会社を破産する際の労務手続き|従業員の解雇や賃金の取り扱いなど
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
破産手続きは、倒産の中でも再建の見込みがない場合に行われるのが一般的です。会社そのものがなくなるため、基本的には従業員を全員解雇します。
このとき、業績不振が続いていれば、未払いの給与や退職金を残したまま破産手続きに入る場合もあります。そのような場合、会社側はどのような対応が必要でしょうか。
本記事では、破産時の労務手続きについて分かりやすく解説していきます。手続きの流れや注意点、従業員の救済制度などを取り上げますので、ぜひご覧ください。
目次
会社破産する際の従業員の取り扱い
会社が破産すると、雇用契約を解消するために、従業員は基本的に全員解雇されます。破産による解雇は、正当な手続きによるものであれば解雇権の濫用には当たりません。
とはいえ、突然の解雇に困惑しない従業員はいません。会社に貢献してくれた従業員のためにも、適切な解雇手続きを行うことが重要です。
また、破産申立て後も残務処理等で一部の従業員に働いてもらう必要がある場合には、申立て後も必要な期間に限り雇用契約を継続し、賃金を支払うことがあります。
解雇通知のタイミング
会社が破産するときには、破産手続開始申立てを行う前に、従業員全員を解雇しておくケースが多いです。これは、破産手続きが始まってから解雇すると破産管財人が行う手続きが増えてしまうため、余分な費用がかかってしまうからです。
そのため、事業を停止して破産手続開始申立ての準備に入る日に、全従業員を即時解雇することが一般的です。
ただし、従業員に解雇することを伝えるのが早すぎると、債権者に情報が漏洩して取り立てに来る等のトラブルが生じるリスクがあるため注意しなければなりません。従業員に伝えるのは、なるべく申立てに近いタイミングにしましょう。
解雇予告と解雇予告手当
破産時は、破産手続きの申立て前に従業員を即日解雇するのが一般的です。即日解雇とは、解雇を通知したその日に、雇用契約を打ち切る方法です。
通常、解雇するには解雇日の30日以上前に通知する必要がありますが(予告解雇)、会社が破産すると知りながら働き続けるのは従業員にとって酷といえます。
また、即日解雇であれば「離職票」などを早く発行できるため、従業員がすぐに失業保険を受給できるというメリットもあります。
これらの理由から、破産では即日解雇が現実的と考えられています。
ただし、即日解雇では、30日の解雇予告期間は設けないことになります。そのため、従業員に対し、それぞれの給与額に応じた解雇予告手当を支払う必要があります。
解雇予告と解雇予告手当について詳しく知りたい方は、以下の記事を併せてご覧ください。
解雇理由証明書の交付
従業員を解雇するときには、たとえ倒産に伴う解雇であったとしても、交付を求められたら解雇理由証明書を交付することが義務づけられています。
また、後の紛争を防止する趣旨から、解雇の際には、解雇の意思表示を書面に記載した解雇通知書は交付しておくべきでしょう。
解雇理由証明書とは、解雇の理由や解雇した日付等を記載する書面です。
解雇通知書とは、対象となる従業員を解雇する会社の意思や日付等を記載した書面です。
これらの書面を交付するときには、解雇日や解雇の事実について労使トラブルに発展することを防がなければなりません。そのため、解雇理由や日付等は正確に記載しましょう。
解雇理由証明書についてさらに詳しく知りたい方は、以下の記事を併せてご覧ください。
破産手続における未払い賃金や退職金の扱い
破産した会社は財務状況が悪いことが多いため、従業員に対して賃金や退職金の支払いができないケースもあります。未払い賃金や退職金がある場合には、従業員は労働の対価として会社に賃金を請求する権利(労働債権)を有する債権者となります。
労働債権についても、破産手続きの中で他の債権者と同じように請求します。
破産法上における労働債権の位置づけ
労働債権は、債権の中でも「財団債権」又は「優先的破産債権」に分類されます。これらの債権は一般の破産債権よりも優先的に支払われます。
優先的に支払われる債権の順序は、基本的に次のようになっています。
①財団債権 > ②優先的破産債権 > ③一般の破産債権 > ④劣後的破産債権
「財団債権」と「優先的破産債権」に該当する債権として、以下のものが挙げられます。
【財団債権】
- 未払い賃金のうち、破産開始決定前3ヶ月分の給与相当額
- 未払い退職金のうち、退職前3ヶ月分の給与に相当する金額
【優先的破産債権】
- 未払い賃金のうち、破産開始決定前3ヶ月を超える給与相当額
- 未払い退職金のうち、退職前3ヶ月分の給与を超える金額
- 解雇予告手当
未払賃金立替払制度による救済
未払賃金立替払制度とは、会社が破産したために未払いとなっている賃金を、国が代わりに支払う制度です。
実施主体は、全国の労働基準監督署や労働者健康安全機構です。
十分な資産がなく、賃金を支払えない会社にとって“救済措置”だといえます。賃金を支払うことが難しい状況であれば、従業員に対して制度の説明を行うようにしましょう。また、制度を問題なく利用できるように、賃金台帳や給与明細の控えなどの資料を揃えておきましょう。
もっとも、この制度は国が一時的に“立て替える”だけなので、事業主は後で国から弁済を求められることになります。
なお、立て替えてもらえるのは未払い給与の8割までです。また、従業員の退職時の年齢によって立替上限額が異なります。
退職日の年齢 | 未払賃金の上限額 | 立替払いの上限額 |
---|---|---|
30歳未満 | 110万円 | 110万円×0.8=88万円 |
30歳以上45歳未満 | 220万円 | 220万円×0.8=176万円 |
45歳以上 | 370万円 | 370万円×0.8=296万円 |
注意点として、未払い賃金が2万円未満の場合、本制度は利用できません。
また、賞与や解雇予告手当、福利厚生による手当、年末調整の還付金などは立替払いの対象外となります。
未払賃金立替制度を利用できる条件
未払賃金立替制度を利用する場合、破産手続きの決定日または倒産の認定日から2年以内に、従業員本人が申請する必要があります。また、以下の利用条件があるためご注意ください。
【会社の要件】
- 労災保険の適用事業で、1年以上事業を継続していること
- 倒産していること
- 法律上の倒産(破産、会社更生、民事再生など法的な破産手続きをとっていること)
- 事実上の倒産(再建の見込みがないことを労働基準監督署が認定していること)
【従業員の要件】
- 倒産手続き申立て6ヶ月前から2年間の間に退職していること
- 未払賃金額について、破産管財人の証明または労働基準監督署の認定を受けていること
従業員の解雇に伴う労務手続き
従業員の解雇に伴って、主に次の手続きが必要となります。
- 雇用保険の手続き
- 社会保険の手続き
- 源泉徴収票の交付
- 貸与品の回収・私物の持ち帰り
これらの手続きについて、以下で解説します。
雇用保険の手続き
雇用保険とは、いわゆる失業保険のことであり、失業した労働者が給付を受けられる制度です。
会社の破産による解雇は「会社都合退職」にあたるため、従業員にとって受給時に次のようなメリットがあります。
- 申請から7日の待機期間を経た後、すぐに失業手当が支給される
- 手当の支給期間が自己都合退職よりも長くなる
- 従業員の退職日から10日以内に「雇用保険被保険者資格喪失届」と「離職証明書」を作成する
- 上記の書類を解雇通知書の写しとともに管轄のハローワークへ提出する
- ハローワークから受け取った離職票を従業員に交付する
社会保険の手続き
解雇により、従業員は社会保険の被保険者でなくなるため、会社は従業員(被扶養者を含む)の保険証を回収して、資格喪失届とともに日本年金機構に提出する必要があります。
なお、解雇後に従業員が健康保険を使うには、国民健康保険に切り替えるか、社会保険を任意継続することになります。これらの手続きは、解雇された従業員が行う必要があります。従業員に家族がいる場合、社会保険の被扶養者になるという方法もあります。
源泉徴収票の交付
会社には、従業員が退職した日から1ヶ月以内に源泉徴収票を発行する義務があり、これは会社が倒産した場合にも同様です。従業員の確定申告や年末調整に必要なので、解雇による離職日までに発生した賃金などに基づいて源泉徴収票を作成して、速やかに従業員に交付するようにしましょう。
貸与品の回収・私物の持ち帰り
従業員に貸与している備品等は忘れずに回収しましょう。例えば、次のような物です。
- パソコン
- 携帯電話
- ETCカード
- クレジットカード
- 会社の鍵
回収漏れがあると紛失のリスクがあるだけでなく、私物化されてしまうリスク等もあります。また、退職後に郵送してもらう必要が生じる等、従業員に迷惑がかかってしまうおそれもあるので忘れずに回収しましょう。
同時に、従業員の私物はすべて持ち帰るように依頼しましょう。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある