監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
企業側の弁護士として活動している中で、社員から未払残業代の請求をされたが、どう対応すればよいのかという相談を受けることが多くなってきています。
残業代の請求を放置すると、労働基準監督署から調査を受けたり、裁判を起こされたりするなどのトラブルに発展するおそれがあるため、適切な対応が求められます。
本コラムでは、未払残業代を請求された場合に会社側がとるべき対応について解説いたします。
目次
未払い残業代とは
未払い残業代とは、支払い義務があるにもかかわらず、支払われていない残業代のことです。
会社には、時間外労働・休日労働・深夜労働に対する割増賃金と、所定労働時間を超えて働いた法定内残業に対する賃金を社員に支払う法的義務があります。つまり、未払い残業代とは、未払いとなっているこれらの賃金を指します。
残業代の請求を放置すると、労働基準監督署へ通報されて調査を受ける、労働審判や請求訴訟を起こされるなどトラブルに発展する可能性があります。また、残業代請求が認められると遅延損害金が発生するほか、裁判所より制裁として付加金の支払いが命じられることもあります。請求を受けたら誠実に対応しなければなりません。
従業員から残業代を請求された場合の対応
残業代請求は社員より直接交渉を求められるか、内容証明郵便の送付によってなされることが通例です。会社側からの対応が遅いと、社員が時効の成立を回避するため、労働審判や裁判などの法的手段を取る可能性が高まるため、速やかに連絡することが重要です。
ただし、請求額に誤りがある場合や、請求する権利自体ない場合もあるため、すぐに相手に連絡して要求を飲んではいけません。まずは以下のような交渉のための準備、対応をすることが必要です。
- 従業員の請求に反論の余地があるかを検討する
- 支払い義務のある残業代を計算する
- 和解と反論のどちらで対応するかを決める
- 労使間の話し合いにより解決を目指す
- 労働審判や訴訟に対応する
- 残業問題に詳しい弁護士に依頼する
従業員の請求に反論の余地があるかを検討する
従業員から残業代の請求をされた場合には、まず、請求の内容を確認し、事実について会社の認識とずれているところがないか、法的評価が誤っているところがないかを検討し、反論の余地があるのかを判断する必要があります。
支払い義務のある残業代を計算する
従業員から残業代請求をされた場合は、タイムカード等から会社が残業代を計算する必要があります。その結果、従業員の請求と会社側の計算に差異がある場合は、当該差異がどうして発生しているのか、いずれの主張や計算が正しいのかを精査することになります。
和解と反論のどちらで対応するかを決める
残業代の計算結果を踏まえて、和解と反論どちらの方法で対応するかを決めます。
社員の請求が法的に正しい場合は、争ったとしても裁判等で社員の請求が認められる可能性が高いため、早期解決のためにも和解をする方が良いでしょう。
一方、社員の請求や主張内容に反論の余地がある場合は、労働審判や裁判の場で反論することが考えられます。
なお、和解する場合は、後日のトラブル防止のため、合意書を取り交わすなど証拠化しておくことが必要です。和解金に相場はありませんが、残業代請求額の大きさや証拠の有無、遅延損害金などを考慮して、お互いに話し合って決めることが通例です。
残業代請求を和解で解決する際の注意点について知りたい方は、以下の記事をご一読ください。
労使間の話し合いにより解決を目指す
労働審判や裁判になった場合には、専門的知識が必要となるため、対応するには大きな労力やコストがかかります。また、社員との直接の交渉と比べて、解決までに時間がかかることが通例です。
そのため、まずは労使間の話し合いによる解決の余地がないかを探ることが望ましいといえます。
労働審判や訴訟に対応する
労使間の話し合いによっても解決の目途が立たない場合は、社員側から労働審判や裁判を申し立てられる可能性があります。
これらの手続きが開始した場合に、会社側の反論を書いた答弁書を提出せずに、労働審判や裁判を欠席すると、社員側の請求がそのまま認められてしまうリスクがあります。
会社側の主張を通すためには、社員側から提出された労働審判申立書や訴状の内容を熟読し、認める部分、争う部分、争う部分についてどのように争うのか、必要な事実上または法律上の理由づけの検討や、それらの主張を裏付けるための証拠の精査などが必要になります。
未払い残業代請求の労働審判で会社側が主張すべき反論について知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
残業問題に詳しい弁護士に依頼する
未払残業代事件については、労働時間の該当性やみなし残業代の有効性、管理監督者の該当性、時効など複雑な論点が絡んでくるため、法的知識がなければ適切な反論をするのが困難です。例えば、会社にとって有利な事情だと考えて主張していたものが、会社にとって実は不利であるということもあり得ます。
適切に反論するには、労働法や労働訴訟に関する専門知識、経験が必要であるため、未払い残業代請求を受けた場合は、残業問題に詳しい弁護士に相談・依頼することをお勧めいたします。
特に労働審判や裁判に発展した場合には、複雑な手続きの対応が求められ、客観的証拠をもとに法的主張を展開していく必要があるため、弁護士への依頼が必須であると考えられます。
残業代請求に対する会社側の5つの反論ポイント
では、社員から未払い残業代を請求された場合に、どのように反論すればよいでしょうか?
会社側が検討すべき反論として、以下が挙げられます。
- ① 従業員が主張している労働時間に誤りがある
- ② 会社側が残業を禁止していた
- ③ 従業員が管理監督者に該当している
- ④ 固定残業代(みなし残業代)を支給している
- ⑤ 残業代請求の消滅時効が成立している
以下で順を追って見ていきましょう。
【ポイント1】従業員が主張している労働時間に誤りがある
従業員が、労働時間であると主張している時間帯に、実際には労務の提供がなされていないという事案はよくあります。
その場合には、実態がどうであったのか、その実態を立証することができそうか、当該実態が法的に労働時間には該当しないという点について、反論をする必要が生じます。
- 残業時間の立証-使用者による労働時間の適正把握義務
- 会社と社員の間で、残業代に関する紛争が発生することは珍しくありません。その際の重要な争点として、「残業時間は何時間なのか」ということが問題となります。
【ポイント2】会社側が残業を禁止していた
会社が、残業時間を禁止している制度を採用しているケースが問題となります。
この場合であっても、会社側が、従業員が残業をしている状況を把握していたにもかかわらず放置していた場合には、「黙示の残業許可」があると判断される可能性があります。
したがって、書面やメール等客観的に保存が可能な手段で残業を禁止する旨の命令を発していたという証拠を提出することが有効になります。
【ポイント3】従業員が管理監督者に該当している
従業員が管理監督者に該当している場合には、当該従業員には、残業代を支払う必要がありません。
なお、ある従業員が管理監督者に該当するかどうかについて、裁判例上は厳格な判断がなされているため、実際にある従業員を管理監督者として扱う場合には、事前に弁護士等に相談をしたほうが安全でしょう。
【ポイント4】固定残業代(みなし残業代)を支給している
固定残業代とは、会社が社員に一定時間の残業を想定して、実際の残業時間に関係なく毎月定額で支払う残業代のことをいいます。みなし残業代とも呼ばれています。
固定残業代制を導入することが多い職種として、営業職や運送ドライバー、研究開発、コンサルタントなどが挙げられます。
固定残業代をすでに支払っており、かつ、残業時間が、固定残業代制が予定している時間に収まっている場合には、プラスで残業代を支払う必要はありません。
なお、固定残業代制の有効性については、裁判例上厳しい基準が設けられています。自社における固定残業代制が有効であると誤解したまま運用すると、後で社員に対し高額の残業代を支払う必要が生じる可能性があるため、適切な運用が求められます。
【ポイント5】残業代請求の消滅時効が成立している
残業代については、消滅時効が存在します。
賃金請求権の消滅時効期間について、労働基準法が改正されました。具体的には、2020年4月1日以降に発生する賃金について、消滅時効期間が、2年から5年に延長されました。
ただし、経過措置として、当分の間、消滅時効期間は3年が適用されます。
残業代請求の訴訟で会社側の反論が認められた裁判例
平成25年(ネ)第4033号・東京高等裁判所 平成25年11月21日判決
割増賃金等請求控訴事件
事件の概要
元従業員が、会社に対し、時間外割増賃金を請求した事案で、会社の建物への入退場を記録するICカードにより労働時間を認定すべきであると主張しました。
これに対し、会社は、入退場の記録は、警備記録として把握するための記録であり、社内での滞留時間を示すものであって、労働時間を示すものではないと主張していました。
裁判所の判断
第一審判決は、ICカードの使用履歴は労働時間の認定に当たって基本的には信用性の高い証拠と評価し、ICカードの使用履歴をもとに労働時間を認定しました。
これに対し、高裁判決は、会社のICカードは警備や施設管理を目的とするものであって、ICカードの使用履歴は労働時間を推定させるものではないとしたうえで、具体的かつ詳細に、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていたか否かを判断し、第一審とは真逆の結論を出しました。
ポイント・解説
未払残業代の事件においては、タイムカードや業務日誌等の客観的資料が存在する場合には、裁判所は、当該客観的資料を、労働時間を認定する際の重要な資料として扱うことが多いです。
この点、ある時間が、労働時間に該当するか否かは、使用者の指揮命令下に置かれているか否かにより客観的に定まるものであると解されています(三菱重工長崎造船所事件、最高裁 平成12年3月9日判決)。
したがって、使用者としては、もちろん、タイムカード等により実際の労働時間を適切に管理することが最重要ではありますが、仮に適切な管理ができていなかった場合であっても、実態に即して労働者が「指揮命令下」に置かれていなかったと説得的に主張することができないかを専門家と相談することが重要だと考えられます。
従業員からの残業代請求に対応する際の注意点
残業代請求を無視しない
未払い残業代請求を無視することは好ましくありません。
請求を無視すると、労働基準監督署から調査が入り是正勧告を受ける可能性があります。労基署による勧告を無視し続けると、最終的には刑事罰の対象となります。
また、交渉での解決ができないため、社員から労働審判や裁判等の手続きを起こされる可能性が高くなります。残業代請求が認められた場合は、支払いが遅れたことによる「遅延損害金」が発生したり、裁判所からペナルティとして残業代と同額を上限とする「付加金」の支払いが命じられたりする場合もあります。
請求を受けた場合は真摯に対応しなければなりません。
残業代請求によって消滅時効が中断されてしまう
残業代請求については、給料日の翌日から3年で消滅時効が成立します。
ただし、時効が成立する前に一定の事由(時効の完成猶予と時効の更新)が生じると、残業代請求権の時効が阻止されるため注意が必要です。
例えば、社員から内容証明郵便で残業代の支払い催告を受けると、時効の完成が6ヶ月間猶予(一時停止)されます。この時効の進行が一時的にストップしている間に会社との示談が成立しなかった場合に、社員が労働審判や裁判などを申し立てると、これらの手続きが終了するまでの間、時効の完成が猶予されます。さらに、判決などにより残業代請求権があることが確定したときには、その時点で時効が更新(リセット)され、時効期間が10年延長されることになります。
労働基準監督署の調査へは誠実な対応が必要
残業代の未払いがあるときには、社員の通報により労働基準監督署から調査が入る可能性があります。
調査の結果、法律違反のあることが発覚した場合は是正勧告、法令違反はなくとも改善の必要がある場合には指導がなされます。労基署の調査は抜き打ちで行われる場合もあるため注意が必要です。
立入り調査を拒否したり、是正勧告を無視して改善しなかったりした場合は、企業名の公表や、悪質な場合は刑事罰の対象となる可能性があります。労働基準監督署から問い合わせを受けた場合は、誠実に対応することが求められます。
未払い残業代を発生させないためには管理体制の見直しを
残業代トラブルについては、労働時間の管理体制が整っていない場合には、弁護士が関与したとしても、一定の金銭の支払いは免れません。
未払い残業代トラブルが生じるリスクを避けるためにも、あらかじめ労働時間の管理体制を見直すことが必要です。そもそも残業をさせない、残業が発生する場合には適切な残業代の支払いができる管理体制を整備しなければなりません。また、残業代の事前申請制度や勤怠管理システムの導入、変形労働時間制の導入などの検討も求められます。
もっとも、給与計算や就業規則等の制度設計は複雑であり専門知識が求められます。自社だけの対応に不安がある場合は、労働法務の専門家である弁護士に相談することをお勧めいたします。
弁護士に残業代請求の対応を依頼するメリット
残業代請求に応じるべきかどうかアドバイスできる
弁護士であれば、労働者からの残業代請求が法的に妥当なものかが判断できるため、適切なアドバイスをすることができます。
労働審判や訴訟に発展した場合でも対応できる
労働審判や訴訟の手続きは複雑で、会社自身で対応するには、大きな負担が発生します。
また、適切に手続遂行をすることができれば、会社に有利な結論を導くことができる事案でも、自身で対応することで、会社に不利な結論となってしまうケースもよくあります。
残業代以外の労務問題についても相談できる
未払残業代を請求されている会社については、他の労務問題も抱えていることが多いです。
労務問題に詳しい弁護士であれば、総合的なアドバイスをすることも可能です。
よくある質問
従業員からの残業代請求に反論する場合、どのような証拠が必要となりますか?
-
実態によって様々な証拠が想定されます。
例えば、残業について許可制を採用している会社においては、従業員が残業をしている日に、当該従業員の上長が、残業は許可していないので、残業をしないようにという内容の命令をしている文書やメール等のやり取りがあれば、有力な証拠になり得るでしょう。
従業員からタイムカード等の開示を求められた場合、これに応じる義務はありますか?
-
会社が、従業員に対し、タイムカードを開示する義務を負うことを定めた直接の法律はありません。
しかしながら、従業員からタイムカード等の開示を求められ、会社側がこれに応じなかった場合、従業員側は、訴訟等の手続きで文書送付嘱託や文書提出命令といった手段で開示を法的に求めることができます。
したがって、事案にもよりますが、理由もなくタイムカード等の開示に応じないという戦略は、紛争が訴訟等に発展するリスクを高めるだけであるため、お勧めできません。
退職した元従業員から未払い残業代を請求された場合、会社側に支払い義務がありますか?
-
時効が成立していない期間について、未払い残業代が存在するのであれば、従業員が退職した後であっても、会社側に支払い義務があることになります。
従業員から残業代を請求されたら、お早めに弁護士法人ALGまでご相談下さい
残業代の支払いは労働基準法によって義務付けられたルールであり、残業代の未払いを放置していると高額の支払いを求められたり、会社側に罰則が科されたりするおそれがあります。
そのため、誠実に対応する必要がありますが、未払い残業代については、固定残業代制の有効性や労働時間の該当性など法的な論点が絡むため、請求が正しいものであるのか判断することは、専門知識がないと困難です。
弁護士法人ALGには、労務問題について専門的経験を有する弁護士が多数所属しています。残業代請求の対応方法について的確にアドバイスすることが可能ですので、(元)社員から残業代の請求を受けた場合は、ぜひ弁護士法人ALGまでご相談ください。
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執筆弁護士
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所弁護士アイヴァソン マグナス一樹(東京弁護士会)
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある