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定期昇給制度|ベースアップとの違いや廃止による不利益変更など

弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

「昇給」とは、昇格や勤続年数の増加に伴って賃金が上がることであり、日本では多くの会社が「定期昇給」を導入しています。
「定期昇給」とは、毎年決まった時期に昇給の機会が与えられる制度であり、日本の会社の賃金が年功序列型だといわれる要因となっています。

このページでは、定期昇給と他の昇給との違い、定期昇給のメリット・デメリット、定期昇給制度の廃止等において注意するべきこと等について解説します。

定期昇給とは

定期昇給とは、毎年一定の時期を決めて、定期的に賃金を昇給させる制度のことです。具体的な昇給の時期や頻度、金額等は会社によって異なるものの、年1回(4月)や年2回(4月、10月)に設定している会社が多いようです。

昭和初期から日本の代表的な制度として多くの会社で導入されており、労働者の年齢や学歴、勤続年数に応じて能力にかかわらず賃金が上がる仕組みを採用することが多く、年功序列賃金制度とも呼ばれています。

しかしながら、近年は、昇給時期は定めつつも、労働者個人や会社の業績を加味して昇給額を決定する等、成果主義を採り入れている会社も増えてきています。

定期昇給とベースアップの違い

定期昇給は、従業員個人の賃金を上昇させる制度です。主に、各従業員の勤続年数に左右されます。
一方で、ベースアップは全ての従業員の基本給を一律に上昇させる制度です。

定期昇給であれば、例えば初任給が20万円で昇給が5000円であった場合、1回昇給した労働者の月給は20万5000円となります。
この会社で2%のベースアップを行うと、初任給は20万4000円、1回昇給した労働者の月給は20万9100円となります。

勤続年数の長い従業員は定年によって退職するため、全体の人件費には影響しにくいです。
しかし、ベースアップは全ての従業員の基本給を上昇させるため、全体の人件費を上昇させます。

負担が増すのに会社がベースアップを行う場合として、人手不足に陥ったために会社の魅力を上昇させたい場合や、好調な業績を従業員に還元したい場合、法律で定められた最低賃金が引き上げられた場合等が挙げられます。

ベースアップについて、さらに詳しく知りたい方は、以下のページで説明していますので併せてご覧ください。

賃金の引き上げ「ベースアップ」について

昇給・昇格・昇進の違い

「昇給」と似た言葉で「昇格」や「昇進」があります。
それぞれの違いについて、表をご確認ください。

昇給 昇格や勤続年数の増加に伴って賃金が上がること
昇格 ・労働者が試験を受けたり、上席者が推薦したりした場合等に、労働者の会社内における等級が上がること
・会社内の等級は、他の社員等からは認識されないケースが多い
・多くの場合、会社内の等級は労働者に支払う賃金額を決定するための基準となっている
昇進 ・人事異動等に伴い現在よりも高位の役職に任命すること
・「係長」や「課長」等、肩書に変化があるため社外の者も認識できる

定期昇給以外の昇給制度

定期昇給以外にも、様々な種類の昇給があります。
それぞれについて、表をご確認ください。

臨時昇給 ・必要性が生じたときに、臨時で昇給させること
・会社に特別な業績向上があったときには、すべての労働者に行われる
・特定の労働者に業務上の過重負担が認められるときには、その労働者について行われる
自動昇給 定期昇給で、能力や業績にかかわらず、年齢や勤続年数に応じて自動的に昇給させること
考課昇給 ・人事考課の結果に応じて昇給させること
・業務内容、成績等によって昇給額が変動する
普通昇給 労働者の職務遂行能力の向上を図るなど、一般的な理由に基づいて昇給させること
特別昇給 特殊な業務を担っている、特別な功労がある等、特別な理由に基づいて特定の労働者個人を昇給させること

「定期昇給なし」は法律上の問題はあるか

定期昇給がなくても、法律上は問題ありません。法律には、昇給を義務付ける規定がないからです。
そもそも、定期昇給はあくまでも「昇給の機会」であるため、各従業員の事情により昇給しないケースもあります。

就業規則や労働協約等に「昇給する場合がある」のような定めがあるものの、具体的な昇給額や昇給率の定めがない場合には、会社は昇給の努力義務があるに留まり、法的義務は負わないものとされています。

しかし、就業規則や労働協約等の定めが会社に昇給を義務づけていると、昇給する義務が生じるケースもあります。
定期昇給には、会社にとってメリットもあると考えられるため、制度の変更や廃止などを検討するときには慎重に行いましょう。

定期昇給のメリットやデメリットについて、次項より解説します。

定期昇給のメリット・デメリット

多くの会社が導入する「定期昇給」制度ですが、本制度にデメリットはないのでしょうか?
ここで、本制度のメリット・デメリットをそれぞれ確認しておきましょう。

メリット

定期昇給のメリットとして、以下のことが挙げられます。

  • 毎年一定数の退職者数、入社人数が見込まれることから、会社の人件費負担は大きく変わらず、昇給に関して一定基準を設けておくことで管理がしやすい。
  • 年齢や勤続年数が上がるほど一定額昇給することがあらかじめわかっているため、従業員の長期就労の意欲向上につながり、人材を定着させやすい。
  • 従業員が将来の生活設計を立てやすくなり、安心感を与えることができる。

デメリット

定期昇給のデメリットとして、以下のことが挙げられます。

  • 業績が悪化した場合に、人件費の抑制が難しいケースがある。
  • 業務における成果が昇給に直結しない場合もあるため、モチベーションが低下するリスクが生じる。
  • 実力のある若手社員が入社しても、ベテラン社員との間に賃金の格差が生じるため、不満を抱かれやすい。
  • 成果が昇給に反映されるまでにタイムラグがあるため、高い成果を持続できない従業員が現れるおそれがある。

定期昇給の平均額

企業規模別
令和3年 令和2年
5,000人以上 5,202円 1.6% 6,086円 1.9%
1,000~4,999人 4,937円 1.7% 4,925円 1.7%
300~999人 4,753円 1.6% 4,805円 1.7%
100~299人 4,112円 1.6% 4,315円 1.6%
4,694円 1.6% 4,940円 1.7%
産業別
令和3年 令和2年
鉱業,採石業,砂利採取業 5,733円 1.8% 6,227円 1.9%
建設業 6,373円 2.0% 6,244円 1.9%
製造業 5,355円 1.9% 5,317円 1.8%
電気・ガス・熱供給・水道業 4,374円 1.3% 3,681円 1.1%
情報通信業 6,028円 1.7% 6,239円 1.9%
運輸業,郵便業 3,275円 1.1% 4,132円 1.7%
卸売業,小売業 4,651円 1.6% 4,458円 1.6%
金融業,保険業 2,951円 0.9% 5,395円 1.6%
不動産業,物品賃貸業 4,745円 1.7% 6,311円 2.0%
学術研究,専門・技術サービス業 5,743円 1.6% 7,165円 2.1%
宿泊業,飲食サービス業 2,996円 1.1% 2,711円 1.5%
生活関連サービス業,娯楽業 2,915円 1.1% 3,115円 1.2%
教育,学習支援業 4,252円 1.6% 3,332円 1.4%
医療,福祉 2,855円 1.5% 3,198円 1.5%
サービス業(他に分類されないもの) 3,199円 1.3% 4,048円 1.6%

出典元:令和3年賃金引上げ等の実態に関する調査(厚生労働省)(https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/jittai/21/dl/10.pdf)

厚生労働省が発表した「令和3年賃金引上げ等の実態に関する調査」によれば、令和2年と令和3年の【企業規模別】【産業別】の「賃金引上げ額」及び「賃金引上げ率」は表のようになっています。

また、株式会社日本経済新聞社がまとめた「2022年の賃金動向調査」によれば、令和4年の平均賃上げ率(定期昇給とベースアップを合わせたもの)は2.28%となり、令和3年よりも上昇しました。

定期昇給額の計算方法

定期昇給額は、昇給額が定められている場合にはその金額であり、昇給率が定められている場合には「昇給前の給与×昇給率=昇給額」となります。
例えば、基本給30万円の従業員に2%の昇給があった場合には、「30万円×0.02=6000円」により6000円が昇給額となります。

定期昇給制度の導入方法

定期昇給を導入するときには、就業規則を改定して周知しなければなりません。これは、賃金に関する事項が就業規則の絶対的必要記載事項とされており、定期昇給に関する規定も就業規則に記載しなければならないからです。

就業規則に規定を設けるときに、文言によっては定期昇給が義務になってしまうリスクがあります。「原則として」等の文言を付けるか、「賃金を改定する場合がある」といった記載にする等の工夫が必要です。

昇給制度の導入についての詳しい説明は、以下のページをご覧ください。

定期昇給制度の導入方法

定期昇給を実施する上での注意点

全く同じ業務を遂行しているにもかかわらず、正規雇用か非正規雇用か、男性か女性か、自国の人間か外国人かといったことで差別化し、一部の労働者に対して昇給させないような、明らかに不平等・不公平な扱いをすることは違法です。

契約社員や派遣社員、パート・アルバイト等の非正規社員については、正規社員よりも単純な労働をしており、あまり責任を負わされていない等の違いがあれば、定期昇給制度を適用しないことも可能です。

ただし、正規社員と同じ業務内容で、責任の程度等も同じである場合には、賃金格差が生じるような不合理な取扱いをしてはならないとされています。

定期昇給の廃止は不利益変更にあたる

既にある定期昇給制度を廃止したり、新たに一定の年齢で定期昇給が停止する制度を設けたりするためには、就業規則の変更が必要となり、この変更は不利益変更に該当します。

就業規則の不利益変更のためには「労使の合意」又は「不利益変更に合理性があり就業規則を周知したこと」が必要です。
そのため、定期昇給の廃止などによって労働者が受ける不利益の程度が大きいケースでは、不利益変更を行う高度の必要性が存在していることが求められます。また、経過措置や緩和措置といった配慮を行うことも求められます。

経過措置などが講じられていない労働条件の変更には、合理性が認められないと判断されて無効となるおそれがあります。

一定年齢への到達による停止は可能

従業員が一定の年齢に到達すると、昇給が停止するよう定めることは可能です。実際に、日本では45歳を超えたあたりで定期昇給を停止することを、あらかじめ賃金規定に定めている会社が少なくありません。

ただし、新たに昇給停止の年齢を設定する、あるいは停止する年齢の引き下げを行う場合には、就業規則等の変更が必要になります。

このような就業規則の変更は、労働者にとって不利益変更になるため、代わりの制度によって昇給させる等の取り組みが求められます。
労働者にとってデメリットしかない就業規則の変更は、裁判などによって無効とされるリスクがあるため注意しましょう。

定期昇給の廃止・停止に関する裁判例

定期昇給の不利益変更について争われた裁判例について、以下でご紹介します。

定期昇給に関する就業規則の変更について争われた裁判例

【大阪地方裁判所 平成29年4月10日判決】

事件の概要

当該事案は、農業組合である被告が就業規則等を変更し、一定の年齢に達した従業員の定期昇給について他の職員と異なる扱いをするスタッフ職制度を導入したところ、その制度の適用を受けた原告らが、本件就業規則の変更の効力について争った事案です。

裁判所の判断

裁判所は、スタッフ職制度の新設及び適用によって定期昇給が実施されなくなったことについて、労働条件の不利益変更に当たると判断しました。
さらに、原告らに明示的ないし黙示的な同意があったとは認められないと評価しました。
そして、スタッフ職制度の導入は、一定程度の必要性はうかがえるものの、変更に係る高度の必要性があるとまでは認めがたいとしています。

しかしながら、定期昇給等についての変更は不利益の程度が大きいとまではいえず、原告らの賃金は他の職員よりも相当程度高額であり、労働組合が反対の意思表示をしていない点等を総合的に勘案すると、本件就業規則等の変更は労働契約法10条所定の合理性を有していると認められるのが相当であると認定しました。

一定年齢到達による昇給停止について争われた裁判例

【大阪地方裁判所堺支部 平成7年7月12日判決、大阪府精神薄弱者コロニー事業団事件】

事件の概要

当該事案は、社会福祉法人である被告が、満63歳定年制を60歳定年制(60歳に達した日以後の最初の3月31日まで)に変更し、58歳昇給停止制を導入したことから、原告らが本件変更、改正規則の無効確認を求めて争った事案です。

裁判所の判断

裁判所は、60歳定年制、58歳昇給停止制のいずれについても、不利益を及ぼす就業規則の変更であることは明らかであり、合理性が認められない限り原告らにその効力は生じないと判断しました。
さらに、両制度の導入については、運営上高度の必要性があったとまでは到底いえないと指摘しました。

そして、60歳定年制の緩和策が極めて不十分な代替措置であることや、58歳昇給停止制に対する代償措置等は一切講じられていないこと等を指摘し、本件規則の変更が、当該労使関係における法的規範性を是認できるための合理性を有するものということは困難であると認定しました。

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この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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