合併時の人事労務手続き|労働条件の承継や社員の処遇について
弁護士が解説する【吸収合併と労働条件】について
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監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
企業の合併とは、簡単にいうと、2つ以上の企業を合体させて1つの企業とする組織再編の手法です。
複数の企業を統合することで、経営基盤の強化など様々な効果が期待できます。
ただし、労働契約などの権利義務の引き継ぎ(承継)については、従業員に不利益が生じないよう注意して進める必要があります。
そこで本記事では、組織再編における合併の種類、労働契約の承継方法、人員整理を行う場合の注意点などについて詳しく解説していきます。
目次
組織再編の合併とは
合併とは、複数の企業が合体して、1つの企業になることをいいます。企業の組織再編の手法の一つで、主に事業拡大や組織力・資本力の強化などを目的に行われます。
また、グループ会社を統合することで、経営の効率化やガバナンスの強化といった効果も期待できます。
合併には、いずれかの企業に統合する「吸収合併」と、新たな企業を創立する「新設合併」の2種類があります。それぞれ目的や必要な手続きに違いがあるため、次項から解説していきます。
吸収合併
吸収合併とは、合併する企業の1社のみを残し(合併後に残る会社を「存続会社」といいます。)、他の企業の権利義務を“包括的に”承継させる手法です。
権利義務を引き継いだ企業は消滅し、存続会社に統合(吸収)されることになります。
早期にシナジー効果を得やすいことから、組織再編の中でも特に多く用いられている手法です。
ただし、株主総会の決議や債権者保護手続きなど煩雑な手続きを短期間で行うことになるため、スピーディーな対応が求められます。また、消滅会社の従業員が不安を抱くおそれがあるため、合併前に丁寧な説明を行い、理解を得ておくことが重要です。
新設合併
新設合併とは、複数の企業を統合し、新たな1つの企業を設立する手法です。
合併の対象となる既存の企業はすべて消滅し、消滅会社の権利義務は新設会社に承継されることになります。
新設合併は、主に事業拡大や競争力の強化などを目的に行われます。
例えば、同業の企業が合体することで、顧客や取引先が増え、売り上げが大きく増加することが期待できます。
ただし、吸収合併の場合とは異なり、新たな会社が設立されることとなることから、会社設立の手続きが必要となるため、手続きが複雑となるほか、消滅会社が取得していた認可が消滅してしまうため、新たに取得しなおす必要があるなど、多くの手間やコストがかかります。
そのため、吸収合併と比較して、利用されるケースは少ないのが実情です。
合併時の社員への告知義務
法律上、消滅会社の社員に合併を告知する義務はありません。
これは、合併時は労働者の意思に関係なく、すべての労働契約が存続会社に包括的に承継されるためです。
合併後も、従業員の労働契約は原則としてそのまま引き継がれるため、労働条件が大きく変わることは少なく、不利益を受ける可能性は低いといえます。そのため、合併する旨の事前告知も不要とされています。
しかし、法的には不要であるとしても、現実として、従業員の混乱や不安が発生する可能性も否定できないため、合併の目的や合併後の労働条件などは事前に告知しておくのが望ましいといえます。
説明が不足すると、社員のモチベーション低下や離職者の増加につながるおそれがあるため注意が必要です。
合併による労働条件の承継
合併では、消滅会社の労働契約は包括的に承継されるため、労働条件も変わらないのが基本です。
しかし、合併は、複数の会社を合一化する手続きであるため、合併後は複数の労働条件が併存し、労務管理が煩雑になりやすいことから、労働条件の統一を図るのが一般的です。
その場合、従来の労働条件を引き下げると「労働条件の不利益変更」にあたる可能性があるため、適切な手順を踏んで実施することが重要です。
合併後に調整が必要な労働条件としては、以下のようなものが挙げられます。
- 勤務形態
- 給与
- 福利厚生
- 有給休暇
- 雇用保険・社会保険
- 退職金
勤務形態
従業員の職種や勤務地、配属部署といった勤務形態は、雇用契約の範囲内であれば、本人の同意なく変更が可能です。例えば、営業職から企画職、同県内の事業所への異動などが考えられます。
また、元から全国転勤の可能性があった場合、合併後に転居を伴う異動を命じることも可能です。
これらの変更は組織再編の一環として必要なものなので、雇用契約の範囲を超えない限り、企業の権限で決定できるのが基本です。
また、管理職としての身分も変更される可能性があり、合併後に降格や異動を命じるケースも多くみられます。
特に部署の統廃合が行われた場合、同一部署に管理職の余剰が生じる可能性もあるため、消滅会社の管理職を中心に降格・異動させる傾向があります。
給与
給与については、合併後に猶予期間を設けつつ、徐々に統一していくのが一般的です。
具体的には、合併前に新たな給与体系を定め、従業員に周知しておきます。このとき、合併後すぐに反映するのではなく、数年は従来の給与を保証するというケースが多いです。
なお、合併によって給与がアップする場合、差額分は調整給などの名目で支給することもあります。
業績が低迷している場合などの減給せざるを得ないケースでは、減給は労働条件の不利益変更にあたるため、基本的に従業員全員から個別に合意を得る必要があります。給与削減案などを作成・周知し、合意書を提出させるのが良いでしょう。
また、労働組合がある場合、減給に関する労働協約を締結するという方法もあります。労働者の4分の3以上が組合に加入している場合であれば、組合員・非組合員いずれにも労働協約の効果が及びます。
給与規定について、より詳しく知りたい方は、以下の記事をご参照ください。
福利厚生
家賃補助や施設割引といった福利厚生も、基本的に消滅会社の規定がそのまま承継されます。
したがって、存続会社でも従来の制度を利用することができます。
ただし、コスト削減などの理由から、福利厚生の一部が廃止または不利に変更されるケースはあります。
例えば、社宅の廃止などが考えられます。
そのようなケースについても、あらかじめ労働者に十分な説明を行い、合意を得たうえで実行することが重要です。経営難などの事情があっても、会社が一方的に廃止することは基本的に認められません。
また、従来の福利厚生を廃止する場合、何らかの代替措置を講じるのが望ましいといえます。特に社宅の廃止等は従業員の生活にも影響するため、手当や補助を上乗せするなどの代替措置を検討するのが良いでしょう。
企業の福利厚生について、より詳しく知りたい方は、以下の記事をご参照ください。
有給休暇
合併の場合、有給休暇の残日数や勤続年数もそのまま引き継がれます。そのため、承継会社が有給休暇の取得を拒否したり、勤続年数をリセットしたりすることは認められません。
また、合併後のタイミングで、有給休暇の買取りを提案するケースもみられます。
しかし、有給休暇の買取りができるのは、退職時の未消化分など例外的な場合に限られるため、合併時の買取りは基本的に認められません。
年次有給休暇の基本ルールについて、より詳しく知りたい方は、以下の記事をご参照ください。
雇用保険・社会保険
〈雇用保険〉
合併後に勤続年数がリセットされると、従業員は適切な失業手当を受給できないおそれがあります。
そこで、存続会社・消滅会社がともに、ハローワークに対して「同一事業主認定申請」を行うことで、合併前後の被保険者期間を通算できるようになります。
〈社会保険〉
健康保険や厚生年金については、消滅会社の資格を喪失し、存続会社で新たに資格を取得する流れとなります。
このとき、存続会社の対応が遅れると、病院受診時に従業員の立て替えが発生するおそれがあるため早めに対応することが重要です。
また、消滅会社においても、従業員から健康保険証等を回収したうえで、「被保険者資格の喪失手続き」を行う必要があります。
退職金
退職金とは、長年の功績や実績、長期間勤務してくれたことに対する功労金の意味合いで支給する金銭です。
合併後も勤続年数は引き継がれるため、退職金は原則として合併前の基準に基づいて支給されます。ただし、従業員が承継会社の労働条件の適用に同意していれば、承継会社の基準で退職金を支給することになります。
また、双方の企業と従業員の合意があれば、合併時に退職金を清算することも可能です。ただし、退職金を清算する場合、合併時に多額の資金が流出する可能があるため、注意が必要です。
合併時の退職金について、より詳しく知りたい方は、以下の記事をご参照ください。
労働条件の不利益変更には同意が必要
労働条件の不利益変更には基本的に労働者の同意が必要であり、企業が勝手に行うことはできません(労契法9条)。労働者の同意が得られない場合には、新たな労働条件の運用を始めるまでに猶予期間を設けるなどの譲歩案を提示することが効果的です。
不利益変更が必要になるのは次のようなケースです。
- 合併する前の各社で赤字が続いており、人件費を削らなければ改善する見込みがないケース
- 企業ごとに退職金の水準に大きな開きがあり、高い水準に合わせると費用が高額になるケース
- 合併を機に成果報酬を導入するため、一部の労働者の給与が下がるケース
労働組合がある場合は、労働協約を締結することによって労働条件の不利益変更が可能です。なお、合併前に締結された労働協約についても、合併後に引き継がれます。
労働条件の不利益変更について、より詳しく知りたい方は、以下の記事をご参照ください。
合併後の社員の解雇・リストラについて
合併後に余剰人員が生じたとしても、それを理由に従業員を解雇・リストラすることは認められません。
合併の場合、消滅会社の従業員や労働契約、就業規則などの権利義務は、存続会社に包括的に承継されるためです。
ただし、組織再編の一環として、希望退職者を募ることは問題ありません。
例えば、退職金を上乗せするなどの優遇措置を提示することで、希望退職に応じる従業員が増え、効率良く人員整理を図れる可能性があります。
また、退職に応じない意向を明確にしているにもかかわらず、退職を迫るなどの退職強要にあたる方法でなければ、退職勧奨により自主的な退職を促すことも可能です。
ただし、最終的に希望退職や退職勧奨に応じるかどうかは従業員の自由なので、執拗に退職を迫ったり、無理やり退職届を提出させたりした場合は“違法”となる可能性が高いです。
合併に伴う人員整理とその方法
合併により余剰人員が生じた場合、以下の順番で人員整理を試みるのが基本です。
- 配置転換
配属部署や職務内容、勤務地などを変更することをいいます。就業規則や雇用契約の範囲内であれば、基本的に本人の同意なく配置転換を命じることが可能です。 - 希望退職 退職金の上乗せなどの優遇条件を提示し、希望退職者を募る方法です。ただし、重要な人材まで辞めてしまうおそれがあるため、最終的には企業の同意を必要とするケースが多いです。
- 退職勧奨
従業員に対し、自主的な退職を促す方法です。強制力はなく、退職に応じるかは従業員の自由です。 - 整理解雇
経営悪化などを理由に、従業員との雇用契約を一方的に解除する方法です。人員整理の必要性や手続きの妥当性など、一定の要件を満たした場合のみ認められます。
人員整理の具体的な手順や注意点についてより詳しく知りたい方は、以下の記事をご参照ください。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある