給与計算の方法|基本的な流れと業務フローについて
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
給与計算を正しく行うことは、企業にとって特に重要な義務といえます。計算ミスが発生すると、賃金未払いなどさまざまなリスクがあるため十分注意が必要です。
また、給与計算には一定の流れがあり、対応が遅れると労働基準法違反となる可能性もあります。
本記事では、給与計算の流れや注意点、賃金から控除する項目などについて解説していきます。適切な賃金を支払うため、ぜひ参考になさってください。
目次
給与計算の業務フロー(年間スケジュール)
給与計算の年間スケジュールは、以下のようになります。主な作業は、賞与の計算・社会保険の手続き・税金の通知などです。
1月 | 税務署に法定調書の提出、市区町村に給与支払報告書の提出 |
---|---|
2月 | 昇給額の決定(4月昇給の場合) |
3月 | 新卒採用者や異動者の給与決定 |
4月 | ・新卒採用者や異動者の給与設定 ・健康保険・介護保険料の変更反映 |
5月 | 住民税の「特別徴収税額」の通知 |
6月 | ・住民税の「新年度控除額」の登録 ・賞与の計算 |
7月 | ・労働保険料の年度更新 ・社会保険料の「算定基礎届」の提出 |
8月 | 4月昇給による随時改定者の社会保険料改定 |
9月 | 厚生年金保険料率の変更 |
10月 | 7月に算定基礎届を提出した者の社会保険料の改定 |
11月 | 年末調整の準備(労働者への通知、必要書類の配布など) |
12月 | ・賞与の支給 ・年末調整の実施 |
給与計算の業務フロー(月間スケジュール)
給与計算の月間スケジュールは、給与締め日と給与支払日に合わせて行うことになります。
具体的には、締め日の翌日から給与計算を始め、支払日の前日までに振込手続きを完了させなければなりません。また、あらかじめ労働者の給与から「社会保険料」や「税金」を差し引いておくことも必要です。
その他、毎月10日までに、前月支払い給与分の所得税と住民税を納付します。
また、月末までに、前月支払い給与分の健康保険料や厚生年金保険料などの社会保険料も納付する必要があります。
【給与締め日が15日、給与支払日が25日】のケースでは、以下のようなスケジュールとなります。
給与計算の方法と基本的な流れ
給与の計算は、以下の流れで行うのが一般的です。
- 総支給額の算出
- 社会保険料の算出
- 税額の算出
- その他控除額の算出
- 手取り額の算出
- 賃金台帳・給与明細の作成
なお、給与計算にかかわる事項(給与の締め日や支払日、基本給や手当、賃金から控除される項目など)は、あらかじめ「就業規則」または「賃金規程」等で定めておく必要があります。
それぞれの流れについて、詳しくみていきましょう。
①総支給額の算出
総支給額は、以下の計算式で求めます。
【総支給額=基本給+諸手当-欠勤控除】
それぞれの概要は、下表をご覧ください。
基本給 | 残業代や手当を除いた基本賃金 |
---|---|
諸手当 | 基本給に加えて支給されるもの(時間外手当、通勤手当、役職手当、資格手当、住宅手当など) |
欠勤控除 | 欠勤・遅刻・早退などがあった場合に差し引くもの |
「基本給の計算方法」や「諸手当の内容」については、就業規則または賃金規程で定めておく必要があります。
また、これらは勤続年数や役職、家族構成などによって支給要件が異なるケースも多いため、労働者の情報はきちんと把握しておくことが重要です。
賃金の構成や手当についてさらに詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
残業代の計算方法
残業や深夜労働、休日労働をした労働者には、時間外手当(残業代)を支払わなければなりません。時間外手当は、以下の計算式で求めることができます。
【時間外手当=時間外労働を行った時間×1時間あたりの賃金×割増率】
割増率とは、時間外手当を算出するための割合です。時間外手当は通常の給与に上乗せして支払われるため、一定の割増率を適用する必要があります。
また、時間外労働の種類によって割増率が異なるため、計算時は注意が必要です。詳しくは以下のページをご覧ください。
②社会保険料の算出
社会保険料とは、主に以下の5つをいいます。
- 健康保険料
- 厚生年金保険料
- 雇用保険料
- 介護保険料
これらは「法定控除」にあたり、労働者の賃金から差し引くことが法律で定められています。
また、法定控除は、企業と労働者それぞれの負担分が決まっています。例えば、健康保険料や厚生年金保険料は、企業と労働者が半分ずつ負担します。
なお、社会保険料には「労災保険料」も含まれますが、これは企業が全額負担することになります。よって、労働者の賃金からは控除されず、給与計算上では関係ありません。
それぞれの保険料の算出方法について、次項から詳しくみていきましょう。
健康保険料
健康保険料とは、病気や怪我の治療費を、国が一部負担するための財源となるものです。企業と労働者が、それぞれ半分ずつ負担して支払います。
よって、労働者が負担する金額は以下のようになります。
【健康保険料(労働者負担分)=標準報酬月額×健康保険料率÷2】
標準報酬月額とは、4~6月の平均給与額を、等級表にあてはめて算出した金額のことです。健康保険では50等級の区分があり、実際の給与額と合致するとは限らないため注意が必要です。
また、健康保険料率は、「全国健康保険協会(協会けんぽ)」と「健康保険組合」どちらに加入しているかによって異なります。
例えば、「協会けんぽ」の保険料率は、都道府県によっても違いがあります(令和4年度の東京都の保険料率は9.81%)。詳しくは協会けんぽのホームページをご覧ください。
厚生年金保険料
厚生年金保険料とは、将来受け取る年金の財源となるものです。企業と労働者がそれぞれ半分ずつ負担して支払います。また、毎月の給与だけでなく、賞与も計算の対象となります。
よって、労働者が負担する金額は以下のとおりです。
【毎月の厚生年金保険料(労働者負担分)=標準報酬月額×保険料率÷2】
【賞与の厚生年金保険料(労働者負担分)=標準賞与額×保険料率÷2】
標準賞与額とは、賞与の支給額から1,000円未満を切り捨てた金額をいいます。ただし、上限は月150万円となります。
また、保険料率は、平成29年以降「18.3%」で固定されています。
なお、厚生年金保険の適用事業所は、「子ども・子育て拠出金」も同時に徴収されます。
子ども・子育て拠出金とは、社会全体で子育て支援を行う目的で企業が支払う税金です。労働者の負担分は発生しないため、厚生年金保険料の計算に影響はありません。
介護保険料
介護保険料とは、介護が必要な高齢者を支えるための財源となるものです。40歳以上の者は、介護保険への加入と介護保険料の納付が義務付けられています。また、加入者は、自身の介護が必要となった場合に1割の費用負担で介護サービスを受けることができます。
介護保険料は、毎月の給与だけでなく賞与も計算の対象となります。
よって、労働者が負担する金額は以下のとおりです。
【毎月の介護保険料(労働者負担分)=標準報酬月額×保険料率÷2】
【賞与の介護保険料(労働者負担分)=標準賞与額×保険料率÷2】
介護保険の標準賞与額の上限は、1年度573万円となります。
また、保険料率は、令和4年3月から「1.64%」となっています。
なお、第2号被保険者で協会けんぽに加入している場合、介護保険料は健康保険料に上乗せして支払うことになります。
雇用保険料
雇用保険料とは、失業者や育児・介護休業を取得する労働者、60歳以上の一部の労働者に支払われる給付金の財源となるものです。
企業と労働者それぞれで負担しますが、企業の負担分の方が大きいのが特徴です。労働者の負担分は、以下の計算式で算出します。
【雇用保険料(労働者負担分)=賃金総額×保険料率】
賃金総額には、基本給だけでなく賞与や残業代も含まれます。また、通勤手当・役職手当・住宅手当などの手当も対象です。
また、保険料率は、「一般の事業」、「農林水産・清酒製造の事業」、「建設の事業」など業種によって負担する割合が異なります。
これは、農林水産業や建設業の場合、季節によって仕事量の変動が大きいことから、雇用保険(失業手当)の給付を受けるケースが多いと考えられるためです。
具体的な保険料率は厚生労働省のサイトをご覧ください。
令和4年度雇用保険料率のご案内③税額の算出
社会保険料だけでなく、源泉徴収する税金も算出する必要があります。
税金のうち、「所得税」と「住民税」が法定控除にあたり、賃金から差し引くことが法律で定められています。
なお、税額の算出は、社会保険料を控除した賃金額が必要となるため、社会保険料が決定してから行うようにしましょう。
税額の具体的な計算方法は、次項からご説明します。
所得税(源泉徴収税)
課税される所得金額 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
195万円以下 | 5% | 0円 |
195万円を超え330万円以下 | 10% | 9万7500円 |
330万円を超え695万円以下 | 20% | 42万7500円 |
695万円を超え900万円以下 | 23% | 63万600円 |
900万円を超え1800万円以下 | 33% | 153万6000円 |
1800万円を超え4000万円以下 | 40% | 279万6000円 |
4000万円超 | 45% | 479万6000円 |
所得税とは、会社から支払われた給与や収入にかかる税金です。具体的な金額は、以下の計算式で求めます。
【所得税=課税所得×税率】
課税所得とは、所得税の課税対象となる金額のことです。給与の総額から、通勤手当や出張手当などの「非課税所得」と、社会保険料などの「所得控除」を差し引いて算出します。
また、税率は所得に応じて割合が決まっています。表のように、所得が多いほど税率も高くなるのが基本です。
なお、所得税は労働者が全額負担するものですが、企業が給与から控除し、代わりに納付手続きを行うのが一般的です(源泉徴収)。
ただし、本来所得税は「1年間の給与総額」をもとに支払う税金です。そのため、源泉徴収ではおおよその金額を算出し、最終的な税額は「年末調整」によって決定します。
年末調整により、徴収した金額が少なければ追加で課税し、多ければ返金することになります。
非課税となる手当について詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
住民税
住民税とは、労働者それぞれが居住する地域に納める税金です。行政サービスなど、地域社会の費用をまかなう目的で徴収されます。
住民税の金額は、毎年5~6月頃に市区町村から通知が送られてくるため、企業で計算する必要はありません。
通知が届いたら、労働者1人1人の納付額を把握し、毎月の給与から控除することになります。納付先は、その年の1月1日に居住していた自治体となります。
なお、住民税の納付方法には「特別徴収」と「普通徴収」があり、対象者や納付期限などが異なります。
特別徴収 | 企業が労働者の賃金から住民税を控除し、代わりに納税する方法 ・対象者:所得税の源泉徴収を受けている者 ・納付期限:給与支払日の翌月10日まで |
---|---|
普通徴収 | 労働者自身が、年4回に分けて納税する方法 ・対象者:個人事業主、フリーランス、源泉徴収を受けないアルバイトやパートタイマー ・納付期限:6月末、8月末、10月末、翌年1月末 |
④その他控除額の算出
労使協定で「その他の控除項目」を定めている場合、賃金から差し引くことができます。
労使協定とは、企業と労働者が取り決めたルールのことで、過半数労働組合または過半数代表者の同意を得たうえで締結する必要があります。
労使協定によって控除できる項目は、以下のようなものです。
- 寮や社宅の利用費
- 親睦会や社員旅行の費用
- 財形貯蓄
- 企業で加入する生命保険料
- 労働組合費
⑤手取り額の算出
実際に労働者に支払う「手取り額」を算出します。
【手取り額=総支給額-(社会保険料+税金+労使協定による控除額)】
総支給額には、基本給や残業代、手当などが含まれます。端数が発生した場合、繰り上げて計算しましょう。切り捨ては労働基準法によって禁止されているため、注意が必要です。
なお、手取り額は総支給額の75~85%程度になるのが一般的です。
⑥賃金台帳・給与明細の作成
賃金台帳とは、労働者への賃金の支払状況を記載した書面です。労働時間や残業時間、基本給、手当、控除額などを毎月記録します。
また、賃金台帳の作成は法律で義務付けられており、違反した場合は罰則の対象となります。また、作成した賃金台帳は5年間保管することが義務付けられています(労働基準法109条)。
給与明細とは、給与額や控除額を労働者に通知するための書面です。支給額が決定したあと、労働者に交付することになります。発行義務はありませんが、労働者とのトラブルを防ぐため、発行している企業が多いでしょう。
なお、給与明細の形態にきまりはなく、書面でも電子データでも問題ありません。給与計算ソフトを活用すれば、給与の計算から給与明細の作成まで簡単に行うことができます。
賃金台帳以外にも、企業はいくつかの書面を作成することが義務付けられています。
賃金の支払いについて
賃金の支払方法にはルールがあり、労働基準法24条で定められています。
具体的には、賃金は「①通貨で、②直接労働者に、③その全額を、④毎月1回以上、⑤一定の期日を定めて」支払わなければなりません(賃金支払いの5原則)。
違反した場合、30万円以下の罰金が科せられます(労働基準法120条)。
ただし、労働協約で例外規定を設けることもできます。
例えば、直接労働者に手渡しするのではなく、銀行振り込みにするなどの対応も可能です。
賃金の支払いルールについては、以下のページでも詳しく解説しています。
給与計算を行う際の注意点
給与計算では、計算ミスがないよう十分注意する必要があります。手動で計算していたり、勤怠の入力に誤りがあったりすると、適切な賃金が支払われないおそれがあります。
特に、時間外労働の割増賃金については、残業・深夜残業・休日労働などによって割増率が異なるため注意しましょう。
また、給与額が最低賃金を下回っていないかチェックすることも重要です。月給制の場合、基本給や職務手当は計算の対象となりますが、残業代や通勤手当は対象外となります。
さらに、所得税や住民税の納付を怠ると、税務署による税務調査や労働基準監督署の立入調査が行われる可能性もあります。企業イメージの低下や労使トラブルにつながることもあるため、十分注意しましょう。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある