有期雇用労働者の無期転換ルールの特例についてわかりやすく解説

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
「無期転換ルール」とは、有期雇用契約で働く労働者が一定の条件を満たした場合に、期間の定めのない無期雇用契約へと転換できる制度です。制度導入以降、企業の人事戦略や雇用管理に大きな影響を与えてきました。
一方で、高度専門職や定年後に再雇用された高齢者、大学・研究機関の教員などについては、通常のルールとは異なる「特例」が設けられており、これらを適用するには個別の要件や手続きが必要となっています。
本記事では、企業の人事担当者や労務管理者の方に向けて、無期転換ルール特例制度の概要から申請方法、実務上の留意点までを、弁護士の視点でわかりやすく解説していきます。
目次
無期転換ルールの特例
「無期転換ルールの特例」とは、一定の条件を満たす場合には、無期転換申込権の適用が除外されることをいいます。
通常、有期労働契約が通算「5年」を超えて更新されると、労働者は無期労働契約への転換を申し込む権利(無期転換申込権)を得ます(労働契約法18条)。しかし無期転換ルールの特例によって、以下の対象者については無期転換の適用が除外され無期転換申込権の発生が「10年」に延長されることになります(有期雇用特別措置法8条1項、大学の教員等の任期に関する法律7条1項、科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律15条の2第1項)。
特例の対象者
- ① 高度専門職:年収1075万円以上で、専門的知識や技術を活かし、5年超のプロジェクトに従事する者
- ② 継続雇用の高齢者:定年後に有期労働契約で再雇用される高齢者
- ③ 大学や研究機関の研究者・教員等
なお、①及び②の対象者に特例を適用するには、事業主が所定の計画を作成し、都道府県労働局長の認定を受ける必要があります(有期雇用特別措置法4条、6条)。
無期転換ルールとは
「無期転換ルール」は労働契約法の改正によって、2013年(平成25年)4月1日から施行されています。
これは、同一の使用者との間で有期労働契約が通算5年を超えて反復更新された場合に、労働者が自ら申し込むことで、期間の定めのない「無期労働契約」に転換できる制度をいいます。
この制度は、契約社員やパートなど名称を問わず、有期労働契約で働くすべての労働者が対象とされており、事業主側には契約更新の管理や無期転換後の労働条件整備、就業規則の作成・変更など、適切な対応が求められることになります。
特例が適用されないケース
無期転換ルールの特例は、法律によって対象者や条件が明確に定められており、事業主が都道府県労働局長の認定を受けて初めて適用される場合があります。したがって、従業員が対象者に該当していても、そもそも事業主が認定を受けていない場合や、計画書の不備がある場合には特例は適用されません。
なお、特例の対象外である従業員には通常通り、通算5年を超えると無期転換申込権が発生することになるためご注意ください。
➀高度専門職に対する無期転換ルールの特例
無期転換ルールの特例対象となる「高度専門職」とは、年収1075万円以上で、専門的知識や技術を活かし、5年を超えるプロジェクトに従事する有期雇用労働者のことを指します。
このような人材については、「有期雇用特別措置法」に詳細な規定が定められ、無期転換ルールの特例が認められています。
この特例が適用されると、通常は通算5年で発生する無期転換申込権が発生しなくなります。
つまり、事業主は5年を超えるような長期プロジェクトの完了まで有期労働契約を継続でき、専門人材の柔軟な活用が可能です(ただし、10年以上の長期プロジェクトであっても、無期転換申込権が発生しない期間の上限は10年)。
なお、特例の適用には、都道府県労働局長への計画提出と認定が必要です。
特例を適用するための要件
高度専門職の従業員に無期転換ルールの特例を適用する要件として、以下が挙げられます。
特例の適用を受けるためには、事業主が対象者の特性に応じた雇用管理に関する措置についての計画(第一種計画)を作成し、本社・本店の所在地を管轄する都道府県労働局長の認定を受ける必要があります(有期雇用特別措置法4条)。
なお、申請に当たっては、厚生労働省HPに掲載されている様式をご利用ください。
高度専門職の範囲
高度専門職の範囲は明確に定められており、次のいずれかにあてはまる従業員が該当します。
- ① 博士の学位を有する者
- ② 公認会計士、医師、歯科医師、獣医師、弁護士、一級建築士、税理士、薬剤師、社会保険労務士、不動産鑑定士、技術士または弁理士
- ③ ITストラテジスト、システムアナリスト、アクチュアリーの資格試験に合格している者
- ④ 特許発明の発明者、登録意匠の創作者、登録品種の育成者
- ⑤ 大学卒で5年、短大・高専卒で6年、高卒で7年以上の実務経験を有する農林水産業・鉱工業・機械・電気・建築・土木の技術者、システムエンジニアまたはデザイナー
- ⑥ システムエンジニアとしての実務経験5年以上を有するシステムコンサルタント
- ⑦ 国等※によって知識等が優れたものであると認定され、上記①から⑥までに掲げる者に準ずるものとして厚生労働省労働基準局長が認める者
※国、地方公共団体、一般社団法人または一般財団法人その他これらに準ずるものをいいます。
すなわち、これらに該当しない従業員については、無期転換ルールの特例を適用することはできません。
無期転換申込権が発生しない期間
無期転換申込権が発生しないのは、最初の有期労働契約から通算した契約期間がプロジェクトの開始日から完了日までの期間を超えない場合です(上限10年)。
無期転換ルールは、労働契約の通算期間が「5年」を超えた場合に、無期転換の申込権が発生するものです。高度専門職に関する特例では、この「5年」が、認定された計画に基づくプロジェクトの「開始日から完了日までの期間」となります。
例えば、それぞれ以下の期間に限って、事業主は有期労働契約を続けることができます。
- 「6年」を要するプロジェクトに従事している間は「6年」を超えない限り
- 「10年」を要するプロジェクトに従事している間は「10年」を超えない限り
ただし、次のケースでは通常の無期転換ルールが適用され、通算契約期間が5年を超えているのであれば無期転換申込権が発生してしまいますのでご注意ください。
- プロジェクトに従事しなくなった場合
- 年収要件(1075万円)を満たさなくなった場合
- 計画の認定が取り消された場合
②継続雇用の高齢者に対する無期転換ルールの特例
定年後も引き続き雇用される有期労働契約の高齢者(継続雇用の高齢者)についても、無期転換申込権が発生しない特例が設けられています。この特例を適用するためには、事業主が適切な雇用管理に関する計画を作成し、都道府県労働局長の認定を受ける必要があります(有期雇用特別措置法6条)。
特例が適用されると、対象従業員には、同一の事業主に定年後引き続いて雇用される期間は無期転換申込権が発生せず、有期労働契約のまま働き続けてもらうことが可能です。
ただし、他の事業主(高年齢者雇用安定法9条2項に規定する特殊関係事業主を除く)を定年退職した場合や60歳前から有期雇用労働者である場合は、特例の対象とならずに無期転換申込権が発生する点はご注意ください。
特例を適用するための要件
継続雇用の高齢者に対する無期転換ルールの特例を適用するためには、以下の要件を満たす必要があります。
- 適切な雇用管理に関する計画(第二種計画)を作成し、都道府県労働局長の認定を受けていること
- 対象従業員が定年に達した後、引き続いて雇用される有期雇用労働者であること
事業主側が作成しなければならない計画には、雇用の安定や労働条件の改善に関する具体的な措置が含まれています。
また、他の事業主(高年齢雇用安定法9条2項に規定する特殊関係事業主を除く)を定年退職した場合は、特例の対象にはなりませんが、高年齢者雇用安定法に規定する特殊関係事業主(いわゆるグループ会社)に定年後も引き続き雇用されている場合は特例の対象となります。
③大学等及び研究開発法人の研究者、教員等に対する無期転換ルールの特例
大学や研究開発法人の研究者や教員については、無期転換申込権が発生するまでの期間が通常の「5年」から「10年」に延長される特例が設けられています(大学の教員等の任期に関する法律7条1項、科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律15条の2第1項)。
この特例は2014年(平成26年)4月1日に施行されました。
研究開発能力の強化や教育研究の活性化などの観点から設けられたもので、事業主にとっても研究者や教員に10年間の有期労働契約のもとで働いてもらうことで、より良い研究環境を提供できるというメリットが期待されています。
特例の対象者
大学等の研究者や教員で、特例の対象者となり得るのは、大まかに以下の通りです。
- ① 科学技術に関する研究者などであって大学等を設置する者又は研究開発法人との間で有期労働契約を締結したもの
- ② 研究開発等に係る企画立案、資金の確保並びに知的財産権の取得及び活用その他の研究開発等に係る運営及び管理に係る業務に従事する者であって大学等を設置する者又は研究開発法人との間で有期労働契約を締結したもの
- ③ 大学等、研究開発法人及び試験研究機関等以外の者が大学等、研究開発法人又は試験研究機関等との協定その他の契約によりこれらと共同して行う研究開発等の業務に専ら従事する科学技術に関する研究者などであって当該大学等、研究開発法人又は試験研究機関等以外の者との間で有期労働契約を締結したもの
- ④ 共同研究開発等に係る運営管理に係る業務に専ら従事する者であって当該共同研究開発等を行う大学等、研究開発法人又は試験研究機関等以外の者との間で有期労働契約を締結したもの
- ⑤ 大学の教員等の任期に関する法律(任期法)に基づく任期の定めがある労働契約を締結した教員等
より詳細については、厚生労働省のホームページでご確認ください。
特例を適用する際の留意点
厚生労働省は特例の適用にあたって、何点か留意すべき事項を定めています。
- 科技イノベ活性化法第15条の2による特例の対象者と有期労働契約を締結する場合には、相手方が特例の対象者となる旨等を原則として書面により明示し、その内容を説明すること等により、相手方がその旨を予め適切に了知できるようにするなど、適切な運用が必要です。
- 本特例は、通算契約期間が10年に満たない場合に無期転換ができないこととするものではありません。
- 無期転換ルールの適用を意図的に避けることを目的として、無期転換申込権が発生する前に雇止めや契約期間中の解雇等を行うことは、労働契約法の趣旨に照らして望ましいものではありません。
その他の留意事項については、以下の「大学等及び研究開発法人の研究者、教員等に対する労働契約法の特例について」リーフレットの4ページの「特例の適用にあたって留意すべき事項」を参照してください。
無期転換ルールの特例の手続き
高度専門職や継続雇用の高齢者について、無期転換ルールの特例を適用するためには、事業主側で雇用管理措置に関する計画を作成し、都道府県労働局長へ申請し、認定を受ける必要があります。
特例を適用するための基本的な流れは以下の通りです。
- 無期転換ルールの特例の適用を希望する事業主は、特例の対象労働者に関して、能力が有効に発揮されるような雇用管理に関する措置についての計画を作成
- 作成した計画を、本社・本店を管轄する都道府県労働局長に提出
- 都道府県労働局長による審査・認定
- 認定を受けた事業主に雇用される特例の対象労働者について、無期転換ルールに関する特例が適用される
高度専門職の場合の申請書
高度専門職の無期転換ルールの特例を申請する際には、「第一種計画認定・変更申請書」を使用します。この申請書は、特例の対象となる労働者がその能力を最大限に発揮できるようにするための雇用管理計画を記載します。
具体的な検討項目としては、「教育訓練を受けるための有給休暇又は長期休暇の付与」や「始業及び終業時刻の変更」、「勤務時間の短縮」などの欄が設けられており、事業主は対象従業員の特性に応じて作成することが求められます。
完成後は都道府県労働局長に提出して認定を受けることになります。
申請書のダウンロードは、以下の厚生労働省の公式サイトから可能です。
継続雇用の高齢者の場合の申請書
継続雇用の高齢者の無期転換ルールの特例を申請する際には、「第二種計画認定・変更申請書」を使用して作成します。
この申請書には、高年齢者の特性に応じた雇用管理計画を記載することになりますが、具体的な検討項目としては、
- 高年齢者雇用等推進者の選任
- 職業訓練の実施
- 作業施設・方法の改善
- 健康管理、安全衛生の配慮 など
複数の欄が設けられています。
事業主は対象となる高年齢者が働きやすい環境を整備できるよう、その特性に配慮した計画を検討する必要があるでしょう。
計画の完成後は、都道府県労働局長に提出して認定を受けることになります。
申請書のダウンロードは、以下の厚生労働省の公式サイトから可能です。
特例の対象者に行うべき措置
高度専門職の場合
「第一種計画認定・変更申請書」に記載する、特例の対象者に行うべき適切な雇用管理上の措置に関して、高度専門職の特例対象者に対しては以下のいずれかの措置を実施することが必要とされています。
- 教育訓練に係る休暇の付与
- 教育訓練に係る時間の確保のための措置
- 教育訓練に係る費用の助成
- 業務の遂行の過程外における教育訓練の実施
- 職業能力検定を受ける機会の確保
- 情報の提供、相談の機会の確保等の援助
継続雇用の高齢者の場合
「第二種計画認定・変更申請書」に記載する、継続雇用高齢者の対象者に行うべき適切な雇用管理上の措置に関して、高年齢者雇用安定法に規定する高年齢者雇用確保措置のいずれかを講じるとともに、以下のいずれかの措置を実施することが必要とされています。
- 高年齢者雇用安定法第11条の規定による高年齢者雇用推進者の選任
- 職業能力の開発及び向上のための教育訓練の実施等
- 作業施設・方法の改善
- 健康管理、安全衛生の配慮
- 職域の拡大
- 知識、経験等を活用できる配置、処遇の推進
- 賃金体系の見直し
- 勤務時間制度の弾力化
無期転換ルールの特例に関する労働条件の明示
特例の認定を受けた事業主は、紛争防止の観点から労働契約の締結や更新時に、対象労働者に対して無期転換ルールの特例を受けることを書面などで明示し、その内容を説明する必要があります。
具体的には、事業主には以下の対応が求められます。
① 高度専門職に対しては、プロジェクトに係る期間(最長10年)が、継続雇用の高齢者に対しては、定年後引き続いて雇用されている期間が、それぞれ無期転換申込権が発生しない期間であることを書面で明示するとともに、
②高度専門職に対しては、特例の対象となるプロジェクトの具体的な範囲も書面で明示すること(労働基準法第15条及び特定有期雇用労働者に係る労働基準法施行規則第5条の特例を定める省令)
※契約期間の途中で特例の対象となる場合についても、紛争防止の観点から、その旨を明示することが望ましい
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある