監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
従業員の能力不足を理由に減給を検討する場面はありますが、減給は労働者にとって不利益な労働条件の変更にあたるため、会社が一方的に行うことはできません。
適法に減給するためには、労働者との合意や就業規則・賃金規程等の根拠が必要となります。また、手続や運用を誤ると減給が無効と判断されるおそれもあります。
本記事では、能力不足を理由とする減給の可否や方法、注意点について、裁判例も交えながら弁護士が解説します。
従業員の能力不足を理由とする減給は可能?
従業員に対する減給は労働条件の不利益変更に該当するため、会社側から一方的に行うことはできません。減給するためには、労働者との合意によるほか、就業規則や労働契約書等に明記するなどして、労働契約上の根拠が必要です。
詳しくは、以下のページをご覧ください。
以下では、従業員に対して減給することができる場合や、減給する際の注意点について解説します。
能力不足を理由に減給する方法
雇用契約の変更による減給
雇用契約の内容を変更することで減給を行うことができます。
もっとも、雇用契約期間中に契約内容を変更するには原則として労働者の合意が必要(労働契約法第8条)です。また、労働者にとって不利益な変更について合意を得る際には、変更による労働者の不利益を十分に説明する等して、労働者の自由な意思に基づく同意を得る必要があります。
その他、個別の合意ではなく、就業規則を会社側から一方的に変更して賃金を下げる方法もありますが、これには「変更の合理的な必要性」などの複数の要件を満たす必要がありますから、要件を欠くことのないよう注意が必要です(労働契約法第10条)。
配置転換に伴う減給
配置転換によって労働者の職務内容を変更することに伴い減給する方法もあります。
ただし、「部署が変わったから」という理由で自動的に減給できるわけではありません。就業規則(賃金規程)において、「職務や役職等に応じて賃金が決定される」という給与テーブル等の仕組みが明確に定められていることが前提となります。
また、労働者を配置転換させる際は、①業務上の必要性、②不当な動機・目的の有無、③労働者の受ける不利益の程度によって有効性が判断され、事情によっては配置転換が違法で無効と評価されるおそれもあるので注意が必要です。
人事評価に基づく減給
就業規則に減給の根拠となる規定が定められている場合は、人事評価に基づいて減給することができます。
具体的には、資格等級と結びついた賃金テーブルがあり、「評価によって資格等級が降格し、それに伴って減給される」旨が規程に明記されている必要があります。
もっとも、評価基準が曖昧であったり、客観的な能力不足の証拠が乏しいにもかかわらず低い評価をつけたりした場合、「人事権の濫用」として減給が無効と判断されるおそれがあります。そのため、人事評価にあたっては適正かつ客観的な評価プロセスが不可欠です。
懲戒処分による減給
懲戒処分(企業秩序違反に対する制裁)によって減給をすることも法的には可能です。しかし、実務上、単なる「成績不良」や「能力不足」は、業務命令違反や怠慢などの非違行為とは異なるため、直ちに懲戒処分の対象とするのは困難なケースが大半です。
万が一懲戒処分とする場合には、就業規則に懲戒事由と減給の定めがあり、対象者の行為が明らかにサボりや指示違反等の懲戒事由に該当する必要があります。能力不足への対応としては、懲戒処分ではなく、上記の人事評価を通じた処遇変更(降格・降給)を検討するのが基本となります。
詳しくは、以下のページをご覧ください。
試用期間中の能力不足で減給できるのか?
試用期間中の減給も、理屈上では可能です。しかし、そもそも試用期間は、入社した労働者の能力や適性を見極めるために設定される期間です。試用期間中に会社が期待する能力に足りなかったとしても、実務上、減給での対応はなじまず、試用期間満了までに本採用拒否をするかどうかを検討するのが基本的な対応になります。
詳しくは、以下のページをご覧ください。
能力不足を理由に減給するときの注意点
就業規則等で減給の規定が必要
能力不足を理由に減給するには、前述のとおり、労働者との合意によらない場合は、就業規則等に減給の規定が必要です。就業規則に定めを置くことが、減給の前提になると考えるべきでしょう。
合理的な理由のない減給は違法
合理的な理由のない減給は、人事評価の濫用にあたるなど、減給が違法となるおそれがあります。減給をする際は、適切な人事評価であるのかについて慎重に判断する必要があります。
適正な手続きを踏まなければ無効
どの方法によって減給する場合でも、適正な手続きを踏まなければ違法・無効となるおそれがあります。
合意に基づく場合、労働者の自由な意思であることを担保するために事前に減給の不利益について明確に説明する必要があります。人事評価に基づく場合でも、考慮不尽による人事権の濫用とならないよう、労働者の言い分をきちんと聞くことが重要です。
懲戒処分による減給には上限がある
懲戒処分としての減給を行う場合、以下の最高限度額があります(労働基準法第91条)。
「1回の減給額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えてはならない」
懲戒処分として減給する際には、この限度額を超えないように注意が必要です。
能力不足による賃金減額に関する裁判例
事件の概要(令4(ワ)4703号・東京地方裁判所・令和5年6月9日・賃金請求事件)
本件は、被告会社(パソコン製造販売等)の従業員である原告が、管理職から非管理職への降格に伴って行われた賃金の減額が無効であると主張して、被告会社に対して減額された分の未払い賃金の支払いを求めた事案です。
裁判所の判断
裁判所は、まず「会社が労働条件である賃金を、労働者に不利益に変更するには、会社と労働者との合意又は就業規則等の明確な根拠に基づいてなされることが必要と解するのが相当である」という原則を示しました。
そのうえで、会社側の就業規則(降給規程)には、「職務の変更により降給することがある」とは書かれていたものの、具体的に「どのような職務レベルになれば、いくら下がるのか」(給与レンジや異動の基準)がまったく定められていないと指摘されました。
会社側は、社内のイントラネットに掲載していた「給与変更ガイド」や、全従業員に周知していた「人事制度の解説資料」に計算式や減額幅が書いてあるため、これが減額の法的根拠になると主張しました。しかし裁判所は、これらの社内資料は就業規則からの委任もなく、労働基準監督署への届出もされていないため、就業規則の一部とは認められないと判断しました。
結果として、本件の降格・減給は「就業規則等の明確な根拠に基づくものとはいえない」として無効とされ、会社は未払い賃金の支払いを命じられました。
ポイント・解説
この裁判例から学べる重要なポイントは、「就業規則に『降給することがある』と一言記載するだけでは不十分である」という点です。
賃金減額を適法に行うためには、降給の条件、給与テーブル、職務レベルの基準などを就業規則(賃金規程)に具体的かつ明確に定めておく必要があります。従業員向けの説明資料や社内マニュアルで運用ルールを定めて周知していたとしても、それらが正式な就業規則として周知・届出されていなければ、裁判で法的根拠として認められないリスクが高いため、十分注意が必要です。
よくある質問
仕事ができないことを理由に減給は可能ですか?
-
仕事ができないことを理由に減給することは可能です。
もっとも、そのためには労働者の合意を得るか、減給できる旨が就業規則等に明確に定められている必要があります。
能力不足の従業員を降格・減給することは違法ですか?
-
能力不足の従業員を降格・減給することは、就業規則等に定めていれば可能です。
もっとも、降格・減給の内容は具体的かつ明確に定める必要があり、実際に降格・減給する際には合理的理由がなければ人事権の濫用として違法・無効となるおそれがあります。詳しくは、以下のページをご覧ください。
能力不足を理由に基本給そのものを下げることはできますか?
-
労働者の合意に基づく場合や、就業規則等に定められていれば可能です。
もっとも、降格・減給の基準や降格された職務レベルに応じた給与テーブルを作成する必要があるほか、その運用ルールも具体的かつ明確に定める必要があります。
また、実際に降格・減給する際、十分な教育・指導を行っていなかったり、評価基準が不明確であったりする場合には、「人事権の濫用」として違法・無効と判断されるおそれがあるため注意が必要です。
能力不足による減給はどの程度まで許されますか?
-
労使間の合意や降格に基づいて減給する場合、法律上の一律の限度額はありません。
しかし、労働者の生活への影響が大きい減額は、自由な意思に基づく合意でないことや、人事権の濫用を理由として違法・無効となるおそれがあります。また、就業規則を変更して減給する場合も、減給額が大きいほど、適法に行うハードルが上がるため注意が必要となります(労働契約法10条)。
能力不足を理由に減給する場合、どのように伝えるべきですか?
-
まずは、減給の理由である能力不足と判断した根拠と減額幅等の不利益程度を従業員に明確に伝え、本人の言い分を聞き、同意が得られるようであれば減給することができます。
同意がない場合は、就業規則上の根拠に基づいて、人事権の行使として減給することを検討します。
従業員が減給に同意しない場合はどうすればいいですか?
-
従業員が減給に同意しない場合は、就業規則に定められた人事評価制度に基づき、人事権の行使として減給を実施することが考えられます。
ただし、この場合でも適正な評価手続きを踏まなければトラブルに発展しやすいため、無理に減給を急がず、まずは業務改善指導(PIPなど)を行ったり、本人の能力を発揮しやすい別の部署へ配置転換したりする代替案も併せて検討することをおすすめします。
能力不足による減給を繰り返すと違法になりますか?
-
能力不足による減給を複数回行ったからといって、直ちに違法になるわけではありません。
もっとも、同一の評価期間・同一の理由で繰り返し減給することは、人事権の濫用として違法・無効となるおそれが高まります。評価期間ごとに客観的な目標設定とフィードバックを行い、「新たな期間においても改善が見られなかった」という事態を踏まえて、人事権の行使として減給を実施することが必要です。
能力不足を理由にした減給はパートやアルバイトにも適用できますか?
-
パートやアルバイトであっても、本人の同意がある場合や、適用される就業規則等に明確な減給の規定があれば、減給することは可能です。ただし、パート・アルバイトの賃金は元々低く設定されていることが多いため、減給によって各都道府県の「最低賃金」を下回らないように注意しなければなりません。
能力不足で減給をご検討されるなら弁護士への相談がおすすめです。
能力不足で減給するには、労働者との合意や就業規則上の根拠が必要です。
自社の就業規則で適法に減給できるのかには法的判断が必要であり、そもそも就業規則に定めがない場合は適法に減給できるように就業規則を改定する必要もあります。
こうした判断や改定にあたっては、専門的知識を有する弁護士へのご相談をおすすめします。弁護士法人ALGでは、企業労務に精通した弁護士が就業規則の整備から問題社員対応まで一貫してサポートいたします。お気軽にご相談ください。
企業の様々な人事・労務問題は弁護士へ
企業側人事労務に関するご相談 初回1時間 来所・オンライン法律相談無料※
会社・経営者側専門となりますので労働者側のご相談は受付けておりません。
受付時間:平日 9:00~19:00 / 土日祝 9:00~18:00
平日 9:00~19:00 / 土日祝 9:00~18:00
※電話相談の場合:1時間10,000円(税込11,000円) ※1時間以降は30分毎に5,000円(税込5,500円)の有料相談になります。 ※30分未満の延長でも5,000円(税込5,500円)が発生いたします。 ※相談内容によっては有料相談となる場合があります。 ※無断キャンセルされた場合、次回の相談料:1時間10,000円(税込11,000円)※国際案件の相談に関しましては別途こちらをご覧ください。
執筆弁護士

- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所早川 盾一郎(東京弁護士会)

- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所弁護士中村 和茂(東京弁護士会)
この記事の監修

- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、企業法務担当執行役員を務め、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある
