リスクアセスメントにおけるリスクの見積りと評価方法
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
リスクアセスメントは、労働災害の分野においては、化学物質等の持つ危険性や有害性を特定し、かつ、労働者へ生じるリスクの程度を見積もり、そのリスクを減らすための対策を検討することをいいます。災害の発生を防ぎ、労働者の安全や健康を守るために効果的といえるでしょう。
「リスクの見積り」は、リスクアセスメントにおける手順のひとつです。リスクを低減・除去するための具体策を講じたり、スムーズに対応を進めたりするための重要なプロセスですので、事業主はしっかり理解しておく必要があります。
本記事では、リスクアセスメントにおけるリスクの見積り方法について詳しく解説していきます。リスクアセスメントの効果を十分得るためにも、事業主の方はぜひご覧ください。
目次
リスクアセスメントにおけるリスクの見積り
リスクアセスメントを実施することは、労働安全衛生法28条の2において、事業主の“努力義務”と定められています。具体的には、「業務に起因する危険性・有害性を調査し、法令に基づく措置を講ずること」、「労働者の危険や健康障害を防ぐために必要な措置を講ずること」を求めています。
リスクの見積りは、リスクアセスメントの手順のうちのひとつです。特定した危険性・有害性がもたらすリスクを評価し、その大きさを見積る過程になります。そのため、リスクの低減・除去に必要な具体策を講じるために重要といえるでしょう。
なお、特定の化学物質を扱う事業主については、リスクアセスメントの実施が“義務”となっています。詳しくは以下のページで解説していますので、併せてご覧ください。
リスクアセスメントの手順
リスクアセスメントの基本的な手順は、厚生労働省が公表する指針に定められています。おおまかな流れは以下のとおりです。
- 危険性・有害性の特定
- リスクの見積り
- リスク低減措置の検討・実施
- リスク低減措置の記録・見直し
しかし、「何から手を付ければ良いのか」「具体的な手法がわからない」と悩まれる方も多いでしょう。この点、以下のページで詳しく解説していますので、ぜひご覧ください。
リスクの評価基準
リスクの大きさは、「危険発生の頻度」、「発生の可能性」、「負傷又は疾病の重篤度」という3つの評価基準に基づき判断します。具体的には、特定した危険性・有害性をこれら3つの側面から評価し、評価結果を総合することでリスクを見積ることになります。
では、3つの評価基準について詳しくみていきましょう。
危険発生の頻度
危険発生の頻度とは、「労働者が作業中に危険性・有害性と接触し、リスクが発生する頻度」をいいます。つまり、「危険な状態が発生する頻度」のことです。作業回数ではありませんので、注意してください。例として、有害な液体をこぼす頻度・運搬作業中に荷物を落とす頻度等が挙げられます。
見積り方法としては、危険な場所に立ち入る回数や時間、接近方法等をもとに、リスクの程度を区分するのが一般的です。下表をご参照ください。
頻度 | 点数 | 内容の目安 |
---|---|---|
頻繁 | 4 | 1日に1回程度 |
時々 | 2 | 週に1回程度 |
ほとんどない | 1 | 半年に1回程度 |
なお、リスクが特に発生しやすい業務については、以下のページでご紹介しています。ぜひ参考になさってください。
発生の可能性
発生の可能性では、「リスクの発生によって災害が起こる可能性」を見積ります。
見積る際は、安全万策の状況や作業者の行動をもとに、「リスクが発生したときに労働災害を避けられるかどうか」を基準に判断します。例えば、防護柵や安全ルールは設けられているか、労働者の注意力は十分かといった基準です。
これらの基準をしっかり満たしていれば、災害発生の可能性は低いと判断できるでしょう。具体的な評価区分は、下表をご参照ください。
可能性 | 点数 | 内容の目安 | |
---|---|---|---|
危険検知の可能性 | 危機回避の可能性 | ||
確実である | 6 | 事故が発生するまで危険を検知する手段がない | 危険に気がついた時点では、回避できない |
可能性が高い | 4 | 十分な注意を払っていなければ危険がわからない | 専門的な訓練を受けていなければ回避の可能性が低い |
可能性がある | 2 | 危険性又は有害性に注目していれば危険が把握できる | 回避手段を知っていれば十分に危険が回避できる |
ほとんどない | 1 | 容易に危険が検知できる | 危険に気がつけば、けがをせずに危険が回避できる |
負傷又は疾病の重篤度
負傷又は疾病の重篤度では、「リスクや災害の発生によってどの程度の怪我を負うか」について判断します。
なお、重篤度を判断する基準は、「休業日数」等を用いるのが基本です。これは、負傷又は疾病の種類にかかわらず、共通して客観的な基準を用いるべきだからです。
また、過去に発生したものではなく、最悪の状況を想定した最も重篤な症状を見積る必要があります。例えば、下表のように区分するのが一般的です。
重篤度 | 点数 | 災害の程度・内容の目安 |
---|---|---|
致命傷 | 10 | 死亡や永久的労働不能につながるけが 障害が残るけが |
重傷 | 6 | 休業災害(完治可能なけが) |
軽傷 | 3 | 不休災害(医師による措置が必要なけが) |
軽微 | 1 | 手当後直ちに元の作業に戻れる微小なけが |
リスクの見積り方法
厚生労働省の指針では、リスクの見積り方法として以下の3つが記載されています。
- 数値化による方法
- マトリクス法
- 枝分かれ図を用いた方法
なお、これらの手法は代表例です。「危険発生の頻度」「発生の可能性」「負傷又は疾病の重篤度」それぞれを考慮してリスクを見積ることができれば、他の方法を用いても差し支えないとされています。
以下では、上記の代表例3つについて詳しく解説します。
数値化による加算法
負傷又は疾病が発生する度合とその重篤度(評価要素)を一定の基準で数値化し、それらを加算してリスクを見積る方法です。【2つの合計値=リスクの大きさ】とみなすので、合計値が高いほど優先度も上がります。
加算法のメリットは、評価要素の増減に柔軟に対応できるという点です。
一方、リスクの大きさによって点数に幅があるため、リスク低減効果が見えにくいというデメリットもあります。
また、単にそれぞれの数値を足すことで、非合理的な結果となるおそれもあります。例えば、負傷又は疾病の重篤度は致命的なのに、発生の可能性がほとんどない場合、リスクが低く見積もられてしまうといった具合です。
致命的 | 重大 | 中程度 | 軽傷 |
---|---|---|---|
30点 | 20点 | 7点 | 2点 |
極めて高い | 比較的高い | 可能性あり | ほとんどない |
---|---|---|---|
20点 | 15点 | 7点 | 2点 |
リスク | 優先度 | |
---|---|---|
30点以上 | 高 |
|
10~29点 | 中 |
|
10点未満 | 低 | 必要に応じてリスク低減措置を実施する。 |
参考文献:厚生労働省 危険性又は有害性等の調査等に関する指針(P.21)
数値化による積算法
数値化による積算法は、加算法を変形させた手法です。怪我の発生度合や重篤度を数値化し、それらを乗算してリスクを見積ります。
積算法は、加算方法による非合理な結果を防ぐために用いられるのが通常です。
ただし、加算法に比べてリスク低減効果が大きく見えてしまうというデメリットも起こりえます。
マトリクスを用いた方法
負傷又は疾病が発生する度合とその重篤度を区分し、表の縦軸・横軸にあてはめてリスクを見積る方法です。表には、あらかじめ怪我の度合と重篤度に応じたリスクの程度を振り分けておき、評価要素の行列をクロスさせることでリスクを見積ります。
マトリクス法のメリットは、視覚的にわかりやすいということです。また、各評価要素の区分に比例した合理的な結果になるのもメリットといえます。
一方、表を用いるため、評価要素が細分化されると対応できないのが難点です。
負傷または疾病の重篤度 | |||||
---|---|---|---|---|---|
致命的 | 重大 | 中程度 | 軽度 | ||
負傷または疾病の発生可能性の度合 | 極めて高い | 5 | 5 | 4 | 3 |
比較的高い | 5 | 4 | 3 | 2 | |
可能性あり | 4 | 3 | 2 | 1 | |
ほとんどない | 4 | 3 | 1 | 1 |
リスク | 優先度 | |
---|---|---|
4~5 | 高 |
|
2~3 | 中 |
|
1 | 低 | 必要に応じてリスク低減措置を実施する。 |
参考文献:厚生労働省 危険性又は有害性等の調査等に関する指針(P.18)
枝分かれ図を用いた方法
負傷又は疾病が発生する度合とその重篤度を、段階的に分岐させてリスクを見積る方法です。
リスクの比較は容易ですが、評価区分が多くなり過ぎないよう注意しましょう。評価区分が多すぎると適切なリスク順位にたどり着かず、不合理な結果になりかねないためです。例えば、負傷又は疾病の重篤度は重大なのに、他の要素が低く評価された場合、最終的なリスクも低く見積もられてしまうことになります。
参考文献:厚生労働省 危険性又は有害性等の調査等に関する指針(P.21)
リスクの優先度の設定
リスクの見積りが完了したら、リスクの優先順位を決めましょう。見積った数値によってリスクレベルを分類し、優先度を設定します。数値が高いほど優先度も高くなるため、スムーズに対策を講じることができるでしょう。
なお、リスクレベルは細かくしすぎず、3~5段階にするのがポイントです。
また、リスクレベルごとに「どれほど重大なのか」「どれほど緊迫しているのか」といった基準を定めることで、優先順位がより明確になります。
リスク | 点数 (リスクポイント) |
優先度 | 取扱基準 |
---|---|---|---|
Ⅳ | 12~20 | 直ちに解決すべき問題がある | 直ちに中止または改善する |
Ⅲ | 9~11 | 重大な問題がある | 早急な改善が必要 |
Ⅱ | 6~8 | 多少問題がある | 改善が必要 |
Ⅰ | 5以下 | 必要に応じて低減措置を実施すべきリスク | 残っているリスクに応じて教育や人材配置をする |
リスクの見積りに関する注意点
リスクの見積りでは、評価者によって結果にバラつきが出ないよう注意する必要があります。
そのためには、以下のような対策をとることが重要です。
- 評価者が客観的に評価を行えるよう、評価基準を明確にする
- 職場の実態に応じた評価基準を設定する
- 評価者に対し、評価方法や評価基準に関する研修を実施する
- 性別や年齢による偏見を防ぐため、複数人で評価を行う
これらの対策からもわかるように、リスクの見積りは客観的なものであるべきです。
これは、万が一後で法的紛争になった場合、裁判所など第三者の目から見ても事業者のリスクの見積りが適切であったことを基礎づける重要な指標ですので、見積りの客観性はぜひ意識しましょう。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある