲戒事由に該当すること、②懲戒処分が相当であること(懲戒権の濫用ではないこと)の2段階の審査がなされます。
まず、①従業員の具体的行為が懲戒事由に該当するかの判断について、裁判所は労働者保護の見地から限定的に判断する傾向にあります。本件でも、就業規則29条4項違反該当性について、「外に漏らさないこと」の文言を拡大解釈や類推解釈することは許されないとしています。
次に、②懲戒処分が相当であるかについて、裁判所は、当該行為の性質・態様その他の事情に照らして、客観的かつ合理的な理由があり、社会通念上相当なものと認められない場合には無効とします。本件では懲戒解雇事由を「事案が重篤なとき」に限定していたことも相まって、本件ハードディスク持ち帰り行為に対して従業員の身分を奪う懲戒解雇は重きに失すると判断されました。
社員による情報流出が生じると会社に多大な損害が生じますから、これを懲戒事由としておきたい会社は多いと思います。その際には、就業規則で懲戒事由に該当する具体的な行為を(拡大解釈や類推解釈をする必要がないように)明確に定めておくこと、懲戒事由に該当する行為があった場合でも、その行為に対する懲戒処分が相当かどうかについて慎重に判断することが重要であると考えられます。
なお、情報流出の関係で懲戒解雇が認められた裁判例としては、取引先リスト等のデータをプリントアウトして社外に持ち出し、窃盗罪の有罪判決を受けている労働者に対する懲戒解雇、競業会社への機密情報の持ち出しおよび競業会社での情報システム構築の支援を理由とする懲戒解雇があります。
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