通勤災害の認定について
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
労災は、労働者の業務中に発生するとは限りません。出勤途中や帰宅途中に発生した事故も、「通勤災害」として労災補償の対象になり得るため、事業主は注意が必要です。
「どのようなケースが通勤災害にあたるのか」「どのような補償がなされるのか」といった点をしっかり把握しておくことが重要でしょう。
本記事では、通勤災害が認定されるケースについて具体例を交えて解説します。また、労働者に対する補償や会社が負う責任についてもご説明しますので、ぜひご覧ください。
目次
通勤災害の定義
2種類ある労災のうち通勤災害とは、例えば次のような態様をいいます。
<労働者が通勤中に被った負傷・疾病・障害又は死亡>
- 通勤中に駅の階段から転倒して怪我をした
- 取引先に向かう途中で交通事故に遭い、怪我をした
- 業務に必要な書類を家に忘れ、取りに戻る途中で怪我をした
といったケースです。
ただし、「通勤中」というには具体的な認定基準があり、当該認定基準を満たさなければ通勤災害と認められません(認定基準の詳細については後述します)。
一方、業務災害とは、「労働者が業務上被った負傷・疾病・障害又は死亡」をいいます。業務災害にも具体的な認定基準があり、詳しくは以下のページで解説しています。
なお、労災全般について詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
通勤災害の補償内容
通勤災害が発生した場合、以下のような労災保険給付がなされます。
- 療養給付(通勤災害の場合、労働者に一部負担金が発生します。)
- 休業給付
- 傷病年金
- 遺族給付
- 介護給付
- 障害給付
- 葬祭給付
ただし、どの給付金が支給されるかは労働者の被害状況によって異なります。給付金の内容や支給要件は以下のページで解説していますので、併せてご覧ください。
通勤災害発生時の対応
通勤災害発生時、事業主は迅速かつ適切な対応をとる必要があります。対応を怠った場合、事業主はさまざまな責任に問われたり、損害賠償請求がなされたりする可能性があるため注意が必要です。
事業主に求められる対応は以下のページで詳しく紹介しますので、ぜひご覧ください。
通勤災害の認定基準
通勤災害と認定されるには、労災保険法7条2項が定める「通勤」の要件を満たさなければなりません。
同項における通勤とは、就業にかかわる以下に挙げる移動について、その経路や移動手段が合理的であることを指しています。ただし、業務の性質を有するものは除外とされていますので注意が必要です。
- 住居と就業場所の間の往復
- 就業場所から他の就業場所への移動
- 単身赴任先住居と帰省先住居の間の移動
なお、同法7条3項では、移動に際し違った経路をたどったり、中断したりした場合、その間及びその後の移動は「通勤」にあたらないとしています。ただし、日常生活を送るうえで必要な行為や厚生労働省令によって定められた行為による逸脱や中断である場合、その後の移動は「通勤」にあたるとされています。
条文の内容について、以下で具体的にみていきましょう。
就業との関連性
「就業に関し」とは、「移動と就業に密接な関連性があること」をいいます。
具体的には、“災害が発生した当日に現実に就業していた”場合、就業関連性があるといえます。また、出勤ラッシュを避けるために早出をした場合や、タイムカードを押し忘れたため会社に戻ってきた場合も、就業関連性が認められるのが通常です。
一方、終業後に私的行為(サークル活動等)を行い、その帰路で事故に遭った場合、“私的行為の時間の長さ”等を踏まえて就業関連性の有無を判断することになります。
なお、「単身赴任先住居と帰省先住居の間の移動」については、就業日の前日から翌日にかけて行われたものであれば、就業関連性が認められます。
「住居」の定義
「住居」とは、「労働者が日常的に居住する場所で、就業するための拠点になるところ」です。よって、自宅以外の場所でも住居にあたる可能性があります。
例えば、自宅とは別に会社近くのアパートを借り、そこから通勤している場合、そのアパートが住居となります。
また、台風・地震といった自然災害や交通ストライキ等により帰宅できず、ホテルに泊まった場合、そのホテルを住居とみなすのが一般的です。この場合、“やむを得ず一時的に居住を移したもの”と判断されるためです。
「就業場所」の定義
「就業場所」とは、「業務を開始又は終了する場所」をいいます。一般的に、会社・工場・店舗などが該当するケースが多いです。
一方、外勤業務に従事し、特定の区域を担当している労働者の場合、複数の用務先と自宅の間を往復することになります。その場合、“自宅を出てから最初の用務先”が業務開始の場所として、また、“最後の用務先”が業務終了の場所として、就業場所にあたります。
合理的な経路及び方法
「合理的な経路及び方法」とは、常識的に考えて、労働者が通勤時に用いるのが一般的であると認められる、すべての経路及び方法を指します。よって、会社への届出と一致していなかったり、最短ルートでなかったりしても、その経路や方法が合理的であれば通勤災害と認められます。
また、「合理的な経路」には、渋滞や電車遅延といった当日の交通事情による迂回等、やむを得ない事情のある経路も含まれます。
一方、特段の理由もなく著しく遠回りとなる経路を利用した場合、合理性は認められません。
「合理的な方法」については、鉄道やバスといった公共交通機関・自動車や自転車・徒歩等、常識の範囲内で用いられる交通方法が該当します。
業務の性質について
上記の要件を満たしていても、「業務の性質を有する移動」の場合、通勤にはあたりません。業務の性質を有する移動とは、会社が提供する交通機関(シャトルバス等)を利用して出退勤する場合などです。
上記のような移動中に事故に遭った場合、通勤災害ではなく「業務災害」として認められる可能性があります。業務災害の認定要件については、以下のページをご覧ください。
通勤の逸脱・中断
まず、通勤の「逸脱」「中断」とは、どのようなものか理解しておきましょう。
通勤の逸脱:通勤途中に、就業や通勤とは関係ない目的で合理的な経路をそれること
通勤の中断:通勤経路上で通勤とは関係ない行為を行うこと
通勤の「逸脱」「中断」がなされた場合、その間及びその後の移動は基本的に通勤にあたりません。
ただし、「逸脱」「中断」が、“日常生活上必要な行為”として厚生労働省令で定められた行為に該当し、やむを得ない事由により最小限度の範囲で行われたものである場合、その後合理的な経路に復帰した後の移動は再び通勤と扱われます(労災保険法7条3項)。
厚生労働省令で定められた「通勤の逸脱・中断の例外」にあたる行為は、労災保険法施行規則8条で以下のとおり列挙されています。
- 日用品の購入やこれに準ずる行為
- 職業訓練や学校教育、その他これらに準ずる教育訓練であり、職業能力の開発向上に資するものを受ける行為
- 選挙権の行使やこれに準ずる行為
- 病院や診療所において診察や治療を受ける行為、またこれに準ずる行為
- 要介護者状態の配偶者・子・父母・孫・祖父母及び兄弟姉妹並びに配偶者の父母を介護すること(ただし、継続的又は反復して行われる介護に限る)
なお、通勤途中における短時間の休憩等も、「通常の通勤に随伴する行為」のため、「逸脱」「中断」にあたらないとされています。
通勤災害となる行為について
では、実際にはどのような行為が通勤災害と認められるのでしょうか。
“通勤災害にあたる行為”と“通勤災害にあたらない行為”に分け、それぞれ具体例をご紹介します。
通勤災害にあたる行為
次に挙げる行為は、それぞれ以下の観点から通勤災害と認められます。
「就業関連性」が認められる例
- 出退勤中、業務に必要な書類や備品を忘れたことに気付き、自宅や会社に引き返した
- 休憩時間中、昼食をとるために一時帰宅した
- 終業後、ごく短時間の私的行為(サークル活動等)を行ってから帰宅した
「合理的な経路又は方法」と認められる例
- マイカーで通勤中、同一方向にある妻の職場を経由して出勤した
- 子供を預けるため、保育所を経由して出勤した
通勤の「逸脱」・「中断」だが、「日常生活上必要な行為」と認められる例
- 退勤途中に、食品や日用品を購入するためスーパーマーケットに立ち寄った
- 退勤途中に、単身者が食事をするため飲食店に立ち寄った
「通常の通勤に随伴する行為」と認められる例
- 通勤経路近くの公衆トイレを利用した
- 通勤経路近くの公園や駐車場で短時間の休憩をとった
- 通勤経路近くでタバコや飲み物を購入した
通勤災害にあたらない行為
次に挙げる行為は、それぞれ以下の観点から通勤災害とは認められません。
「就業関連性」が認められない例
- 休日に会社の運動施設を利用するために出社した
- 会社が主催するクラブ活動に任意参加した
- 終業後、同僚との懇親会に参加してから帰宅した
「住居と就業場所の間の往復」と認められない例
- 出勤前に自宅の敷地内で転倒した
- 始業前に会社の敷地内で転倒した
「合理的な経路及び方法」と認められない例
- 通行禁止道路を走行した
- 自転車で二人乗りや蛇行運転といった危険な運転をした
「通勤の逸脱・中断」となる例
- 居酒屋や映画館といった施設に立ち寄ってから帰宅した
出張先へ移動中の災害
自宅から出張先に直行している途中で災害が発生した場合、通勤災害にはあたりません。
出張先への移動は、実質的に事業主の管理下にあり業務の性質を有するといえるため、「業務災害」に該当します。ただし、出張先へ向かう途中で観光する等「積極的な私的行為」があった場合、業務災害とは認められない可能性があります。
複数就業者の通勤災害
労働者が副業している場合も、通勤災害は認められます。例えば、本業であるA社での業務終了後、副業をするB社に向かう途中で事故に遭った場合です。
この場合、“B社で業務を行うための移動”といえるため、B社の労災保険によって補償がなされます。
ただし、保険給付額については、“A社・B社から支給される賃金の合計額※”を基礎として算定されます(労災保険法8条3項)。
※労災保険法改正後の内容です。令和2年9月1日より前に発生した災害については、“B社(移動先)から支給される賃金”を基礎として保険給付額が算定されます。
第三者行為災害について
第三者行為災害とは、労災保険の当事者(政府・事業主・受給権者)以外の第三者によって発生した災害をいいます。例えば、以下のような場合です。
- 通勤中に交通事故に巻き込まれて負傷した
- 通勤中に他人が散歩させていたペットに噛まれ怪我をした
- 駅員が、乗客に注意したところ暴行を受けた
第三者行為災害では、災害の原因を作った“第三者”が最終的な損害賠償責任を負うべきとされています。一方、被災した労働者は“労災保険”に対しても保険給付金を請求できるため、二重でお金が支払われるという不合理な事態が起こりかねません。
そこで、第三者行為災害が発生した場合、以下のような措置によって労災保険と損害賠償についての調整がなされることがあります。
民事賠償との調整
労災保険法12条の4では、労災保険給付金と損害賠償金の二重取りを防ぐための措置が定められています。具体的には、政府による「求償」「控除」という2つの措置があります。
- 求償:被災者が先に“労災保険給付金”を受け取った場合、政府は、その給付額を限度として、被災者が第三者に対して有する損害賠償請求権を取得できる(同条1項)。
- 控除:被災者が先に“民事損害賠償金”を受け取った場合、政府は、その賠償額を限度として、被災者に支払う労災保険給付金を減額できる(同条2項)。
通勤災害における企業の損害賠償責任
通勤災害は、事業主の直接の支配・管理下にない状況で発生するものです。
そのため、通勤災害の発生によって事業主の個別責任が問われる可能性は低いと考えられます。また、通勤災害の場合、事業主は労働基準法における災害補償義務も負わないとされています。
ただし、労災の発生により事業主はさまざまな民事責任が問われ、労働者側から損害賠償請求がなされる可能性があるため注意が必要です。
具体的にどのような責任が考えられるのか、以下のページで解説しています。ぜひご覧ください。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある