労災の損害賠償額における減額事由
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
労災が発生した場合、会社は労働者に対して十分な補償をする必要があります。
ただし、会社が支払うべき損害賠償金は、事情によって相場よりも減額できる可能性があります。そのため、労働者の主張を安易に受け入れるのではなく、事情に応じて適切な金額を求めることが重要といえるでしょう。
本記事では、会社の損害賠償責任を軽減できるケースについて解説していきますので、ぜひ参考になさってください。また、ご自身の状況にあてはまる場合、具体的な減額幅は弁護士に相談されることをおすすめします。
目次
労災の損害賠償と減額事由
会社は、労災発生において「債務不履行」や「不法行為」といった責任がある場合、労働者への損害賠償責任を負います。なお、労働者に生じた損害は会社が加入する「労災保険」によって補償されるのが基本ですが、労災保険ですべての損害がカバーされるわけではないため注意が必要です。
ただし、会社が支払う損害賠償金は事情によって減額できる可能性があります。また、労災保険との二重取りを防ぐため、会社の損害賠償責任が控除される場合もあります。
具体的にどのようなケースで減額・控除が認められるのか、以下でみていきましょう。
会社の損害賠償責任については以下のページで詳しく解説しますので、併せてご覧ください。
過失相殺による減額
過失相殺とは、労災が発生した際、労働者にも落ち度(過失)がある場合、過失の度合いに応じて賠償金を減額することをいいます。
これは、民法418条において、「“債務の不履行”又はこれによる損害の発生・拡大について債権者の過失があった場合、裁判所はそれを考慮して損害賠償の責任・金額を定める」とされているためです。
また、同法722条2項でも、「“不法行為”について債権者の過失があった場合、裁判所はそれを考慮して損害賠償の金額を定めることができる」とされています。
過失相殺が認められるのは、主に“労働者本人の不注意によって負傷した場合”です。例えば、以下のようなケースが挙げられます。
- 足場を設置せずに工事を行い、地面に落下した
- 命綱を付けずに高所作業を行い、地面に落下した
- 使用が禁止された機械を使い、怪我をした
- 安全確認が不十分なままクレーン車を操縦・設置し、倒壊した
過失相殺の流れは、まず双方の「過失割合」を決め、それに応じて賠償金が減額されます。なお、過失割合は事故状況等を踏まえて個別具体的に判断され、「労働者30:会社70」のように表します。
損益相殺との先後関係
労働者が労災保険給付を受けている場合、給付額を限度として、会社の損害賠償責任が免除されます(損益相殺)。では、損益相殺と過失相殺をどちらも行う場合、どの順序で行うのでしょうか。
この点、最高裁判所は、「過失相殺を行った後に、労災保険給付などの既払い額を賠償金から控除する(相殺後控除説)」と判断しています。
ただし、相殺後控除説の場合、既払い額を控除してから過失相殺を行う“控除後相殺説”と比べ、労働者が受け取れる賠償額は減額します。以下のケースで実際に計算してみましょう。
【損害額1000万円、労災保険給付の既払い額400万円、労働者の過失40%】
・相殺後控除説
1000万円×(1-0.4)-400万円=200万円
・控除後相殺説
(1000万円-400万円)×(1-0.4)=360万円
そのため、相殺後控除説については、「労働者保護が不十分である」という指摘も挙がっています。
素因減額について
素因減額とは、労働者の身体的・精神的要素(素因)が労災発生の一因となったり、それによって損害が拡大したりした場合に、賠償額を減額することをいいます。
この場合、加害者に損害額すべてを負担させるのは不公平だとして、民法418条及び722条2項における「過失相殺」を類推適用するのが一般的です。
例えば、労働者に以下のような素因が認められる場合、賠償金が減額される可能性があります。
- 脳・心臓疾患などの基礎疾患
- 高血圧、肥満、糖尿病など、脳・心臓疾患の発症リスクを高めるもの
- うつ病などの精神疾患
ただし、これらの事情だけで必ず素因減額できるわけではありません。
素因減額が認められるには、上記素因が単なる身体的特徴ではなく「疾患」に該当することや、労災と素因に因果関係があることを会社が証明する必要があります。
また、精神疾患に基づいて素因減額を主張する場合、損害の程度が通常発生する範囲を超えていることや、精神疾患によって損害が拡大したことを証明する必要があります。
労災の損益相殺と控除の可否
労働基準法84条2項の類推適用により、「労災保険給付がなされた場合、“同一の事由”については、給付額の限度で会社の損害賠償責任が免除される」という損益相殺が認められています。
ただし、同一の事由とは、労災保険給付と損害賠償金の項目が同性質のものに限るとされています。例えば、労災保険から“療養給付”が支払われていれば “治療費”の賠償責任が、“休業給付”や“傷病年金”が支払われていれば“休業損害”の賠償責任が軽減されるということです。
また、労働者は精神的苦痛の補償として「慰謝料」を請求できますが、慰謝料は労災保険では補償されないため、会社が賠償責任を負うことになります。
会社が賠償責任を負う項目は、以下のページで詳しく解説しています。
未給付年金の控除
労災保険からは、“年金給付”がなされる場合もあります。例えば、労災での怪我によって後遺障害が残った場合、「障害補償年金」又は「障害年金」が支払われます。また、労災によって労働者が死亡した場合、その遺族に対して「遺族補償年金」又は「遺族年金」が支払われます。
年金給付については、“すでに支給された給付額”や“支給が確定した給付額”の限度で賠償金から控除できますが、“支給が確定していない将来分の給付”は基本的に控除できません。
ただし、未確定の給付についても、労災保険法附則64条において以下のような調整規定があります。
- 労働者又は遺族の年金給付を受ける権利が消滅するまでの間、会社は、前払一時金給付の最高限度額に相当する額を限度として賠償金の支払いを保留することができる
- 保留期間中に年金給付又は前払一時金給付がなされた場合、会社は、給付額を限度として賠償責任を免れる
任意労災保険の控除
会社が任意で労災保険に加入し、「労災上積み補償」を付帯している場合、労働者は通常の労災保険給付に加えて補償を受けることができます。
なお、労災上積み補償は労災保険の不足分を補うことが目的ですので、労災保険給付には影響しないのが基本です。また、上積み補償がなされた場合、給付額の限度で会社の損害賠償責任は免除されます。
ただし、労災上積み補償を設ける場合、その旨を就業規則で定めておく必要があります(労基法89条1項第8号)。また、就業規則では、労災保険給付との調整を行わない旨を明記したり、損害の程度に応じた補償金額を具体的に定めたりしておくことが重要です。
なお、任意保険に未加入でも、独自に労災上積み補償を設けることが可能です。ただし、上積み額が実際の損害を著しく下回るような場合、公序良俗違反(民法90条)に問われるおそれがあるため注意が必要です。
休業特別支給金の控除
特別支給金とは、労災保険法29条における「社会復帰促進等事業」の一環として、労災保険の給付に上乗せして支払われるものです。
社会復帰促進等事業は、労働者やその遺族の福祉の増進を目的としているため、損害の補償として支払われる労災保険給付とは性質が異なります。したがって、会社が支払う損害賠償金からも控除することはできないとされています。
なお、特別支給金には以下の9種類があり、労働者の怪我の程度によって支給項目が異なります。
- 休業特別支給金
- 障害特別支給金
- 遺族特別支給金
- 傷病特別支給金
- 障害特別年金
- 障害特別一時金
- 遺族特別年金
- 傷病特別年金
第三者行為災害の場合
通勤中の被害事故など、第三者の行為によって発生した災害を「第三者行為災害」といいます。第三者行為災害では、最終的には第三者(加害者)が損害賠償責任を負うことになります。
よって、第三者が先に損害賠償を行った場合、その賠償金額の限度で会社の災害補償義務が免除されます。
また、会社が先に損害賠償を行った場合、労働者が第三者に対して有する損害賠償請求権を会社が取得できるとされています(民法422条類推適用)。
その他、第三者行為災害にあてはまるケースや賠償金の調整については、以下のページをご覧ください。
賠償金が増額される事由
一方、労働者からの主張により、会社が支払う賠償金が増額される場合もあります。例えば、以下のようなケースで増額が認められやすいでしょう。
- 精神的苦痛が大きい
(労働者の顔に大きな傷跡が残った、労災による怪我で働けなくなった等) - 極めて重傷だった
(生死が危ぶまれる状態が続いた、手術を何度も行った等) - 会社の故意や重過失によって労災が発生した
(わざと怪我を負わせた、酩酊状態の加害労働者に業務を行わせた等) - 労災後の会社の対応が不誠実だった
(労災発生後に救護活動をしなかった、一方的に労働者の責任を主張する等)
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある