労働審判で残業代請求されたら?企業が主張すべき反論ポイントなど

弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

未払い残業代請求では、労働者から「労働審判」を申し立てられることがあります。また、2020年の労働基準法改正によって残業代請求権の時効が延長されたこともあり、今後ますます労働審判の件数は増えると予想されます。

本記事では、労働審判を申し立てられた場合の対応や反論方法、答弁書の書き方のポイントなどを具体的に解説していきます。

残業代請求の労働審判を申し立てられたら?

労働審判とは、労使間で発生した労働トラブルを迅速に解決するための制度です。裁判官や専門家で構成される「労働審判委員会」が当事者の間に入り、原則3回以内の期日で審理が行われます。
また、できるだけ話し合い(調停)による解決を促されるのも労働審判の特徴です。

会社が残業代請求を受けた場合放置せずすぐに事実確認を行うのがポイントです。請求が適切だった場合、速やかに労働者へ適正額を支払わなければなりません。
一方、請求内容に誤りがある場合、明確な根拠をもって反論することが重要です。特に労働審判は短期戦なので、対応が遅れると企業にとって大きなリスクとなります。

残業代請求をされた場合の反論のポイントについて、次項で具体例を紹介していきます。

残業代請求の労働審判で会社側が主張すべき7つの反論ポイント

残業代請求に反論するには、「労働者性」や「労働時間該当性」を否定できるかどうかがポイントになります。これらを否定できれば、会社は残業代の支払い義務を回避できる可能性があります。

では、具体的な反論方法をみていきましょう。

①そもそも労働者にあたらない

会社と雇用関係にない場合、労働基準法上の「労働者」にはあたらず、残業代も発生しないのが基本です。例えば、「業務委託契約」や「請負契約」を締結している場合、会社が直接雇用しているわけではないため、基本的に残業代を支払う必要はありません。

ただし、形式上は業務委託や請負でも、実質的に会社の指揮命令下にある場合は「労働者」にあたるとされています。
例えば、使用者が具体的な業務指示を出していたり、作業場所や作業時間を指定していたりする場合、労働者性が認められ、残業代が発生する可能性が高いです。

②労使で労働時間の認識に差がある

労使間で労働時間の認識に相違がある場合、残業代の支払いを拒否できることがあります。これは、労働者が実態よりも長い労働時間を主張し、過大な請求をしていることがあるためです。

なお、労働時間該当性は、その時間が実質的に使用者の指揮命令下にあったかどうかで判断されます。例えば、「仮眠時間」や「手待ち時間」は実際に作業しているわけではありませんが、緊急時はすぐに対応する必要があるため、労働時間に該当するのが一般的です。

また、始業前の朝礼や掃除についても、参加を義務付けている場合は労働時間にあたる可能性が高いでしょう。

③残業代の計算方法に誤りがある

労働者本人が残業代を計算している場合、計算方法や金額に誤りが出ることもあります。
例えば、割増賃金率の適用に誤りがある場合、本来支払うべき金額よりも過大に請求されている可能性があります。

また、割増賃金の算定基礎についても注意が必要です。本来、割増賃金の算定基礎からは一部の手当や賃金を除外できますが、どの項目を除外すべきか労働者が判断するのは困難です。そのため、適正な残業代が算出されていない可能性もあります。

割増賃金の計算方法などは、以下のページで詳しく解説しています。

④管理監督者のため残業代は発生しない

管理監督者の場合、労働基準法上の労働時間・休憩・休日の規定が適用されてないため、そもそも残業代が発生しません。よって、労働者が管理監督者にあたると認められれば、残業代の支払いを回避できます。

ただし、管理監督者は“部長”や“店長”といった肩書で決まるものではなく、以下3つの要素を踏まえてケースごとに判断されます。

①経営者との一体性 会社の経営会議に参加している、人事権限が与えられているなど、重要な職責が認められること
②労働時間の裁量 始業・終業時刻や就業時間が拘束されず、自らの裁量で決定していること
③待遇 役職手当の付与など、管理監督者の立場に見合った待遇を受けていること

管理監督者の判断基準は、以下のページでさらに詳しく解説しています。

⑤固定残業代として支払い済みである

固定残業制は、一定時間分の残業代を毎月の基本給に上乗せして支払う制度です。
労働者が固定残業代を一切考慮せずに残業代を請求している場合、すでに支払った部分については支払いを拒否できる可能性があります。

ただし、固定残業制の運用では以下の4点を守る必要があります。

  • ①他の賃金と固定残業代を区別できるようにすること
  • ②何時間分の固定残業代が含まれているか明示すること
  • ③固定残業代は労働基準法上の割増賃金を下回らないこと
  • ④固定残業を超える労働をした場合、超過分は追加で支給すること

上記のルールに従わない場合、固定残業制が無効になり、残業代請求が認められてしまう可能性があるため注意が必要です。

⑥残業を許可制または禁止していた

残業を禁止しているにもかかわらず、労働者が勝手に残業していたようなケースでは、残業代の支払いを拒否できる可能性があります。

ただし、単に早く帰るよう口頭で注意する程度では不十分です。また、労働者が残業していると知りながらそれを放置(黙認)していた場合も同様です。

残業代の支払いを回避するには、以下のような方法により残業を禁止していたことを客観的に証明する必要があります。

  • 残業を禁止する旨を就業規則に明記する
  • 残業禁止に関するメールや書面を配布し、周知する
  • 残業している労働者に都度注意、指導する
  • 終業時刻にパソコンの電源を切るなど、残業できない措置を講じる

⑦既に時効が完成している

残業代の請求権は、「支払日の翌日から3年」で消滅時効にかかります。そのため、数年前の未払い残業代を請求されている場合は支払いを拒否できる可能性があります。

ただし、時効を理由に支払いを免れるには、「時効の援用」という手続きが必要です。
時効の援用とは、時効期間を過ぎた後に、「時効の制度を利用する」と相手方に伝えることです。時効の援用をすることで時効が成立し、労働者は当該期間の残業代を請求できなくなります。

労働審判(残業代)の答弁書を作成する際の注意点

労働時間の把握義務に対する反論

使用者は、労働者の労働時間を把握する義務があります。そのため、労使間で労働時間の認識に相違がある場合、会社の「労働時間の把握義務違反」を指摘されることも想定されます。

しかし、この義務違反と残業代の請求は別問題ですので、答弁書を作成する際は、労働時間の管理は改善しつつ、残業代の請求が認められるかどうかは別途反論することが重要です。

付加金請求・遅延損害金に対する反論

答弁書では、未払い残業代だけでなく、付加金(ペナルティ)や遅延損害金の請求についても記載されることが多いです。付加金や遅延損害金は高額になりやすいため、会社としては、「付加金を科されるほどの悪質性はない」と主張することも重要です。

また、労働審判で「和解」が成立すれば、付加金の支払いを命じられることはほぼありません。そのため、判決ではなく和解での解決を目指すのも良い方法です。

反論を裏付ける有効な証拠の提出

労働審判では、答弁書とあわせて反論を裏付ける証拠も提出する必要があります。具体的には、以下のような物が証拠になり得ます。

【労働時間に関する証拠】

  • タイムカード
  • 入退出記録
  • パソコンのログ
  • メールの送受信履歴
  • 携帯電話の使用履歴
  • 業務日報

【労働条件に関する証拠】

  • 就業規則
  • 労働契約書
  • 雇用契約書
  • 給与明細
  • 賃金台帳

これらの証拠が不十分だと、労働者側に有利な結果になるおそれがあるため注意が必要です。また、タイムカードの記録は特に重視されるため、それよりも短い労働時間を主張する場合は高度な反証が求められます。弁護士などの専門家に相談しながら進めるのが得策でしょう。

残業代の未払い請求に関する裁判例

【平成29(受)842号 最高裁 平成30年7月19日第一小法廷判決、日本ケミカル事件】

事件の概要
薬剤師として働く原告Xが、勤務先の薬局Yに対し、未払い残業代の支払いを求めて訴訟を起こした事案です。被告Yは「業務手当」という名目で固定残業代を支払っていましたが、この業務手当が「時間外労働手当」に該当するかどうかが争点となりました。

裁判所の判断
最高裁判所は、業務手当は時間外労働の対価(時間外労働手当)に該当し、残業代の支払いにあたると判断しました。この点、前審の高等裁判所では該当性が否定されたため、上告によって判断が覆ったことになります。

最高裁は、「手当が残業代の支払いとして認められるかは、雇用契約書の内容、労働者への説明、実際の労働時間数などを考慮して判断する」としたうえで、以下のような事情を踏まえ、業務手当を残業代の支払いとして認めました。

  • 賃金規程において、業務手当は時間外労働の対価として支払うものであると明記されていた
  • 上記の内容は個々の採用条件通知書にも記載されており、労働者にも説明がなされていた
  • 業務手当に相当する労働時間数が、実際の労働時間数と大きくかけ離れていない

ポイント・解説
本件は、あらかじめ諸手当によって残業代を支払う方法は違法ではないとしたうえで、それが時間外労働の対価に該当するかどうかは実態に即して判断するとしています。

具体的には、契約書の内容や実際の労働時間などさまざまな要素を考慮し、業務手当は残業代の支払いにあたると判断したのがポイントです。

残業代や労働審判に関するQ&A

答弁書を提出しないと労働審判では不利になりますか?

答弁書を提出しなければ、自身の主張が労働審判委員会に伝わらないまま手続きが進行することになるため、不利になると考えられます。

労働審判の答弁書に提出期限はありますか?

答弁書の提出期限は、第一回期日の1週間~10日前に定められるケースが多いです。

労働審判規則第14条では、答弁書の提出期限については、第一回期日までに準備をするのに必要な期間をおいた期限を労働審判官が定めるものと規定しています。
また、同規則第16条第1項では、「相手方は、第14条第1項の期限までに・・・、答弁書を提出しなければならない。」と定めています。

残業代請求の労働審判では和解による解決も可能ですか?

労働審判は、和解による解決も可能です。実際に、労働審判の和解成立率は「約7割」と高く、多くのケースが話し合いによって解決していることがわかります。
また、第一回期日から和解を促されるなど、裁判所も和解による解決に積極的です。

労働審判の詳しい流れは、以下のページをご覧ください。

残業代を請求されてお困りなら、労働審判対応を得意とする弁護士にご相談下さい

残業代請求で労働審判を申し立てられた場合、答弁書をしっかり作成し、根拠をもって反論することが重要です。特に「労働者性」や「労働時間該当性」は重要な反論ポイントになるため、有力な証拠を揃えることが求められます。

弁護士であれば、労働審判の流れや対策を熟知しているため、会社に有利な結果を得やすくなります。
また、答弁書の書き方についてもサポートできるため、ご不安な方も安心してお任せいただけます。

弁護士法人ALGは、労務問題に精通した弁護士が多数在籍しており、残業代請求についても多数の解決実績があります。「未払い残業代を請求されている」「労働審判を申し立てられた」とお困りの場合、ぜひ一度ご相談ください。

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執筆弁護士

 廣瀬 文人
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所廣瀬 文人(東京弁護士会)

この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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