服務規律の策定において重視すべき「誠実労働義務」
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
業務において、使用者と労働者は「誠実労働義務」を負っています。その名の通り「誠実に働く義務」ですが、抽象的でよく分からないという方も多いのではないでしょうか。
しかし、誠実労働義務の範囲や内容は決まっており、これを逸脱すると義務違反にあたる可能性があるため注意が必要です。また、職場の業務効率を上げるためにも重要な義務ですので、きちんと把握しておく必要があるでしょう。
本記事では、会社が設ける服務規律のひとつとして、「誠実労働義務」を取り上げます。具体例や注意点等も詳しく解説しますので、ぜひ参考になさってください。
目次
「誠実労働義務」の定義
誠実労働義務とは、労働契約上の債務を忠実に履行し、使用者の正当な利益を侵害しないよう配慮することをいいます。つまり、ただ出勤すれば良いのではなく、上司の指示にきちんと従い、就業規則等の社内ルールを遵守して働く必要があるということです。
また裏を返せば、使用者は業務上必要な範囲で労働者に命令・指示を出す権利があるということになります。
業務を円滑に進めたり、労使間の信頼関係を築いたりするため、誠実労働義務は欠かせないものといえるでしょう。
労働契約における労働者の義務
労働契約をした労働者は、労務提供以外にも信義則上の「付随義務」を負っています。付随義務とは、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利の行使や義務の履行をすることと定められています(労働契約法3条4項)。
誠実労働義務は、この付随義務のひとつになります。また、付随義務には、他にも職務専念義務・企業秩序遵守義務等が含まれています。
職務専念義務・企業秩序遵守義務については以下のページをご覧ください。
なお、信義則上の付随義務を負うのは労働者だけではありません。使用者側も、安全配慮義務や職場配慮義務、人事上の配慮義務等が課せられています。
また、労働者及び使用者は、労働契約上の権利を濫用してはいけないとも定められています(労働契約法3条5項)。
誠実労働義務と服務規律の策定
誠実労働義務の内容は、会社の規模や事業内容によって様々です。そのため、服務規律として就業規則に定めておくのが望ましいでしょう。具体的に定めることで、労働者も理解・遵守しやすくなるといえます。
服務規律の概要や就業規則に記載する内容は、以下のページで解説しています。併せてご覧ください。
誠実労働義務に基づく規定例
誠実労働義務の規定には、以下のようなものがあります。
- 正当な理由なく、みだりに勤務場所を離れないこと
- 許可なく私的な目的で、会社の施設や物品を使用しないこと
- 職務上の立場を利用し、顧客や取引先、他の従業員に対して不正に金品等を要求又は受領しないこと
- 会社の金品を私的に使用しないこと
- 他の従業員の不正を知った場合、会社に申告すること
- 酒気を帯びて勤務したり、勤務中に飲酒をしたりしないこと
- 許可なく他の会社等の業務を行わないこと
- 暴行や脅迫、乱暴な言動等により他人に迷惑をかけないこと
- 会社や他の従業員、顧客や取引先を誹謗中傷するような文書等を交付しないこと
- 痴漢行為やセクシュアルハラスメント、性差別、ストーカーにあたる言動を行わないこと
- 会社の信用や名誉を傷つける行為をしないこと
- 競業する会社に就業したり、自ら開業したりしないこと(競業避止義務)
- 会社や取引先の機密事項を外部に漏らさないこと(秘密保持義務)
このうち、競業避止義務や秘密保持義務については、以下のページで詳しく解説しています。ぜひご覧ください。
業務命令の範囲と注意点
労働契約の締結によって、使用者は労働者に対する業務命令権を持ちます。ただし、業務命令は合意した内容の範囲内のもの、また業務上の必要性や合理性が認められるものでなければなりません。例えば、残業命令・異動命令・出張命令・派遣命令等が挙げられます。
なお、業務に直接関係しない命令でも、合理性があれば業務命令と認められる可能性があります。代表例は、健康診断の受診命令です。これは、健康診断によって健康の維持・増進を図ることは労働者の義務であり、受診命令は合理的といえるためです。
また、サービス業に就く労働者に対し、接客にふさわしい髪色にするよう命令することも、合理的と判断される可能性があるでしょう。
業務命令が無効となるケース
一方、以下のような業務命令は、無効とされるのが通常です。
- 労働関係法令に違反するもの
36協定を締結せずに残業させる、違法な長時間労働をさせる等 - その他の違法行為
贈賄、談合、官庁への虚偽報告等 - 労働契約や就業規則に違反するもの
休暇制度があるのに休暇の取得を認めない等 - 宗教や政治思想の自由を侵害するもの
選挙活動への参加を強制する等 - 性別や信条に基づく差別的命令
女性であること、外国人であること、使用者と政治思想が異なること等を理由とする命令 - 嫌がらせやみせしめを目的とした命令
「労働者の態度や言動が気に入らない」など使用者の個人的感情に基づく命令 - 生命や身体に危険が及ぶ可能性があるもの 悪天候にもかかわらず出航を命じる等
違法な業務命令に関する会社の責任
業務命令が違法と判断された場合、当該命令は無効となるほか、違法な業務命令により労働者が損害を被ったと評価できるようであれば、会社は民事上の損害賠償責任を負うおそれがあります。
また、“違法な業務命令をしたこと”自体に法令上の罰則はありませんが、業務命令が36協定に反するものである等、労働関連法令に違反するものであった場合には、会社が罰則を受ける可能性があることに注意が必要です。
※36協定違反の残業命令をした場合には、「六箇月以下の懲役又は三十万円以下の罰金」が科される可能性があることが法律上定められています(労働基準法119条1号)。
誠実労働義務の不履行について
労働者が誠実労働義務に違反した場合、解雇等の懲戒処分にすることができます。ただし、就業規則に誠実労働義務の規程があり、当該義務違反が懲戒事由として定められていることが必要です。
懲戒処分について詳しく知りたい方は、以下のページもご覧ください。
労働者への強制は認められるか?
労働契約に基づく合理的な命令であれば、労働者への強制が認められます。就業規則等で定められた事項は使用者の業務命令権の範囲に含まれ、労働者はこれに従う義務があるためです。よって、労働者が正当な理由なく命令を拒否する場合、懲戒処分の対象にすることも可能です。
とはいえ、労働者の自由を侵害したり、労働者の安全を脅かしたりするような命令は無効となるためご注意ください。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある