過労死による労災認定の基準|企業の責任や行うべき対応
富山労基署が出血性胃潰瘍によりお亡くなりになられた事案について異例の労災認定したことについてYouTubeで配信しています。
労災認定されるためには、業務遂行性と業務起因性が要求されますが、業務起因性については業務と傷病との間に相当因果関係が必要になります。とはいえ、相当因果関係の内容は抽象的なため、実務上、脳血管疾患及び虚血性心疾患等や心理的負荷による精神障害については認定基準が定められています。
動画では、過労による労災が認められる基準の内容や、なぜ今回の富山労基署の労災認定が異例なのかについて解説しています。
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
過労死や過労自殺は労災に認定される可能性があり、また、それによって事業主はさまざまな法的責任を追及されるリスクがあるため十分注意が必要です。
厚生労働省の調査によると、令和4年度の過労死等による労災請求件数は3486件、支給決定は904件と前年度より増加しています。働き方改革が推し進められている昨今であっても、長時間労働などによって労働者が死に至るというケースは後を絶たないのが現状です。
本記事では、過労死や過労自殺で労災が認められる条件や、過労死等が発生してしまったときの企業への影響、過労死等の予防策などについて詳しく解説していきます。
目次
過労死とは
過労死とは、長時間労働や激務などによる疲労やストレスが原因となって、脳・心臓疾患や精神障害を発症し、死亡することをいいます。
具体的には、過労死等防止対策推進法2条において、次のように定義されています。
- 業務での過重な負荷によって生じた脳血管疾患又は心臓疾患による死亡
- 業務での強い心理的負荷によって生じた精神障害による自殺又は死亡
- 死亡には至らなかった、これらの脳血管疾患、心臓疾患、精神障害
つまり、死亡には至らないものの、過労を原因として脳・心臓疾患やうつ病などになった状態も「過労死等」として、「過労死等防止対策推進法」の対象となっています。
過労死の基準になる労働時間は「過労死ライン」と呼ばれており、時間外労働が「1ヶ月に100時間超え」「2~6ヶ月間に月平均80時間超え」に達すると、過労死であったと判断されやすくなります。
過労死ラインについて
過労死ラインとは、病気や死亡といった健康障害の発生リスクが高まるとされる時間外労働をいいます。
過労死ラインの内容は、次のとおりです。
●発症前1ヶ月の100時間を超える時間外労働
●発症前2ヶ月間~6ヶ月間における、月平均80時間を超える時間外労働
過労死ラインは労災認定の基準として使われており、この基準を超えて勤務した場合は、業務と健康障害発症との関連性が強いと評価され、労災認定されるリスクが高まります。
また、一般的に発症前6ヶ月を平均して月45時間超えの時間外労働を行うと、業務と発症との関連性が強まるとされるため注意が必要です。
なお、2021年には過労死ラインが見直され、残業時間が過労死ラインに達していなくても、これに近い残業時間や労働時間以外の負荷があるならば、業務と発症との関連が強いと評価されるようになりました。
例えば、「死亡直前の1週間がほぼ不眠不休」「職場環境が極めて高温多湿」「負担の大きな肉体労働の継続」等のケースでは、過労死と判断される確率が上昇すると考えられます。
2019年からの働き方改革に伴い、時間外労働の上限や罰則が定められています。詳しくは以下のページをご覧下さい。
過労死の労災認定基準
過労死の労災認定基準として、以下の2つが挙げられます。
- ①脳・心臓疾患の認定基準
- ②精神障害・過労自殺の認定基準
以下で各詳細について見ていきましょう。
脳・心臓疾患の認定基準
脳・心臓疾患の労災認定については、厚生労働省が公表する「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く)の認定基準」に従って判断します。
この認定基準では、脳・心臓疾患は長く生活する上で自然に発症することを前提とした上で、次のいずれかの状況下に置かれることで、「明らかな過重負荷」を受けて発症したと認められる場合に、「労災」として取り扱うとしています。
- ①長時間の過重業務
- ②異常な出来事
- ③短期間の過重業務
また、この基準では、上記の要件だけでなく、過労死として労災の対象となる疾病も具体的に定められています。
以下で、「労災対象となる疾病」と「労災の認定要件」について詳しく見ていきましょう。
労災対象となる疾病
労災補償の対象となる「業務上の疾病」として、以下の脳・心臓疾患が定められています。
脳血管疾患 |
|
---|---|
虚血性心疾患等 |
|
また、これに該当しない疾病であっても、業務起因性が認められる場合には、保険給付の対象となる場合(原因の特定できない脳卒中や急性心不全等のケース)があります。
①異常な出来事
発症直前から前日までにおける、強い精神的・身体的負荷がかかる突発的又は予測困難な事態や、急激で著しい作業環境の変化のことをいいます。なお、異常な出来事が発生した時間や場所が明確でないといけません。例えば、以下のような状況が挙げられます。
- 業務中に重大事故が発生し、その救護活動や事故処理に携わったことで強い精神的・身体的負荷を負った場合
- 猛暑の中、水分補給の機会が十分とれない状況で作業した場合
- 温度差が激しい場所を頻繁に行き来した場合
②長時間の過重業務
労働者が死亡する前の1ヶ月と、死亡する前の2ヶ月~6ヶ月を平均した労働時間について、時間外労働の長さを計算します。
また、時間外労働が基準に達していなくても、他に負荷の大きな要因があれば考慮されます。
代表的な要因として次のものが挙げられます。
- 1日の労働時間の長さ
- 勤務を終えてから次の勤務が始まるまでの短さ
- ●勤務する時間帯の変動の多さ
なお、労災が認定されるための「業務起因性」については、以下のページをご覧ください。
③短期間の過重業務
発症前おおむね1週間において、特に過重な業務に従事した場合です。
「特に過重な業務」とは、日常業務と比べ、特に重い精神的・身体的負荷がかかると“客観的に”認められる業務を指します。よって、さまざまな負荷要因を考慮し、同僚(又は同種)の労働者にとっても重い精神的・身体的負荷だといえる必要があります。負荷要因として、以下のようなものが挙げられます。
- 労働時間(長時間労働など)
- 不規則な勤務形態(交代制勤務など)
- 深夜勤務
- 出張が多いこと
- 作業環境(騒音・職場の気温など)
- 精神的緊張を伴うこと
精神障害・過労自殺の認定基準
過重労働によるストレス等によって生じた精神障害は、一定の認定基準を満たす場合、労災補償の対象になります。
また、労災にあたる精神障害を発症した労働者が自殺した場合も、労災補償の対象になり得ます。一方、「労働者の故意による死亡等については保険給付を行わない」と定められており、“自殺=故意”ではないかという考えもあります(労災保険法12条の2の2第1項)。
しかし、厚生労働省は、「業務上の精神障害によって」自殺が行われたと認められる場合には、故意には該当しないとしています(平成11年9月14日基発545号)。
なお、精神障害や過労自殺の原因は、過重労働だけでなくハラスメント等も挙げられます。そのため、会社は職場環境の改善にも取り組む必要があります。
職場における精神障害や過労自殺の現状について詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
労災対象となる精神障害
労災の対象となる精神障害は、「ICD-10」における国際疾病分類に準拠しています。具体的には、下表の障害を発症すると、労災が認定される可能性があります。
分類コード | 疾病の内容 |
---|---|
F0 | 症状性を含む器質性精神障害 |
F1 | 精神作用物質使用による精神および行動の障害 |
F2 | 統合失調症 統合失調症型障害および妄想性障害 |
F3 | 気分[感情]障害 |
F4 | 神経症性障害、ストレス関連障害および身体表現性障害 |
F5 | 生理的障害および身体的要因に関連した行動症候群 |
F6 | 成人のパーソナリティおよび行動の障害 |
F7 | 精神遅滞〔知的障害〕 |
F8 | 心理的発達の障害 |
(出典:https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/dl/120215-01.pdf)
このうち、業務との関連性が認められやすいものは、「F3(うつ病)」や「F4(急性ストレス反応)」になります。
なお、「F0(認知症や頭部外傷)」および「F1(アルコール・薬物障害)」は労災対象から除外されるためご注意ください。
精神障害や過労自殺によって労災が認定されるには、次の3つの要件を満たす必要があります。
- ①認定基準の対象である精神障害を発症していること
- ②精神障害の発症前およそ6ヶ月間に、“業務による強い心理的負荷”があったと認められること
- ③精神障害が、業務以外の心理的負荷や労働者自身の事情により発病したとは認められないこと
精神障害や自殺の原因(死因)は、さまざまなものが考えられるため、一概に労災と結びつけることはできません。そのため、上記のような要件を満たす必要があります。
なお、“業務による強い心理的負荷”とは、業務上の具体的な出来事が原因で発生したものをいいます。例えば、次のものが挙げられます。
- 業務中に発生した重大事故
- 業務上の重大なミス
- 突然の配置転換や退職
- 職場内での嫌がらせ
- 長時間労働
労働者の心理的負荷を減らすには、日頃から労働者のメンタルヘルスに配慮することが重要です。メンタルヘルス問題と労災のかかわりについては、以下のページでご確認ください。
長時間労働による心理的負荷
長時間労働による“強い心理的負荷”が認められるには、心理的負荷の強度が「強」であることが必要です。心理的負荷の強度は、厚生労働省が定めた「業務による心理的負荷評価表」に基づいて判定されます。
心理的負荷が「強」となる目安は、以下のとおりです。
“特別な出来事”としての“極度の長時間労働” |
|
---|---|
“具体的な出来事”としての長時間労働 |
|
他の出来事と関連した長時間労働 |
|
企業が負う損害賠償責任
事業主は、従業員が安全で健康に働けるよう配慮する「安全配慮義務」を負っています(労契法5条)。
過労死が発生した場合は、事業主が安全配慮義務に違反したとして、労働契約上の債務不履行や不法行為にもとづく損害賠償責任を遺族より追及される可能性があります。
また、労災保険からは慰謝料が支払われないため、労災がおりたとしても、従業員は企業に対し、別途慰謝料を請求できる可能性があります。この場合、企業側に請求される慰謝料などの賠償金額は高額となることが予想されるため注意が必要です。
さらに、過労死が発生した企業は社会的イメージが低下し、「ブラック企業」とみなされて、さまざまな社会的制裁を受けるリスクがあります。
その他にも、会社は過労死によって、刑事責任に問われるおそれもあります。次項で詳しく見てみましょう。
違法行為に対する罰則
違法行為 | 罰則 |
---|---|
時間外労働の上限規制違反 | 6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金 |
労災隠しによる違反 | 50万円以下の罰金 |
違法行為があった場合、会社は上の表のような罰則を受けるおそれがあります。
「時間外労働の上限規制違反」とは、労働基準法36条6項で定められた時間外労働の上限を超えて労働者を働かせた場合をいいます(労基法119条)。この規程は、2019年4月の「働き方改革」実施に伴い、新たに設けられました。
「労災隠しによる違反」とは、労災発生後に労働基準監督署への報告を怠ったり、虚偽の報告をしたりした場合をいいます(労安衛法120条5項)。
過労死等が発生した場合の企業の対応
過労死等が発生した場合、原因究明や再発防止のため、労働基準監督署による立ち入り検査が行われる場合があります。
検査では、主に次のような書類の提出が求められることが多いです。
- 雇用契約書
- 就業規則
- 賃金台帳
- 出勤簿、タイムカード
- 健康診断の結果
これらの資料は、事前に準備しておくべきでしょう。
また、検査後には、是正報告書を提出します。提出を怠ると再調査や送検といったリスクもあるため、しっかり対応することが重要です。
なお、労災発生時に会社がとるべき初動対応については、以下のページで詳しく解説しています。併せてご覧ください。
労災保険給付申請の協力
過労死が労災と認定された場合、遺族は以下のような労災保険給付を受けることができます。
- 遺族(補償)等年金
- 遺族(補償)等一時金
- 遺族特別支給金
- 遺族特別年金
- 遺族特別一時金
- 葬祭料
なお、労災によって労働者が死亡又は休業した場合、事業主は遅滞なく「労働者死傷病報告書」を労働基準監督署に提出しなければなりません(労安衛則97条1項)。
また、事業主は、遺族が労災申請に用いる「労災保険給付等の請求書」において、“負傷又は発病の年月日”と“災害の原因及び発生状況等”を証明する必要があります(労災保険法施行規則12条の2第2項)。
さらに、遺族本人による労災申請が難しい場合は、事業主は速やかに手続きを代行するなどして、協力しなければなりません(同規則23条1項)。
過労死等の予防・再発防止策の徹底
過労死等の防止策として、次のものが挙げられます。
- 労働時間を正確に把握し、労働者の残業時間を把握する
- 長時間労働をしている従業員に、産業医や社内看護師などへの相談を促す
- 健康診断の実施、結果に問題がある場合は再検査を促す
- ストレスチェックの実施
- 会社内外で従業員のストレスや悩みを相談できる窓口を整備する
- 有給休暇の取得率を上げる
- 勤務間インターバル制度を導入する
- ハラスメント防止対策を実施するなど
もしも過労死等が発生してしまった場合には、会社は再発防止策を徹底することが求められます。
その場合、まずは過労死等が発生した原因を究明する必要があります。また、過度な残業ができないように、残業を禁止する時間を設けて消灯する等の具体的な対策を行うことも重要です。
企業の様々な人事・労務問題は弁護士へ
企業側人事労務に関するご相談 初回1時間 来所・zoom相談無料※
企業側人事労務に関するご相談 来所・zoom相談無料(初回1時間)
会社・経営者側専門となりますので労働者側のご相談は受付けておりません
受付時間:平日 9:00~19:00 / 土日祝 9:00~18:00
平日 9:00~19:00 / 土日祝 9:00~18:00
※電話相談の場合:1時間10,000円(税込11,000円) ※1時間以降は30分毎に5,000円(税込5,500円)の有料相談になります。 ※30分未満の延長でも5,000円(税込5,500円)が発生いたします。 ※相談内容によっては有料相談となる場合があります。 ※無断キャンセルされた場合、次回の相談料:1時間10,000円(税込11,000円)
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある