固定残業制度(みなし残業)とは|メリット・デメリットや違法性など
弁護士が解説する【月80時間の固定残業代の有効性】について
YouTubeで再生する
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
固定残業制とは、給与に一定の残業代を含めて支払う方法です。
毎月一定の残業代が確約されるため、賃金が変動しづらいというメリットがあります。
しかし、十分理解しないまま固定残業制を導入すると、法律違反として無効になったり、かえってコストが増大したりするおそれがあるため注意が必要です。
本記事では、固定残業制のルールやメリット・デメリット、注意点などを詳しく解説していきます。導入を検討している事業主の方は、ぜひご覧ください。
固定残業制度(みなし残業制)とは?
固定残業制度(みなし残業制)とは、毎月の給与に、一定額の残業代を含めて支給する制度です。
支給方法としては、一定額を基本給の中に含めて支払う「基本給組み入れ型」と、基本給とは別の手当として支払う「手当型」の2つがあります。
ただし、固定残業制を実施する際は以下の要件を満たす必要があります。
・対価性
雇用契約書などで、固定残業代が時間外労働等の対価である旨が明示されていること
・判別可能性
通常の賃金と、固定残業代が明確に区別できること
つまり、固定残業代の金額や計算方法について、就業規則などで明確にしておくことが重要です。
固定残業制とみなし労働時間制の違い
「みなし労働時間制」とは、実際の労働時間にかかわらず、毎月一定時間働いたとみなす制度です。労働時間の計算が難しい一部の職種(弁護士や経営企画など)にのみ適用が認められています。
固定残業制と混同されやすいですが、下表のような違いがあります。
固定残業制 | みなし労働時間制 | |
---|---|---|
概要 | 一定の残業代を、毎月の給与に含める制度 | 実際の労働時間にかかわらず、毎月一定時間働いたとみなす制度 |
制度の対象 | 残業代 | 労働時間 |
残業代 |
|
みなし労働時間を超えても、基本的には残業代は発生しない |
固定残業制を導入するメリット
固定残業制を導入すると、企業にはどんなメリットがあるのでしょうか。以下で具体的にみていきます。
人件費を把握しやすくなる
残業代が固定されるため、会社が支出すべき人件費を見積もりやすくなります。その結果、企業の資金計画をスムーズに立てられるでしょう。
ただし、一定時間を超えた労働については、別途残業代が発生するため、給与額は多少変動する可能性があります。また、固定残業制を導入しても、人件費を抑えられるわけではないため留意しましょう。
企業の業務効率が上がる
固定残業制では、残業してもしなくても一定の固定残業代が支払われます。そのため、労働者の立場としては、労働時間を短くするほど効率的に賃金がもらえることになりますので、「早く仕事を終わらせよう」と、効率よく業務を進める可能性が高くなります。
また、労働者に効率の良い働き方を促すことができる結果、無駄な「居残り残業」や「カラ残業」が減るため、光熱費等の会社の固定費の削減なども期待できます。
さらに、長時間労働が少ない企業は、社会や求職者からも高い評価を得ることができるでしょう。
残業代計算などが不要になる
固定残業制では、一定時間分は残業代の計算が不要になります。例えば、毎月の固定残業代が10時間分だった場合、実際の残業時間が10時間以内であれば給与額は変わりません。
また、給与額によって金額が変わる「社会保険料」や「所得税」も計算不要となるため、人事部や経理部の負担を大きく減らすことができるでしょう。
固定残業制を導入するデメリット
固定残業制を導入する際は、デメリットも把握しておくことも重要です。無計画に実施すると、費用がかさみかえって経営難になるおそれもあるため注意しましょう。
人件費が増える可能性がある
固定残業制では、実際の残業時間に関係なく、必ず一定の残業代を支給します。そのため、制度導入後に会社が負担する給与額(人件費)が大幅に増える可能性があります。
さらに、上限時間を超えた分については別途割増賃金を支払わなければならないため、企業にとっての経済的メリットは少ないといえます。
もともと残業が少ない企業には、不向きな制度と考えられるでしょう。
サービス残業が横行する可能性がある
固定残業制のルールの周知が不十分だと、サービス残業が増えるおそれがあります。
というのも、労働者の中には、「残業代は給与に含まれているから、それ以上は支給されない」と誤解している人も多いです。そのため、上限時間に達するとタイムカードを切り、残業申請をしないままサービス残業にあたってしまうケースが発生しやすくなります。
これを防ぐため、企業は固定残業制のルールを十分周知し、勤怠管理も徹底することが求められます。
求人の際にトラブルになりやすい
求人票において固定残業制度に関する記載内容が不十分だと、求職者が会社の賃金制度の内容について誤認しやすくなります。
中でも多いのは、固定残業代を含んだ金額が「基本給」だと誤解され、未払い残業代を請求されるケースです。このように誤解した労働者は、当然基本給とは別に残業代が支給されると考え、求人に応募します。
しかし、固定残業制では、上限時間以内であれば残業代が発生しないため、結果として会社と労働者の間に認識の相違が生まれてしまうのです。
最悪の場合、労働者に訴えられ、未払い残業代の支払いを命じられるおそれもあるため注意が必要です。
求人票を作成する際は、固定残業代の金額や計算方法を明記し、基本給としっかり区別するようにしましょう。
固定残業制が違法になるケース
以下のケースでは、固定残業制が違法となる可能性があります。
- ①固定残業代の金額・時間が明記されていない
- ②固定残業時間を超えた分の残業代を支払わない
- ③実際の残業時間が固定残業時間を下回ることを理由に、固定残業代を支払わない
- ④基本給が最低賃金を下回っている
- ⑤固定残業時間を45時間超に設定している
それぞれの場合について、以下で解説します。
①固定残業代の金額・時間が明記されていない
求人票では、固定残業代について以下の事項を明記することが義務付けられています。
- 固定残業代を除いた基本給の金額
- 固定残業代に関する労働時間数、金額、計算方法など
- 固定残業時間を超える時間外・休日・深夜労働が行われた場合、別途割増賃金を支給する旨
以下で具体例をご紹介します。
【有効な表記例】
月給30万円(基本給24万円、固定残業代6万円/32時間相当分を含む)
時間外労働等が32時間を超えた場合、別途割増賃金を支給する
【無効となる表記例】
月給25万円(固定残業代を含む)
時間外労働が固定残業時間を超えた場合、別途支給する
また給与明細でも、基本給と固定残業代は区別して記載するのが望ましいでしょう。
②固定残業時間を超えた分の残業代を支払わない
労働者が固定残業時間を超えて働いた場合、超過分については別途割増賃金を支払わなければなりません。
しかし、中には「どれだけ残業させても残業代は発生しない」と誤解している企業や、労働者が固定残業時間を超えて働いていることを把握していない企業もいます。
これらのケースでは、労働者から「残業代の不払い」を訴えられ、トラブルに発展しやすくなります。
日頃から労働時間を適切に管理するとともに、固定残業制のルールを今一度しっかり確認しておきましょう。
③固定残業時間に満たない場合に残業代を支払わない
固定残業制では、実際の労働時間にかかわらず、一定の固定残業代を支給しなければなりません。
よって、「残業時間が少なかった」「そもそも残業しなかった」ことなどを理由に、残業代を減額または不支給とすることは違法となります。
④基本給が最低賃金を下回っている
基本給に固定残業代を含めて支払う場合、純粋に基本給にあたる部分が「最低賃金」を下回らないように注意する必要があります。
最低賃金は、最低賃金法によって都道府県ごとに定められている最低限の時給であり、基本給を時給に換算したときに最低賃金を下回ると違法になります。
最低賃金の引き上げは、ほとんど毎年行われているため、引き上げられた最低賃金を下回っていないかについて確認しましょう。
最低賃金制度について詳しく知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
⑤固定残業時間を45時間超に設定している
1ヶ月の固定残業時間が45時間超の場合、違法と判断されるおそれがあります。
なぜなら、労働者に残業をさせるために締結する「36協定」では、1ヶ月の残業時間の上限が45時間と定められているからです。
なお、特別条項を定めれば45時間を上回る残業も可能ですが、臨時的な事情がある場合に限られます。
もっとも、固定残業代に法的な上限規制はありませんが、60時間分や80時間分を超える固定残業手当については無効と判断している裁判例もあります。あまりにも長時間に設定してしまうと、固定残業制が無効とされることがあるので注意しましょう。
なお、36協定について詳しく知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
固定残業代制を導入する際のポイント
固定残業制を導入するときには、次の点に注意しましょう。
- ①就業規則・雇用契約書に明記する
- ②労働時間を把握する
これらの注意点について、次項より解説します。
就業規則・雇用契約書への明記
企業は、固定残業制のルールなどを就業規則に明記し、適用対象の労働者全員に周知する必要があります。また、雇用契約書に記載し、労働者の個別合意を得る方法でもかまいません。
また、固定残業制を導入する際は、固定残業代が給与に含まれることを労働契約書に記載しなければなりません。記載がない場合には、固定残業制が無効になるおそれがあります。
労働時間の把握
固定残業制を導入しても、労働時間の管理は必要です。これは、労働安全衛生法により、基本的にすべての労働者について労働時間を把握することが義務化されているからです。
また、固定残業代を超えた部分の残業代を支払う際や、36協定に定めた時間を超えていないか確認する際も、労働時間の正確な把握が不可欠となります。
労働時間の管理は、なるべく客観的な記録を用いるようにしましょう。
企業の様々な人事・労務問題は弁護士へ
企業側人事労務に関するご相談 初回1時間 来所・zoom相談無料※
企業側人事労務に関するご相談 来所・zoom相談無料(初回1時間)
会社・経営者側専門となりますので労働者側のご相談は受付けておりません
受付時間:平日 9:00~19:00 / 土日祝 9:00~18:00
平日 9:00~19:00 / 土日祝 9:00~18:00
※電話相談の場合:1時間10,000円(税込11,000円) ※1時間以降は30分毎に5,000円(税込5,500円)の有料相談になります。 ※30分未満の延長でも5,000円(税込5,500円)が発生いたします。 ※相談内容によっては有料相談となる場合があります。 ※無断キャンセルされた場合、次回の相談料:1時間10,000円(税込11,000円)
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある