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年次有給休暇の時季変更権について

この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員弁護士家永 勲(東京弁護士会)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

一定の要件を満たす労働者は、年次有給休暇を取得する権利を有しています。使用者は原則として、労働者がする年次有給休暇の請求を阻害できません。しかし、労働者の請求をすべて認めてしまえば、業務に支障を来すおそれがあることは、想像に難くありません。使用者は、こういった場合にどのような対応をするのが適切か、知っておく必要があります。

そこで、このページでは、使用者に認められる年次有給休暇の【時季変更権についての概要と注意点等を解説します。早速、内容をみていきましょう。

年次有給休暇の時季変更権

使用者は、労働者に年次有給休暇を付与することが「事業の正常な運営を妨げる場合」に、有給休暇の取得時季を変更させることができる権利を有します(労基法39条5項但書)。これを、【時季変更権】といいます。もっとも、これは、労働者が指定した時季に有給休暇を付与できないためほかの時季に与えるという趣旨のものであり、労働者の時季指定権(次項参照)の行使そのものを拒否できるわけではありません。また、代わりの取得時季について、使用者から提示する必要はありません。

労働基準法
(年次有給休暇)第39条

5 使用者は、前各項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。

労働者の時季指定権について

年次有給休暇を、いつ、どのような目的で取得するかは、労働者の自由です(=時季指定権)。使用者は、労働者から年次有給休暇取得の申出があった場合には、原則として労働者が請求する時季に有給休暇を与えなければなりません。

「事業の正常な運営を妨げる場合」とは

労働者の指定した時季に年次有給休暇を付与することが「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当するかどうかは、労働者の所属する事業場を基準として、以下にあげるような諸般の事情を客観的に考慮して判断する必要があります。

[主な判断要素]

  • ・事業の規模
  • ・事業の内容
  • ・当該労働者の担当する作業内容、性質
  • ・作業の繁閑
  • ・代替者の配置の難易
  • ・時季を同じくして有給休暇を請求する者の人数
  • ・労働慣行

次項では、時季変更権の行使が認められる具体的なケースを紹介します。

時季変更権の行使が認められるケース

例えば、以下のようなケースであれば、時季変更権の行使が認められる可能性があります。

  • ◆多数の労働者が同じ時季に年次有給休暇の取得を請求してきたため、代替人員の確保が困難なケース 
  • ◆労働者が長期の年次有給休暇の取得を請求してきたが、取得日直前の申請である等の理由から、業務の引継ぎやその他さまざまな調整が困難なケース
  • ◆特定の労働者にしかできない業務において、納期が差し迫っている等の事情があるケース
  • ◆繁忙期等、年次有給休暇の取得によって人員不足が生じると、業務に支障が出ることが明確なケース

ただし、上記のようなケースであっても、時季変更権の行使にあたり、使用者は、可能な限り労働者が請求する時季に年次有給休暇を取得できるように状況に応じた配慮をし、代替人員の確保等の努力をする必要があります。

時季変更権が認められた判例

【最高裁 平成4年6月23日第三小法廷判決、時事通信社事件】

事件の概要

Y会社の社会部の記者として勤める労働者Xが休日等を含めて夏期1ヶ月間の休暇を取るべく、始期と終期を特定して長期かつ連続の年次有給休暇の時季指定をしたことに対し、Yがその後半部分については事業の正常な運営を妨げるものとして、時季変更権を行使したことにつき、本件時季変更権の行使が無効違法であるとして争われた事案です。

裁判所の判断

裁判所は、以下の①~④に照らせば、本件時季指定どおりの長期にわたる年次有給休暇を与えることは「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当するとして、本件時季変更権の行使は適法であると認めました。

①.Xの担当職務にはある程度の専門的知識が必要であり、Xの担当職務を支障なく代替し得る勤務者を見いだし、長期にわたって確保することは相当に困難であること。

②.Xは企業経営上のやむを得ない理由によって所属部署に単独配置されており、その扱いが一概に不適正とは断定できないこと。

③.Xが時季指定した期間は約1ヶ月の長期かつ連続したものであるのに、Yとの十分な調整を経ていないこと。

④.1ヶ月も専門記者が不在では取材報道に支障を来すおそれがあり、代替記者を配置する人員の余裕もないとの理由をあげて、Xに対し2週間ずつ2回に分けて休暇をとってほしいと回答したうえで、本件指定時季に係る休暇のうち、後半部分についてのみ時季変更権を行使していることから、本件時季指定に対する相当の配慮をしているといえること。

時季変更権の行使が認められないケース

以下のようなケースでは、時季変更権の行使が認められないものとされています。

  • ◆年次有給休暇が時効で消滅するケース
  • ◆退職・解雇予定日までの期間を上回る有給休暇を有しており、時季変更することが不可能な場合、事業廃止により時季変更権を行使すると、消化期間がなくなってしまうケース
  • ◆計画的付与により、時季が指定されているケース
  • ◆時季変更権行使により、産後休業・育児休業の期間と異なるケース

このほか、時季変更権の行使において、代替勤務者の確保や勤務割の変更等の努力をしなかった場合や、慢性的な人手不足あるいは単に忙しいといったことを理由とする場合、また、年次有給休暇の取得理由によって時季変更権を行使した場合は、権利の濫用に当たるとして違法となるおそれがあります。

年次有給休暇の時効、計画的付与や、産前産後休業、育児休業についての詳しい解説は、それぞれ以下のページをご覧ください。

有給休暇の消滅時効
産前産後休業
育児休業

退職・解雇に伴う時季変更権

退職や解雇が決まっている労働者の年次有給休暇についても、全て取得させるのが原則ですが、「事業の正常な運営を妨げる場合」には、時季変更権の行使が可能です。

ただし、年次有給休暇は、労使間の雇用関係の存在を前提としているため、労働者の年次有給休暇の権利は、退職日まで、あるいは解雇予告期間中に行使しなければ消滅します。また、労働者の退職日又は解雇日を超えての時季変更はできません。つまり、退職日又は解雇日までの日数と、労働者が保有する未消化分の年次有給休暇の日数によっては、使用者は、「事業の正常な運営を妨げる場合」であっても時季変更権を行使することができず、労働者の有給休暇取得の請求を認めないわけにはいきません。

この点、労使間の協議により、退職日又は解雇日を後ろ倒しにするか、使用者が未消化分の年次有給休暇を買い上げることで調整するかといった解決方法が考えられます。

退職及び解雇に関して、また、未消化分の年次有給休暇の取扱いについては、それぞれ以下のページでさらに詳しく解説していますので、併せてご覧ください。

時季変更権が認められなかった判例

【最高裁 昭和62年7月10日第二小法廷判決、弘前電報電話局事件】

事件の概要

Y会社の機械課の現場作業員として勤務する労働者Xが、勤務割において必要な最低配置人員が2名と定められている日勤勤務に当たっていた日につき、年次有給休暇の時季指定をしました。しかし、機械課長は、Xが当該休暇中に現地集会に参加して違法行為に及ぶおそれがあると考えました。そこで、あらかじめXの代替勤務を申し出ていた職員を説得してその申出を撤回させたうえで、時季指定日にXが出勤しなければ必要な最低人員を欠くことになるとして時季変更権を行使したことにつき、本件時季変更権行使の効力が争われた事案です。

裁判所の判断

裁判所は、勤務割によってあらかじめ定められていた勤務予定日に休暇の時季指定があった場合でも、以下の①、②のことから本件は「事業の正常な運営を妨げる場合」には当たらないとして、本件時季変更権の行使は無効と判断しました。

①.使用者としての通常の配慮をすれば、勤務割を変更して代替勤務者を配置することが容易に可能な状況であったこと

②.休暇の利用目的いかんでそのための配慮をしなかったこと

派遣労働者の時季変更権について

派遣労働者の場合、年次有給休暇の時季変更権は派遣元の会社にあります。つまり、派遣元の会社が、自社の「事業の正常な運営を妨げる場合」に当たるかどうかを基準として、代替労働者の派遣の可能性等の配慮を検討したうえで、時季変更権を行使するか否かを判断することになります。

したがって、派遣労働者が年次有給休暇の時季指定をした日が、派遣先の会社の「事業の正常な運営を妨げる場合」に当たる日であっても、派遣先の会社が時季変更権を行使することはできません。

時間単位年休も時季変更権の対象か?

労働者から時間単位で請求された年次有給休暇についても、「事業の正常な運営を妨げる場合」には、時季変更権の対象となります。ただし、労働者が時間単位の請求を日単位に変更することや、日単位の請求を時間単位に変更することはできません。

時間単位の年次有給休暇の取扱いについては、以下のページで詳しく解説していますので、ぜひご覧ください。

時間単位・半日単位の有給休暇

時季変更権に従わない労働者への対応

労働者が年次有給休暇の時季指定をした日が「事業の正常な運営を妨げる場合」に当たり、使用者が代替要員の確保等、必要な配慮や努力をしたうえで行使した時季変更権に労働者が従わず、当日出勤しなかった場合には、その時季変更権の行使は有効とされる可能性が高いです。

この場合、労働者を欠勤扱いとすることができます。また、業務命令に従わなかったことに対して、就業規則等の懲戒規程に基づき減給等、相当の処分を行うことも可能です。

なお、懲戒処分についての詳しい解説は、以下のページをご覧ください。

懲戒処分

就業規則に規定を設ける必要性

年次有給休暇の時季変更権について労使間のトラブルを回避するためには、あらかじめ就業規則に規定を設け、労働者に周知しておくことが肝要です。就業規則に時季変更権に関する規定がないまま、労働者の合意もなく時季変更権を行使した場合、権利の濫用として無効となるリスクが高いといえるでしょう。

また、懲戒規程においても同様です。就業規則に懲戒処分に関する詳細な規定が明確に記載されていなければ、前項のような時季変更権に従わない労働者に対し、適切な処分ができなくなってしまいます。

時季変更権の濫用に対する罰則

使用者が時季変更権を濫用し、労働者の請求する時季に有給休暇を取得させない場合には、6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金が科されるおそれがあります。
年次有給休暇に係る罰則についての詳しい解説は、以下のページをご覧ください。

労働基準法で定められる年次有給休暇の基礎知識
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