労災民事訴訟と示談の対応について
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
労災が発生すると、労働者から損害賠償請求をされる可能性があります。たとえ労災保険に加入していても、会社は保険給付とは別に賠償責任を負う場合があるため注意が必要です。
また、損害賠償請求をされた場合、その解決方法として「示談」又は「訴訟」があります。それぞれの手続きの流れやメリット・デメリットを把握し、スムーズな解決を図るのが望ましいでしょう。
本記事では、労災で損害賠償請求がなされた場合の示談・訴訟について詳しく解説します。実際に損害賠償請求をされてしまった方も、労災発生時に備えたい方も、ぜひ参考になさってください。
目次
労災民事訴訟について
労災発生において、会社は「安全配慮義務違反」や「不法行為」といった民事責任が問われる可能性があります。また、これらの責任が認められた場合、労働者は労災保険給付とは別に会社へ損害賠償請求をすることができます。
というのも、労災保険ですべての損害をカバーできるわけではなく、不足分については会社が補償責任を負うためです。
労働者から損害賠償請求された場合、まずは示談交渉をして双方の合意を試みますが、交渉が決裂した場合、裁判所の判決に委ねることになります。
ただし、裁判(訴訟)に発展すると、解決までに長期間かかる可能性が高くなります。早期に、かつ穏便に解決するためにも、示談交渉の適切な進め方を知っておくことが重要です。
会社が負う損害賠償責任の詳細は、以下のページで解説しています。併せてご覧ください。
労災認定との関連
労災が認定されたからといって、必ず会社が賠償責任を負うわけではありません。
損害賠償請求が認められるには、基本的に会社の「安全配慮義務違反」や「不法行為」といった責任が明らかである必要があります。
また、労災認定をするのは「労働基準監督署」ですが、その判断は裁判所を拘束するものではありません。よって、労災が認定されても、会社に対する損害賠償請求は棄却される可能性があります。
一方、労働者からの損害賠償請求が認められた場合、会社は、労災保険でカバーされない損害について補償しなければなりません。例えば、労働者の精神的苦痛に対する「慰謝料」等が挙げられます。
損害賠償金の項目については、以下のページでより詳しく解説しています。ぜひご覧ください。
労災における示談・訴訟の流れ
労災における損害賠償請求は、以下のような流れで進むのが一般的です。詳しくは次項からご説明します。
示談成立までの流れ
まず、労働者から、損害賠償請求の内容が記載された書面が送付されます。当該書面には、一般的に、請求する賠償金額や請求の根拠が記載されています。
また、会社は請求書に対する回答書面を作成し、労働者に返送します。ここでは、労働者の請求を受け入れるかどうか、受け入れないのであればどれほど減額を求めるのかといった点を詳しく記載することが重要です。なお、一度回答した内容の撤回・修正は基本的に認められないため注意しましょう。
その後、双方の主張に基づき、当事者同士で話し合いを行います。当事者が合意できれば示談成立となりますが、合意できない場合、訴訟で争っていくことになります。
労災民事訴訟の流れ
交渉において会社と合意できない場合、労働者は訴訟を提起(訴訟の前に労働審判の申立てをしてくることもあり得ますが、長くなるため本記事では省略します。)してくることが考えられます。
訴訟提起がなされると、裁判所から会社に「訴状等の副本」や「第1回期日の呼出状」が送付されます。
会社は、訴状に記載された内容の認否や反論などについて「答弁書」を作成し、期限までに裁判所へ提出する必要があります。また、呼出状の日程に裁判所に出頭することになります。
期日では、労働者が揃えた資料・証拠や双方の主張を踏まえ、裁判所が和解案を提示する場合があります。双方が和解案を受諾すれば「訴訟上の和解」が成立し、訴訟は終了します。一方、双方が和解案に合意できない場合、裁判所が一切の事情を考慮したうえで、損害賠償請求の可否や金額について判決を下すことになります。
示談について
示談とは、裁判所の手続きを踏まず、当事者の話し合いと合意によって問題を解決する方法です。法的には、和解契約を締結することになりますが、その要件として、民法上、「当事者が互いに譲歩し、争いをやめると約することによってその効力を生ずる」と定められています(民法695条)。
また、示談が成立した場合、相手に示談金(解決金)を支払うのが基本です。示談金は当事者が合意できればいくらでも良いとされますが、事情によっては高額な請求をされる可能性があるため注意が必要です(労災における示談金の詳細は、後程ご説明します)。
示談交渉の意義
示談交渉のメリットは、「問題の早期解決が図れる」ということです。特に弁護士に示談交渉を任せれば、専門的知識や経験をもとに、スムーズかつ柔軟な解決が期待できるでしょう。
一方、訴訟に発展した場合、解決までに相当期間を要するというデメリットがあります。相手への主張・反論や有効な証拠を揃えるには時間がかかりますし、相手が判決に納得できなければ控訴・上告がなされる可能性もあるためです。
また、特に労災で労働者が死亡した場合、訴訟における賠償金の相場が高額化しやすいため注意が必要です。
資料の開示請求について
労働者は、損害賠償請求にあたり、労働基準監督署へ「保有個人情報開示請求」を行うことができます。個人情報開示請求とは、労働者本人又はその遺族が、労働基準監督署が保有する個人情報を開示するよう請求できる制度です。例えば、以下のような資料が開示される可能性があります。
- 診療報酬明細書
- 労災認定に至った経緯にかかる資料
- 会社への実地調査の結果
- 労働者からの相談記録
また、労働者側は、これらの資料に基づいて損害賠償請求や訴訟提起をしてくると考えられます。そのため、労働基準監督署へ労災の報告をする際は、会社に不利な内容とならないよう留意すべきでしょう。ただし、虚偽の報告をすると罰則を受けるおそれがあるため注意が必要です。
示談金の決定
示談金とは、紛争を解決する代わりに、加害者(会社)が被害者(労働者)に対して支払うお金のことです。労災の場合、治療費・休業損害・逸失利益・慰謝料・見舞金等が含まれます。
ただし、先に労災保険給付がなされていた場合、同一の事由については、給付額の限度で会社の賠償責任が免除されます(労基法84条2項)。つまり、労働者が労災保険から“療養給付”を受けていれば“治療費”が、“休業給付”又は“傷病年金の給付”を受けていれば“休業損害”が、会社の賠償責任から控除されるということです。一方、労働者の精神的苦痛に対する「慰謝料」は、労災保険では一切補償されないため、会社が支払う必要があります。
また、会社が任意で「労災上積み補償」に加入している場合、労働者は労災保険給付に加えて補償を受けることができます。この場合も、給付額の限度で会社の賠償責任は免除されます。
その他、労災発生について労働者にも落ち度がある場合、「過失相殺」によって賠償金を減額できる可能性があります。また、労働者の既往症や基礎疾患によって労災が発生・拡大した場合、「素因減額」として賠償金の減額が認められる場合もあります。そのため、労働者からの損害賠償請求には安易に応じず、適切な金額を主張することが重要です。
死亡災害における示談金
労災によって労働者が死亡した場合、損害賠償請求ができるのは遺族となります。
このとき、会社は慰謝料だけでも「労働者本人の慰謝料」と「遺族固有の慰謝料」の2つを支払う必要があります(慰謝料の他、逸失利益や葬祭費用等も支払う必要があると判断される可能性がありますので、注意が必要です。)。死亡災害の場合、家族を亡くした遺族も大きな精神的苦痛を負うためです。
「労働者本人の慰謝料」を請求できるのは、死亡した労働者の法定相続人です。つまり、労働者の配偶者・子供や孫・父母や祖父母・兄弟姉妹が受け取れる可能性があります。
一方、「遺族固有の慰謝料」については、労働者の配偶者・子供・父母に請求権が認められています(民法711条)。また、内縁の妻や夫でも、事実上夫婦と同視できる場合は配偶者とみなし、遺族固有の慰謝料を受け取れる可能性があります。
なお、死亡慰謝料の相場は、労働者の“家庭での立場”によって異なりますが、一般的に2つの慰謝料を合わせて“2000万~2800万円”とされています。
示談書の作成と法的効力
示談金について合意できたら「示談書」を作成し、合意内容を書面に残しましょう。また、当事者双方が署名捺印又は記名押印しておくことも重要です。書面に残すことで、後に言った言わないのトラブルが起こるのを防止できます。
なお、示談書は当事者間の取り決めにすぎず、法的拘束力は基本的にありませんが、合意内容の有力な証拠となります。よって、労働者が示談書をもって訴訟提起した場合、裁判所は示談書に沿った判決を下すと考えられるため、会社が支払義務を免れるのは難しいでしょう。
一方、合意内容を「公正証書」に残した場合、強い法的拘束力が備わります。というのも、公正証書は国によって任命された「公証人」が作成する信憑性の高い文書だからです。したがって、公正証書がある場合、労働者は訴訟を提起することなく「強制執行」の手続きをとり、会社から賠償金を回収することが可能になります。
労災民事訴訟における争点
労災民事訴訟の判決は、労働基準監督署が認定する労災認定の結果に拘束されるものではありません。よって、裁判所は、労災について個別的に検討し、損害賠償請求の可否を判断します。
訴訟で争点となりやすいのは、以下のような点です。
・業務起因性があるか
損害賠償請求が認められるには、労働者の負傷、疾病、障害又は死亡と業務の間に因果関係があることが必要です。例えば、労働者が疾病を発症する直前に長時間の残業をしていた場合や、腰に過度の負担がかかる業務に従事して腰痛を発症した場合、業務起因性が認められる可能性があります。
・会社に安全配慮義務違反があったか
会社は、労働者が安全に働ける環境を整備する「安全配慮義務」を負っており、これに違反する場合、損害賠償請求が認められる可能性があります。
安全配慮義務の例としては、災害・疾病防止のために必要な安全・衛生設備の設置や、作業の指揮監督管理、機械や薬品の取扱いに関する指導・教育等が挙げられます。
・客観的な証拠があるか
裁判所は、業務起因性や会社の義務違反に関する証拠も重視します。例えば、長時間労働を裏付ける出勤簿や業務日誌等は有効な証拠となるでしょう。
立証責任の所在
業務起因性や会社の安全配慮義務違反を争う場合、労働者と会社どちらが立証責任を負うのでしょうか。この点、過去の判例では、義務の内容を特定し、かつ、同義務違反の事実を主張立証する責任は“被害者側(労働者側)”にあるとの判断がなされています(最高裁 昭和56年2月16日第二小法廷判決、航空自衛隊航空救難郡芦屋分遣隊事件)。
労災訴訟の賠償額
労災訴訟で決定される賠償額は、事故態様や個別事情によりケースバイケースです。
労働者にも過失や素因があれば減額できたり、反対に労働者の怪我の程度等によっては増額されたりすることもあります。
ただし、訴訟に発展した場合、示談で解決するよりも賠償金が高額化する傾向にあります。訴訟では、労働者は証拠を揃えて説得力のある主張をしたり、弁護士を立てて強気に争ってきたりする場合があるためです。
会社が賠償責任を負う項目や、賠償金を減額させるための方法は、それぞれ以下のページで解説しています。併せてご覧ください。
労災訴訟にかかる期間
労災訴訟に発展すると、示談よりも解決までに長期間かかるのが一般的です。労働関係訴訟の平均をみると、訴訟の申立てから判決まで“1~2年程”かかっています。また、期日は平均で“8~9回”行われています。
これほど長い期間がかかるのは、訴訟においては、両当事者の主張を踏まえ、客観的資料や関係者の供述等の証拠に基づく慎重な判断がなされるからです。
さらに、当事者は、判決に不服がある場合、地方裁判所のみでなく、高等裁判所や最高裁判所で審理を受けることができます(三審制)。よって、当事者が判決に不服な場合や、徹底抗戦の構えがある場合、最高裁判所での争いにまで発展する可能性があり、その場合、紛争がより長期化することもあり得ます。
会社は、訴訟がいたずらに長期化しないよう、労働者の主張に対する反論やその証拠を十分に揃え、説得力のある主張をする必要があるでしょう。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある