服務規律に基づく労働者への所持品検査について
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
職場の秩序や安全を守るため、労働者の所持品検査を実施する会社は多いです。しかし、いくら正当な目的でも、自身の持ち物を調査されることに抵抗がある労働者もいるでしょう。また、所持品検査は労働者のプライバシー侵害にもつながるため、会社としても慎重に対応する必要があります。
本記事では、服務規律における労働者の所持品検査について解説していきます。検査前や検査時の注意点を詳しくご説明しますので、あらかじめしっかり確認しておきましょう。
目次
労働者への所持品検査と服務規律
労働法分野において、所持品検査とは、業務命令により労働者の所持品を調べることをいいます。会社の秩序や安全を守るため、使用者には所持品検査を行う権限が観念できます。
ただし、所持品検査は労働者のプライバシー権の侵害にも繋がりかねません。
そのため、明確な根拠として所持品検査の概要や拒否した場合の措置をなるべく具体的に定め、かつ、労働者に周知徹底することが必要であり、実際に実施する場合でも合理的に必要な範囲にとどめるといった運用が求められます。
会社の服務規律の概要は、以下のページで解説しています。併せてご覧ください。
所持品検査を行う目的
所持品検査を行う目的は、以下のようなものがあります。
- 会社の金銭・製品・備品の横領を防ぐ
- 機密情報の持ち出しや漏洩を防ぐ
- 危険物や禁止されている私物の持ち込みを防ぐ
- 会社の秩序を維持する
これらを目的とした所持品検査であれば、必要性や合理性があるといえます。また、検査の必要性を明確にしておくことで、労働者の理解も得やすくなるでしょう。
なお、会社の秩序維持の重要性については、以下のページでより詳しく解説しています。
労働者のプライバシー等に関する問題点
所持品検査は重要な目的がある一方で、労働者の人格権やプライバシーを侵害するおそれもあります。人格権やプライバシー侵害にあたる場合、たとえ就業規則で定めていても、検査は不当と判断されることがあります。また、労働者とのトラブルに発展する可能性もあるため注意が必要です。
したがって、所持品検査は業務上必要な範囲の限りで実施することが重要です。
所持品検査の適法性
所持品検査は労働者のプライバシーに関わるため、無制限に許されるわけではありません。検査は業務上必要かつ合理的な範囲に留め、適法に実施することが求められます。
一方、労働者も労働契約を締結している以上、就業規則(服務規律)に従い会社の秩序を維持する責任があります。よって、所持品検査の内容が適法であり、それを拒否する特段の事情がない限り、労働者は検査を受ける義務があるとされています。
では、所持品検査の適法性はどのように判断するのでしょうか。この点、以下の4つの要件を満たせば適法とされるのが一般的です。
適法とされるための要件
所持品検査の適法性を判断する基準は、以下の裁判例が基本となっています。
【最高裁 昭和43年8月2日第二小法廷判決、西日本鉄道事件】
靴の中の検査を拒否したことで懲戒解雇された労働者が、会社に解雇の無効を訴えた事案です。
裁判所は、所持品検査の適法性の判断基準として、以下の4つを掲げました。また、これらの要件をすべて満たす場合、労働者は所持品検査に応じる義務があるとしました。
- 所持品検査を行う合理的な理由があること
・営業秘密の漏洩を防ぐため
・高価な物品を取り扱っているため
・労働者の着服を防ぐため - 所持品検査の方法・程度が妥当であること
・屈辱感や羞恥心を与えないよう配慮していること
・不要な身体検査を行わないこと - 所持品検査が制度として画一的に行われていること
・特定の労働者ではなく、労働者全員を対象にしていること - 就業規則等に基づいて行われていること
・所持品検査の概要が明示されていること
・所持品検査の規定が労働者に周知されていること
本事案の所持品検査は、これらの要件を満たすとして適法性が認められました。また、検査を拒否したことによる懲戒解雇も有効とされました。
労働者の私物検査の可否
労働者の私物検査(通勤用のマイカー等)は、プライバシー侵害にあたる可能性が特に高いです。そのため、検査は相当程度以上の必要性がある場合にのみ認められると考えるべきです。
条件としては、前項の4つの要件に加え、“業務との密接な関連性”が認められる必要があります。具体的には、会社から命じられ、業務上携帯・使用した私物の検査に限られるのが一般的です。
違法な所持品検査と法的責任
労働者の人格権やプライバシーを侵害するような所持品検査は違法であり、民法上の不法行為にあたります。よって、労働者から不法行為責任に基づく損害賠償請求をされる可能性があります。
過去の裁判例では、就業規則に明示しないまま検査を行ったケースや、着衣の上から手で触ったケース等で、会社に慰謝料の支払いが命じられています。
なお、所持品検査が違法の場合、検査の拒否を理由とした懲戒処分も無効となります。
また、労働者がいない時に勝手に所持品検査をした場合も、プライバシー侵害として不法行為責任が問われます。
違法な所持品検査の例
では、違法な所持品検査の例を具体的にみていきましょう。
- 身体検査
例:肉体に直接触れる検査、着衣の上から手で触る検査、下着姿にさせる検査など - 業務との関連性が低い検査
例:通勤用のマイカーの検査、業務上使用しない私物の検査など - 羞恥心又は屈辱感を与える検査
例:威嚇的な言動を行う、他の社員の前で所持品を晒すなど - 特定の労働者に対する検査
例:疑わしい者だけを対象にする、嫌がらせやみせしめ目的で検査するなど - 犯罪の捜査に類する検査
例:身体を拘束する検査、労働者の自宅を調べるなど - 就業規則等に基づかない検査
例:所持品検査の概要が明示されていない又は労働者に周知されていない、突発的な出来事が起きたときだけ検査を行うなど
上記のような検査は適法性を欠いており、認められないのが基本です。
所持品検査におけるジェンダー・性自認上の注意点
所持品検査では、ジェンダー・性自認を要因とする屈辱感や羞恥心を与えないよう特に注意が必要です。
例えば、女性社員に対する検査時に関していえば、女性検査員に実施させる、男性社員を同席させない、所持品が他の社員に見えないようにするといった配慮を施し、プライバシーを十分保護しましょう。
務規律の規定内容
所持品検査は、就業規則の規定に基づいて実施する必要があります。明示されていない内容で検査を行った場合、損害賠償請求などのリスクを負うためご注意ください。
また、就業規則では、以下の項目について具体的に定めておきましょう。
- 所持品検査を行う理由
・会社の金銭や製品、機密情報の不当な持ち出しを防ぐため
・危険物や禁止されている私物の持ち込みを防ぐため等 - 所持品検査を実施する時期
・毎日
・抜き打ち
・疑わしい出来事が発生したとき等
また、正当な理由なく検査を拒否した場合や、検査によって不当な所持が判明した場合、懲戒処分の対象となる旨も規定しておくことが必要です(懲戒事由)。
なお、規定は定めるだけでなく、労働者にしっかり周知することも求められます。
所持品検査の拒否に対する処分
所持品検査が適法な場合、労働者は基本的に検査を受ける義務があります。よって、不当に検査を拒否した労働者は懲戒処分の対象となりえます。
ただし、懲戒処分の有効性は、所持品検査を拒否した経緯・業務命令違反の態様・その後の態度等を踏まえて慎重に検討されます。よって、必ず懲戒処分が認められるとは限りません。
例えば、職場の秩序を乱す意図で所持品検査を拒否した場合、悪質性があり懲戒処分は有効とされる可能性があります。一方、所持品検査の拒否に悪意がなく、衝動的な行動である場合、懲戒事由として認められない可能性があるでしょう。
懲戒処分の詳細は、以下のページで解説しています。併せてご覧ください。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある