監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
団体交渉は、使用者と労働組合との間で、労働条件やその他の問題について交渉し、合意を目指す手続きです。複数回にわたり行われるのが一般的なので、交渉内容はその都度議事録にまとめ、記録しておく必要があります。
しかし、交渉中に詳細な議事録を作成するのは難しいため、メモや録音、録画の記録をもとに、交渉後速やかに作成することになるでしょう。
そこで本記事では、団体交渉における記録の重要性、録音や録画をする際の注意点、団体交渉の記録について争われた実際の裁判例などをわかりやすく解説していきます。
目次
団体交渉の内容を記録する必要性
団体交渉は、通常1回で完結することはなく、複数回にわたって行われるのが一般的です。たとえば、初回は労働組合側の要求を整理するだけで、会社側がその場で回答を行わないケースも少なくありません。
こうした交渉の過程では、毎回の内容を正確に記録するために「議事録」を作成することが重要です。交渉中に取ったメモや録音・録画をもとに、双方の主張や合意事項を整理しておきましょう。
記録が必要な理由としては、以下のような点が挙げられます。
- 組合側の要求を正確に把握し、次回の交渉に向けた準備や戦略を立てるため
- 万が一、交渉が決裂して裁判などに発展した場合の証拠として活用するため
記録が残っていないと、後になって双方の主張に食い違いが生じ、トラブルに発展するおそれがあるため、注意が必要です。
団体交渉の議事録や録音・録画に関する注意点
記録は適切な方法で残さないと、かえってトラブルの原因になったり、組合側の反感を買ったりするおそれがあります。
そこで、団体交渉で議事録作成や録音・録画を行う際は以下の3点に留意しましょう。
- 議事録は交渉内容を正確に記載する
- 議事録へのサインは安易にしない
- 録音・録画を行うときは団体交渉の冒頭で伝える
議事録は交渉内容を正確に記載する
議事録には、交渉内容を正確に記載することが重要です。記載内容に決まりはありませんが、以下のような事項は記録しておくと良いでしょう。
- 日時
- 交渉に要した時間
- 出席者
- 双方の主な発言内容
- 合意した内容
- 次回期日までに用意すること
記載内容に誤りや不足があると、次回期日で的確な回答ができず、組合側の反感を買うおそれがあります。また、紛争に発展した場合の証拠としても不十分になってしまうため注意しましょう。
団体交渉における協議事項については、以下のページをご覧ください。
議事録へのサインは安易にしない
労働組合側から議事録が届き、サインを求められることがありますが、安易に応じるべきではありません。
労働組合が作成した書面に会社側がサインをしてしまうと、内容によっては労働協約の効力を持ってしまい、会社側がその内容に拘束されるおそれがあります。したがって、基本的に団体交渉が終了するまでサインには応じないようにしましょう。
団体交渉で会社側がやってはいけない対応については、以下のページでも解説しています。ぜひご参照ください。
録音・録画を行うときは団体交渉の冒頭で伝える
録音・録画を行う場合、団体交渉の開始時にその旨を組合側へ伝えておきましょう。無断で録音・録画しても違法ではありませんが、後のトラブルを防ぐためにも一言伝えておくのが得策です。
また、カメラやレコーダーは机の上など見える位置に置いておくのが基本です。そうすることで、組合側が暴言を吐いたり、不適切な言動をしたりするのを抑止する効果も期待できます。
なお、労働組合から一方的に録音や録画を求められた場合、会社側が拒否しても違法(不当労働行為)にはあたらないとされています。
しかし、議事録を作成するうえで録音・録画はむしろ不可欠ですし、実務でも多くのケースで行われています。そのため、録音や録画を拒否する合理的な理由がない限り、会社側としてはこれを認めるのが適切でしょう。
団体交渉の記録が争点となった裁判例
事件の概要
【平31(ウ)92号 東京地方裁判所 令和2年1月30日判決】
労働組合が、原告(会社)に対して団体交渉を申し込んだところ、条件付きで団体交渉に応じる旨の返答があり、組合側がこれを拒否したため、団体交渉は開催されませんでした。
組合側(被告補助参加人)は、原告が不合理な条件に固執し、団体交渉を拒否したことは「不当労働行為」にあたるとして、埼玉県労働委員会に救済を申し立てたところ、それを容認する命令が下されました。
これに対して原告(会社)は、中央労働委員会に再審査を申し立てましたが、それが却下されたため、命令の取消しを求めて訴訟を提起したという事案です。
なお、原告は「録音・撮影の禁止」を団体交渉の条件のひとつとして提示しましたが、労働組合(被告補助参加人)がこれを拒否したため、団体交渉は開催されませんでした。この団交拒否に正当な理由があるかどうかが、裁判の主な争点となりました。
裁判所の判断
裁判所は、まず団体交渉を拒否するには「正当な理由」が必要である旨を明示しました。
そのうえで、本件については団交を拒否する正当な理由は認められず、会社側の「不当労働行為」にあたるとして、原告の請求を棄却しました。この判断の根拠は、以下のようなものです。
●一方が開催条件に固執して団体交渉が開催されなかった場合、条件を提示した側の“団交拒否”とみなされることもある。
●条件に固執したことによる団交拒否の「正当な理由」の有無については、条件の必要性や合理性、相手方が被る不利益の程度などの要素を総合的に考慮して判断すべきである。
→交渉中の録音や撮影は、団体交渉の内容を正確に記録しておくために必要な行為である。
また、それまでの経緯(会社側からの回答が長期間なかったこと、前回の交渉を記録していないと思われる発言など)から、組合側が「交渉内容を正確に記録したい」と考えることは合理的といえる。
以上の理由から、会社側が開催条件に固執する「必要性」や「合理性」は認められず、団体交渉を拒否するための「正当な理由」にはあたらないと判断されました。
ポイント・解説
団体交渉は、交渉当事者が対等の立場で話し合い、交渉することであって、当事者のどちらか一方の要請に対して他方が「聞き置く」といったものではありません。
その意味で、使用者には、単に交渉の席につくことのみならず、労働者側と誠実さをもって交渉する義務があります。
使用者が交渉の席につくこと自体を拒否する場合のほか、交渉の席についても交渉態度が不誠実とみなされる場合には、正当な理由がない団体交渉拒否とみなされるおそれがあります。
団体交渉の録音等は、団体交渉を適切に進め、労働者との協約締結のために資する行為です。団体交渉の場において労働組合側が録音することを望む場合には、録音禁止の条件をつけたり、録音を理由に交渉を拒否したりする等の対応は避けた方がよいでしょう。
団体交渉の記録方法については弁護士にご相談ください
団体交渉の場では、準備不足や対応を誤ることによって、会社に不利な発言をしてしまったり、会社に不利な労働協約を締結してしまったりするおそれがあります。
団体交渉の知識、経験が豊富な弁護士に相談することにより、交渉の記録方法、内容、その他団体交渉を会社に有利に進めるためのアドバイスを得ることができます。弁護士法人ALGには、人事労務に強い弁護士が揃っております。団体交渉でお悩みの際は、ぜひ一度ご相談ください。
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執筆弁護士

- 弁護士法人ALG&Associates
この記事の監修

- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある
