事業譲渡とは?労働契約や従業員への対応など人事労務管理について
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
事業譲渡とは、自社の事業を切り離し、他社に引き渡す制度です。会社間の“取引行為”なので、契約内容を比較的自由に決めることができます。また、不採算事業だけを売却するなど、効率的な手法をとることも可能です。
しかし、事業譲渡はその事業に関わっている労働者に大きな影響を与えます。様々な不安を招くおそれがあるため、手続は慎重に進めなければなりません。
本記事では、事業譲渡の概要やメリット・デメリット、労働契約の承継等について解説します。事業譲渡を検討されている方は、ぜひ参考になさってください。
事業譲渡とは
事業譲渡とは、会社が行っている特定の事業を譲渡することです。事業譲渡することによって、不採算部門からの撤退やコア事業への集中ができます。また、対価としてまとまった資金を獲得できれば、より成長させたい事業に投資することが可能となります。
会社分割との違い
会社分割と事業譲渡との違いについて、一番大きい点は、事業を包括承継するか否かです。
会社分割の場合は、事業を包括承継するため、基本的には事業に伴う契約関係を個別に結びなおす必要がありません。そのため、取引契約や債務等も基本的にそのまま引き継がれます。
なお、労働契約については労働契約承継法に基づいて手続しなければなりません。これにより、分割される事業に自己の労働契約が承継される労働者とされない労働者の一部は異議を申し立てることができます。
事業譲渡のメリット・デメリット
事業譲渡のメリット・デメリットを表にまとめましたのでご確認ください。
なお、事業譲渡では、譲渡企業で働く従業員の雇用契約は、当然にそのまま譲受企業へ承継される訳ではありません。労働者本人の同意を得て、雇用契約を改めて結ぶことになります。
メリット | デメリット | |
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譲渡側 (売り手側) |
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譲受側 (買い手側) |
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事業譲渡における労働契約の承継について
事業譲渡では、譲渡される事業を担っていた労働者も一緒に移動するのが基本です。また、譲渡先(譲受会社)と新たに労働契約を結ぶ「転籍」という形をとります。
ただし、雇用主が自動的に変わるわけではなく、労働者本人の同意を得たうえで転籍させる必要があります。
もっとも、いきなり労働条件が変わるのは労働者にとって酷なので、転籍後も元会社(譲渡会社)と同じ内容の労働契約を結ぶ傾向があります。
つまり、業務内容や給与、勤務時間、勤務地、休日などは従来と変わらないケースが多いです。
また、一定期間は転籍前の労働条件を保証し、数年後に改めて協議するというケースもあります。
事業譲渡に伴う転籍同意書について
転籍同意書とは、事業譲渡に伴って譲渡先の会社に転籍することについて承諾したことを証明するための書面です。記載事項として、給与や労働時間等の労働条件や勤務地などが挙げられます。
注意点として、転籍すれば給与が大幅に上がる等の虚偽の事項を伝えて転籍に同意させると、転籍の同意が無効となるおそれがあります。
事業譲渡の流れ
労働契約の承継は労働者に大きな影響を与えるだけでなく、労働トラブルの元にもなります。
そこで、厚生労働省は事業譲渡等指針を策定し、労働契約の承継について注意点を定めています。
本指針の目的は、労働者自身の意思を尊重し、労働契約のスムーズな承継や労働者保護を図ることとされています。具体的には、次の手続が必要です。
- 労働組合等との協議
- 労働者との協議
- 労働契約の承継について労働者から承諾を得る
- 労働契約の承継
これらの手続について、以下で解説します。
労働組合等との協議
譲渡会社は、労働者との個別協議の前に労働組合等と事業譲渡について協議し、理解と協力を求める必要があります。
具体的には、過半数労働組合または過半数代表者を対象に、次の事項について説明・協議を行います。
- 事業譲渡の背景や理由
- 譲渡会社と譲受会社の「債務履行の見込み」
- 承継される労働者の範囲
- 労働協約の承継
労働協約の承継については、基本的に譲渡会社・譲受会社・労働組合の三者の合意によって決まります。
なお、協議を行っても、労働組合による団体交渉の申入れには応じる義務があります。正当な理由なく拒否した場合、不当労働行為となるためご注意ください。
また、近々組合員を雇用することが明らかなケース等では、譲受会社が団体交渉に応じるべき場合もあります。
労働者との協議
労働契約の承継が予定されている労働者と個別に協議を行い、転籍について承諾を求めます。 具体的には、以下の事項について説明・協議を行います。
- 事業譲渡全体の状況(譲渡会社と譲受会社の「債務履行の見込み」を含む)
- 譲渡後に勤める会社の概要や労働条件(業務内容、勤務時間、勤務地などを含む)
特に「債務履行の見込み」においては、転籍後も給与や賞与が問題なく支払われる見込みである旨を説明し、労働者を安心させましょう。
なお、労働者が代理人を立てた場合、会社は代理人と誠実に協議する必要があります。
労働契約の承継について労働者から承諾を得る
労働契約の承継に関する同意は、労働者の本心に基づく必要があります。執拗に承諾を求めたり、同意書にサインを強要したりすると、同意の効力が否定されかねないためご注意ください。
また、わざと虚偽の情報を教える行為や、解雇をちらつかせる等の強迫行為も認められません。
これらの行為があった場合、労働者に意思表示(同意)を取り消される可能性があります(民法96条1項)。
十分な検討期間を与えられるよう、個別協議は時間的余裕をもって行いましょう。
労働契約の承継
事業譲渡をする際、労働契約についても承継するためには、基本的に労働者本人の承諾を得なければなりません(民法625条1項)。
これは、事業譲渡が、譲渡する権利義務を個別に定める特定承継にあたるためです。つまり、承継する労働者・資産・債務の範囲について、会社間で自由に決めることができます。
ただし、特定の労働者を承継対象から外した場合、労働契約の承継を主張される可能性があります。
また、債務の履行を免れる意図や一部の労働者を解雇する意図で事業譲渡を行った場合、法人格の濫用にあたり、労働契約の承継が認められる可能性もあります。
事業譲渡を行う際の人事労務管理上の注意点
事業譲渡に伴って、労働者の一部を解雇することができるのか、社会保険などの手続をどうすればよいのか等について、以下で解説します。
解雇について
事業譲渡では、労働契約の承継に同意しない者も多いのが現実です。
しかし、転籍を拒否したことだけを理由に労働者を解雇することはできません。
また、「従事してきた事業がなくなったのだから仕方ない」などと解雇を突き付けることも認められません。
これらの行為は解雇権の濫用にあたり、解雇が無効になる可能性があります(労働契約法16条)。また、労働者から損害賠償請求されるおそれもあるため注意が必要です。
解雇の合理性については、以下の要素を考慮して判断されます。
- 人員整理の必要性(赤字が膨大である等)
- 解雇を回避するための努力(希望退職者の募集や退職勧奨を試みたか等)
- 解雇対象者の選定基準
- 解雇手続きの妥当性(労働者と十分協議したか等)
社会保険の手続きについて
事業譲渡に伴って労働者が転籍する場合には、以下の保険の手続が必要となります。
雇用保険
- 「新旧事業実態証明書」を管轄のハローワークへ10日以内に届け出る
そのとき、次の書類を添付する
・営業譲渡契約書
・譲渡元会社と譲渡先会社の登記簿謄本
・雇用保険被保険者名簿
・転籍同意書 - 「雇用保険事業所非該当承認申請書」を管轄のハローワークへ遅滞なく届け出る
そのとき、次の書類を添付する
・事業所非該当承認申請調査書 - 「雇用保険被保険者転勤届」を管轄のハローワークへ届け出る(同一事業主である場合)
労災保険
- 「保険関係成立届」を管轄の労基署へ10日以内に届け出る
- 「継続事業一括認可申請書」を管轄の労基署へ速やかに届け出る
- 「増加概算保険料の申告・納付」を管轄の労基署へ速やかに届け出る
※概算保険料額が当初の2倍以上になる見込みの場合のみ
健康保険、厚生年金保険
譲渡先の会社を管轄する年金事務所、健康保険組合へ5日以内に届け出る
有給休暇の扱いについて
事業譲渡の場合、労働条件がそのまま譲受会社に引き継がれるわけではありません。したがって、有給休暇の残日数も承継されず、リセットされるのが基本です。
しかし、この待遇に不満を抱く労働者は多く、納得してもらえるとは限りません。そこで実務上では、会社間の協議によって有給休暇の承継を認め、残日数をそのまま引き継ぐケースも多いです。
一方、「未消化の有給休暇を買い取ってほしい」と主張する労働者もいます。
通常、有給休暇の買取りには一定の条件がありますが、事業譲渡の場合、転籍者に対して例外的に買取りを認めることもあります。これによって労働者の理解が得やすくなり、手続きがスムーズに進むでしょう。
いずれにせよ、有給休暇は労働者の“権利”ですので、誤解を生まないよう十分協議することが重要です。
退職金について
退職金は勤続年数によって決まるケースが多いですが、事業譲渡の場合、承継予定労働者の勤続年数は引き継がれません。つまり、それまでの勤続年数はリセットされ、譲受会社で1年目からカウントされるのが基本です。
しかし、これでは労働者の不満を招くため、実務上は以下の対応がとられています。
譲受会社に退職金制度がある場合
会社間の合意によって、例外的に勤続年数を引き継ぐことがあります。その場合、退職金の算定基礎は「譲渡会社での勤続年数+譲受会社での勤続年数」となるため、勤続年数のカウントとしては、労働者の不利益はなくなります。
ただし、この場合、譲受会社が退職金債務を引き継ぐので、その分事業の買取り金額を下げるなどの措置がとられます。
また、譲受会社の退職金額が低い場合、譲渡会社で一度退職金を清算し、承継後は譲受会社の規定に従うケースもあります。
譲受会社に退職金制度がない場合
承継前に、それまでの勤続年数に応じた退職金を支払う(清算する)のが一般的です。所得税の計算などに注意して、適切な金額を支給しましょう。
なお、譲受会社に確定拠出年金制度などがある場合、譲渡会社での退職金に相当する額を移換し、譲受会社で運用できるケースもあります。
転籍を拒否する労働者への対応
労働者には転籍に同意する義務がなく、転籍を拒否する労働者をいきなり解雇することはできないため、基本的に譲渡会社に残留させる必要があります。
そのため、他の事業部に配置転換する等の措置が必要です。
もっとも、譲渡後に会社を解散する場合、転籍を拒否した者を含めた労働者は基本的に全員解雇となります。例えば、採算がとれる事業だけを移転し、その他の事業を清算するケース等が考えられます。
ただし、労働組合員など特定の労働者を解雇する目的で譲渡・解散を行った場合、法人格濫用にあたり、解雇の無効や労働契約の承継が認められることがあります。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある