労働条件の不利益変更とは|3つの方法や留意点、罰則など

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

企業が経営難に直面した場合、コスト削減のため“賃金の減額”や“手当の廃止”などを検討することもあるでしょう。しかし、これらは労働契約法上の「不利益変更禁止の原則」に抵触するため、企業が一方的に行うことはできません。
やむを得ず不利益変更を行う場合も、労働者に十分説明した上で同意を得るなど、適切な手順を踏む必要があります。
本記事では、労働条件の不利益変更を行う方法や注意点、不利益変更による企業側のリスクなどを詳しく解説していきます。
目次
労働条件の不利益変更とは
労働条件の不利益変更とは、賃金などの労働条件を、労働者に不利な内容に変更することをいいます(労働契約法8条)。例えば、以下のようなものは不利益変更にあたる可能性があります。
- 基本給の減額
- 手当の減額
- 休日を減らす
- 労働時間の増加
- 雇用形態の変更
- 福利厚生の廃止
- 懲戒事由の追加
- 賃金制度の変更
不利益変更は労働者の生活に大きな影響を与えるため、基本的に労働者本人から個別に同意を得た上で行うことが義務付けられています(労働契約法9条)。
同意を得ず一方的に不利益変更した場合、労働トラブルになったり、変更が無効になったりする可能性があるため注意しましょう。
また、賃金引き下げのリスクなどは以下のページでも詳しく解説しています。
不利益変更には労働者の合意が必要
不利益変更を行うには、基本的に労働者から個別に同意を得る必要があります(労働契約法9条)。
変更の内容や必要性、労働者が受ける不利益の程度などをしっかり説明し、理解を得るよう努めましょう。合意できなかった労働者については、基本的に変更後の労働条件を適用することはできません。
ただし、不利益変更に合理性が認められる場合、就業規則の変更によって労働条件を変更できる可能性があります。例えば、経営悪化が著しく、倒産のおそれがあるなど緊迫した状況であれば、賃金の減額も認められる可能性があります。
また、社会情勢の変化などにより、本来予定されていなかった配置転換や人事異動が認められることもあります。
不利益変更の違法性や罰則等
労働者の同意なく不利益変更を行っても、罰則を受けることはありません。
ただし、労働者から損害賠償請求され、訴訟に発展するリスクはあります。具体的には、変更後の労働条件の無効、未払い賃金や慰謝料の支払いを請求されることが想定されます。
なお、損害賠償請求訴訟には発展しなくとも、労使紛争の解決には手間も時間もかかるため、穏便に交渉を進めるのが得策といえます。
労働条件の不利益変更を行う3つの方法
不利益変更を行う方法は、以下の3つがあります。
- ①労働者の同意を得て不利益変更する
- ②労働組合と労働協約を締結して不利益変更する
- ③就業規則の変更により不利益変更する
①のように個別同意を採る方法だけでなく、②③のように個別同意を得ずに不利益変更を行う方法もいくつかあります。次項からそれぞれの方法を詳しくみていきましょう。
①労働者の同意を得て不利益変更する
個々の労働者から、不利益変更の同意を得る方法です。
この場合、まずは労働者と個別面談を行い、変更の内容や不利益の程度を詳しく説明することが重要です。例えば、賃金を引き下げる場合、変更後の計算基準を提示したうえで、「具体的にいくら減るのか」を明示すると良いでしょう。
また、経営状況の悪化など変更に至った背景も伝えると、労働者も納得しやすくなります。
労働者の同意を得たら、変更内容を記載した“同意書”を取り交わします。口頭での合意も可能ですが、トラブルを避けるためにも書面で残すのが基本です。
労働者の同意を得たら、就業規則を変更し、社内で周知することも忘れずに行いましょう。
ただし、労働者の自由な意思に反すると認められるような同意にならないよう注意が必要です。そのため、執拗に不利益変更の受諾を迫ったり、威圧的な態度をとったりすると、同意が無効と判断される可能性があります。
②労働組合と労働協約を締結して不利益変更する
労働組合がある場合、個々の労働者と交渉する前に組合と協議するのが一般的です。労働組合との協議を行わない場合、不当労働行為とされる可能性もありますので、無用なトラブルとならないよう注意しましょう。
また、労働組合と不利益変更について合意し、労働協約を締結した場合、組合員に関しては個別同意を得ずに変更後の内容を適用することができます(労働組合法14条)。
また、労働組合が、事業場の労働者の4分の3以上で構成される場合、原則として非組合員にも労働協約が適用されます(労働組合法17条)。
ただし、一部又は特定の組合員だけを狙った不利益変更は、労働組合の趣旨に反するため無効となる可能性があります。そのため、意図せずとも一部の組合員が犠牲になるような場合、当該労働者の意見を踏まえたうえで不利益を緩和するのが賢明でしょう。
労働協約については、以下のページで詳しく解説しています。
③就業規則の変更により不利益変更する
労働者が不利益変更に同意しない場合、基本的に変更後の労働条件を適用することはできません。
ただし、以下の要素を考慮し、労働条件の変更が合理的といえる場合は、「就業規則の変更」によって不利益変更が認められる可能性があります(労働契約法10条)。
- 労働者が受ける不利益の程度
- 労働条件の変更の必要性
- 変更後の就業規則の相当性
- 労働者との交渉の経緯
例えば、以下のようなケースでは不利益変更が合理的と判断される可能性があります。
- 深刻な経営悪化により、賃金を引き下げなければ倒産のおそれがある
- 勤務時間は長くなるが、その分賃金も増加する
- 始業時刻と終業時刻をそれぞれ30分ずつ前倒しする
- スポーツジムやテーマパークなどの割引利用を廃止する
- 何らかの代替措置や経過措置を講じている
また、就業規則の変更後は、社内掲示など適切な方法で労働者に周知する必要があります。
不利益変更について同意を得る際の留意点
不利益変更について労使交渉する場合、以下の点に留意しましょう。
同意を強要しない
不利益変更の同意は、労働者自身の自由な意思に基づいて行われる必要があります。そのため、執拗に同意書へのサインを迫ったり、威圧的な態度をとったりすると、たとえ同意を得ても不本意なものであったと判断され、後に無効となるおそれがあります。
また、労働条件の変更は本人の生活や家族にも影響しますので、内容の持ち帰りや検討の時間を認めるのが望ましいでしょう。
十分な説明を行う
スムーズに交渉を進めるには、不利益変更の理由をきちんと伝えることが重要です。特に、賃金カットなど人件費削減が目的の場合、合意できなければ解雇も検討しなければなりません。そのような事態を避けるためにも、「どれほど経営が悪化しているのか」、「どれほど賃金をカットすれば良いのか」等を具体的に説明し、理解を得られるよう努めましょう。
また、同業他社の水準と比較して説明するのも効果的です。
労働条件の不利益変更による企業側のリスク
不利益変更は、労働者だけでなく使用者にも様々なデメリットをもたらします。経営悪化などやむを得ない事情があっても、労働条件を変更すべきか慎重に判断する必要があります。
労使紛争の原因になる
労働者の合意を得ず、一方的に労働条件を不利益に変更すれば、労使紛争に発展するおそれがあります。
具体的には、不利益変更の内容に不満がある労働者が、変更の無効を前提とした未払賃金・慰謝料を求めて訴訟等を行うことがあります。この場合、解決には相当の手間や時間がかかるため、使用者の負担も大きくなるでしょう。
また、労働組合と交渉し、一部の組合員だけが合意していないという場合も注意が必要です。この場合、当該組合員と使用者の間で争いとなり、変更後の労働条件が当該組合員には適用されない可能性も生じます。
労働者の士気の低下
最終的に不利益変更が認められても、不利益を被った労働者のモチベーションが低下する可能性もあります。それによって生産性が下がったり、離職者が増えたりすれば、逆に業績悪化につながってしまい本末転倒です。
また、訴訟等に発展しなくとも、労働者との関係性が悪化し、業務に支障が出るリスクもあるでしょう。
企業イメージの低下
強引に不利益変更を行うと、外部からの企業イメージが悪くなるおそれもあります。
特に訴訟に発展した場合、企業の名前や争点、判決の内容等が公開されるため、「ブラック企業」と認識されてしまう可能性も高いです。
また、近年では、企業の内情をSNSやネットに書き込む労働者も少なくありません。こうした情報は一気に拡散され、売上減少や株価下落、求人への応募者減少といった様々なリスクを招くことになるでしょう。
労働条件の不利益変更をめぐる裁判例
【平23(ワ)3774号 京都地方裁判所 平成26年11月27日判決、中野運送店事件】
〈事件の概要〉
Y社で運送業務を担うXが、就業規則の「手当明細表」の改定により賃金が減額されたことを受け、当該不利益変更には合理性がないとして無効を訴えた事案です。
XはY社に対し、変更後に支給された賃金と変更前の賃金との差額を支払うこと等を求めました。
〈裁判所の判断〉
裁判所は以下の点を根拠に、当該不利益変更には合理性がなく、無効であると判断しました。
- Y社は経営状況を改善するために人件費の削減を行ったが、賃金を引き下げなければならないほどの高度の必要性は見当たらない
- 労働者への説明が変遷しており、不利益変更が必要な客観的な証拠も提示していないことから、労働者に十分な説明を行ったとはいえない
- 労働者の受ける不利益の程度が大きい
- 不利益変更に対する代替措置が何も講じられていない
最終的にY社は、対象労働者13名に対して約3200万円を支払うことが命じられています。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある