有給休暇の時季変更権の行使|認められる要件や注意点について
年次有給休暇・年5日の時季指定義務についてYouTubeで配信しています。
年次有給休暇が10日以上付与される従業員に対して、使用者は年5日の時季指定義務が生じます。年5日の年次有給休暇を取得させなかった場合、罰則として30万円以下の罰金が規定されており、対象となる労働者1人につき1罪と考えられているので、注意が必要です。
動画では、前年度からの繰り越し分の年休を取得した場合、その日数分を年5日の時季指定義務から控除することができるのか等、年5日の時季指定義務に関しQ&A形式で解説しています。
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
時季変更権とは、労働者があらかじめ指定した有給休暇の取得をなかったこととして労働者を働かせる権利のことです。
ただし、時季変更権を行使するには一定の条件があり、むやみに行使することはできません。適切に対応しないと、労働トラブルに発展しやすいため注意が必要です。
本記事では、時季変更権が認められるケースと認められないケース、行使の流れなどを詳しく解説していきます。
目次
年次有給休暇の時季変更権とは
時季変更権とは、労働者が指定する有給休暇の取得をなかったこととして労働者を働かせる権利です。業務に支障が出る場合や、他の労働者に過度な負担がかかる場合に限り、事業主に行使が認められています。
もっとも、有給休暇をいつ取得するかは労働者の自由なので、基本的には労働者の意向を優先すべきです。そのため、まずは業務調整やスケジュール調整などを試みて、どうしても難しい場合に行使するのが望ましいでしょう。
また、時季変更権を行使する際は、その理由や合理性を対象者にしっかり伝えることが重要です。
労働基準法
(年次有給休暇)第39条
5 使用者は、前各項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。
時期変更権の強制力
有給休暇の取得日は労働者の意向が優先されるため、基本的に時季変更権に強制力はありません。そのため、行使する際はその理由を対象者にしっかり伝え、納得を得る必要があります。
また、仮に時季変更権をめぐり労働者とトラブルになった場合、事業主の主張が認められやすいよう、行使する場面はしっかり見極める必要があります。
例えば、どうしても人員が足りない、スケジュールがずらせないなど緊迫した状況であれば、行使が認められる可能性があります。一方、単に忙しいからという理由だけでは、行使が認められない可能性が高いでしょう(詳しくは、後ほどご説明します)。
時季指定権との違い
時季指定権とは、有給休暇の取得日を労働者自身が決める権利のことです。つまり、いつ有給休暇をとるかは労働者の自由ということです。
時季指定権は “労働者の権利”であり、時季変更権は、一定の要件のもとに時季指定権に対抗できる“使用者の権利”です。時季指定権によって勤務日から休暇になった日を、使用者による適法な時季変更権の行使によって、改めて勤務日に戻すことができます。
一方、有給休暇の取得日を会社が指定し、最低日数を取得させるという義務もあります。詳しくは以下のページをご覧ください。
時季変更権に関する就業規則の規定
年次有給休暇の時季変更権について労使間のトラブルを回避するためには、あらかじめ就業規則に規定を設け、労働者に周知しておくことが肝要です。就業規則に時季変更権に関する規定がないまま、労働者の合意もなく時季変更権を行使した場合、権利の濫用として無効となる可能性が高くなります。
また、懲戒規程においても同様です。就業規則に懲戒処分に関する詳細な規定が記載されていなければ、前項のような時季変更権に従わない労働者に対し、適切な処分ができなくなってしまいます。
時季変更権の行使が認められるための要件
時季変更権は一定の条件下でしか認められず、「事業の正常な運営を妨げる」ときに限るとされています。これは、以下の要素を考慮して総合的に判断することになります。
- 事業の規模
- 事業の内容
- 当該労働者の担当する作業内容、性質
- 作業の繁閑
- 代替者の配置の難易
- 時季を同じくして有給休暇を請求する者の人数
- 労働慣行
時季変更権の行使が認められる具体的なケースについて、以下でみていきましょう。
代替人員を確保できない
同じ部署や課の中で代替人員を確保できない場合、時季指定権が認められる可能性があります。ただし、よほど緊迫した状況でなければなりません。
具体的には、当人しかできない仕事の納期である、当人しかわからないアポイントメントがある、といったケースでは、休まれると業務に支障をきたすおそれがあるため、時季変更権が認められやすくなります。
一方、単なる人手不足や繁忙期など曖昧な理由では、時季変更権が認められない可能性が高いです。他部署から応援を呼ぶ、スケジュールを調整するなどの対応が必要でしょう。
同時期に有給休暇取得者が重なった
同じ日に複数の労働者から有給休暇の申請があった場合、1人だけの申請の場合よりも時季変更権が認められる可能性があります。
ただしこのケースでも、人員確保が難しいことや、代替要員がいないといった事実が必要です。そのため、代わりが利きづらい専門性の高い部署で認められやすいでしょう。例えば、以下のケースが考えられます。
- 給料日前の給与計算が必要な時期に、経理部の人員が複数休む
- 連休の中日に、フロントや販売などサービス部門の人員が複数休む
- 夏季の繁忙期に、運送業の運転手が複数休む
- 新システムを発表し多くの問い合わせが来ると予想される中、エンジニアが複数休む
代理人を立てられない
有給休暇の申請日が研修や訓練と重なっている場合、時季変更権が認められやすくなります。研修や訓練は、労働者の知識や技術の向上を目的としており、本人が参加しなければ意味がないからです。
よって、それらの予定は年度初めなどに決定し、早めに労働者に通知しておくのが良いでしょう。
なお、労働者にすでに十分な知識や技術があり、欠席しても支障がない場合、時季変更権が認められない可能性もあります。
長期間の有給休暇を取得している
1ヶ月など長期にわたり有給休暇を申請した場合、代替人員を確保するのが困難なため、時季変更権が認められやすいでしょう。
もっとも、すべての日程の時季変更を求めることは難しいため、労働者と話し合ったうえで取得日を調整することが重要です。「〇週間ごとにわけて〇回取得する」など分割して取得するよう促すのが一般的でしょう。
時季変更権の行使が認められないケース
時季変更権の行使は、単に「繁忙期」や「人手不足」などの理由では認められません。また、有給休暇の取得には理由が不要とされており、「緊急性がない」といったことを理由に取得を拒むことはできません。
時季変更権を行使するためには、業務に支障をきたすことが客観的、具体的に明らかであることが必要です。そのため、次のようなケースでは、原則として時季変更権の行使が認められないとされています。
年次有給休暇の時効、計画的付与についての詳しい解説は、それぞれ以下のページをご覧ください。
退職時・解雇時の時季変更
退職者や解雇者の有給休暇は、退職日または解雇日までにすべて消化させるのが基本です。
では、「退職日まで1日おきに有給休暇を取得したい」「残りの有給休暇をまとめて取得したい」などと申請された場合、会社は応じる必要があるのでしょうか。
この点、業務の引継ぎなどが必要な中、頻繁に休まれては困るというのが本音でしょう。
しかし、時季変更権を行使できるのは退職日までであり、それ以降は変更日を確保できません。したがって、上記のような申請があった場合、会社は応じなければならないのが基本です。
ただし、どうしても業務の引継ぎなどが間に合わない場合、有給休暇の買い取りを提案し、出勤してもらうといった対応は可能です。
未消化分の有給休暇の取扱いについては、以下のページをご覧ください。
新型コロナを理由とした時季変更
年次有給休暇の請求は労働者の権利なので、新型コロナウイルスに感染した労働者に有給休暇の取得を強要することはできません。
また、労働者の有給休暇取得予定日に、他の労働者が新型コロナウイルスに感染したといった程度の理由では、時季変更権は認められないでしょう。
感染者が多数発生し、どうしても人手が足りない場合などには、時季変更権を行使できる可能性はありますが、有給休暇は労働者の希望に沿うのが原則のため、慎重な判断が必要となります。
時季変更権の行使における配慮と注意点
使用者の時季変更権が認められるのは例外的な場合であり、使用者はできる限り、労働者の希望によって有給休暇を取得させなければなりません。そのために、代わりとなる労働者をなるべく確保することや、勤務シフトを変更することに取り組む必要があります。
時季変更権を行使するときには、労働者に納得してもらうことが望ましいでしょう。また、希望していた時季からなるべく近い時季に、代わりの有給休暇を与えるように配慮しましょう。
時季変更権を行使するタイミング
時季変更権は、有給休暇の前日の勤務が終了するまでに行使する必要があると考えられます。もっとも、行使する必要があるときには、なるべく早い時点で行使するのが望ましいでしょう。
例えば、労働者が1ヶ月以上も前から有給休暇を申請していたにもかかわらず、有給休暇の前日に時季変更権を行使するようなケースでは、違法な行使だと判断されてしまうリスクが高まります。
時季変更権を行使する理由の説明
時季変更権を行使する理由については、シンプルな説明を記載した書面を交付するだけでも問題ありません。
ただし、労働者が納得しなければトラブルに発展するリスクが高まることから、「希望する日に有給休暇を認めることができない理由」を丁寧に説明して、なるべく労働者の合意を得るのが望ましいでしょう。
時季変更権の濫用に対する罰則
使用者が時季変更権を濫用した場合、6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処せられたり、民事でも損害賠償を請求されたりしてしまうリスクがあります。
次のような場合には、時季変更権の濫用とみなされるおそれがあるため注意しましょう。
- 時季変更権を何度も行使している場合
- 慢性的な人手不足や、繁忙期であることをだけを理由として有給休暇を取得させない場合
- 代替勤務者の確保やシフト変更などの努力をしなかった場合
- 年次有給休暇の取得理由によって休む必要はないと判断し、時季変更権を行使した場合
時季変更を拒否する労働者への対応
正当な理由により時季変更権を行使したにもかかわらず、労働者が従わなかった場合、その日は「欠勤」扱いにすることができます。よって、その日の賃金は支払う必要がありません。
さらに、業務命令に従わなかったとして、懲戒処分とすることも可能です。ただし、懲戒処分は就業規則に定め(懲戒規程)がなければ実施できません。また、重すぎる懲戒処分は無効になるおそれがあるため、以下の要素を考慮して慎重に判断しましょう。
- 業務に生じた支障の大きさ
- 欠勤日数
- 労働者の過去の勤務実績や勤務態度
懲戒処分のルールや注意点は、以下のページでも詳しく解説しています。
有給休暇の時季変更権に関する判例
時季変更権の行使が適法とされた判例
【平成1年(オ)第399号 最高裁第3小法廷 平成4年6月23日判決、時事通信社事件】
【事件の概要】
社会部の記者として勤める労働者Xが、休日等を含めて1ヶ月間の夏期休暇を申請したことについて、会社がその後半部分については事業の正常な運営を妨げるとして時季変更権を行使したことについて、違法であるとして争われた事案です。
【裁判所の判断】
裁判所は、以下の①~④の事情により、労働者が申請した年次有給休暇を与えると「事業の正常な運営を妨げる」として、時季変更権の行使は適法であると認めました。
①Xの担当職務にはある程度の専門的知識が必要であり、支障なく代わることのできる者を長期にわたって確保することは相当に困難であること。
②Xは企業経営上のやむを得ない理由によって所属部署に単独配置されており、その扱いが一概に不適正とは断定できないこと。
③Xが申請した期間は約1ヶ月の長期かつ連続したものであるのに、会社との十分な調整を経ていないこと。
④会社は、Xに対して2週間ずつ2回に分けて休暇をとってほしいと回答して、後半部分についてのみ時季変更権を行使していることから、相当の配慮をしているといえること。
時季変更権の行使が違法とされた判例
【昭和59年(オ)第618号 最高裁第2小法廷 昭和62年7月10日判決、弘前電報電話局事件】
【事件の概要】
Y会社の機械課の現場作業員として勤務する労働者Xが、勤務割において必要な最低配置人員が2名と定められている日勤勤務に当たっていた日につき、年次有給休暇の時季指定をしました。
しかし、機械課長は、Xが当該休暇中に現地集会に参加して違法行為に及ぶおそれがあると考えました。そこで、あらかじめXの代替勤務を申し出ていた職員を説得してその申出を撤回させたうえで、時季指定日にXが出勤しなければ必要な最低人員を欠くことになるとして時季変更権を行使したことにつき、本件時季変更権行使の効力が争われた事案です。
【裁判所の判断】
裁判所は、勤務割によってあらかじめ定められていた勤務予定日に休暇の時季指定があった場合でも、以下の①、②のことから本件は「事業の正常な運営を妨げる場合」には当たらないとして、本件時季変更権の行使は無効と判断しました。
①.使用者としての通常の配慮をすれば、勤務割を変更して代替勤務者を配置することが容易に可能な状況であったこと
②.休暇の利用目的いかんでそのための配慮をしなかったこと
時季変更権と懲戒処分に関する判例
【昭和46年(行ウ)第11号 東京高等裁判所 昭和56年3月30日判決、新潟鉄道郵便局懲戒事件】
【事件の概要】
鉄道郵便局に勤務する労働者Xが有給休暇を申請したところ、定員に欠員が発生して業務に支障が出ることを理由として、鉄道郵便局は時季変更権を行使しました。しかし、Xが欠勤したため、鉄道郵便局は戒告の懲戒処分を行ったところ、Xが懲戒処分の取り消しなどを求めて提訴しました。
【裁判所の判断】
裁判所は、Xの欠勤によって実際にトラブルが発生しなかったとしても、以下の①、②により懲戒処分は有効と判断しました。
①繁忙期に、定員を欠くと、未処理や事故が発生する可能性がある
②特別な事情がなければ、上記可能性があることを否定できない
③郵便事業者にとって、郵便物の遅配は許されないことから、有給休暇を認めることによって郵便物の遅配が発生することは、「事業の正常な運営」とはいえない
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある