組織再編・合併時の人事労務手続き|就業規則など労働条件や不利益変更
弁護士が解説する【吸収合併と労働条件】について
YouTubeで再生する監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
合併とは、複数の会社を1つに統合する組織再編の方法です。既存の会社を存続させて、そこに他の会社が加わる「吸収合併」と、新会社を設立してすべての会社が合体する「新設合併」の2つに分けられます。
本記事では、合併によって労働者の労働条件等を不利益変更する必要が生じた場合等における労務管理について詳しく解説していきます。ぜひ一度ご確認ください。
目次
合併による組織再編とは
組織再編とは、会社の組織を改める行為のことであり、会社法で定められている合併や株式交換、株式移転、会社分割等のことです。
それぞれの組織再編の方法がどのようなものかについては表をご確認ください。
合併 |
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株式交換 | 完全子会社となる株式会社の発行済株式のすべてを、完全親会社となる会社(株式会社または合同会社)に取得させる組織再編の方法 |
株式移転 | 完全子会社となる株式会社の発行済株式のすべてを、新しく設立する株式会社に取得させる組織再編の方法 |
会社分割 |
|
合併とは、複数の会社が同じ会社になる方法です。「吸収合併」であれば既存の会社に統合され、「新設合併」であれば既存の会社は解散して新会社に統合されます。
企業規模の拡大や人材の活用等を行いやすいため、組織再編の中でも合併は多く行われています。
合併では、労働条件等はそのまま承継されることになりますが、社内の混乱を防ぐために統一する必要があります。「吸収合併」では存続する会社の制度を用いることが多いと考えられますが、「新設合併」ではすべての制度を新たに作ることも考えられます。
合併のメリットとデメリットとして、以下のものが挙げられます。
【メリット】
・それぞれの会社が存続するよりもコストを削減できる
・資金がなくても組織再編ができる
【デメリット】
・手続きなどに手間や費用がかかる
・労働者等から反発を受けるおそれがある
合併後の労働条件統一の必要性
合併では消滅会社のすべての権利義務がそのまま承継されます。したがって、完全に他社に吸収される「吸収合併」でも、新会社に複数の会社を統合する「新設合併」でも、労働者の雇用契約や就業規則、労働条件などは従来のものが維持されます。
そのまま異なる就業規則や労働条件を適用することは可能ですが、労働者が不公平だと考えてしまうおそれがあります。そのため、合併前(又は合併後)に、承継先の就業規則を1つに統一しておくことが望ましいでしょう。
そのときには、労働者に適用される就業規則が変更されること等を周知して、消滅会社か新会社のどちらかの条件に合わせる方法と、新たな統一の規則等を作成する方法があります。
労働条件の不利益変更に関する注意点
労働条件の不利益変更には基本的に労働者の同意が必要であり、会社が勝手に行うことはできません(労契法9条)。労働者の同意が得られない場合には、新たな労働条件の運用を始めるまでに猶予期間を設けるなどの譲歩案を提示することが効果的です。
不利益変更が必要になるのは次のようなケースです。
- 合併する前の各社で赤字が続いており、人件費を削らなければ改善する見込みがないケース
- 会社によって退職金の水準に大きな開きがあり、高い水準に合わせると費用が高額になるケース
- 合併を機に成果報酬を導入するため、一部の労働者の給与が下がる
労働組合がある場合には、労働協約を締結することによって労働条件の不利益変更が可能です。なお、合併前に締結された労働協約についても、合併後に引き継がれます。
合併の場合に限らず、労働条件の不利益変更について詳しく知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
合併による労働条件の変更
合併による労働条件や就業規則などの変更について、以下で解説します。
就業規則
合併後、消滅会社の就業規則はそのまま承継会社に引き継がれます。そのため、承継対象者には元会社の就業規則が、もともと承継会社で働いていた者には承継会社の就業規則が適用され、人事管理がややこしくなります。
そこで、多くの場合には社内ルールを統一するために、承継対象者の就業規則を変更することになります。
もっとも、労働条件の不利益変更(引き下げ)にあたる場合には、就業規則を変更するために、基本的に労働者本人の同意が必要です。会社が一方的に変更するためには合理的な変更でなければなりません。
就業規則について全般的なことを詳細に知りたい方は、以下の記事を併せてご覧ください。
福利厚生
家賃補助や施設割引といった福利厚生も、基本的に消滅会社の規定がそのまま承継されます。したがって、承継会社でも従来の制度を利用することができます。
ただし、コスト削減などの理由から、福利厚生の一部が廃止または不利に変更されるケースはあります。例えば、社宅の廃止などが考えられます。
そのようなケースについても、あらかじめ労働者に十分な説明を行い、合意を得たうえで実行することが重要です。経営難などの事情があっても、会社が一方的に廃止することは基本的に認められません。
福利厚生の廃止等をするときには、代償措置を講じることがあります。例えば、社宅の廃止は労働者の生活にも影響するため、手当や補助を上乗せする等の措置が考えられます。
会社の福利厚生について全般的に知りたい方は、以下の記事を併せてご覧ください。
有給休暇
合併の場合、有給休暇の残日数や勤続年数もそのまま引き継がれます。そのため、承継会社が有給休暇の取得を拒否したり、勤続年数をリセットしたりすることは認められません。
また、合併後のタイミングで、有給休暇の買取りを求められるケースもあります。
しかし、有給休暇の買取りが認められるのは退職時の未消化分など例外的な場合に限られるため、応じないようにしましょう。
年次有給休暇とはどのような休暇であるかについて詳しく知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
給与
給与については、合併後に猶予期間を設けつつ、徐々に統一していくのが一般的です。
具体的には、合併前に新たな給与体系を定め、労働者に周知しておきます。このとき、合併後すぐに反映するのではなく、数年は従来の給与を保証するというケースが多いです。
なお、合併によって給与がアップする場合、差額分は調整給などの名目で支給することもあります。
業績が低迷している場合などの減給せざるを得ないケースでは、減給は労働条件の不利益変更にあたるため、基本的に労働者全員から個別に合意を得る必要があります。給与削減案などを作成・周知し、合意書を提出させるのが良いでしょう。
また、労働組合がある場合、減給に関する労働協約を締結するという方法もあります。労働者の4分の3以上が組合に加入している場合であれば、組合員・非組合員いずれにも労働協約の効果が及びます。
給与規定について全般的に知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
退職金
退職金とは、長年の功績や実績、長期間勤務してくれたことに対する功労金の意味合いで支給する金銭です。
合併時には勤続年数が引き継がれます。本来であれば合併前の基準による退職金が支給されますが、合併時に労働者や役員が新会社の労働条件に同意していれば、新会社の基準による退職金の支給を受けることになります。
また、双方の会社と労働者や役員の合意があれば、合併時に退職金を清算することも可能です。ただし、退職金の清算によって、合併時に多額の資金が流出することになるため注意しましょう。
合併時の退職金については、以下の記事でも詳しく解説しているので、ぜひご覧ください。
合併時の社員への通知義務
合併については、社員への通知義務がありません。これは、合併は労働者の意思に関係なく、すべての労働契約が包括的に承継されるためです。
そこで、労働者に不安を与えないよう、内部的に手続きを進めることも可能です。
しかし、合併後の労働条件の統一などについては労働者と協議する必要があります。特に労働条件を引き下げるときには揉めやすいので、早めに通知して合意を求めることが望ましいでしょう。
合併に伴う労働保険の手続き
吸収合併を行う場合には、吸収される会社は消滅するため、労働保険について様々な手続きが必要となります。
消滅会社と新会社において以下の手続きが必要となります。
書類名 | 目的 | 提出先 |
---|---|---|
労働保険確定保険料申告書 | 事業終了に伴う労働保険料の確定精算 | 労働基準監督署 ※保険関係消滅日から50以内に提出 |
労働保険料還付請求書 | 支払い済みの保険料が多いときに還付を受ける | 労働基準監督署 ※労働保険確定保険料申告書と同時の提出が望ましい |
雇用保険適用事業所廃止届 | 事業所の廃止に伴って提出を義務づけられている | ハローワーク ※廃止した日の翌日から10日以内 |
書類名 | 目的 | 提出先 |
---|---|---|
労働保険保険関係成立届 | 消滅会社の労働者との保険関係が成立したことを届け出る | 労働基準監督署 ※合併から10日以内 |
労働保険継続事業一括認可・変更・取消申請書 | 労働保険事務を一括して行うことを希望する | 労働基準監督署 ※適宜 |
労働保険増加概算保険料申告書 | 合併により賃金総額の見込額が2倍を超える等の事情があれば申告する | 金融機関、都道府県労働局、労働基準監督署 ※賃金の増加が見込まれた日から30日以内 |
雇用保険事業所非該当承認申請書 | 消滅会社の事業所が非該当になることの証人を受ける | ハローワーク ※必要がある場合には、労働保険継続事業一括認可申請書の手続き後に速やかに |
合併に伴う人員整理
合併には業務効率アップや資金力強化など様々なメリットがありますが、余剰人員が発生するリスクも伴います。そこで、人員整理が必要となります。
人員整理の方法としては次のものが挙げられます。
- ①配置転換
- ②希望退職制度
- ③退職勧奨
- ④整理解雇
希望退職制度とは、退職金を上乗せする等の優遇措置を提示して退職希望者を募る制度です。労働者のメリットも大きいため、人員整理を行うのに有効な手法といえます。
ただし、優遇措置の内容によっては優秀な人材が辞めてしまうというリスクがあります。また、退職希望者が多いと、逆に人手不足になるおそれもあります。
そのため、最終的には会社の承認が必要である旨も定めて実施しましょう。
人員が過剰になったときには①~③の方法により人員整理を行うのが一般的であり、それでも足りず、やむを得ない場合のみ④の方法を使うことができます。
人員整理の詳しい手順は、以下の記事をご覧ください。
合併時の役員・管理職の扱い
管理職(役職者)については、合併前後で待遇が変わってしまうことがあります。合併によって部署が統合されれば、各ポジションに余剰人員が生じるためです。つまり、合併後も管理職の座が保証されるわけではなく、降格することも十分あり得ます。
特に吸収合併の場合には、吸収される会社の管理職が降格されるケースが多いです。
ただし、降格には合理的な理由が必要であり、その判断基準は就業規則で明確に定める必要があります。これに違反した場合、人事権の濫用として降格が無効になるおそれがあるため注意しましょう。
役員については、承継会社の役員の地位は合併後も変わりません。よって、当初の任期満了まで役員を続行します。
一方、消滅会社の役員は、合併後当然に承継会社の役員に就任できるわけではありません。承継会社の役員となるには、合併前に、承継会社の株主総会で選任の決議を得ることが必要になります。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある