従業員の疾病による「就業禁止」企業が取るべき対応について
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
毎年流行しているインフルエンザや、その他の感染症は感染力が強く、人から人へ、あるいはまれに動物から人へといった感染が認められています。そのような感染症や重度の疾病に罹患した労働者がいた場合、使用者はどのような対応を講ずるべきなのでしょうか?
本記事では、労働者が感染症に罹患した場合に使用者がとるべき対応について解説していきます。
目次
労働者の疾病などによる就業禁止
使用者は、労働者が「伝染性の疾病その他の疾病」に罹患した場合、就業を禁止しなければなりません(労安衛法68条)。より詳細の病状の規定は後述しますが、労働安全衛生規則上に明記されています。
就業禁止の義務を怠った場合のリスク
労働者が感染症に罹患しているのにもかかわらず、強制的に出勤をさせるような行為は労働安全衛生法および労働契約法違反に問われる可能性があります。
まず、労働安全衛生法では、厚生労働省にて定められている感染症に罹患した労働者を強制的に就業させると、6ヶ月以下の懲役又は50万円以下の罰金が科されることが定められています(労安衛法119条第1項)。
そういった対応は、労働契約法上定められた使用者の労働者に対する安全配義務に違反しているとも考えられます(労契法5条)。万が一出勤すると他の労働者にも感染してしまう危険性もあるため、感染症に罹患した労働者に限らず他の労働者に対しても安全配慮義務違反に該当するおそれがあります。
このように、使用者が就業禁止の義務を怠ってしまった場合、数多くの法的リスクを伴うこととなります。
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労働安全衛生法が定める就業禁止事由
労働安全衛生法68条で定められている就業禁止の内容の詳細は、労働安全衛生規則61条にて定められています。その就業禁止になる感染症の規定の中で、労働安全衛生規則61条第1項第1号における「病毒伝ぱのおそれがある伝染病の疾病にかかった者」が、具体的にどのような者を指すのかが問題となります。厚生労働省は、この規定を「伝染させるおそれが著しいと認められる結核にかかっている者」(平成12年3月30日基発第207号)と解釈しています。そのため、結核以外の感染症に罹患した場合は、就業禁止にならないものと考えられます。
労働安全衛生規則
第61条
事業者は、次の各号のいずれかに該当する者については、その就業を禁止しなければならない。ただし、第1号に掲げる者について伝染予防の措置をした場合は、この限りではない。
- 一 病毒伝ぱのおそれのある伝染病の疾病にかかった者
- 二 心臓、腎臓、肺等の疾病で労働のため病勢が著しく増悪するおそれのあるものにかかった者
- 三 前各号に準ずる疾病で厚生労働大臣が定めるものにかかった者
2 事業者は、前項の規定により、就業を禁止しようとするときは、あらかじめ、産業医その他専門の医師の意見をきかなければならない。
就業禁止の措置に関する医師の意見聴取
労働安全衛生規則61条第2項によると、前項の第1号から第3号に該当するおそれがある労働者を就業禁止にする場合、使用者は疾病の種類や程度等を聴き、各事業場の産業医等に意見を聴かなければなりません。就業禁止は労働者の就業の機会を失わせることになるため、やむを得ない場合に限り禁止することとなります。よって、使用者は就業禁止に対して、慎重に判断しなければなりません。
就業禁止による賃金の支払い義務
感染症等の疾病により労働者を就業禁止にした場合、使用者は賃金を支払う義務はあるのでしょうか。本項では就業禁止の労働者に対する賃金の支払い義務について、解説していきます。
賃金の支払いが不要となるケース
労働安全衛生法等により、労働者の就業を禁止させなければならない場合で、実際に感染症に罹患した労働者を就業禁止にした場合には、使用者に賃金や休業手当の支払い義務は生じません。
また、感染症法おいて、都道府県知事から就業制限の通知を受けた場合は、会社の判断で就業を禁止せずとも国や地方公共団体の命令によって就業が制限されることになります。この場合でも、会社の判断による就業禁止ではなく、「使用者の責に帰すべき事由による休業」(労基法26条)には該当しないため、賃金等を支払う必要はありません。
労働基準法
(休業手当)第26条
使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の100分の60以上の手当を支払わなければならない。
休業手当の支払いが必要なケース
感染症に罹患した労働者が、治癒する前に出勤しようとした際、会社側は感染拡大を懸念し出勤を止めるかと思います。その場合、法律等に基づくのではなく、使用者の自主的な判断で休業させる場合に当たるため、一般的に休業手当を支払う義務が生じます。
あらためて、休業手当とは、休業が会社の都合で発生したものである場合に手当が支払われる制度のことをいいます。
休業手当についての詳細は、下記のページをご覧ください。
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会社が有給休暇を取得させることの可否
年次有給休暇は、労働者が申請をして初めて利用できる休暇です。これをふまえた上で、法定内の感染症に罹患した労働者が医師等によって指導され休業する場合、無給となります。会社としてその無給の休業期間に、労働者の有給休暇を充てることはできません。冒頭にあるように、有給休暇はあくまでも労働者の申請によって使えるもので、また、使用者が強制的に有給休暇を促すようにすすめてはいけません。
年次有給休暇についての詳細は、下記のページをご覧ください。
感染症法における就業制限について
感染症に関する就業制限については、感染症法に規定されています。感染症法18条では、1類感染症から3類感染症及び新型インフルエンザに分類される感染症に罹患した労働者は、就業を制限する措置をとらなければなりません。
また、感染症法に該当する感染症であれば、労働安全衛生上の就業禁止の規定にかかわりなく、感染症法上の規定に委ねることができます。
感染症法
(就業制限)第18条
都道府県知事は、一類感染症の患者及び二類感染症、三類感染症又は新型インフルエンザ等感染症の患者又は無症状病原体保有者に係る第12条第1項の規定による届出を受けた場合において、当該感染症にまん延を防止するため必要があると認めるときは、当該者又はその保護者に対し、当該届出の内容その他の厚生労働省令で定める事項を書面により通知することができる。
2 前項に規定する患者及び無症状病原体保有者は、当該者又はその保護者が同項の規定による通知を受けた場合には、感染症を公衆にまん延させるおそれがある事務として感染症ごとに厚生労働省令で定める事務に、そのおそれがなくなるまでの期間として感染症ごとに厚生労働省令で定める期間従事してはならない。
3 前項の規定の適用を受けている者又はその保護者は、都道府県知事に対し、同項の規定の適用を受けている者について、同項の対象者ではなくなったことの確認を求めることができる。
4 都道府県知事は、前項の規定による確認の求めがあったときは、当該請求に係る第2項の規定の適用を受けている者について、同項の規定の適用に係る感染症の患者若しくは無症状病原体保有者でないかどうか、又は同項に規定する期間を経過しているかどうかの確認をしなければならない。
5 都道府県知事は、第1項の規定による通知をしようとするときは、あらかじめ、当該患者又は無症状病原体保有者の居住地を管轄する保健所について置かれた第24条第1項に規定する協議会の意見を聴かなければならない。ただし、緊急を要する場合で、あらかじめ、当該協議会の意見を聴くいとまがないときは、この限りでない。
6 前項ただし書に規定する場合において、都道府県知事は、速やかに、その通知をした内容について当該協議会に報告しなければならない。
インフルエンザに対する就業制限
インフルエンザには毎年流行する季節性のインフルエンザと、まだ発覚していない新型インフルエンザがあります。会社としては、インフルエンザに感染した労働者に対する就業制限を定めておく必要があります。しかし、感染したインフルエンザの類型によって使用者が労働者の就業に関して行うべき対応が異なることになります。本項では、その対応の違いについて解説していきます。
新型インフルエンザの場合
新型インフルエンザに感染した場合、通常の季節性インフルエンザよりも感染のリスクが高いため、法律上就業が禁止されています。そのため、労働者が新型インフルエンザに感染した場合は、法律に則り、就業禁止となります。その場合、使用者に賃金等の支払い義務はありません。新型インフルエンザは感染症法にて規定されている病気であり、医師等の指導による休業になるため、一般的には「使用者の責に帰すべき事由による休業」(労基法26条)に該当しないと解されるため、休業手当を支払う義務はありません。
季節性インフルエンザの場合
季節性インフルエンザは新型インフルエンザと異なり、感染症法が定めるところの5類感染症に分類されており、就業禁止の対象ではありません。
そのため、季節性インフルエンザに感染した労働者が出勤すると言ってきた場合、法律の定めを根拠として、使用者はこれを拒むことができません。しかし、使用者には安全配慮義務があり、他の労働者への感染拡大を防ぐ措置をとらなくてはいけませんので、出勤意思がある者に対しても使用者が休業させることもできます。その場合、「使用者の責に帰すべき事由による休業」(労基法26条)に該当するため、使用者は休業手当を支払う必要があります。
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復職時に必要となる診断書について
就業禁止だった労働者が復職する場合、使用者は労働者に対して医師の診断書の提出を求めることができます。しかし、労働者の診断・治癒の判断は診察した医師が身体症状や検査結果等をふまえ、医学的知見に基づいて行います。そのため、患者の治療にあたる医療機関に過剰な負担をかけてしまうおそれがあるため、診断書の提出を必須とすることは望ましくありません。
また、診断書を受け取るために病院に行くと、新たに病気に感染する可能性もあり、労働者への負担がかかるおそれがあります。したがって、使用者は、医師による口頭での復職許可を得る等、診断書免除の配慮が必要となります。
労働者の就業禁止に関する規程の策定
感染症は目には見えないものになるため、予防をしていても感染してしまうことがあります。そうなってしまった場合に、使用者と労働者との間で規定があると、よりスムーズな手続が可能になります。したがって、使用者としては就業規則内に、法律上、就業が禁止されている感染症以外の病気でも、会社の判断で就業を禁止することができることを規定しておくと良いでしょう。
また、就業禁止に当たる場合の賃金や休業手当の支払いについても規定しておく等、適切な就業規則を作成することにより、労使間でのトラブル防止へとつながるでしょう。
就業禁止に関する裁判例
神戸地方裁判所 昭和33年8月13日判決、田中鉄工休職事件
- 事件の概要
- 申請人が会社である被申請人に雇われ、そこで実施した健康診断を受けました。その結果、申請人は肺結核に罹患しており、要注意者と診断されたにもかかわらず、引き続きなんら支障なく就業を継続していました。 そのことを知った被申請人が、申請人に対して再診断を求めることを理由として健康診断書の提出を求めました。申請人は病院の診察を受け、従来通り就労して良いとの診断結果であり、併せて被申請人へ診断書の提出をしたところ、会社側は申請人が肺結核であって労働により病状悪化があるものとして休職を命じ、就業を禁止しました。それに対し、申請人が就業禁止をすることについての可否につき判断を求めた事例です。
- 裁判所の判断
- 判決としては、被申請人が申請人に対して休職を命じた意思表示の効力は、本案判決が確定するまで仮に停止するとされました。 実際、被申請人は肺結核を理由とする休職及び就業禁止が、特に肺結核によって病状が増悪した資料も十分にないのに、申請人の労働組合結成を積極的に推進する行動等を嫌い、同人を職場より排除するためになされたものだとし、不当労働行為となると認められました。また、使用者の責に帰すべき事由によって労働者から労働の場を奪い、その回復には使用者の協力を求めてもこれを得る見込みのないときは、休職命令の効力停止を求める仮処分の必要性があるとしました。 したがって、申請人が単に肺結核に罹患しているというだけでは、当該申請人の意思に反して就業を禁止することができないものとされました。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある