賃金仮払い仮処分
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
労働トラブルが発生したとき、労働者から賃金仮払い仮処分を申し立てられることがあります。
これは、解雇の無効などを訴える労働者が当面の賃金を確保するための手続きです。労働者を保護する役割が大きいため、比較的認められやすい措置となっています。
しかし、賃金仮払い仮処分が認められると、企業は“働いてない労働者”へ賃金を支払わなければなりません。また、その賃金は後々回収するのが難しいため、企業は大きな不利益を被るでしょう。
そこで、企業は仮処分の概要を理解したうえで、有効な対策をとることが重要です。本記事で詳しくみていきましょう。
目次
労働問題をめぐる仮処分とは
仮処分とは、労働紛争によって当事者が直面している危機や損害を回避するため、裁判所に暫定措置を求める手続きです。簡単にいうと、訴訟中に一時的な措置をとり、当事者の保護を図るものです。
なお、ここでいう危機や損害とは、身体的ダメージではなく、生活の困窮や財産の処分といった経済的なものを指すのが一般的です。
労働問題では、企業による解雇・雇止め・配置転換・賃金引下げ・執拗な退職勧奨などに不服がある労働者が、これらの取消(又は差止)を求め、仮処分を申し立てるケースが多いです。
ただし、仮処分には以下の2つがあり、「何を求めるか」によって手続きが異なります。
- 地位保全仮処分
- 賃金仮払い仮処分
賃金仮払い仮処分が利用されるケース
賃金仮払い仮処分は、トラブルが解決するまでの賃金を企業に請求する手続きです。主に解雇無効を争うケースで、労働者から申し立てられます。
解雇無効を訴えようにも、判決が出るまでにはかなりの期間を要します。また、その間給与は支払われないため、労働者の生活は苦しくなる一方です。そこで、企業に当面の賃金を“仮払い”させ、労働者を保護するのが目的とされています。
もっとも、“仮払い”といえど労働者の生活を維持するための資金ですので、後に企業が勝訴して解雇の有効性が認められても、仮払金を回収するのは難しいでしょう。
なお、賃金仮払い仮処分は、解雇だけでなく不当な配置転換による賃金引下げについて争うケースでも利用されることがあります。
また、この仮処分は単体ではなく、地位保全の仮処分(社員としての地位を求める手続き)と同時に申し立てられるのが基本です。
詳しくは以下のページをご覧ください。
被保全権利
被保全権利とは、労働者が求める権利関係のことです。賃金仮払い仮処分の場合、「労働契約に基づく賃金請求権」ということになります。
仮処分の申立人は、申立書でこの被保全権利の存在を明らかにしなければなりません。ただし、その根拠として立証までは求められておらず、権利関係が発生した事由(解雇・配置転換・賃下げされた事実等)を疎明すれば足りるとされています。
申立ての趣旨
申立ての趣旨は、申立書の冒頭に記載される項目です。求める仮処分の内容・範囲を明らかにするもので、「どんな権利をどれほど求めるのか」が簡潔に記載されます。
賃金仮払い仮処分の場合、支払いを求める賃金額と支払期間を明記するのが一般的です。例えば、「債務者(企業)は労働者に対し、○○に至るまで毎月~円を支払わなければならない。」等と書かれます。
また、金額はそれまでの賃金をベースに決めますが、支払期間はいくつかパターンがあります。代表的なのは、以下のものです。
- 本案の第一審判決言渡しに至るまで
- 本案の判決が確定するまで
- 〇年〇月〇日から1年間
なお、賃金仮払い仮処分は「社員としての地位」に基づくものですので、地位保全の仮処分と同時に申し立てられるのが一般的です。そのため、申立ての趣旨も1つとは限りません。例えば、「債権者は債務者に対し、雇用契約上の地位を仮に認めること。」等と記載されることもあります。
保全の必要性の判断基準
賃金仮払い仮処分は、相当の必要性がなければ認められません。具体的には、収入が途絶えたことで、労働者やその家族が重大な危険・損害に直面している場合(又はそのおそれがある場合)に限り、仮処分が認められています。
もっとも、仮処分は当事者の生活を維持するための制度ですので、その必要性は慎重に判断されます。
例えば以下のような場合、緊急性が高いと判断されやすいでしょう。
- 貯金が底をついている
- 頼れる親族がいない
- 再就職が難しい
一方、以下のような場合、仮払いの必要はないと判断される可能性があります。
- 多額の資産や貯金がある
- 副業による固定収入がある
なお、実務上ではこれらの事情に加え、仮払いによって企業が被る不利益の大きさも考慮されます。
労働者側の主張疎明
仮処分の必要性は、申立人が明らかにしないといけません(民事保全法13条2項)。
賃金仮払いにおいては、「労働者の収入だけで生計を立てていたこと」や、「収入が途切れた(又は減少した)ことで本人や家族の生活が困窮していること」等を主張する必要があります。要するに、判決を待っていられないほど緊迫している旨を明らかにします。
これらは、以下のような事情を根拠とするのが一般的です。
- 家族構成
- 同居家族の収入がない(又はほぼない)こと
- 家計の支出
- 副業などによる固定収入がないこと
- 預貯金や資産がないこと
仮払いが認められる賃金の額
仮処分は緊急事態から抜け出すための措置であり、以前(解雇前など)と同様の生活を保障するものではありません。また、他の社員の生活水準に合わせる必要もありません。
そのため、仮払いの金額は、労働者とその家族が生活できる最低限の範囲に留まる傾向があります。例えば、解雇直前の賃金や解雇前3ヶ月の平均賃金をベースに、家計や家族構成を踏まえて減額するのが一般的です。
また、賞与の請求は否定されるケースが多いです。ただし、就業規則で具体的な支給額や支給日が定められている場合、仮払いが命じられる可能性はあります。
なお、家賃補助などの諸手当も考慮されますが、通勤手当や食事手当など、労働者の生活に直結しないものは認められないのが一般的です。
残業代の取扱い
残業代は、仮払いの賃金に含まれないのが一般的です。というのも、残業代は“実際に”法定労働時間を超えて働いたときに初めて生じるのであって、当然に支払われるものではないからです。
ただし、解雇前の勤務実態から、在籍していれば残業していたことが明らかな場合に限り、残業代の支払いも命じられる可能性があります。
また、この考えはその他の割増賃金(休日労働手当や深夜労働手当)についても同様です。
仮払いされる期間
過去の賃金
仮払いの賃金は、基本的に過去に遡って請求することはできません。つまり、仮処分が決定するまでの賃金(審理期間中に履行期が過ぎた賃金)については、支給しなくて良いことになります。
この根拠としては、「仮処分決定前は賃金が支払われなくても生活できていた」という事実が挙げられます。
また、賃金仮払命令には強制力があり、企業はこれを拒否することができません。また、最終的に仮払金の返還を求めるのは難しいため、企業が負う不利益は大きいといえます。
そこで、過去の賃金まで保全を認めるべきではないと厳格に判断されるのが一般的です。
将来の賃金
将来の賃金も、際限なく認められるわけではありません。通常、仮処分の決定に併せて以下のような期限も設けられます。
- 本案訴訟の第一審判決に至るまで
- 仮処分決定(又は解雇日)から1年間
※東京地方裁判所では、仮処分決定後1年間と限定されるのが通例です。
これは、仮処分が労働者を救うための一時的な措置にすぎないからです。また、訴訟中に労働者が再就職する可能性もあるでしょう。
さらに、最終的に企業が仮払金を回収できる可能性が低いことから、期限を設けて企業の不利益を抑えるという目的もあります。
ただし、訴訟が長引き当初の支払い期間が終了した場合、労働者は再び仮処分を申し立てることができます。
仮処分に至る保全手続きの流れ
仮処分の手続きは、通常の裁判と同じような流れで進みます。
- 申立て
- 期日呼出状の送付
- 答弁書の提出
- 審尋
- 和解
※当事者が合意できれば、和解によって終了します。 - 仮処分の決定
ただし、賃金仮払い仮処分は緊急性が高いので、他の手続きよりもスピーディーに進みます。企業にも迅速な対応が求められるため、早めに弁護士に相談することをおすすめします。
詳しい流れは以下のページで解説していますので、ご覧ください。
仮払いを免れるために行う使用者側の主張疎明
仮払金は返還を求めるのが難しいので、できるだけ低額に抑えるのが望ましいでしょう。そこで、まずは労働者の主張に対し、根拠をもって反論する必要があります。例えば、以下のような事由が有効です。
- 労働者に十分な貯金や資産がある
- 親族の援助を受けられる
- 再就職が決まっている
- 副業や兼業による固定収入がある
よって企業は、これらの事実がないか労働者に説明を求め、仮払いの必要性を否定するのがポイントです。
一方、短期アルバイトや日雇い派遣で収入を得ていることや、失業保険の仮給付を受けていることだけでは、根拠として不十分でしょう。
なお、これらの事実がなくても、仮払いは生計を維持するのに必要な金額に制限されるのが基本です。そのため、労働者の家族構成などから具体的な生活費を計算し、最低限の金額を主張しましょう。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある