残業代の割増賃金率の改正内容についてYouTubeで配信しています。
2023年4月1日以降、大企業のみならず中小企業も含めて月60時越えの時間外労働の割増賃金率は50%となります。これまで猶予されてきた中小企業も含めて月60時間超えの時間外労働の割増賃金率は50%となります。
動画では、このような内容とともに深夜労働を行った場合の割増率や、法定休日に労働した場合の割増率も含め解説しています。
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
従業員が1日8時間を超えて、もしくは、週40時間を超えて残業した場合、企業は25%の割増率を掛けた残業代(割増賃金)を支払わなければなりません。
さらに、残業時間が月60時間を超える場合、それ以降は50%の割増率の割増賃金を支払うことが義務付けられています。
このルールは、2023年4月から中小企業にも適用されているため、きちんと運用できているか確認が必要です。
そこで本記事では、残業時間が月60時間を超えた場合の対応について、詳しく解説していきます。ぜひ参考にしてみてください。
目次
【2023年4月~】中小企業も月60時間超えの割増賃金率が引き上げへ
残業(時間外労働)が月60時間を超える場合、50%以上の割増率で割増賃金を支払わなければなりません。
このルールは、当初大企業にのみ適用されていましたが、2023年4月以降は中小企業にも適用されています。
よって、まだ実施できていない中小企業があれば、早急に対応することが求められます。
割増賃金率引き上げの対象となる中小企業とは?
適用対象となる中小企業は、下表のとおりです。
業種ごとに①もしくは②の要件いずれか一方でも満たす場合は、制度の適用対象となります。
業種 | ① 資本金の額または出資の総額 | ② 常時使用する労働者数 |
---|---|---|
小売業 | 5000万円以下 | 50人以下 |
サービス業 | 5000万円以下 | 100人以下 |
卸売業 | 1億円以下 | 100人以下 |
上記以外 | 3億円以下 | 300人以下 |
割増賃金率引き上げ後の具体的な計算方法
対象企業は、給与計算の起算日から残業時間を合計し、60時間内の部分は25%の割増率、60時間を超えた分について50%の割増率を適用することになります。具体的なケースで計算してみましょう。
●毎月末締め
●1日~25日の残業時間:合計60時間
※勤務日数19日
●26日~31日の残業時間:合計10時間
※勤務日数4日
●月給25万円/時給換算で1500円
→(1500円×60時間×1.25)+(1500円×10時間×1.5)=13万5000円
本ケースの場合、残業代として13万5000円を支給する必要があります。
深夜労働・休日労働の取扱いはどうなる?
深夜労働(22:00~5:00)の割増率は25%ですが、月60時間を超えて深夜時間帯に時間外労働を行った場合は、深夜割増率と時間外割増率が足されて計算されます。つまり、25%+50%=75%の割増率になります。
一方、法定休日労働の割増率は35%ですが、月60時間を超えて法定休日に時間外労働を行っても両者の割増率は足し合わされません。つまり、月60時間を超えていても法定休日の割増率は35%のままです。
なお、法定外休日については、月60時間の割増率50%がそのまま適用されます。
引き上げ分の割増賃金の代わりに「代替休暇」の付与も可能
残業が月60時間を超えた労働者については、割増賃金を支払う代わりに、「有給の休暇」(代替休暇)を付与することも可能です。
ただし、代替休暇の取得は労働者の任意なので、強制することはできません。また、代替休暇は、該当月の翌日から2ヶ月以内に取得させる必要があります。
なお、代替休暇を充てられるのは、月60時間を超え、50%の割増率が適用される労働時間分のみとなります。
また、代替休暇は“労働者の休息”を目的としているため、取得単位は1日または半日のみとなります。たとえ労働者が希望しても、時間単位での取得は認められないため注意が必要です。
代替休暇の時間数を求める計算方法
代替休暇の時間数は、月60時間を超える残業時間を基準に求めます。
よって、残業代が何日分の休暇にあたるのか、しっかり計算することが重要です。具体的には、以下の計算式で求めます。
代替休暇の時間数=60時間を超えた時間外労働時間数×換算率
また、換算率は以下の計算式で求めます。
換算率=代替休暇を取得しない場合に支払う割増率-代替休暇を取得する場合に支払う割増率
一般的には、60時間を超えた分は「50%」、それ以外は「25%」の割増率となるため、換算率は「50%-25%=25%」が適用されます。
なお、それぞれの割増率は労使協定で定めることができますが、「代替休暇を取らない場合は50%以上」、「代替休暇を取る場合は25%以上」の割増率としなければなりません。
割増賃金率の引き上げで中小企業がとるべき対応
割増賃金率の引き上げにより、企業は社内規定の見直しなどが求められます。
また、割増率が上がることで、残業代つまり人件費の増加が見込まれます。労務管理を徹底し、人件費削減に努める必要があるでしょう。
以下で具体的な対応を解説していきます。
①労働時間の適正な把握
労働時間を正確に把握することは、残業時間を可視化し、無駄を省くためにとても重要です。
例えば、特定の部署だけ残業が多い場合、業務量を調整することでより効率よく作業が行える可能性があります。その結果残業が不要になり、人件費の削減につながると期待できます。
また、引き上げによって割増率が2段階になるため、「残業代未払い」などのトラブルには注意が必要です。
例えば、残業時間が60時間を超えたのに、通常と同じ25%の割増率で支払っていた場合、労働者から差額を請求されるなどのトラブルが発生するおそれがあります。
給与計算ソフトなども活用し、正確な労務管理を徹底するようにしましょう。
②就業規則の変更
割増率の引き上げに伴い、就業規則には以下のような項目を追加する必要があります。
【割増率の種類】
残業時間が60時間を超えた場合の割増率について、具体的に記載します。
例として、「時間外労働が60時間以下なら25%、60時間超なら50%の割増率とする」などと記載します。
【代替休暇】
休日や休暇は、就業規則に必ず記載が必要な項目です。そのため、代替休暇制度を導入する際は、取得時間や取得日数の計算方法、取得のルールなどを明記する必要があります。
③業務効率化による労働時間の削減
人件費を抑えるには、残業時間を減らすことが重要です。そこで、以下のような対策が効果的です。
- 残業の事前許可制
残業を“許可制”にすれば、無駄な居残り残業やカラ残業を防ぐことができます。
また、残業の目的や目安時間を可視化させることで、労働者が自身の作業効率を見直すきっかけにもなります。 - ノー残業デーの設定
あえて残業させない日を作ることで、労働者のモチベーションアップにつながる可能性があります。
また、「定時までに終わらせる」という明確な目標ができるため、優先順位をつけながら効率よく業務を行うと期待できます。
④労使協定の締結
代替休暇制度を導入する場合、労使協定の締結が必要となります。労使協定では、以下のような項目について定めます。
- 代替休暇の時間数と計算方法
- 代替休暇の取得単位
- 代替休暇の取得期間
- 代替休暇を取得するかどうか決定する時期
- 代替休暇の取得は任意であること
流れとしては、労働組合または過半数代表者と協議のうえ、上記の項目を決定することになります。
2023年4月の割増賃金率引き上げ後は賃金未払いに注意!
適切な割増賃金を支払わないと、以下のような労働トラブルを招くおそれがあります。
【訴訟を提起される】
未払い残業代を請求するため、労働者が訴えを起こす可能性があります。裁判で負ければ、残業代だけでなく遅延損害金や付加金の支払いも負うことになるため、企業の負担は大きくなるでしょう。
また裁判沙汰となれば、企業イメージの低下も避けられません。
【労働基準監督署の指導を受ける】
残業代の未払いについて、労働者から労基署へ相談・通報されることもあります。未払いが事実であれば、労基署から是正勧告を受け、報告書の提出を求められることになります。
違反した場合の罰則
残業代の未払いは、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金を科せられることがあります(労働基準法119条)。また、未払い額が多いほど労働者に訴えられる可能性も高くなるため注意が必要です。
なお、労働者が労基署に相談・通報した場合、それを理由に減給・降格などの「不利益取扱い」をすることは禁止されています。仮に“解雇”したようなケースでは、不当解雇として労働者に訴えられる可能性もあるため注意しましょう。
中小企業の月60時間を超える時間外労働に関するよくある質問
月60時間超の時間外労働で、割増賃金率を50%よりも多く設定することは可能ですか?
-
可能です。
60時間を超えた時間外労働に対しては50%「以上の」割増賃金率を支払うことが求められているからです。ただし、50%を超える割増賃金率を労使間で合意した場合、使用者側から一方的にその割増率を変更することはできません。取り決める際は、経営を圧迫しないよう適切な割合にすることが重要です。
割増賃金率の引き上げは管理監督者にも適用されますか?
-
適用されません。
そもそも管理監督者には残業代が発生しないため、割増率が上がっても影響はないとされています(深夜残業を除く)。
もっとも、管理監督者の該当性については厳格な要件が課されているため、注意が必要です。
割増賃金率の引き上げによる社会保険料・労働保険料への影響はありますか?
-
社会保険料等は、上がる可能性があります。
社会保険等の金額は、原則として毎年4月から6月の「標準報酬月額」を基準に算出されます。
そのため、割増賃金率の引き上げにより同期間の標準報酬月額が上がれば、社会保険料等も上がることになります。
みなし残業制においても、月60時間超えの割増賃金率の引き上げは適用されますか?
-
適用されます。
みなし残業制を採用していても、実際の残業時間がみなし残業時間を超える場合は、別途超えた分の残業代を支払わなければなりません。
また、実際の残業時間が60時間を超えたときは、50%以上の割増率で残業代を計算する必要があります。
割増賃金率の引き上げに向けた対策は、企業法務に強い弁護士にお任せ下さい
割増賃金率が引き上げられ、その対策が出来ていないまま未払い残業代紛争に発展した場合、これまで以上に未払残業代の請求金額が増すおそれがあります。
残業代の未払いを避けるには、残業の発生自体を抑える等、事前の対策が重要となります。
特に、固定残業代制度の導入等は厳格な要件を満たせるように就業規則の変更が必要となりますので、是非、企業法務の実績が豊富な弁護士にご相談ください。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所弁護士中村 和茂(東京弁護士会)
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある