懲戒処分の判断基準|該当事由や適切な処分について
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
企業内の懲戒処分を経営者の気分で行うなどといったことは許されません。
もし懲戒処分の選択を誤れば、以下のようなリスクも生じるでしょう。
- 労働者から訴訟を起こされて処分が無効とされる
- 労働者に対して損害賠償義務が発生する
このようなリスクを回避するためには、法律上に定められた懲戒処分を行う基準について把握し、対象者に対して適切に処分する必要があります。
本記事では、懲戒処分の判断基準や、処分の対象にするべき行為などについて解説します。
目次
懲戒処分の判断基準
懲戒処分とは、会社の秩序を維持していくために定められたルールに違反した従業員に対して行われる処分のことです。
この懲戒処分を有効に行うためには、処分について、「客観的に合理的な理由があること」と「社会通念上相当であること」が求められます(労契法15条)。
そして、懲戒処分が「客観的に合理的」で「社会通念上相当」であるかどうかについては、次のような基準で判断する必要があります。
- ①就業規則に懲戒事由の規定がある
- ②労働者の行為が懲戒規定に該当する
- ③労働者の行為に対して処分が重すぎない
これらの基準について、次項より解説します。
就業規則の懲戒規定
使用者は、就業規則に、懲戒事由及び懲戒処分の種別を定める必要があります。そして、労働者の行った非違行為が就業規則の懲戒事由に該当していれば、使用者は、懲戒処分を行うことができます。
民間企業には、公務員の懲戒処分に対して用いられる「懲戒処分の指針について」(人事院)のような明確な基準が法律上ありません。そのため、懲戒の基準については就業規則によることとなりますが、就業規則に懲戒に関する定めがないときには、使用者は懲戒処分を行うことができません。これは、そもそも就業規則を作成していないときも同様です。
就業規則に懲戒に関する規定がないまま懲戒処分を行うと、裁判等において、懲戒処分が無効であると判断されるリスクがあります。
また、就業規則に懲戒事由や懲戒処分が定められていたとしても、それを労働者に対して周知していなければ、就業規則の効力は生じません。そして、周知されていない就業規則に基づく懲戒処分は無効であるとされる可能性が高いでしょう。
周知したと言えるためには、見やすい場所への掲示や備え付け、あるいは書面の交付などが必要です。
懲戒処分の相当性
懲戒処分が「社会通念上相当」であるためには、労働者の行為に対して処分が重すぎないかを検討しなければなりません。
重すぎる処分は、相当性を欠くものとして無効となります。
懲戒処分は、重さによってその種類が分けられます。戒告のような「注意を与える」程度の処分から、懲戒解雇などの「職を失わせる」処分まで幅広い種類があります。
懲戒処分の種類と、それぞれの処分の重さについて知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
懲戒処分に該当する事由と判断基準
労働者が懲戒処分を受ける「懲戒事由」としては、職務懈怠や業務命令違反などが挙げられます。
それぞれの事由と、それらが処分に値するのかを判断する基準について、以下で解説します。
職務懈怠
職務懈怠には、無断欠勤、出勤不良、勤務成績不良、遅刻過多、職場離脱等が該当します。
これらの職務懈怠があった場合には、当該労働者が職務懈怠に至った理由や使用者の対応等を考慮し、懲戒処分の有効性を判断します。
「職務懈怠に至った理由」については、例えば、労働者が精神疾患を発症していたために出勤できなかった等の正当な理由がないか、使用者が配慮するべき事柄がないかといった点に留意する必要があります。
また、「使用者の対応」については、職務懈怠に対する注意や警告等の指導を適切に行っていたかが問題となります。注意や警告を行わずに放置していると、使用者側が黙認していたとみなされたり、指導を行っていないにもかかわらず懲戒処分を行うのは適切な対応ではないとして、懲戒処分が無効となるリスクが生じてしまいます。
業務命令違反
業務命令違反とは、就業についての上司の指示・命令に違反すること等をいいます。上司の指示・命令としては、時間外労働命令、休日労働命令、出張命令、配転命令、出向命令などが挙げられます。
これらの業務命令違反があった場合の懲戒処分の有効性については、「業務命令が有効か」「業務命令が重要であったか」「命令に服しないことについて、やむを得ない事由が存在したか」等が判断基準となります。
服務規律違反
服務規律違反とは、就業規則などに記載された服務規律に違反する行為です。服務規律違反に該当する言動としては、業務妨害行為、横領や背任等の不正行為、セクハラ・パワハラ等のハラスメントなどが挙げられます。
これらの服務規律違反に対する懲戒処分の有効性の判断基準は、「服務規律が明確であったか」「服務規律が公序良俗違反でないか」等になります。
なお、会社の服務規律について詳しく知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
経歴詐称
経歴詐称は、会社と労働者との信頼関係を壊すとともに、人事管理などが適切に行えなくなること等の理由から、懲戒事由になることがあります。
ただし、経歴詐称に対して懲戒解雇のような重い処分ができるのは、最終学歴や重要な職歴、犯罪歴などの、重大な詐称に限定されます。
経歴詐称に対する懲戒処分の有効性は、「労使間の信頼関係を破壊するようなものであるか」「企業秩序や運営に支障を生じさせるおそれがあるか」等の基準から判断されます。
なお、最終学歴を実際よりも低く詐称すること等についても、懲戒事由に該当する場合があります。
企業外の行動
労働者の二重就職や兼業についても、会社の利益を損なうことがあるため、懲戒処分の対象となることがあります。
もっとも、労働者の私生活の尊重や職業選択の自由の要請がはたらくため、懲戒事由該当性や懲戒処分の相当性は厳格に判断されることになります。
労働者の二重就職や兼業に対する懲戒処分の有効性は、「労務提供に具体的な支障が生じていたか」「所属企業への背信行為があると認められるか」等の基準から判断します。
例えば、長時間の副業の影響によって勤務時間中に居眠りをしていたり、同業他社で副業をして、所属企業の利益を不当に侵害するなどの背信性が認められる労働者については、懲戒処分の対象にできる可能性があります。
私生活上の犯罪行為
労働者による私生活上の非違行為であっても、懲戒処分の対象にできる場合があります。しかし、労働者の私生活の尊重の要請から、懲戒処分の判断は慎重になされる必要があります。
懲戒処分の対象になりやすい私生活上の非違行為としては、タクシー運転手による自家用車の飲酒運転や、鉄道会社の社員による電車内での痴漢行為などが挙げられます。
労働者の私生活上の非違行為についての懲戒処分の有効性は、「会社の社会的評価の毀損につながるおそれがあるか」「会社秩序に直接の影響を及ぼしたか」等の基準から判断します。
ただ非違行為を行っただけでなく、従業員として会社の名前が報道されてしまったようなケースでは、懲戒処分が有効と判断されやすくなるでしょう。
企業内政治活動・組合活動
職場内での政治活動を禁止する規定に違反した場合にも、懲戒処分の対象にできることがあります。
就業規則に、職場内での政治活動の禁止や、ビラ配布の許可制などを定めることは、企業秩序を維持するための合理的な定めとして許されると考えられています。
職場内での政治活動に対する懲戒処分の有効性は、「企業秩序を乱すおそれがあったか」「事業場内での施設の管理に具体的な支障が生じたか」等の基準から判断されます。
ただし、常日頃から特定の政党を支持しているなど、政治信条を持つこと自体は労働者の自由であり、使用者がこれを制限することは許されないため、注意しましょう。
施設管理に関する違反
使用者には企業施設を管理する「施設管理権」があります。使用者の施設管理権とは、会社の建物や敷地などについて、企業の目的に合うように使用者が管理・保全する権限のことです。
施設管理権を侵害する行為として、会社施設内での組合活動や政治・宗教活動、私的なイベントの開催、無断での録音・録画などが挙げられます。
施設管理に関する違反に対する懲戒処分の有効性は、「当該行為が許可された範囲内の行為だったか」「録音行為について、ハラスメントの証拠を得るなどの正当な目的があったか」等の基準から判断します。
例えば、労働組合の組合員が、使用者の許可なく施設内のロッカーに多数の賃上げ要求のビラを貼り付けた行為に対して行われた戒告処分は、有効であると判断されました(最高裁 昭和54年10月30日第3小法廷判決、国労札幌運転区ビラ貼り戒告事件)。
会社の施設を利用することを制限する必要性については、以下の記事で詳しく解説しておりますのでご覧ください。
適正な懲戒処分であるかを判断する基準
懲戒処分が適正であるかを判断するための基準として、以下の「7つの原則」が守られていれば適正であると考えられます。
- ①罪刑法定主義の原則
- ②個人責任の原則
- ③二重処分の禁止の原則
- ④不遡及の原則
- ⑤平等取り扱いの原則
- ⑥適正手続きの原則
- ⑦合理性・相当性の原則
もしも、懲戒処分を行うときに「7つの原則」が守られていなければ、恣意的な処分が行われることにつながります。使用者がこれらの原則を遵守しないと、労働者に不利益が生じるおそれがあるため、懲戒処分を行うときには「7つの原則」を意識することが重要です。
「7つの原則」について、それぞれ以下で解説します。
①罪刑法定主義の原則
懲戒処分は、刑事罰と類似の性格を有するため、「罪刑法定主義」という刑法における考え方が懲戒処分についても流用され、ルール化されています。これにより、懲戒処分を行うためには、処分の対象となる行為や処分の種類、処分の内容を事前に明らかにしておかなければなりません。
懲戒処分を行うときには、懲戒処分の種類や要件、懲戒事由などを就業規則に明記されていることが、懲戒処分が適正であると判断する基準となります。
②個人責任の原則
個人責任の原則とは、処分の対象となる行為について、当該行為を行った者だけが責任を負うという原則です。
この原則により、個人が行ったことに対して、同じ部署の全員に懲戒処分を適用する等の連帯責任を負わせることはできません。ただし、責任のある上司等は、当該行為を防止すべき地位と責任があったという理由で、個別の懲戒事由が規定されていれば懲戒処分の対象にできる可能性があります。
懲戒処分を行うときには、処分の対象となる行為を行った本人であること、あるいはその行為について責任がある上司であることが、懲戒処分が適正であると判断する基準となります。
③二重処分の禁止の原則
二重処分禁止の原則とは、同一の非違行為に対して2回以上処分をしてはならないという原則をいいます。
この原則により、懲戒処分を決めるまでの期間について無給の「出勤停止」にしてしまうと、それ自体が懲戒処分となり、その後の懲戒処分は二重処分になってしまうと考えられます。そのため、処分を決めるまでの「自宅待機期間」として、平均賃金の60%は支払うようにしましょう。
もっとも、懲戒処分が行われた後に当該従業員が同種の非違行為を繰り返した際に、本人が過去に同種の事由で懲戒処分を受けたことを考慮して処分の内容を重くすることは、二重処分禁止の原則に反しないものとされています。
懲戒処分を行うときには、処分の対象となる1つの行為について1つの処分となっていることが、懲戒処分が適正であると判断する基準となります。
④不遡及の原則
不遡及の原則とは、処分の対象となる行為を新しく定めた場合、その規定を設けた後の行為についてのみ新しい規定を適用するというルールです。
例えば、無断で副業をすることが懲戒事由ではなかった期間に、従業員が副業をしており、後に副業が禁止されるに至ったという場合を想定してみましょう。この場合、当該従業員が、上記期間中に副業を行っていたことに対する懲戒処分を行うことはできません。つまり、過去に適法であった行為について、新ルールを適用して後から処分することは許されないことになります。
懲戒処分を行うときには、処分の対象となる行為について、行為があった時点で懲戒処分の事由になっていたことが、懲戒処分が適正だと判断する基準となります。
⑤平等取り扱いの原則
平等取り扱いの原則とは、同じような非違行為に対しては、同程度の懲戒処分を下さなければならないという原則です。
平等取扱いを意識して、主観的な要素(人格的に嫌いである等)を排除して、考慮するべき要素について検討する必要があります。
考慮するべき要素は、行為の重さや行為者の地位、在籍年数といった客観的なものです。
懲戒処分を行うときには、考慮するべき客観的な要素によって処分が決められていることが、懲戒処分が適正だと判断する基準となります。
⑥適正手続きの原則
適正手続きの原則とは、文字通り、適正な手続きによって懲戒処分を下さなければならないという原則です。
適正な手続きのために、会社として慎重に調査を行い、本人に弁明の機会を付与しなければなりません。
また、就業規則において手続き(役員会で決議する、懲戒委員会を組織する等)を明記している場合には、その手続きに従わないと懲戒処分が無効となるおそれがあります。
懲戒処分を行うときには、事実関係を調査したこと、本人に弁明の機会を付与したこと、就業規則に定めた手続きを行ったことが、懲戒処分が適正だと判断する基準となります。
⑦合理性・相当性の原則
合理性・相当性の原則とは、懲戒処分を行うためには「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」が必要であるという原則です。
この原則により、労働者の非違行為のレベルに応じた懲戒処分を選択する必要があります。
懲戒処分を行うときには、非違行為の背景や経緯、情状酌量の余地などを考慮して、必要のない処分や重すぎる処分になっていないことが、懲戒処分が適正だと判断する基準となります。
懲戒処分を行う流れ
懲戒処分の流れは、一般的に以下の場合が多いです。
- 事実関係を把握するための調査を行う
- 当事者に弁明の機会を与える
- 懲罰委員会に意見を求める
- 処分の決定と告知を行う
これらの他にも、就業規則等に、「役員会で決議する」とか「懲戒委員会を組織する」などの手続きを定めてあるケースがあります。
それらの手続きを定めているケースでは、定めた手続きに従う必要があります。
懲戒処分の手順については、以下の記事でも解説していますので、併せてご覧ください。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある